学位論文要旨



No 116054
著者(漢字) 村山,英晶
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,ヒデアキ
標題(和) 光ファイバセンサによる構造ヘルスモニタリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 116054
報告番号 甲16054
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4891号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

 近年、航空機や船舶などの輸送機、あるいは橋梁や高層ビルなどの土木・建築構造物には耐用年数を過ぎたもの、あるいはその期限が迫っているが少なくない。今後は更に増加することが予想される。

 このような背景のもと構造ヘルスモニタリングは、当初航空機の事故を防止するために米国で生まれた概念である。航空機の保守・検査における人的過誤の減少や、目視検査などでは見つけにくい疲労損傷の検知あるいは疲労の度合いを評価することがその目的であった。その後、製造・使用・廃棄の全段階にこの技術を適用することで、構造の信頼性をさらに高め、トータルコストを下げようとする考えが広まり、1990年代に入って多くの研究・開発が行われるようになった。

 現在、構造物の安全性、機能性を高めるために構造ヘルスモニタリングの研究・開発が欧米を中心に盛んに行われている。我が国においても早くからその有用性が認められ、各研究機関によって様々な領域から横断的な研究がなされてきた。しかし研究開発のその多くは、要素技術の発明・改良に重点が置かれ、実用化を目指した統合的な研究開発が少ないというのが現状である。そこで、適用対象とその構造的な特徴を明確にした上で、要素技術の統合化による構造ヘルスモニタリングシステムの実現が重要と考えた。実現に当たっては、センサとして光ファイバセンサが最も有力な候補であると考え、それを利用することにした。

 本研究では、大きく分けて3つの実験を行った。1つは、光ファイバセンサによる基礎的な構造モニタリングと構造ヘルスモニタリング実験であり、実験室において主に光ファイバセンサの適用性を検証した。次に、船体構造モニタリングを光ファイバセンサに用いて行った。これは、光ファイバセンサを利用したモニタリングシステムの適用性を検証するためのものであった。最後の実験は、構造ヘルスモニタリングシステムを大型複合材料製の競技用帆走艇に適用したものであった。これは、前の2つの実験をもとに行った構造ヘルスモニタリング技術の実証実験というべきものである。

 最初に、光ファイバ速度センサであるFLDV、準分布型光ファイバひずみセンサであるFBGセンサ、そして分布型光ファイバひずみセンサであるBOTDRを用いて、基礎的な構造モニタリングおよび構造ヘルスモニタリングの実験を行った結果について述べる。

 まずFLDVセンサの構造モニタリング実験では、鋼製の円柱棒を伝播する弾性波計測に適用した。この実験では、本来測定対象に固着されたセンサ部の伸縮速度を計測するというFLDVの原理と矛盾する結果が得られた。そこで有限要素解析によって、棒を伝わる弾性波の挙動を調べ、FLDVの計測シュミレーションを行った。それにより、周波数が高い変形については、FLDVがセンサ部に存在する端面の移動速度を計測している可能性が示された。また計測される出力には指向性が有ることが確認された。さらに、センサ部の長さによっても変わることが分かった。

 またFLDVセンサの構造ヘルスモニタリング実験では、複合材料の損傷にともなうAE(acoustic emission)の検出実験を行った。本研究では、AE事象数、AE事象総数、最大振幅の3つのパラメータを既存のAEセンサであるPZTセンサの計測結果と比較することで、光ファイバセンサの検出特性を検証した。その結果、FLDVセンサが振幅の大きいAE波検出に関しては、PZTセンサとほぼ同等の能力が有ることが分かった。また埋め込み型の光ファイバセンサは、材料表面に張りつけたPZTセンサに比べ、材料中に発生するAE波の波形をより直接的に計測していると思われる。次にFBGセンサの構造モニタリングおよび構造ヘルスモニタリング実験についてまとめる。まず構造モニタリング実験では、FBGセンサの特徴でもある準分布計測の適用性を検証した。実験ではH型鋼の3点曲げにおけるひずみを温度補償しながら計測したが、温度の変動に関係なく精度良いひずみを計測することができた。

 またFBGセンサの構造ヘルスモニタリング実験では、構造物の疲労損傷や寿命予測に適用することを考慮し、一般的な波形係数法として知られるレインフロー法を用いて、応力履歴を計測する実験を行った。この実験では、試験機の入力データとしてコンテナの実海域における応力データを用いて、FBGセンサによる船体構造の応力履歴計測のシュミレーションを行った。

実験室における実験の最後として、分布型光ファイバセンサであるBOTDRの2つの実験を行った。まずBOTDRを利用した構造モニタリングでは、ひずみ計測におけるセンサの精度などを検証した。BOTDRの空間分解能は1mであるので、試験片には4mのサンドイッチ構造材を使用した。実験ははりの3点曲げとし、その結果、BOTDRから得られるひずみ分布は、実際のひずみの1m幅移動平均にほぼ等しいことが分かった。

 次にBOTDRを用いた構造ヘルスモニタリングの基礎実験を行った。試験片にはサンドイッチ構造材を用いた。サンドイッチ構造材では、表皮材と心材のはく離が問題となることがあるが、それによって生じるひずみ分布の変化を検知できるかを検証した。計測結果は有限要素解析による計算結果と比較検討された。実験により、BOTDRはその空間分解能の制限により、空間分解能以下で急激に変動するひずみ分布を正しく計測できないことが分かった。しかし本研究では、計測器から得られる周波数データを利用して新しい損傷評価方法を開発し、その適用性を検証した。その結果、空間分解能の以下の範囲でも、2000με程度の変動が起きた場合はその異常を十分検知できることが証明された。

 2つめの実験である、船体構造モニタリングは、光ファイバセンサを利用した構造ヘルスモニタリングを実構造物に適用するための基礎的な実験として、実海域を航行する船の船体曲げひずみを計測した。光ファイバセンサにはFBGセンサを使用した。実験では、船体のひずみの振幅が10〜20μεという非常に小さな値であったにも係わらず、FBGセンサはその変形の様子を十分捕らえていた。レインフロー法による振幅のカウントについても、測定精度以上のひずみであれば、ほぼ正確な値をとると考えられる。また計測中に温度の影響でドリフトする現象が見られた。汐路丸にセンサを貼り付けていた期間は約6ヶ月であり、その間にドック入りの検査や大掛かりな清掃も行われた。かつ光ファイバセンサは常に風雨に晒された状態にあった。しかしながら、光ファイバセンサを設置してから6ヶ月後に簡単な計測実験を行った結果、センサが計測可能な状態にあることが確認された。

 最後に本研究の3つめの実験についてまとめる。

 構造ヘルスモニタリング技術のIACCヨットへの適用するにあたって、まずその構造を調べ、どのように設計・製造が行われているかを調査した。それによりIACCヨットにおいて構造上重要な要素が明らかになった。それは、船体縦曲げ剛性とマストを支えるバルクヘッド付近の横方向の剛性である。本研究ではIACCヨットの信頼性および安全性を向上させるため、構造ヘルスモニタリング技術を適用すべきであると考え、それを実行した。また、既存のメンテナンス作業を構造ヘルスモニタリング技術で代用あるいは併用することで、コストを下げつつ、保守の信頼性を高めることとした。さらに構造ヘルスモニタリングで得られた情報を、利用者に有益な形で与えることができるようにすることを考えた。これらを実現するため、本研究ではIACCヨットに適用するための構造ヘルスモニタリングシステムを提案した。センサには光ファイバひずみセンサであるBOTDRを使用することとし、その性能評価をした上で、ひずみデータから構造の品質保証と構造健全性評価を行うこととした。また有限要素解析から最適に近いセンサの配置を決め、その施工方法を実験的に検証した。そのため光ファイバセンサを製造中の船に安全に施工することができた。次に構造ヘルスモニタリングシステムを、計測システムと解析システムに分けて設計を行い、前者を実装した。解析システムの実装は、実際の計測法方が決定してから本格的な実装をすることにした。IACCヨット構造の品質保証および健全性評価を行う際の計測方法を決定した。その後解析システムの実装を行い、利用者により分かりやすく有益な情報を与えられるようなものとした。これでシステムを運用する準備がすべて整い、最後に使用者であるニッポンチャレンジと運用の形態を決め、システムを稼動させた。このシステムにより製造後の構造の品質を、IACCヨットにとって非常に重要な船体縦曲げ剛性とマストを支えるバルクヘッド付近の横方向の剛性について保証した。また、船体の長手方向に設置された光ファイバセンサのひずみ分布から、領域的な船体ひずみ分布を推定することにより、計測範囲外のひずみ分布をほぼ正確に再現できた。また大きな引張ひずみが生じると予想されたバルクヘッド付近の横方向のひずみに関しても、精度良く計測していることが分かった。さらに、BOTDRから得られる周波数データを利用して、製造中から製造後に急激に変動するひずみ分布が存在しないことが確認された。次に使用中の構造健全性評価を、品質保証とほぼ同じシステムで実行した。本研究では、IACCヨットの構造健全性を、同じ荷重下でのひずみ分布の時刻歴を見ることで、損傷などによる剛性の低下などを検証した。さらに本システムにより、船体縦曲げ剛性の線形性と対称性が保証され、また水上での変形情報を設計にフィードバックすることで、その後の補強作業に大いに役立った。

審査要旨 要旨を表示する

 機械構造物の信頼性と安全性を担保するため、設計技術、製造技術、品質管理技術および保守技術の高度化が進められている。しかしながら、構造物の大型化に伴い、事故の結果がもたらす人的、経済的および環境への被害も大規模かつ重大となっている。構造物の強度や耐久性は、使用環境や運用状況によって大きく変化する。構造物の受けている被害度あるいは余寿命を推定して、構造健全性を保証するためには、製造初期の状態だけでなく使用中の構造応答等をモニタリングすることが必要となる。そのような視点から構造ヘルスモニタリングの考え方が提案されている。構造ヘルスモニタリングは、構造物にひずみセンサ等を多数配置し、その計測値をモニタすることにより、対象構造物に作用する荷重や応力状態をリアルタイムで評価し、疲労余寿命や破損の予知を行う手法である。当初航空機の保守・検査の自動化を目的として開発されたが、その後、船舶、橋梁、土木建築物、衛星機器などへの適用が進められている。我が国においても早くからその有用性が認められ、様々な領域から横断的な研究がなされてきた。しかし研究開発の多くは、要素技術の発明・改良に重点が置かれ、実用化を目指した統合的な研究開発が少ないというのが現状である。

 本研究は、センサ・計測・複合材料成形などのハードウエア的な、そして各種計算シミュレーション・アプリケーション開発といったソフトウエア的な技術を統合化して構造ヘルスモニタリングシステムを構築し、複合材料製の実構造物の適用を検討している。光ファイバセンサによる構造モニタリングの可能性を検証する基礎的研究を実施し、その知見をもとに実海域での船体構造モニタリング試験を行っている。さらに、構造ヘルスモニタリングシステムを大型複合材料製の競技用帆走艇に適用し、その有用性を実証的に示している。

 光ファイバセンサの適用可能性に関する基礎的研究では、まずFLDVセンサの検出原理と適用限界について実験的に確認し、複合材料の損傷にともなうAE(acoustic emission)を埋め込み型の光ファイバセンサより直接的に計測できることを示している。

 次にFBGセンサの構造モニタリング実験では、FBGセンサの特徴でもある準分布計測の適用性を検証し、温度の変動に関係なく精度良いひずみを計測することを示した。FLDVセンサとFBGセンサを、実海域を航行する船舶に装着し、船首部衝撃荷重と船体縦曲げひずみを実測した。これにより実験室で確認した両光ファイバセンサの性能を海上環境中で確認し、船舶および海洋構造物への光ファイバセンサ適用可能性を実証している。

 分布型光ファイバセンサであるBOTDRのひずみ計測におけるセンサの空間分解能とひずみ感度について実験的に検討した。サンドイッチ構造材に生じた表皮材と心材のはく離をひずみ分布の変化から検出することを試みている。その結果、BOTDRはその空間分解能の制限により、空間分解能以下のスケールで急激に変動するひずみ分布を正しく計測することはできなくても、ブレリアン散乱光の周波数分布を利用して損傷の有無は推定できることを示した。

 本論文の主要な成果である、複合材料構造のヘルスモニタリングに関する実証的研究を実際のアメリカズカップ級(IACC)ヨットを対象として行っている。単に実験室での基礎研究にとどまらず、実構造物への適用をその研究課題の中心に据えている点が本論文の特徴となっている。まず、その構造的特徴を調べ、構造上重要な要素が、船体縦曲げ剛性とマストを支えるバルクヘッド付近の横方向のひずみであることが判明したため、その重要構造部位のひずみ計測をBOTDRを用いて行う構造ヘルスモニタリングシステムを開発し、新造したアメリカズカップ挑戦艇艇に実装している。さらに構造ヘルスモニタリングで得られた測定結果を、利用者に有益な情報として提供する評価・解析システムを開発している。このシステムにより建造からレースの間、IACCヨットにとって特に重要な船体縦曲げ剛性とマストを支えるバルクヘッド付近の横方向変形について、詳細なひずみ分布を定期的に測定し、それらを構造解析結果と比較し、あるいはその経時的変化を調べることにより、構造健全性を評価している。

 本論文は構造ヘルスモニタリングシステムを実構造物を対象として実現した先駆的な研究であり、世界的にも極めて希少な実行例を示している。センサ利用技術の改善や、限られた計測データから全体的な構造情報に拡張するためのデータ処理方法など、独創的な手法が提案されている。この実証的研究を通して、複合材料構造物の品質保証と使用中構造健全性評価のための新しい手法が提案されている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク