No | 116047 | |
著者(漢字) | 佐谷,大輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サヤ,ダイスケ | |
標題(和) | ナノメートルオーダの機械振動子の作製と評価 | |
標題(洋) | Fabrication and Evaluation of Nanometric Oscillators | |
報告番号 | 116047 | |
報告番号 | 甲16047 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4884号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 精密機械工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. はじめに 非接触モード原子間力顕微鏡(AFM)では先端に鋭利な探針のある長さ数百μmほどのカンチレバーが用いられ、探針と観察試料表面の間に作用する力勾配をカンチレバーの共振周波数変化から検出する。AFMの感度向上のために最小検出可能力勾配を下げるにはカンチレバーの微小化が望まれる。それは、微小カンチレバーは高い共振周波数を持つからである。我々は大きさが100nmから3μmで振動のための質量一バネから構成されるナノ振動子を作製して、AFMとしての微小力検出や質量検出への応用を目指している。 2.金属微小探針の真空中での加熱によるナノ振動子の作製 電気化学エッチングにとりえられた直径100nmほどの微小金属探針を真空中で加熱すると表面拡散のみまたは表面拡散と蒸発により形状が変化する。テーパが少ない場合下の部分にくびれが生じ先端部分は球状になる。それがやがて分裂に至るが分裂直前で加熱を止めることでナノカンチレバーの形状を得る。 60分の加熱でFigure 1(a)のようにナノ振動子が形成された。作製したナノ振動子を機械的に押すことで弾力性を確認するために、3次元位置決め装置により微小探針をナノ振動子に近づけていき接触させた。ナノ振動子の根元の部分に接触してナノ振動子がFigure 1(b)のようにやや曲がった。Figure 1(c)のようにボールの部分に接触してボールは容易に壊れた。 この実験で得たナノ振動子はもろい事が分かった。作製の再現性も良くなかった。 3.シリコン基板を用いて微細加工技術によるナノ振動子作製 より再現性の高い丈夫なナノ振動子の作製を目指して、Si基板を用いて半導体製造技術によりナノ振動子を作製する。Si微細加工技術は既に確立されており、大量生産も期待できる。 (1)SiO2細ネックのナノ振動子 作製にはSOI(silicon on insulator)ウエハを用いる。SOIはtop Si/buried SiO2/substrate Siの3層からなる。まずKOHによる異方性エッチングとSiの局部酸化を用いる方法でSOIの上部Si層をSi三角錐形状にエチングする。Si三角錐の大きさはSOIウエハの上層Siの膜厚で決まる。そのために、リソグラフィ技術の精度に依存しないで、Si三角錐が作製できる。それにより高い再現性、均一性をもった作製が可能となる。そして、buried SiO2層をSi三角錐をマスクとしてCHF3ガスの反応性イオンエッチングにより垂直にエッチングし、Si-SiO2のコラムを形成する。そして緩衝フッ酸(BHF)によりSi-SiO2のコラムのSiO2層をエッチングして細らせ、バネ部分を形成する。Figure2に作製したSi三角錐を質量とするナノ振動子のSEM像を示す。ネックの径は100nmである。計算によると共振周波数5MHzでバネ定数は0.1N/mである。 (2)斜め蒸着Siを板バネとするナノ振動子、平行バネ振動子 まず(1)の作製と同様に、Si三角錐を作り、Si-SiO2コラムを形成する。次にSiをスパッタにより斜め蒸着しSiO2層を犠牲層として完全に除去すると、Siを板バネとする振動子が形成される。 Figure3に斜め蒸着Siを板バネとするナノ振動子のSEM像を示す。板バネの膜厚100nmで、計算ではバネ定数は3N/m、共振周波数、18MHzである。バネの厚さはスパッタの蒸着量で容易に制御可能であり、より高い再現性、均一性を持った作製が可能となる。 (3) マルチプローブカンチレバー(単結晶Si微小カンチレバー)の作製 バネと探針が一体化した単結晶Siでできた微小カンチレバーの作製法を考えた。このカンチレバーの作製行程は3回のKOHの異方性エッチングと2回のSi局所酸化によりカンチレバーの面を形成していくものである。この手法により1μmから3μm程度の長さで、先端に探針のある単結晶Siカンチレバーを結晶の異方性を利用することでリソグラフィ技術の精度に依存しないで作製する事に成功した。Figure4に単結晶SiカンチレバーのSEM像を示す。バネの厚さは30nmで、計算ではバネ定数0.1N/m、共振周波数3MHzである。この方法ではカンチレバーが10μmの間隔でアレー状に形成可能であり、1mm四方に1万本のカンチレバーが形成され、マルチプローブカンチレバーアレーとして、それを用いた微小領域の走査を一括して行うためのAFMの実現を目指している。 4.ナノ振動子の静的機械特性 作製したナノ振動子の静的の特性を測定するためにSEM-AFMを用いて市販のAFM用カンチレバーやSTM探針によってナノ振動子を押す実験を行った。Figure5(a)のような真直なネックの場合は、ネックが均等に変形している。これは振動子が高いQ値を持つことを示唆している。大きく変形させると塑性変形、または破断した。頸部は1GPa程度の強度を有し、AFM探針として用いた場合の微小力検出のための十分な強度を有することが確認できた。 また単結晶SiカンチレバーをSTM探針で押す実験を行った。Figure5(b)のように変形しその後STM探針を離したところ、元に戻り弾性変形をしているのが確認された。さらに強く押したところSiO2層で支えられた部分で割れた。単結晶Siカンチレバーは塑性変形はみられなかった。 5.ナノ振動子の動的機械特性 長さ8μmの単結晶Siカンチレバーをピエゾで振動励起し、Laser Doppler振動計で振動の測定を行った。振動は真空中(10-6torr)で行った。Figure6にスペクトラムを示す。共振周波数は1.2MHzほどでQ値は10,000ほどであった。これらの特性からこのカンチレバーは1X10-16Nであると分かった。 6.おわりに Si基板を用いて大きさが100nmから数μmのナノ振動子を再現性良く作製することに成功した。 作製方法の都合上、ナノ振動子の形状は限られたものであるが、作製の際のパラメータを変えることで、理想の機械特性を持つ振動子を作りあげることが可能である。 機械特性測定の結果、AFM用の微小力センサーとして十分な強度、弾性を持つことが分かった。 そして、1X10-16N程の力の検出が可能であることが分かった。 今後は、ナノ振動子の振動の励起検出方法を確立し、ナノ振動子を用いたAFMの装置をセットアップする。また、数万オーダの微小カンチレバーアレーの一斉の振動の励起と検出方法を確立し、AFMの一括走査を行う。 Figure 1(a)1時間の加熱で得られたナノ振動子 (b)ナノ振動子のベースを他の梁でたたいた後のナノ振動子の変形 (c)ナノ振動子のボールを他の梁でたたいた後 Figure 2.Si三角錐型SiO2細ネック振動子のSEM像 Figure 3.斜め蒸着によるSiの板バネナノ振動子のSEM像 Figure 4.マルチプローブカンチレバーアレーのSEM像 Figure 5.ナノ振動子の変形 Figure 6. 単結晶Siカンチレバーのスペクトラム | |
審査要旨 | 同君の博士論文は原子間力顕微鏡(AFM)の力検出素子として用いるためのナノ振動子の開発についてであった。 AFMにおいて、解像度の向上のためには力検出素子であるカンチレバーの微小化が望まれる。微小カンチレバーはバネ定数1N/mほどでも、高い共振周波数を持つからである。それによりAFMの解像度向上、高速でのデータ読みとりが可能になることは以前からも議論されている。現在のAFMは100ミクロンオーダのカンチレバーを用いた観察になお留まっている。同君の論文は、力検出素子としてのカンチレバーの大きさをナノメートルのオーダに微小化して、数MHzから1GHzの高共振周波数を持つ振動子を開発し、これまでにない高感度で力勾配、各種場の計測を行うことを目的としている。微小カンチレバーを用いたAFM実現の報告として、日立製作所の保坂らの研究で、固有振動数6MHzの小型カンチレバーの研究を行い、高速のデータ記録を行っている。CNRSのBinhらが加熱探針により100ナノメートルオーダのこけし状振動子を作製している。微小振動子として、AFMの力素子として、高感度が得られることを見積もっている。 しかしBinhらが行った加熱探針により得られる100ナノメートルオーダのこけし状振動子の機械特性の測定は行われていなかった。同君の論文で、加熱探針により得られるナノ振動子の作製の実験を行い、走査型電子顕微鏡内原子間力顕微鏡システムによりはじめて機械特性の測定に成功している。その実験により、加熱探針により得られる100ナノメートルオーダのこけし状振動子はもろく、AFMの力検出素子として用いるのは困難であることを発見した。 そして、Si基板を用いて半導体製造技術によりナノ振動子の作製を行った。作製方法はSiの異方性を用いたエッチング技術でリソグラフィ技術の精度に依存しないことが特長で、より高い再現性、均一性のある作製に成功した。長さは100ナノメートルから数ミクロン程である。Binhらが作製した加熱探針による振動子は計算値で、共振周波数60MHz、バネ定数0.3N/mであった。一方、同君の論文で発表されているナノ振動子は、共振周波数300MHz、バネ定数1N/mであり、より高い共振周波数を有する。そして、走査型電子顕微鏡内原子間力顕微鏡システム(SEM-AFM)により、作製したナノ振動子の強度を測定し、1GPaの強度があり、AFMの力検出素子として十分な強度、弾性を有すること実証した。ナノ振動子は作製プロセスの都合上、形状は限られているが、作製のパラメータを変化させることでバネ定数は0.01N/m〜50N/m、共振周波数は1MHz〜1GHzに設計することができる。必要に応じた機械特性を持つナノ振動子の作製が可能である。 また、数ミクロン程度の長さの高い均一性のあるAFMカンチレバーをアレー状に作製することに成功し、AFMの一括走査を行うことについて、述べられている。現状のAFMの一括走査の例としては、IBMやスタンフォード大学で1000本のカンチレバーで、データの書取、読み出しの研究を行っている。同君の研究では均一性のあるカンチレバーが10ミクロンメートル毎に並べられ、1cm四方当たり百万本あり、現状のものに比べ遙かに高密度なカンチレバーアレーによるAFMの一括走査が期待される。 今後の課題としては、ナノ振動子の振動の励起・検出方の確立をすること、そして、数万本の微小カンチレバーの一斉の励起・検出方の確立をすることである。同君の論文では、その課題のための展望が明確にされて、作製したナノ振動子を力検出素子として用いるAFM、そして数万本のカンチレバーからなるAFMをいかに構成していくかについて述べられている。 大きさが100ナノメートルから1ミクロンのナノ振動子をカンチレバーとして用いたAFMとしての作動が実現すれば、微小力、各種の場や質量変化が今日用いられているものより遙かに高い感度で検出可能になり、これまで知られなかった、原子レベルでの物理的化学的現象をとらえることが可能になる。そして、ナノトライボロジーや表面・界面の物性の研究により大きな発展が期待される。 以上により、同君は工学博士の学位を受けるのに十分な研究能力を有すると認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |