学位論文要旨



No 116055
著者(漢字) 山口,晃司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,コウジ
標題(和) 複合材料による構造物補強・補修システムに関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 116055
報告番号 甲16055
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4892号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 複合材料を利用した補強・補修方法は土木・建築分野では近年かなり注目されており、航空機分野でも一部に供せられた例があるものの、このような複合材料を利用した補強・補修システムの強度信頼性に関する基礎的研究は非常に少ない。

 本研究では複合材料シートの接着により補強された構造物の破壊過程を詳細に検討した。補強効果のモデル化により破壊過程のシミュレーションを試みた。さらに、本工法において、重要な接着強度について、新しい試験法を提案した。その結果、破壊過程を制御することにより新しい補強・補修システムの構築を目指すことを目的とした。

複合材料によるコンクリート構造物の曲げ補強効果

 補修補強工法として現在注目を浴びているFRPシートによる補強・補修工法をコンクリートに適用した。コンクリートという材料の特性すなわち、脆性材料であり圧縮荷重に強いものの引張強度が低いという点を考慮し、曲げ強度の向上を目指した。FRPにより補強したコンクリート梁の3点曲げ試験を行った。補強を施さなかった試験体よりも補強した試験体の方が最高荷重および最終破壊までの変位が大きくなった。最終荷重は補強するFRPシートの強度を増せばますほど大きくなる傾向にあったものの、シートの剛性の比ほどは大きくなっていないことを明らかにした。また、シートが試験体からはく奪することによって最終破壊に至っている。このことから、構造強度は接着強度に依存していることを明らかにした。

補強された片側切り欠き梁の力学モデルの提案

 また、複合材料で補強された片側切り欠き梁の破壊力学的特性を解明するためのモデルを提案した。本力学モデルにおいて、引き剥がされたFRPシートがバネとして働き、ベース材内のき裂に対して閉口力が働きき裂の進展を抑制するモデルである。そこで、一様曲げモーメントがかかるモデルならびに3点曲げ荷重がかかるモデルを想定して、ベース材内の応力拡大係数を解析した。一様曲げモーメントがかかるモデルでは、モーメントと閉口力が働くモデルのコンプライアンスを求めて、モーメントと閉口力の関係をコンプライアンスを用いて表した。これにより、補強効果をき裂深さ比ならびに無次元化したはく離長さのパラメーターを用いて表すことができた。さらに、FRPシートにかかる平均膜応力と補強しているFRPシートのはく離端におけるエネルギー解放率を解析することができた。また、3点曲げ荷重がかかるかかるモデルにおいても、無次元化したはく離長さに加え、無次元化したシート厚さ、剛性を考慮したアスペクト比をもちいることで、補強効果、平均膜応力、はく離端におけるエネルギー解放率を解析した。FEM解析により、提案式の妥当性、および適用限界を明らかにした。

複合材料による片側切り欠き鋼材の曲げ補強効果

 鋼材の片側切り欠き試験片に高弾性炭素繊維および高強度炭素繊維の2種類の繊維を用いて補強した試験体に対して3点曲げ荷重を与え、補修補強効果を実験的に検証した。静的荷重では高強度炭素繊維を用いて補強した試験体の方が最高荷重および変形量に関して高弾性炭素繊維で補強するよりも補強効果が大きいことがわかった。一方、繰り返し荷重下におけるき裂進展量については、高弾性炭素繊維の方が高強度炭素繊維よりもき裂進展抑制効果が大きかった。しかし、補強材のはく離の進展は高弾性炭素繊維の方が速かった。応力拡大係数とき裂進展速度の関係からみると高弾性炭素繊維で補強した試験体の方が高強度炭素繊維で補強した試験体よりもき裂進展速度を低くを抑えていることを明らかにした。また、積層数が大きくなればなるほど、同様の効果が得られることを示した。さらに、前章で提案した補強した片側切り欠き試験体の破壊力学モデルを適用することで、鋼材における破壊を合理的に示すことができた。

 新しく曲げモーメントを考慮したCLS(Crack Lap Shear)試験によるエネルギー解放率を提案し、鋼材と補強材のはく離進展速度とエネルギー解放率の関係を実験的に実証した。鋼材のき裂進展速度と応力拡大係数の関係は補強を施さなかった試験体の繰り返し荷重試験によって得た。き裂長さ、はく離長さ、荷重から母材のき裂における提案した応力拡大係数と接着はく離部のエネルギー解放率を求め、エネルギー解放率とはく離進展則速度の関係および応力拡大係数とき裂進展速度の関係から、複合材料で補強した片側切り欠き鋼材のき裂進展とはく離進展をシミュレーションし、実験と同様の傾向が得られた。

新しい接着強度評価法の提案

 エネルギー解放率で接着強度を評価する新しい接着強度試験法を提案した。本試験法では、荷重変位線図が非線形となるので、一般的にエネルギー解放率を評価するときに用いられるコンプライアンス法を用いることができない。そこで、本試験法によるシートの変形をいくつかの仮定を設けることで解析した。その結果、本試験法における荷重は変位をき裂長さで除した剥がれるシートの正接の関数になっていることを示した。また、荷重と変位の関係から弾性エネルギーを求め、そこからエネルギー解放率を解析した結果、エネルギー解放率も変位をき裂長さで除した剥がれるシートの正接の関数になっていることを示した。これにより、き裂長さを計測しなくても本試験においては剥がれるシートの正接を直接計測することでエネルギー解放率を解析できることを明らかにした。

 FEMを用いて、本試験法の妥当性および本試験法の特性を確認した。直接応力法から外挿法を用いてき裂先端でのモード分離を試みた。その結果、本試験法において80%以上がモードIIの変形であることが明らかになった。

 提案した接着強度試験法を実験方法として確立し、本実験方法および評価式の妥当性および適用限界を明らかにした。本実験方法を用いて表面処理の異なる試験体の接着強度試験を行った。その結果、本試験を用いることで表面処理による接着強度の差を明らかにした。

海水環境中における接着強度の劣化

 鋼材を補強する複合材料として樹脂と繊維の2因子を設け、それぞれに4水準と2水準の刑水準の複合材料を用意した。繊維としては、ガラス繊維と炭素繊維を用意し、樹脂としてはエポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、イソ系不飽和ポリエステル樹脂、オルソ系不飽和ポリエステル樹脂の4種類を用意した。ASTMに準拠した温人工海水に浸漬期間を一ヶ月、六ヶ月、十二ヶ月の3水準を設け、浸漬した。その結果、繊維にガラスを用いた場合、人工海水に浸漬させなかった試験体、一ヶ月、六ヶ月、十二ヶ月間浸漬させた試験体、全てにおいて層内をはく離が進展し、有効断面積の減少によりシートが破断した。一方、強化材の繊維として炭素繊維を用いた試験体では、浸漬期間に関わらず、エポキシ樹脂をマトリックスとして用いた試験体がもっとも接着強度が高かったが、はく離進展において、不安定に進む傾向が顕著に見られた。浸漬させなかった試験体と浸漬期間が一ヶ月の試験体において、破壊の様相は全ての種類の試験体でき裂は層内を進んだが、エポキシ樹脂以外の樹脂をマトリックスとした試験体は進展中にFiber-Bridgeを伴っていることが観察された。このFiber-Bridging現象により不安定破壊を抑止したものと考えられる。浸漬期間が六ヶ月の試験体についてはイソ系不飽和ポリエステル樹脂およびビニルエステル樹脂をマトリックスとして用いた試験体については、鋼材と補強材の界面にてはく離が生じた。これにより、接着強度が著しく低下した。また、破面からは腐食が確認され、炭素繊維シートを接着したために腐食が発生したものと考えられる。この腐食は破面のSEM観察およびX線回析により確認された。一年間浸漬させた試験体では全ての試験体において著しく接着強度が低下していることが明らかになった。破壊様相においても、全ての樹脂で接着界面においてはく離が進展した。また、エポキシ樹脂で確認された不安定破壊を本試験法によって得られるR-Curveから詳しく考察した。不安定破壊におけるき裂進展開始時のエネルギー解放率とき裂停止時のエネルギー解放率について比較検討した結果、浸漬期間が六ヶ月までの試験体ではき裂進展開始時のエネルギー解放率が大きく変動するのに対して、浸漬期間が十二ヶ月の試験体ではき裂停止時のエネルギー解放率が大きく低下していることを示した。これは、破壊の様相の変化によるものである考える。

複合材料を用いた補修補強設計

 複合材料による補強・補修を行った場合に既存の補強設計に対して用いることができ、さらに、本研究により複合材料による補修工法の破壊過程をシミュレーションできることから、構造物のシナリオデザインを行うことができるようになることを示唆した。さらには、単なるFRPシートによる強度向上という目的のみだけではなく、構造健全性評価を兼ね備えた新しい補強・補修設計も可能になることを示した。

結論

 本研究において、実験室で行える試験体を使って、破壊過程を詳細に検討した。それらの知見に基づき、複合材料で補強した試験体の力学モデルを提案し、補強効果を理論、FEM、実験から明らかにした。必要な様々なエネルギー基準による接着強度試験法を提案し、実験方法を確立した。提案する接着強度試験法を用いて、異なる樹脂を用いた複合材料の海水環境中における接着強度の劣化を評価した。補強効果ならびに接着強度試験を用いて複合材料を利用した場合の合理的な補強・補修設計を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、高強度・高剛性で軽量な繊維強化プラスチック(FRP)等の複合材料シートの接着により既存構造物を補強・補修する方法が構造物のメンテナンス工法として各方面で注目されているが、実機への適用試行が先行し、強度信頼性に関する基礎的研究はあまり行われていない。本研究は、複合材料による補強・補修システムを確立するため、破壊過程の詳細な検討とモデル化により、このような接着工法の強度信頼性に関する基礎的知見を得る目的で行ったもので、本文は10章から構成されている。

 第1章、第2章は序論で、環境問題によって求められるメンテナンス技術への社会的要求について述べ、土木・建築構造物、航空機、海洋構造物の3種類について、現在行われているメンテナンス技術、複合材料による補強・補修技術に関する既往の研究および実構造への適用事例について展望し、本研究の立場と目的を明らかにし、本論文の構成を示している。

 第3章では、FRPシートにより補強されたコンクリート梁の3点曲げ試験を行い、最終破壊に至る破壊過程の特徴について検討している。この結果、非補強試験体よりも補強試験体の方が最高荷重および最終破壊までの変位が大きくなり、最高荷重は補強FRPシートの強度を増すほど大きくなる傾向があるが、シートの剛性の比ほどは大きくならないことを示し、この原因がシートが試験体からはく奪することによって補強効果が失われることから、構造強度が接着強度に依存していることを明らかにしている。

 第4章では、複合材料によって補強された片側切り欠き試験片の補強効果を説明するため、引き剥がされたFRPシートがバネとして働き、ベース材内のき裂に対して閉口力が働くことによりき裂の進展が抑制されるという力学モデルを提唱している。このため、一様曲げモーメントおよび3点曲げ荷重がかかるモデルを想定して、ベース材内の応力拡大係数を解析し、FRPシートの補強効果、平均膜応力およびはく離端におけるエネルギー解放率を種々の無次元パラメーターを用いて閉じた解として表し、これらの解析解の妥当性および適用限界をFEM解析により明らかにしている。

 第5章では、高弾性および高強度炭素繊維の2種類の繊維を用いて補強した鋼材の片側切り欠き試験体に対して静的および繰り返し3点曲げ荷重を与え、補強効果を実験的に検証している。この結果、静的荷重および繰り返し荷重下におけるき裂進展特性、高弾性および高強度炭素繊維よるき裂進展抑制効果の相違を明らかにし、前章で提案した補強した片側切り欠き試験片の破壊力学モデルによりき裂進展特性が合理的に説明されることを示している。さらに、新しく曲げモーメントを考慮したCLS(Crack Lap Shear)試験によるエネルギー解放率評価法を提案し、き裂進展とはく離進展をシミュレーションにより実験と比較して同様の傾向を得ている。

 第6章では、エネルギー解放率により補強シートの接着強度を評価する新しい接着強度試験法を提案している。本試験法では、荷重およびエネルギー解放率が変位をき裂長さで除したシートのはく離角度の正接の関数として表され、き裂長さを計測しなくてもエネルギー解放率が求められるので、連続的なR-curveの計測を可能にしている。また、ベース材の材料定数を変化させたFEM解析により、本試験法における仮定の妥当性および本試験法の特性を確認し、直接応力法から外挿法を用いてき裂先端でのモード分離により80%以上がモードIIの変形であることを示している。

 第7章では、前章で提案した試験法および評価式の妥当性および適用限界を実験的に検証し、き裂が進展しても本評価式が適用でき、ベース材を表面が均質なアルミから祖面であるモルタルに変えても同様に適用できること、また、本試験法の破壊靭性評価が従来の面積法と非常に良く一致することも示している。さらに、本試験法の応用例として、表面処理の異なる試験体の接着強度試験を行い、表面処理による接着強度の差を明らかにしている。

 第8章では、ベース材として鋼材、補強材として4種類の樹脂(エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、イソ系不飽和ポリエステル樹脂、オルソ系不飽和ポリエステル樹脂)と2種類の繊維(ガラス繊維、炭素繊維)を用い、ASTMに準拠した温人工海水に1ヶ月、6ヶ月、12ヶ月間浸漬した場合に、ガラス繊維および炭素繊維、マトリックス樹脂による劣化挙動および破壊様相の変化に関して、第6章において提案した接着強度試験法を用いて詳細に比較検討した結果について述べている。とくにエポキシ樹脂をマトリックスとして用いた試験体のはく離の不安定進展挙動の浸漬期間による変化を本試験法により計測されるR-Curveの特性から詳しく考察している。

 第9章では前章までの検討結果から、補強された構造物が最終破壊に至るまでにどのような破壊過程を経て行くのかという観点から、環境による材料特性の劣化とともに接着強度の劣化を常時モニタリングする必要があることを提唱し、そのための基本的な設計フローを示している。

 第10章は結論で、本論文の成果を総括したものである。

以上を要するに、本論文は、実験室で行える試験体を用いて破壊過程を詳細に検討し、これらの知見に基づき複合材料で補強した試験体の力学モデルを提案し、補強効果を理論、実験の両面から明らかにするとともに、エネルギー解放率による新しい接着強度試験法を提案し、異なる樹脂を用いた複合材料の海水環境中における接着強度の劣化を詳細に評価したものである。これらの知見は複合材料による構造物の補強・補修システムの合理的な設計法の確立に新しいアプローチと有効な手法を提供するものであり、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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