学位論文要旨



No 116057
著者(漢字) 小林,弘明
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒロアキ
標題(和) 二段式スペースプレーンのシステム統合設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 116057
報告番号 甲16057
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4894号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 教授 梶昭,次郎
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨 要旨を表示する

 将来の宇宙輸送システムに求められる特質には様々な要素があるが,その中でも特に重視されるべきは運用コスト低減と信頼性向上の2点である。これらを現在の旅客航空機レベルと同等にするのが将来型宇宙輸送システムの目指すべき目標とされている。空気吸い込み式エンジンを搭載したスペースプレーンは,これを実現するコンセプトの1つとして提案されているものである。

 本論文の目的は,スペースプレーンの「エンジン形式」と「推進/機体/軌道に関する主要設計変数」を最適化することである。対象として,ターボジェットをベースとする複合サイクルエンジンを搭載した,二段式スペースプレーンを設定した。エンジン候補は,予冷ターボジェット,予冷エキスパンダーATR,予冷ガスジェネレータATR,ターボラムジェットの4種類である。

 スペースプレーンは常に加速状態にあり,しかもその飛行領域は航空機よりはるかに広い。従って,離陸から帰還までの全体性能を最良にする最適設計手法の確立が求められている。しかし従来の研究例においては,軌道と機体の同時最適化がほとんどであり,推進系に関しては,与えられたマップデータを使用している。

 この理由は,システムモデルを推進系の各要素にまでブレークダウンすると,最適化設計に要する計算負荷が膨大になるためである。

 本研究では従来の検討例とは逆に,推進系に重点を置いたスペースプレーンのシステム統合設計手法を提案する。詳細な推進モデルと簡略化された軌道・機体モデルを組み合わせて,統合最適化計算を行うことで,与えられたミッションに最適なエンジン形式と設計パラメータを決定することが可能になる。推進・軌道・機体のモデリング手法について以下に述べる。

▼推進系モデル

 スペースプレーンの推進系をインテークや燃焼器などのコンポーネントレベルまで分解し,それぞれについて熱流体特性モデルと構造重量モデルを定義する。モデルとして可能な限り実験や数値計算によって信頼性の確認されたものを使用する。

 候補となるエンジン形式が多数の共通要素を持つという、特徴を利用し、全ての候補を含む包括的なサイクルを構成した。包括サイクルは必須要素と冗長要素からなり,各エンジン形式は冗長要素の有無によって表現される。構造重量を考慮した最適化アルゴリズムを適用することによって包括サイクルは最適なエンジン形式へと収束していく。

 飛行シミュレーションの各時点においてエラーマトリックス法によりエンジン推力と燃料流量を求める。この際,流量や仕事の適合,構造材の温度限界など,計17個の制約条件を考慮する。

▼軌道・機体モデル

 最適制御は行わず,離陸直後を除いて一定動圧上を飛ぶものと仮定する。また,加速フェイズと巡行フェイズのみを考慮し,減速過程における燃料消費を無視する。飛行動圧と上段分離速度/高度,巡行速度/高度を設計変数とする。また,機体の空力特性を固定し,翼面積と胴体全長のみを設計変数とする。

 推進系の設計変数に離散量が多く含まれるという点を考慮し,最適化手法として勾配法ではなく遺伝的アルゴリズムを適用する。同じミッションに対するスペースプレーンの離陸重量を評価関数とし,これを最小化するように設計を行う。

 以上の手法を,二段式スペースプレーンに適用した。その結果,実用に耐えられる計算時間で最適なエンジン形式とサイジングパラメータを特定することに成功した。遺伝的アルゴリズムで使用する初期乱数をパラメータとして10回同じ計算を実施し,解の大域的最適性を確認している。また,一部の設計変数を固定し,それ以外の変数を最適化する部分最適化計算をおこなった結果,得られた値は,統合最適化の結果と全ての変数について一致しており,これは本手法の妥当性を示すものである。なお,17個の設計変数を定義域の3%以内に収束させるために要した計算時間はPC(PowerMacG4)で最大5時間であった。収束に要する計算時間は設計変数の数にほぼ比例するので,今後変数の数が増加した場合には,局所探索能力のさらなる向上が必要である。

 統合最適化計算によって得られた結果の定性的な説明を述べるとともに,エンジン要素特性に関する詳細な感度解析をおこない,得られた知見について以下に述べる。

(1)コアエンジン

 ターボジェットベースの複合サイクルエンジン(予冷ターボジェット,エキスパンダーATR,ガスジェネレータATR,ターボラムジェット)のうち,スペースプレーンのペイロード比を最大にするエンジンは,図2に示すように6段圧縮機2段タービンの予冷ターボジェットであり,低軌道に10Mgのペイロードを打ち上げるミッションを,約309Mgの機体で達成できるという結果が得られた。

 エキスパンダーATRは,タービン仕事の供給能力が不足しているため,比スラストと比推力が予冷ターボジェットより劣る。ガスジェネレータATRは,タービン入口温度の制御性に優れるので,比スラストは予冷ターボジェットに匹敵する。しかし,酸化剤携行のペナルティによって大幅に比推力が低下し,全体性能で予冷ターボジェットを凌駕することはできない。一方,ターボラムジェットは,熱防護による高速飛行時の比推力低下がないため燃費性能に優れるが,ターボ径の増大とラムダクト,切り替え弁の存在によってエンジンが非常に重い。よって,ペイロード比を評価指標として用いる場合には予冷ターボジェットが最適となる。

 ただし,コストモデルめ設定次第では最適なエンジン形式が異なってくると考えられるので,これが最終的な結論ではない。コスト,信頼性,保守性などを総合的に考慮した評価指標を用いて議論を続けていく必要がある。

(2)インテーク

 通常,インテークは全圧回復性能においてMilitary Specを達成できるように設計される。しかし,マッハ6以上の極超音速領域を飛ぶエンジンでは,Military Specの達成は不要であるだけでなく,全体性能を低下させることが判明した。スペースプレーンのような加速機のエンジンと推進剤の重量はほぼ等しいため,エンジンの高圧化による重量増大のペナルティは通常航空機に比べて非常に大きい。エンジン要素のうち,耐圧部材の構造重量を削減するために,インテーク全圧回復性能を下げる必要があり,マッハ6における目標全圧回復率は15%程度で十分である。全圧回復率の感度が,最適点前後5%でほぼフラットであるのに対し,抽気率の1%は全体重量の1%に相当する感度を持つ。全圧回復率の向上よりむしろ,どれだけ抽気流量を減らせるかが,スペースプレーン用インテークの課題である。

(3)ノズル

 ノズルの推力効率は,推力余裕に直接効くため非常に感度が大きい(推力効率の1%は全体重量の約5%に相当)。本研究では,設計マッハ数を2.5としたノズルのCFD計算結果をもとに推力効率をモデル化しているが,この精度を確認する必要がある。また,設計マッハ数と推力効率の関係についての調査が強く望まれる。

(4)予冷器

 予冷器のないターボジェットを搭載する場合,オービター分離マッハ数が4以下となってペイロード比が悪化し,結果として離陸重量が約50%増大する。また,予冷器への着霜を防止するため,高度9km以下では予冷器を停止するという運用形態をとる場合,推力余裕の低下を補うため最適な圧縮機径が20%増大し,結果として離陸重量が約10%増加する。よって,予冷器の採用は必須であり,できれば地上からの使用が望ましいといえる。

(5)機体

 本研究では空力特性を固定し,機体全長と主翼面積のみを設計変数とした。このうち,機体全長は当然のことながら,燃料を搭載可能な最小の長さがよい。一方,翼面積は,翼面荷重制約を満たす最小の面積が最適であった。これは,主翼重量増加の影響が大きいという理由のほかに,次のような原因が考えられる。まず,現在の空力モデルでは揚抗比を最大とする迎角が釣り合い迎角より大きいので,翼面積を増やすと飛行迎角が減少し,揚抗特性が悪化する。また,本研究の軌道は基本的に動圧一低軌道であり,翼を利用した積極的な軌道制御は必要としない。これらの理由から,翼面積を最小にする設計が最適になったと考えられる。

(6)軌道

 本研究では,スペースプレーンの軌道に関する設計要素を,上段分離速度と動圧限界,帰還巡航点(速度,高度)に限定した。このうち,上段分離速度はマッハ6.1に最適点が存在した。これより分離速度が大きくなると,冷却要求による比推力低下やノズル推力効率の低下によって初段ブースターの初期重量が急激に増大する。一方,動圧限界は47kPaが最適であった。これより動圧が高くなると,推力余裕は大きくなるもののエンジンや機体の構造重量が増加することによって,初期重量は増大する。また,帰還巡航点は,マッハ3.4,高度29kmが最適であり,この点は解析的に求めた最適点とほぼ一致した。

図1 二段式スペースプレーンの概念図

図2 ターボ段数の比較

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)小林弘明提出の論文は,「二段式スペースプレーンのシステム統合設計に関する研究」と題し,5章と付録1篇からなっている。

 将来の宇宙輸送システムに求められる特質には様々な要素があるが,その中でも特に重視されるべきは運用コスト低減と信頼性向上の2点である。これらを現在の旅客航空機レベルと同等にするのが将来型宇宙輸送システムの目指すべき目標とされている。空気吸い込み式エンジンを搭載したスペースプレーンは,これを実現するコンセプトの1つとして提案されているものである。スペースプレーンは常に加速状態にあり,しかもその飛行領域は航空機よりはるかに広いため,全体システム性能を評価基準とした設計を必要とする。また,推進・機体・軌道間の相関が非常に複雑であることから,これらを統合し,同時に最適化する設計手法の確立が望まれている。しかるに,従来の検討例は機体・軌道の同時最適化を目的としたものがほとんどであり,最適制御を伴なう詳細な軌道計算をおこなうかわりに,推進に関しては固定,あるいは非常に簡略化されたモデルが用いられている。これは,推進システムを記述する方程式群を機体の運動方程式に含めると,最適制御に要する計算負荷が膨大となり実用的ではないためである。

 本論文では,以上のような背景から,スペースプレーンの推進系に重点を置いたシステム統合最適化手法を提案している。これをターボジェットベースの複合サイクルエンジンを搭載した二段式スペースプレーンに適用し,実用に供せる時間で最適なシステム仕様を特定することに成功している。

 第1章は序論であり,本論文の背景として将来型宇宙輸送システムとその推進系に関する研究開発状況を総括するとともに,研究の目的と,統合最適化計算の方法論について説明している。

 第2章は「二段式スペースプレーンのモデル化」と題して,統合最適化計算で対象とするシステムのモデリング手法に関する説明をおこなっている。本手法における推進モデルの特徴として,次の2点があげられる。第1点はモデル精度の高さであり,これは,推進系の要素分解によって達成されている。インテークや圧縮機などの構成要素ごとに,実験や数値計算,統計データにもとづく熱流体特性モデルと構造重量モデルを定義し,温度制約や強度制約を考慮したサイクル計算を軌道計算と同時に実行することによって,エンジンの精確な部分負荷性能が予測される。第2点は適用範囲の広さであり,これは包括サイクルと呼ばれる一般化された複合サイクルエンジンモデルを構成することで達成されている。包括サイクルは,全てのエンジン候補の冗長系であり,構成要素の有無によってエンジン形式の違いを表現する。構成要素の有無は,ターボ段数や伝熱面積といった他の設計パラメータと同時に最適化される。これによって,最適化を伴うエンジン選定作業の自動化を実現することができる。なお,設計変数の中に離散量が含まれるため,従来のような勾配法を最適化手法として適用することは難しい。本手法では,問題の性質に合わせて局所探索能力の改善をはかった実数値遺伝的アルゴリズムを用いている。推進系のモデルを詳細にする一方で,機体空力特性の固定や,軌道のフェイズ分割によって,軌道・機体モデルの簡略化をはかっている。しかし,推進・機体・軌道間の相関を考慮するため,翼面積やオービター分離マッハ数といった代表的な設計変数については,推進系の設計変数と同時に最適化をおこなっている。

 第3章は「二段式スペースプレーンの最適化」と題して,統合最適化計算で用いる遺伝的アルゴリズムの概要を述べるとともに,最適化計算を実行した結果を示している。計算例としてターボジェットベースの複合サイクルエンジンの比較を行った結果,予冷ターボジェット,エキスパンダーATR,ガスジェネレータATR,ターボラムジェットのうち,ペイロード比を最大にするエンジン形式は予冷ターボジェットであるという結論が得られている。また,遺伝的アルゴリズムで使用する初期乱数をパラメータとして10回同じ計算を実施し,解の大域的最適性を確認している。

 第4章は「考察」と題して,統合最適化計算によって得られた結果の定性的な説明を述べるとともに,エンジン要素特性に関する詳細な感度解析をおこなっている。一部の設計変数を固定し,それ以外の変数を最適化する部分最適化計算をおこなった結果,得られた値は,統合最適化の結果と全ての変数について一致しており,これは本手法の妥当性を示すものである。なお,17個の設計変数を定義域の3%以内に収束させるために要した計算時間はPC(PowerMacG4)で最大5時間であった。収束に要する計算時間は設計変数の数にほぼ比例するので,今後変数の数が増加した場合には,局所探索能力のさらなる向上が必要である。

 第5章は結論であり,本研究で得られた知見を要約している。

 以上要するに,本論文では,推進系に重点を置いた宇宙輸送システムの統合設計手法を提案し,これを二段式スペースプレーンの最適設計問題に適用することで,定量的に最も有望なエンジン形式の特定に成功している。さらに,システム感度解析によってエンジン要素研究において有益な指針を得ており,航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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