学位論文要旨



No 116053
著者(漢字) 三宅,竜二
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,リュウジ
標題(和) 大波高波浪中を航行する船舶の運動及び波浪荷重に関する研究
標題(洋)
報告番号 116053
報告番号 甲16053
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4890号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 木下,健
 国土交通省船舶技術研究所 部長 渡辺,巌
内容要旨 要旨を表示する

 船体を合理的に設計するためには、波浪による波浪荷重を設計段階で精度良く推定することが必要であり、近年における船体の合理的な設計に伴い、波浪による波浪荷重を設計段階で精度良く推定することのみならず、大波高中における船体応答についても推定することが必要とされてきた。このような大波高中の応答は、波高に対する顕著な非線形特性を示すことが従来の研究から知られており、波高による影響を厳密に考慮した非線形数値計算法が望まれている。しかし、現時点では非線形数値計算法は未だ確立されておらず、設計ツールとして用いることは困難な状況にある。また開発された非線形数値計算法の検証を行うために必要な大波高中における系統的な実験データも非常に少ない状況にある。

 そこで本研究では、大波高波浪中を航行する船舶の運動や波浪荷重、波浪変動圧力などの非線形特性を詳細に調べ、非線形現象を正確に把握するという目的から、船型が異なる二種類の模型船(VLCC,Container Ship)を用いて、模型船と入射波との出会角,出会周波数及び入射波高を系統的に変化させ、その中を航行する船体の運動,船体に働く波浪荷重及び船体表面の波浪変動圧力の計測を行い、これら応答の非線形特性について詳細に考察を行った。また、水槽実験から得られたVLCC Model及びContainer Ship Modelの実験結果とランキンソース法による線形計算結果及び既存のストリップ法による計算結果とを比較することで、線形理論の有効性、ストリップ法に対する三次元理論(ランキンソース法)の有効性、さらに、これら線形理論の適用限界などについて検討を行った。また、線形ランキンソース法に静的復原力やフルード・クリロフ力などの非線形性を近似的に組み込んだ近似非線形計算を行い、実験の結果として得られた各種非線形特性の要因について考察を行った。

 次に本研究で得られた実験結果の一例を図1から図4に示す。

 図1はHeave運動の周波数応答特性を表したグラフで、横軸に波長船長比(λ/L)をとり、縦軸は入射波の振幅で無次元化したHeaveの運動変位の振幅を表している。

 図2は船体前半部、水面付近における波浪変動圧力の周波数応答特性を表したグラフで、横軸に波長船長比(λ/L)をとり、縦軸は入射波の振幅で無次元化した波浪変動圧力の振幅を示している。

 図3は船体中央に働く垂直曲げモーメントの周波数応答特性を表したグラフで、横軸に波長船長比(λ/L)をとり、縦軸は入射波の振幅で無次元化した垂直曲げモーメントの振幅を表している。

 図4はサギングモーメントとホギングモーメントの周波数応答特性を表したグラフで、横軸に波長船長比(λ/L)をとり、縦軸はサギングモーメント及びホギングモーメントの最大値を表した物である。図1〜図3中の凡例“5cm”、“10cm”、“15cm”はそれぞれ入射波の波高を示しており、縦軸は入射波の振幅で無次元化した値を示しているので、入射波の振幅を2倍、3倍と変化させた場合に、波高に対するそれぞれの応答が線形に変化するならば同一の値を示すはずである。ところが、実験結果を見ると波高を5cm、10cm、15cmと徐々に大きくすると、それぞれの応答が小さくなっていることが示されている。これらの結果より、実験結果は波高に対して顕著な非線形性を有することが示されている。また図4の凡例、サギングモーメントとホギングモーメントは、それぞれ周期的に変動する垂直曲げモーメントの最大値と最小値の絶対値を表したものであり、これらは船体に働く荷重が線形な現象であれば、同じ値をとるものである。しかし実験結果では異なる値をとることが示され、入射波高が大きいときは船体に働く荷重には非線形な成分があることがわかる。本研究ではこのような非線形現象を詳細に調べた結果、以下のような結論を得た。

[船体運動について]

(1)Roll運動の同調現象に伴う運動の非線形性は従来の研究から知られていたが、本実験のおいても同様の非線形性が確認された。VLCC Modelでは斜向波において顕著に見られたがContainer Ship ModelではRoll運動の固有周期が長く、本研究での実験では同調周期付近の計測を行っていないため、顕著な非線形性は確認されなかった。

(2)VLCC Model及びContainer Ship Model共に斜向波や横波の短波長域においてHeave運動の振幅が波高の増大と共に明らかに小さくなる非線形性が確認された。さらに、Heave運動の非線形性が確認された波向,波長域では、ストリップ法、ランキンソース法などの線形理論による計算結果が、共に実験結果より顕著に大きい。この傾向は向波中を航走するContainer Ship Model の場合に顕著である。すなわちVLCC Model、Container Ship Modelに関わらず、Heave運動においては、向波や斜向波中で波高が5cm(実機で約3m程度)でもすでに何らかの非線形が現れているものと結論づけられる。

[変動圧力について]

(1)VLCC Model及びContainer Ship Modelにおいて、波浪変動圧力は、向波、斜向波、横波中において波高に対する非線形性が大きく、そのほとんどは単位波高あたりの変動圧力応答振幅が波高の増大と共に小さくなるという非線形性であった。水面近傍でかつ船首に近い部分の圧力においては非線形性が大きい。

(2)Container Ship Modelでは、斜向波において、計測したほとんどの圧力点において、短波長域で波高に対する明確な非線形性が認められる。この原因の一つとして考えられるのは、斜向波中のHeave運動に同様な非線形性が見られることであり、このために静水圧やRadiation力の変動振幅が波高に対して非線形となり、船側や船底などの水面から深い部分における圧力に非線形性が現れたとも考えられる。

(3)VLCC Model及びContainer Ship Modelにおいて、Roll運動の同調点付近で水面近傍のみならず、水面よりかなり深い部分においても変動圧力振幅に顕著な非線形性が見られた。このような非線形性はRoll運動やそれと連成するSway運動に伴うRadiation力の非線形性が主たる原因であると考えられる。

(4)Container Ship ModelはVLCC Modelと異なり船首に大きなフレアを有するために、船首部における波のDiffractionによると考えられる顕著な非線形性が現れる。

[船体中央曲げモーメントについて]

(1)VLCC Modelでは船体縦曲げモーメントの変動振幅は、波高に対する非線形性は小さい。一方、Container Ship Modelでは、縦曲げモーメント、水平曲げモーメントの波高に対する非線形性は大部分の波向・波長域において小さいが、斜向波の短波長域では縦曲げモーメント、水平曲げモーメントに顕著な非線形性が認められることが特徴的である。また、向波(180deg.)や斜向波(150deg.)の長波長域において、波高が大きくなるにつれて、単位波高あたりの振幅が大きくなる非線形性が確認された。この非線形性については近似非線形計算においても再現されており、コンテナ船特有の船首の大きなフレアに伴う復原力やフルード・クリロフ力の非線形性によるものと思われる。

(2)VLCC Modelでは、向波では従来の知見通り、サギングモーメントの方が、ホギングモーメントより大きい傾向が示されたが、他の波向、特に斜追波や追波における長波長域では、逆に大波高においてはホギングモーメントがサギングモーメントの値を大きく上回る傾向が確認された。一方、Container Ship Modelでは、向波から追波に至る全ての波向、ほぼ全ての波長域においてサギングモーメントの方がホギングモーメントより大きいことが示された。また、その差は波高が高くなるにつれて非線形的に大きくなることが認められ、この傾向は向波,斜向波では長波長域で顕著であり、逆に斜向波や斜追波では短波長域で顕著となり、完全な追波では、また長波長域にこの傾向がシフトするという特徴が確認された。またこの傾向は近似非線形計算法においても再現できるため、フレア部が水中に没水する際に働く大きな復原力やフルード・クリロフ力によってサギングモーメントが大きくなるのであろうと考えられる。

復原力とフルード・クリロフ力だけの非線形性を近似的に考慮した近似非線形計算では、線形計算では説明できないような大波高による非線形性をある程度説明できることが示された。しかしながら、例えば、Container Ship Modelの斜向波120deg.における変動圧力や縦曲げモーメントに典型的に見られたような、このような近似非線形計算法では説明できない現象も少なからず存在することから、今後はRadiation力やDiffraction力の非線形性を考慮したより厳密な計算法の開発が望まれる。

図1 Heave運動の周波数応答特性

図2 波浪変動圧の周波数応答特性

図3 船体中央垂直曲げ波浪荷重の周波数応答特性

図4 サギングモーメントとホギングモーメントの比較

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、大波高波浪中を航行する大型船舶の運動や船体に働く流体圧力・波浪荷重の非線形特性を主題とし、広範な水槽試験と理論数値計算によって非線形特性を詳細に考察し、その物理的要因・メカニズムを特定しようと試みたものである。

 船体の運動や船体に働く波浪荷重は、単位波高あたりに換算すると波高が高くなるにつれて一般に減少することが知られており、船体構造設計などに必要とされる遭遇確率10-8レベルでの当該物理量の線形長期予測値は現実の値よりかなり大きめの値であることが、実船による長期計測結果などから推定されている。また、航路変更によって嵐を回避するなどの実際の操船を考えれば、遭遇確率10-8レベルの荷重を設計に用いることは現実にそぐわない場合も多いと考えられている。このような非現実的な過度の設計荷重を避けるために、従来はたとえば10-8レベルの線形長期予測値に1より小さなある経験定数を掛けたり、あるいは遭遇確率を10-8から10-6に下げるなどの便宜的な手法が用いられてきた。しかしながら、このような経験的な手法では運動や荷重に関するデータベースの存在しない新しい船型を設計する場合にどのような定数や遭遇確率を採用すべきかについての信頼できる根拠が得られにくい。また、近年の厳しい国際競争に伍していくために船体の軽量化が図られてきたが、その結果として設計時には予想もされなかった思いがけない個所にクラックなどの損傷が相次いで発生するなどの不具合が報告されている。「尾道丸」の事故などに代表されるように、従来の船舶の折損事故は極限波浪中のスラミングなどいわゆる一発大波による大荷重が原因であろうと推測されるものが多かったが、上述のクラック発生など近年の船舶損傷事故は、当該船舶が一生に一度出会うかどうかといった極限海象ではなく、船舶がごく頻繁に遭遇するであろうと考えられる海象中で生じている点が特徴的である。このような状況から、船舶の検査・審査を担当する船級協会あるいは船舶を設計・建造する造船会社、船舶を運航する海運会社などにおいても、波浪中を航行する船舶の運動や船体荷重の非線形特性に改めて注目し始めている。DnV(ノルウェー船級協会)においてはランキンソース法に基くSWANと呼ばれる計算コードが、またABS(アメリカ船級協会)においてはグリーン関数法に基くLAMPと呼ばれる計算コードが開発され、わが国においても各所で理論計算手法の開発が鋭意進められている。しかしながら、そもそも大波高波浪中を航行する船舶の運動や船体に働く流体圧力あるいはその積分量としての船体波浪荷重が実際どのような非線形特性を示すかについての水槽試験結果は非常に少なく、非線形現象の実態を知るためにも、また開発された理論計算手法の検証のためにも、信頼性ある実験結果を得ることが必要とされている。

 本論文はこのような現状に鑑み、船舶が頻繁に遭遇するであろうと考えられる波高10m程度の大波高波浪中を航行する船舶の運動、船体に働く流体圧力、船体波浪荷重の非線形特性を実験的、理論的に明らかにすることを主題とし、まず非線形特性の実態を把握するために、大型タンカーとコンテナ船という船型の異なる実用船舶模型を用いて、模型船と波との出会い角・出会い周波数・入射波高を系統的に変化させ、その中を航行する当該模型船の運動・波浪荷重及び船体15箇所における波浪変動圧力を計測するといった従来にない詳細な実験を行っている。得られた実験データから、有意なもの・一般性のあるものを取捨選択するといった膨大な作業から得られた事実としての実験結果から、各種応答の非線形特性のメカニズムが考察されている。

 本研究では、このような実験的研究と共に、3次元ランキンソース法に基いた非線形計算手法の開発も行い、理論計算結果と実験結果を比較することで、船体運動や船体変動圧力、船体波浪荷重の非線形特性の要因について分析を行っている。本非線形計算手法では、船体の水面下形状が自身の運動や水面の上下運動によって時々刻々変化することを考慮して静的復原力とフルード・クリロフ力評価しており、このことによって船体運動や船体波浪荷重の非線形特性の大きな要因の一つと考えられる船首フレア部などの影響を考慮している。このような理論計算では、各種複合的要因の結果として現れたマクロな結果を考察する実験的研究と異なり、船体に働く流体力の各成分を分離して扱うことにより非線形特性の要因を分析的に考察することができるといった利点があり、本研究でもそのような側面からの理論的考察を行っている。本理論計算により、実用上重要な波浪中船体中央縦曲げモーメントの非線形特性を定量的にも推定できることなどが示された。

 本論文は次のような構成からなる。

 まず第1章序論において、本論文の主題である大波高波浪中を航行する船舶の運動や船体波浪荷重の非線形特性の船体設計における重要性について述べ、何故に今改めて非線形特性に着目し研究しようとしているかについて記述し、本論文の目的を述べている。

 第2章では、大型タンカー模型とコンテナ船模型を用いた水槽試験について詳述し、船体運動・船体変動圧力・船体波浪荷重などについて得られた実験結果を詳細に解析・考察し、実験結果から各船型について各物理量の非線形特性の発生メカニズムを考察すると共に、船型の違いと非線形特性の関連について比較・検討を行っている。

 第3章では、理論計算のための問題の定式化について述べている。

 第4章では、第3章で述べられた定式化に基く3次元ランキンソース法による数値計算手法について説明し、特にランキンソース法で問題となる波の放射条件の取り扱いについて詳述している。さらに、作成された数値計算コードの広範な検証(validationとverification)を行い、開発された計算コードが信頼性のあるものであることを示している。

 第5章では、3次元ランキンソース法に時々刻々の船体浸水面変化を考慮して評価した静的復原力及びフルード・クリロフ力を組み込んだ近似非線形数値計算による結果と水槽試験結果とを比較することによって、水槽試験によって観察された船体運動や船体変動圧力・船体波浪荷重の非線形特性の要因の分析を行い、水線面近傍の流体圧力あるいは実用上重要な船体中央部における縦曲げモーメントなどの非線形特性の大部分が船首フレア部などに働く静的復原力やフルード・クリロフ力によって説明できることなどを示している。

 第6章では結論を述べている。

 以上、本論文は、現在船級協会や造船会社・海運会社などで改めて関心が寄せられている大波高波浪中を航行する船舶の運動、船体変動圧力、船体波浪荷重などを研究の主題とし、特にそれら物理量の非線形特性について実験・理論両面から詳細な考察を行い、その要因分析を行っている。事実として得られた実験データから有意なものを選び出し、各種側面から考察・比較を行い、そのメカニズムを特定するといった膨大で精緻な研究により示された結果は、合理的な船体設計といった実用面からも、また、現在各機関で鋭意開発中の数値計算手法の検証といった基礎的な研究面からもその意義は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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