学位論文要旨



No 116049
著者(漢字) 中村,明生
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,アキオ
標題(和) 移動ロボット群操作システムの開発
標題(洋)
報告番号 116049
報告番号 甲16049
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4886号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 太田,順
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では人間が複数ロボットを操作し、未知環境において作業を実行するシステムを開発する。

 近い将来、移動機能を有する知的ロボットが社会の様々な分野に進出し、人間に代わって作業を行うことが期待される。移動ロボットの実際の適用例としては災害現場や建設現場、原子力発電所等での運用が考えられる。ロボットはそのような人間が作業するには危険な環境でこそ障害物撤去、物資運搬といった作業で活躍すべきである。

 しかし、想定環境は部材の寸法・形状の規格化・標準化はなされていない、障害物・作業対象物が区別されていない、またそれらの位置・姿勢等の情報が予め得られていない、といった意味で「未知環境」といえる。そのような作業環境においてロボットが自律的に環境を認識し、作業計画を行い、作業を実行することは現状の技術では困難である。これは移動ロボットの環境認識能力の不足、また予想外の事態には満足な対応ができない再計画能力の不備といった要因が考えられる。その際、人間がロボット側の不備を補えばロボットが自律的には実行困難な作業の実現も期待できる。これは人間とロボットが互いに機能分担を行うことを意味し、人間が分担割合を変更することでロボットの能力・機能に応じた協調形態が期待できる。

 さらに、想定環境では障害物・対象物が散在し、狭隘空間での作業を余儀なくされることが考えられ、大型ロボットの進入は不可能であり、ロボットの筐体の大きさが限定される。しかしロボット自重に対する可搬重量を考慮すると小型の単体ロボットでは作業実行に不十分であることが考えられる。そこで、複数台のロボットを協調させることで、単体ロボット以上の能力を発揮させるアプローチをとる。これはコスト・サイズ・耐故障性といった面での利点も大きい。

 以上、本研究では人間の操作下における移動ロボット群による作業実行システムの提案・開発を行う(Fig。1参照)。

 人間−ロボット群システムを設計するに当たり、人間とロボット群の役割・機能分担が重要となる。本研究では高度の知性が要求されるタスク・プランニング等は人間が行い、低レベルな機能をシステムが担当する形で互いに協調することにより作業を実行する。すなわち、作業計画の立案といった高度な知性が要求される問題、または人間にとっては容易に実行可能である反面、ロボット・システムが自律的に実行する場合は計算量が多く、時間がかかる問題を人間が担当し、比較的低レベルの機能で実行可能であり、かつ人間が操作するには煩雑な定型的作業、目標地点への到達といった部分はロボット側が担当する。操作システム構築のために解決すべき問題は以下の3種類である。

(A)ロボット群への操作指令及びロボットの自律機能の設計

複数ロボットを対象とした操作システムに関しては研究例が少なく、また、操作指令の設計及びロボットに付与する自律機能が天下り的であった。操作者対ロボット群という一対多問題のもとで操作者からの指令及びロボット群の自律機能の設計が必要である。

(B)環境情報獲得

従来研究においては予め環境に関する情報が獲得されており、環境がモデル化されている場合が殆どである。設計初期からその獲得を念頭においた研究例は少ない。ロボット群を投入するのみで環境情報を獲得可能なことが望ましい。

(C)操作者への情報提示及びインタフェース

操作性を向上させるためにも大局的情報の提示が不可欠である。また、操作者の意思伝達を容易とするインタフェースが必要である。

まず、(A)のロボット群への操作指令及びロボットの自律機能の設計に関して、本研究では操作者対複数ロボットという一対多関係を考慮して、個別ロボットに対して指令するのではなく、ロボット群に対して指令を行う方針を採用する。ロボット群がその冗長性を活かして、与えられた作業を、信頼性よく、かつ効率的に実行できるためには、作業状況に応じて臨機応変に群を組み替えて、群としての作業構造を動的に変化させていくことが必要である。そのためには、操作者が適切な指令を与え、群を操作しなければならない。本研究では指令対象(ロボット群)の自律機能のレベルに応じて操作者とロボット群の役割分担が変化することを考え、指令対象を分類し、指令を設計する。概念設計として、まず、操作者のロボットへの指令レベルと、要求されるロボットの自律機能レベルとの関係をロボット言語研究とのアナロジーに基づき考察する。具体的には、指令を単体ロボット操作レベル、ロボット群操作レベル、対象物操作レベル、作業指令レベルの四階層に分け、さらに操作者がロボット群経路を指定する直接操作レベル、目標位置を指定するのみの間接操作レベルの2種類に分割した。その後、それぞれの階層を実現するために必要なロボットの自律機能レベル(障害物回避機能、同期機能など)を考察した(Table 1参照)。

 次に指令分類に基づき、実際の操作指令の設計を行った。実際にプロトタイプシステムを構築し、挿入作業実験を行った。その結果、操作者がロボット群を操作する際に複数ロボットを群として扱い、群に対して指令を与えること、また、操作者からの指令とロボットの自律機能の妥当性が確認できた。

 以上により、以下の成果が得られた。

● 指令対象、指令内容に基づき分類を行うことにより、各レベルにおいて必要とされる指令について明確化できた。

● さらに、各レベル間の機能の差を補完するよう機能を導入することで、必要となる自律機能が判明した。

● 最も単純かつ直感的な操作が可能であると思われる単体ロボット直接操作からボトム・アップ的に議論を進行させた結果、系統的な操作指令の設計が可能となった。

次に(B)の環境情報獲得に関して、本研究で扱うシステムは操作対象となるロボットが複数台のため、全てを操作者が把握して指令を発行することは困難である。特に、操作者とロボット群が物理的に隔離されている場合、何らかの手段で操作者が作業領域の情報を把握する必要がある。単体ロボットの場合、搭載カメラの画像を提示することも考えられるが、その場合も視界が局所的となり、状況把握が困難である。まして、ロボット群となった場合、各ロボットの局所的な情報を融合して操作者に提示しない限り、操作者が情報量に圧倒され、指令を発行不可能である。操作者に情報を提示するためにはまず、環境の情報を獲得する必要がある。環境情報獲得に関しては、

 (1)対象物、障害物を計測、位置・姿勢・形状の獲得。

 (2)個々のロボットの位置・姿勢の同定。

が必要となる。(1)に対してはCCDカメラを搭載した2台のロボットによりステレオ視を行い対応する。2画像の対応付け問題は操作者がロボット上のレーザポインタを操作して明示的に対応点を指示することで解決する。以上より、

● ステレオ視において左右画像の対応点問題が解決。

● 大型物体を小型ロボットの協調で計測可能。基線長も任意。

● 作業に関係ない無駄な情報認識を省略でき、処理が単純化・高速化。

● 直接的に環境内の一点を指定でき、操作者の抽象的な意志の伝達が容易。

といった利点が考えられる。(2)に対してはロボット上に位置・姿勢計算が容易となるよう考慮して設計したマーカを搭載し、お互いにカメラを用いて位置・姿勢を計測する。これにより、環境(障害物、対象物の有無、位置・姿勢等)に関する情報が未知の場合においてもロボット群を投入するのみで環境情報を獲得可能である(Fig.2参照)。以上、ロボットの獲得した局所的情報から操作者へ提示するための大局的情報の生成が可能となった。

(C)の操作者への情報提示に関しては、(B)にて獲得した情報に基づき、計算機内に環境のモデル(仮想環境)を生成し、それを提示することとする。仮想環境は視点の変更が自由であるため、操作者は大局的な情報は仮想環境から、局所的な情報はロボット搭載カメラからの画像から得ることが可能である。また、(A)で設計したロボット群への指令入力を容易とするためにGUI(Graphical User Interface)を設計・実装した。GUIは文字ベースのインタフェースに比較して理解が容易であり、習得が短期間で済むという利点がある。汎用性、ユーザとの親和性を考慮し、Windowsアプリケーションとして実装した。

 以上(A)〜(C)の問題に対してそれぞれ提案した手法に基づき、実際にシステムを構築した。各ロボットはそれぞれコンピュータ、センサ、カメラ、リフト機構を有し、ホスト・コンピュータを介して操作者からの指令を受け取る。

 提案した手法を統合し、一つのシステムとして稼動することを確認し、有効性を評価するため、未知環境において対象物の持ち上げ搬送作業を行った。その結果、以下の点が確認できた。

● 指令レベル分類に関して、微調整のような即応性、精度を要求される作業は直接操作、把持位置への移動、対象物持ち上げ後の搬送のような自動化が可能な部分は問接操作といった指令レベルの使い分けが有効であることがわかった。

● 未知環境においてロボットの位置・姿勢を同定し、対象物情報を獲得し、形状モデルを生成可能なことを確認した。計測誤差は奥行き距離に対し5%以内であり、操作者への情報提示のための環境情報獲得としては充分であった。持ち上げ搬送作業における対象物の把持といった局面では高精度のモデルが必要であり、計測誤差の影響により作業が失敗する可能性があるが、操作者の介入により計測誤差を補償可能であり、操作者がシステムに介在している利点を確認できた。

● GUI、特に仮想環境に関してはロボット搭載カメラの画像では局所的なロボット搭載カメラ画像に代わって操作者に大局的情報を提供できた。

● システム全体として作業遂行能力があることを確認できた。

 以上により、作業実行状況を監視し、適切な指令を下す人間を取り込んだ人間―ロボット群系アーキテクチャの構築が実現できた。

Fig.1 A system for multiple mobile robots controlled by a human

Table 1 Command level classification

Fig.2 Environment recognition

審査要旨 要旨を表示する

 中村明生(なかむら あきお)提出の本論文は「移動ロボット群操作システムの開発」と題し、全8章よりなり、未知環境において小型・複数の移動ロボットを一人の人間が操作し、作業を実行させるためのシステムの開発問題を扱っている。

 第1章では、複数移動ロボットの必要性、従来研究及び本研究の目的を述べている。人間とロボット・システムの適度な役割分担、また的確な情報の共有が重要となることを述べ、研究の目的を一人の人間が複数台のロボットを操作し作業を実行させるための手法の提案を行い、実際のシステムを構築し評価を行うこととした。

 第2章ではロボット群操作システムの概念設計を行っている。ロボット群の「操作」に焦点をあて、実環境に適用可能なロボット群操作システムの要件として以下を挙げた。

(A)複数ロボットを対象とした操作システムに関しては研究例が少ない。また、操作指令の設計及びロボットに付与する自律機能が天下り的である。操作者対ロボット群という一対多問題のもとで操作者からの指令及びロボット群の自律機能の設計が必要である。

(B)従来研究は予め環境に関する情報が獲得されてモデル化されている場合が殆どである。設計初期からその獲得を念頭においた研究例は少ない。操作者に情報を提示するためには環境中の物体の位置・姿勢・形状といった情報の獲得が不可欠であり、ロボット群を投入するのみで環境情報を獲得可能なことが望ましい。また、環境の全ての情報を知る必要はなく、情報を大局的情報、作業指向大局的情報、局所的情報に分類し、作業に必要な部分、すなわち作業指向大局的情報を獲得すれば十分である。

(C)操作性を向上させるためにはロボットが作業している環境の情報提示が不可欠である。また、意思伝達を容易とするインタフェースが必要である。

 第3章では、(A)の操作指令に関して、ロボット言語における分類を参考とし、搬送作業を「移動」「対象物把持」「環境認識」といった局面に分割し、それぞれの局面に対して移動ロボット群の指令・自律機能の分類を行った。その結果、以下の結果が得られた。

● 指令対象、指令内容に基づき分類を行うことにより、各レベルにおいて必要とされる指令について明確化できた。

● さらに、各レベル間の機能の差を補完するよう機能を導入することで、必要となる自律機能が判明した

● 最も単純かつ直感的な操作が可能であると思われる単体ロボットからボトム・アップ的に議論を進行させた結果、系統だった分類が可能となった。

 次に指令分類に基づき、実際の操作指令の設計を行った。実際にプロトタイプシステムを構築し、挿入作業実験を行った。実験の結果、操作者がロボット群を操作する際に複数ロボットを群として扱い、群に対して指令を与えること、また、操作者からの指令とロボットの自律機能の妥当性が確認できた。反面、複数ロボットを群として扱うため、特にロボット群を直接操作する場合には移動により占有する領域が大きくなり、狭隘空間における細かい操作性の欠如が見受けられた。

 第5章では、(B)の環境情報獲得に関して、ロボット群を環境に投入するのみで作業を可能とするための環境情報獲得手法、及びロボット群の相互位置同定手法について説明した。

 環境情報は個々のロボットの上に搭載したCCDカメラを用い、2台のロボットがステレオ視を行うことで獲得した。対応点問題については、別のロボットの上に搭載したレーザポインタを操作者が操作して、明示的に計測対象物上の一点を示すことで行う。ロボットの相互位置同定についてはロボット上に位置・姿勢計測に適したマーカを搭載し、カメラでそれを計測することで計算可能とした。環境情報獲得といった局面においても操作者が作業に必要と思われる部分を選択的に指示することで冗長な情報獲得を省略可能であり、自律的には困難な情報獲得が可能となった。すなわち作業指向大局的情報の獲得がなされた。

 第6章では、(C)の情報提示に関して、第5章で提案した手法で獲得した作業指向大局的情報を操作者に提示するために仮想環境を構築し、操作を容易とするためにGUIを設計・実装した。仮想環境は視点を自由に変更可能であり、また操作者が操作に必要な情報を把握する上で有効な手段である。また、GUIは文字ベースのインタフェースに比較して理解が容易であり、習得が短期間で済むという利点がある。それぞれ汎用性、ユーザとの親和性を考慮し、Windowsアプリケーションとして実装した。

第7章では、提案した手法を統合し、一つのシステムとして稼動することを確認し、有効性を評価するため、未知環境において搬送作業を行った。その結果、以下の点が確認できた。

● 指令レベル分類に関して、微調整のような即応性、精度を要求される作業は逐次指令的な直接操作、把持位置への移動、対象物持ち上げ後の搬送のような自動化が可能な部分は目標位置を与える間接操作といった指令レベルの使い分けが有効であることがわかった。

● 未知環境においてロボットの位置・姿勢を同定し、対象物情報を獲得し、形状モデルを生成可能なことを確認した。作業成功を期して最も安全性の高い高精度で環境の情報を獲得するか、あるいは移動が保証されるレベルの精度におさえ、操作者が介入するか、という問題がある。持ち上げ搬送作業における対象物の把持といった局面では高精度のモデルが必要であり、移動が保証されるレベルの精度では失敗する可能性があるが、操作者の介入によりモデルの誤差を補償可能であり、操作者がシステムに介在している利点を確認できた。これにより、情報獲得に関して大局的情報、作業指向大局的情報、局所的情報に分類し、作業指向大局的情報の獲得を保証し、それ以上の精度(局所的な動作に必要な精度)は操作者が必要に応じて介入することで補償する、本研究のアプローチの有効性を確認できた。

● 操作者に対して、作業指向大局的情報は仮想環境にて、局所的情報はロボット搭載カメラ画像にて情報提示を行った。操作者は通常、作業環境周囲の必要情報が提示された仮想環境を監視しつつ作業を行い、対象物把持の際など局所的情報が必要な場合はカメラ画像を見る。このように情報の詳細度により提示手法を変化させることで操作者の情報把握が容易となることを確認できた。

● システム全体として作業遂行能力があることを確認できた。

 第8章では、結論として、ロボット群の「操作」を念頭においたシステムを構築したことを述べた。構築したシステムはプロトタイプであり、ロボットの踏破性能の向上・通信の安定性の確保、マニピュレータ機構の改良等、実際の使用に供するためには問題点も残っているが、上記(A)〜(C)の3点が重要であることは実用面においても同様である。

 以上を要約するに、本研究では、災害現場や建設現場、原子力発電所等、環境変化の激しい、ある意味劣悪環境においても、センサの種類が少数で、低機能のロボットでも作業を実行可能とする、適切な指令を下す人間を取り込んだ人間―ロボット群系アーキテクチャの基本概念の提案が行われ、実機実験において実環境への適用可能性が示された。これは、精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である。

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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