学位論文要旨



No 116051
著者(漢字) 山下,淳
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,アツシ
標題(和) 移動ロボット群による大型物体操作・搬送計画
標題(洋)
報告番号 116051
報告番号 甲16051
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4888号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 助教授 藤井,輝夫
 東京大学 助教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では,複雑な環境において大型物体を目的地まで運ぶ「搬送作業」を,複数台の移動ロボットにより遂行するための動作計画手法を提案する.

 移動ロボット群による搬送作業は,未知環境での経路探索作業や,作業領域を覆い尽くす掃引作業など,ロボット自身が「移動」することを目的とする作業とは異なり,ロボット自身が移動することに加え,自身以外の対象物を「操作・搬送」することが必要である.このことは,移動ロボット同士や移動ロボットと対象物間に「物理的な拘束」が存在することを意味する.そのため,単に移動ロボットのみ,または対象物のみの動作を計画するだけではなく,操作者である移動ロボットと操作対象物の物理的拘束関係を考慮して,両方の動作を矛盾なく決定する必要がある.

 移動ロボットによる作業の遂行が期待されている一般的な環境においては,幅の狭い通路を通り抜けることに加え,天井の高さのように三次元的な条件を考慮することが求められる.そこで,狭い場所を通って対象物を搬送する際には,三次元的に対象物の姿勢を変化させる操作が必要である(Fig.1).

 以上のように,目的地まで対象物を運ぶためには,障害物と接触しないような経路を求め,必要に応じて対象物を操作する方法を決定しなければならない.障害物回避を行う経路計画問題―幾何的問題―や,安定した操作を行うための物体操作問題―力学的問題―の両方を考える必要がある.ロボット台数が多いため,逐一すべての行動を人間が指示することは現実的ではない.また,物体搬送のように複雑な作業を行うためには,ロボットはその場でのセンサ情報のみで反射的に動けば良いというわけではなく,予め動作計画を行う必要性が非常に高い.

 移動ロボットの行動を決定する場合には,固定型マニピュレータの動作計画を行う場合とは異なり,様々な問題が発生する.その中でも,特に大きな問題は,車輪型移動ロボットは床面と車輪との摩擦により移動を行っているため,固定型マニピュレータと比較して必然的に大きな移動誤差が生じてしまうことである.また,固定型マニピュレータのように対象物を取り扱う際の操作力を測定し,その結果を反映させたセンサフィードバック方式の制御を行うことも非常に困難である.従って,作業実行段階において対象物のことを考慮せずとも,予め計画した移動ロボットの動作を実現することによって,目的の位置まで対象物を搬送することができる手法を構築することが重要となる.そこで,本研究では,移動ロボット群によるセンサレスマニピュレーション行動計画手法の構築を行う.

 また,移動距離は短いが,頻繁に物体をおこしたり倒したりする必要のある対象物軌道と,移動距離は長いが,姿勢変化をさせずに目的地まで搬送可能な対象物軌道を比較すると,後者の方が手間・安全性ともに優れている.従って,搬送に必要な時間が最短となる対象物軌道を求めることが重要となる.

 しかし前述の通り,幾何的問題や力学的問題など,性質の異なった問題を解決する必要があり,問題が複雑となる.そのため,対象物軌道を最初から厳密に求めることは,計算量の観点からも非常に困難である.そこで,大まかな搬送軌道を求める大域的搬送経路計画器と,詳細な物体操作の手順や把持位置変更時のロボットの動作を求める局所的物体操作計画器の2段階からなる計画器を構成し,問題を解決するアプローチを採用する.大域的計画では幾何的問題を中心的に取り扱い,局所的計画では力学的問題を中心に取り扱うことにより,問題を効率的に解くことを目指す.

 大域的搬送経路計画では,大まかな搬送対象物とロボットの軌道を求める.具体的な計画内容は,どの場所をどんな姿勢で通れば良いか,その際各ロボットの把持位置はどうすれば良いか,どのタイミングで対象物の姿勢を変化させれば良いかである.ここで,問題となる内容は,下記の通りである.

・対象物の位置(3自由度)・姿勢(3自由度),1台当たりのロボットの位置(2自由度)・姿勢(1自由度)を計画する必要があり,非常に高次元な問題を解く必要がある.

・局所的計画で取り扱う力学的条件に関して整合性を持って考慮可能である.

・現実的な時間で,解を算出することが必要である.

 これらの問題に対して,本研究では,環境・ロボット・物体の形状表現に近似的手法を用い,解の探索空間を効率的に再構成し,探索手法にヒューリスティクスを利用することとした.計画手順を以下に示す.

(1)環境・物体・ロボットをoctree(近似セル分解法の一種)を用いて表現する.

(2)移動ロボットによる協調搬送特有の問題(例えば,不安定な状態を保ちつつ物体の位置を変化させるようなことは現実的ではないことなど)を制約条件として,解探索空間を構成することにより,考慮すべき自由度を縮退させる.

(3)探索空間を離散化し,ノードとアーク(アークの長さはノード間の距離となる)から構成されるグラフで表現する.ノードは,対象物の位置が変化した場合,上から見た姿勢が変化した場合,ロボットの把持位置が変化した場合,操作して横から見た姿勢が変化した場合に遷移する.アークの長さは,その作業に必要な時間を表す.

(4)グラフでの経路探索問題に帰着させ,A*アルゴリズムで最短経路を求めて,最短時間で対象物を搬送可能な経路を生成する.

(5)A*のコストには,作業に必要な時間を採用する.ゴールまでの見積もりコストには,目的地からの引力ポテンシャル・障害物からの斥力ポテンシャルを時間の単位に正規化したものを用いる.

 局所的物体操作計画では,大域的計画器で離散化表現されたノード間を遷移する場合の実際の動作と,ノード間を遷移する(=その動作を行う)ために必要な時間を計算する.また,その作業に必要な空間的制約条件の作業範囲も求める・具体的には,力学的問題を中心に取り扱い,物体を安定して操作するための移動ロボットの動作を計画する.ここで,問題となる内容は,下記の通りである.

・移動ロボットは高度な力制御を行うことが困難である.

・ロボットが移動する際に必然的に位置誤差が発生する.

 これらの問題に対して,本研究では,位置制御ベースの移動ロボットで実現可能な物体操作手法を構築し,位置誤差を計画段階で考慮することにより対応する.具体的な計画手順を以下に示す.

(1)ある物体の姿勢において,安定に姿勢を保つことができる接触位置の範囲を求める(ロボットに生じるであろう位置誤差や環境の不確定性を考慮してこの範囲を求めておく).

(2)この解析を繰り返し,物体のすべての姿勢において,同様に安定に姿勢を保つことができる接触位置を求める.

(3)上記で求めた安定操作可能な接触位置の情報(連続量)を離散化し,ノード(特徴的な操作切り替えの瞬間)とアーク(ノード間の距離:操作の困難さを意味)から構成されるグラフで表現する.

(4)グラフでの経路探索問題に帰着させ,最短経路を求めることにより,操作手順を生成する.

 これらの計画器をそれぞれ構成し,整合性をとって統合する.

 まず,大域的計画器において,ノード間の遷移をすべて列挙し,その情報を局所計画器に渡す.局所計画器では,それぞれについて,詳細な動作に加え,その動作を遂行するために必要な時間と,動作を行う上で必要な空間を求める.局所的計画器で得られた情報を,大域的計画器に渡し,それぞれ最適解を探索するためのコストと障害物との干渉チェック用に利用して最短経路を決定する.大域的計画器で得られた最短経路と局所的計画器で得られたノード間を接続する行動を統合することにより,搬送に要する時間が最短となる対象物軌道及び各ロボットの動作が決定される.

 2台の移動ロボットでL字型の物体を搬送するための動作計画結果をFig.2及びFig.3に示す.

 本研究では,大域的計画器により,障害物を回避する搬送経路を算出した.その下記の有効性を確認した.

・高自由度の問題に対応可能な計画器を構成

・探索のためのヒューリスティクスを工夫し,A*探索によって現実的な時間で解を算出

 また,局所的計画器により,安定した操作を実現した.ここでは,下記の有効性を確認した.

・計画段階において移動誤差や各種パラメータ誤差を考慮

・移動ロボット群によるセンサレスマニピュレーション手法を構築

 以上の計画器を統合することにより,移動ロボット群による大型物体操作・搬送計画手法を構築し,その有効性を確認した.

Fig.1 移動ロボットによる大型物体搬送作業

Fig.2 搬送経路計画の結果

Fig.3 物体操作計画の結果

審査要旨 要旨を表示する

 山下淳(やましたあつし)提出の本論文は「移動ロボット群による大型物体操作・搬送計画」と題し,全7章からなる.本論文では,複雑な環境において小型・複数の移動ロボットが大型の物体を協調して搬送するシステムのための動作計画手法を構築した.これにより,移動ロボット群によって,高効率かつ確実な搬送作業の達成が可能となった.

 第1章および第2章では,移動ロボット群による大型物体協調搬送・協調物体操作の必要性,従来研究および本論文での目的を述べている.複雑な環境において,移動ロボット群によって大型物体を搬送するためには,障害物を回避しながら物体を目的地まで移動させるための移動ロボット群の動作を決定する必要がある.従来研究では,予め与えられた目標軌道を追従するための制御手法や,2次元平面内で障害物を回避するための経路を求める動作計画手法のみの議論に終始している.しかし,背の低い天井やドアの部分など3次元的な障害物を考慮すると,物体の姿勢を3次元的に変化させるための物体操作が必要となるため,物体操作を伴う搬送経路計画手法を構築する必要がある.本論文では,3次元的な障害物を考慮し,(1)高次元空間での障害物回避経路計画手法の構築,(2)力学的安定性を考慮した移動ロボット群による物体操作計画手法の構築,(3)障害物回避問題と物体操作問題の統合的解決法の構築を行うことを述べている.

 第3章では,移動ロボット群による大型物体搬送作業の定式化を行い,動作計画手法の構成を決定している.まず,移動ロボットが搬送および操作を行うために必要となる機能の設計を行っている.移動ロボットは固定型マニピュレータと比較して位置決め精度が悪いため,移動ロボットの位置決め誤差を補償する物体操作機構を提案した.また,性質の異なった物体経路計画問題と物体操作計画問題を含む動作計画手法を構築するため,これらを問題分割法により部分問題として分離して考え,それぞれを構築した後に整合性をもって統合するアプローチを採用した.その結果,大域的搬送経路計画器と局所的物体操作計画器からなる2段階の動作計画手法が必要であることを述べている.

 第4章では,搬送作業の達成に要する時間を評価指標とし,搬送経路を最適化する大域的搬送経路計画器を構築している.3次元環境において,目標状態まで対象物を搬送できる対象物とロボット群の動作を決定するためには,高次元の計画問題を解決する必要がある.そこで,作業のモデル化(抽象化)を行い,離散的表現を用いて環境を効率的に表現することにより,解の探索空間を構成した.また,探索空間内での解を探索するために,物体の搬送や操作の困難さをコストとして表現し,ポテンシャルをヒューリスティクスとして用いることで,効率的に最適解を探索することが可能な手法を構築した,作業環境や条件を変動させた条件でシミュレーションを行った結果,最適解を高速に発見可能であることが示された.

 第5章では,移動ロボットの位置決め精度と可動範囲を考慮し,安定した操作を実現するための局所的物体操作計画器を構築している.まず,移動誤差が大きく可動範囲に制限があることをパラメータ表現することにより明示的に動作計画に導入し,安定的に操作可能な接触位置の条件を求める.計算量を低減するため,安定性が保たれる状態から特徴的な状態を抽出してグラフ表現を行いた後にグラフ探索を行うことで,使用するロボットの性能に応じた安定余裕を有する物体操作手法を計画できる手法を構築した.条件やロボットの性能を変動させた条件でシミュレーションを行った結果,状況に応じた最適解を求めるとともに,実機実験結果により,センサ情報を用いずとも動作計画結果をそのまま適用するだけで安定した操作が実現できることが示された.

 第6章では,第4章および第5章で提案した手法を統合し,動作計画手法の評価を行っている.局所的物体操作計画の結果のうち,物体操作に必要な時間と空間を評価指標として大域的搬送経路計画で用いることで,作業時間最短となる動作計画を行うことができた.統合した動作計画手法を用いることにより,数時間のオーダで解を求めることが可能であり,計算量を低減しつつ最適な解が得られる計画手法であることが示された.また,物体を搬送・操作するための機構を有した全方向移動ロボット群システムを構築し,実機実験によっても動作計画手法の有効性が示された.

 第7章では,結論として,複雑環境において移動ロボット群によって大型物体の搬送作業を行うための動作計画手法が確立されたことが述べられている.本論文で構築した手法は,移動ロボットの特性を考慮した搬送動作を効率的に計画することができ,移動ロボット群での作業への適応が可能となった.

 以上を要約するに,本研究により,今後予想される多数台の小型ロボットを用い,複雑な環境で多様な物体を搬送するための動作計画手法を構築し,実環境での動作を実証したことから,この論文は精密機械工学のみならず,工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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