学位論文要旨



No 116058
著者(漢字) 豊田,和弘
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,カズヒロ
標題(和) CWレーザー推進に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 116058
報告番号 甲16058
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4895号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 都木,恭一郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙空間および大気中での使用を目的とした革新的な宇宙推進機として、レーザー推進機の理論研究が行われてきた。CW(continuous wave)レーザー推進機は、宇宙機外からエネルギー源であるレーザービームを連続的に導入し、高温のプラズマを生成、維持し、推進剤を加熱し、超音速ノズルにより推力を発生するという推進機構を持つ。そのため、一般の化学ロケットや電気推進と異なってエネルギー源や電源を宇宙機に搭載する必要がなく、ペイロード比を画期的に高めることができる。特に地上からの打ち上げに用いる場合には、周囲の空気を推進剤として取り入れ利用することができる。しかしながら、このようにレーザー推進が宇宙輸送システムに大きな変革をもたらす推進技術であると期待されながら、現在まで研究開発が進んでおらず、レーザープラズマの特性やエネルギーの輸送過程等の内部現象について明らかにされていない。

 本論文は、レーザー推進機内のレーザープラズマの生成および安定保持を得るとともに、推進機の基本性能を実験的に明らかにし、更に性能向上の方法を調べることを目的としている。

 本論文は全7章で構成されている。

 第1章は序論である。本研究の背景、すなわち宇宙推進にとってCWレーザー推進の必要性、有効性を論じ、本研究の目的と意義を示した。

 第2章においては、レーザー推進機の作動原理について記述した。レーザー光線は推進剤の通過経路であるレーザープラズマ生成部に集光されており、一旦レーザーの焦点付近でプラズマが生成されると、そのプラズマは逆制動放射によりレーザーエネルギーを吸収し、プラズマの生成エネルギー及び損失量とレーザー吸収量が釣り合うところで維持される。生成プラズマの中心部の温度は1万〜2万度程度まで高められ、このプラズマのエンタルピーが推進エネルギーの源となり、ラバルノズルによりエネルギー変換され、推力を発生する。このレーザーにより生成されたプラズマの中心部は推進機内の壁に付着することはなく、その周りを冷たいガス層で包まれるため、対流による壁面への熱損失は一般に少ない。その反面、プラズマがレーザーを吸収すればするほどプラズマの中心部分の温度が上昇し、それによる輻射損失が大きくなるものと予想される。

 このようにレーザー推進機の性能は、プラズマのレーザーエネルギーの吸収、プラズマの熱エネルギーから周囲の推進剤ガスへの熱伝達、プラズマの輻射損失等のエネルギー輸送過程でのエネルギーバランスから決定される。

 第3章では、実験装置および測定方法が説明した。レーザープラズマ観測、推力測定を中心とする推進性能の導出、推進性能の向上といった目的の異なった3種類のレーザー推進機を設計試作した。また計測に必要な実験装置やその方法について示した。

 第4章においては、レーザープラズマ(LSP)の特性について述べている。

 推進剤にはアルゴンまたは窒素を用いた。LSPを点火する為の初期プラズマ生成には700W程度のレーザー出力で数秒要し、プラズマ生成後タングステンロッドを引き抜く。レーザー出力を増加させればそれだけプラズマは生成しやすくなるが、タングステンロッドへの負担が大きくなるので700Wで点火した後、所定の出力に調整して実験を行った。アルゴンを推進剤に用いたとき、LSPを維持できるレーザー出力の下限値は300W程度であり、推進剤流量を増加させるとより低いレーザー出力でプラズマを維持することができた。これは、流量を増加させるとプラズマ生成部におけるガス圧力およびプラズマ密度が高まり、より効率よくレーザー吸収が行われるためであると思われる。窒素を推進剤に用いたときのレーザー出力の下限は500W以上であり、アルゴンに比べて窒素の場合はプラズマを維持できる限界出力が大きくなっている。

 次に推進機内でのLSPの様子を観察し、その形状、位置などを調べるためにモデルIIIを用いて実験を行った。観測窓からCCDカメラによりLSP撮影したプラズマはレーザーの方向に長軸を持つ楕円形状をしていた。

 焦点位置とプラズマの中心位置の関係を図1に示す。この図よりわかるように、プラズマはレーザーの焦点よりも上流に位置している。これは、LSPに吸収されるレーザーエネルギーとLSPから散逸するエネルギーが釣り合う位置が焦点より上流に位置しているからと考えられる。またこの図のように、レーザーの焦点を移動させることにより、プラズマの位置を制御することが可能であった。

 第5章では推進機基本性能の測定結果について述べている。

 図2に推力と上流圧力の関係を示した。なお、スロートの極近傍を除き気流の速度は10m/sec以下であるため動圧の部分は無視できる。これはレーザー出力と推進剤流量を変化させた時の結果であるが、レーザー出力、推進剤流量に関わらず推力が圧力に対して増加することがわかった。これによりプラズマの位置により圧力の変化は生じるが、推力は圧力によって決定されるので一般の化学ロケットと同様な考えを適用することができる。この場合、推進剤のエンタルピを運動エネルギとして回収するノズルの役割が重要になってくる。このノズルの性能の評価を推力係数OFを用いることにより行った。

 ここで、k、pe、pb、Aeはそれぞれ、比熱比、ノズル出口圧力、外気圧力、ノズル出口断面積を示している。実験より得られた推力、圧力を用いて推力係数を求めた結果を図2に示す。ここで実線は式(2)式よりpe=pbと仮定して求めた理論値である。

 実験での圧力は3atm前後で推力係数はほぼ1であり、理論値と近い値になっている。図を見ると分かるように背圧が大気圧なので推力係数は低いが、pc/peを大きくすることによって推力係数を大きくとることが可能である。

 冷却水に奪われるエネルギを熱損失とし、冷却水温度、流量を測定することにより熱損失を求めた。熱損失はほぼレーザー出力に比例して増加していく傾向にあった。この熱損失の中には、プラズマからの輻射エネルギー、推進剤からの熱エネルギー、吸収されなかったレーザーエネルギーが含まれると思われる。

 プラズマに吸収されなかったレーザーエネルギのなかで、スロートを通過してきたものをカロリーメータを用いて測定した。このレーザー通過量をプラズマのない状態でのレーザー通過量で除したものをレーザー通過損失とした。レーザー出力に対するレーザー通過損失の割合は圧力上昇に伴い減少する傾向にあり、これは圧力上昇によりプラズマ密度が増加し、プラズマのレーザー吸収量が増加することによるものと思われる。

 レーザー出力が推力方向の運動エネルギに変換される効率をエネルギー変換効率とし、熱損失、レーザー通過量からエネルギー配分を評価した(図3)。

エネルギー変換効率の計算には以下の式を用いた。

ここで、Fcold、Pはそれぞれ生ガス推力とレーザー出力を示している。エネルギー変換効率は、レーザー出力が増加すると減少する傾向にあり、熱損失は全エネルギーの50%程度を占めていた。

 第6章では、推進性能の改善の方法について述べている。

 推進機モデル皿を用い推進性能の向上に関する実験を行った。プラズマがスロートよりも上流にある直径3mmの絞りよりも上流にあると思われる時には徐々に圧力が上昇しているが、絞りをプラズマが通り過ぎ直径6mmのサブチャンバに入った瞬間に著しく推力が上昇する。この推進機ではエネルギー変換効率が15%程度まで到達することが確認できた。このようにプラズマを維持される部分の形状を変化させることにより、推進機の効率を改善できることがわかった。

 ノズル下流を減圧することにより圧力比を増加させ推力係数を増加させる実験を行った(表1)。

 その結果、推力係数は圧力比を増加させることによって増加することが確認され、それに伴いエネルギー変換効率は向上した。推進機モデルIIを用いた場合には、37%のエネルギー変換効率が得られた。

 また、圧力比を増加させたときのエネルギー配分を求めた。圧力比を増加させることにより、その他の損失が減少した。これは、圧力比が増加することでノズル効率が向上し、推力に変換されていなかった推進剤のエンタルピが、推力方向の運動エネルギーとして回収された結果である。このようにレーザー推進は化学ロケットと同じように、推力はおおよそ推力係数、スロート断面積、チェンバー圧力の積で表わされることがわかった。

 第7章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 以上、レーザープラズマを生成、維持するとともにレーザープラズマの位置制御を可能とした。また、推進機の基本性能を調査し、推進性能向上の方法を示した。

図1: 焦点とプラズマ位置の関係 (推進剤 アルゴン、レーザー出力 400W)

図2: 推力係数と圧力比の関係(推進剤 アルゴン)

図3: エネルギー配分(推進剤 アルゴン0.594g/sec)

表1: 圧力比を変化させた時の推力係数の変化

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)豊田和弘提出の論文は「CWレーザー推進に関する実験的研究」と題し、7章より成っている。

 宇宙ロケット用レーザー推進の構想は、1970年代に米国カントロヴィッツ博士によって提案され、人工衛星の打ち上げ、軌道遷移等の地球近傍の宇宙輸送手段を根本的に変える画期的な宇宙推進であるとして大いに期待され理論研究が行われてきた。特にCW(continuous wave)レーザー推進では、ロケットや宇宙機等の飛翔体の外部よりエネルギー源としてのレーザー光を連続的に導入して、高温のプラズマを生成し、推進剤がプラズマによって加熱され、ノズルを通して排出される。この過程で推力が発生するわけであるが、電気推進ロケットと同様に通常の化学推進ロケットに比べて極めて高い排気ガス速度が得られる。特に、地上からの打ち上げロケットに適用した場合、推進剤として周囲の空気を利用できるため、推進剤は極めて少量ですみ、画期的な宇宙輸送コストの低減が可能になる。しかしながら、このようにレーザー推進が宇宙輸送システムに大きな変革をもたらす推進技術であると期待されながら、現在まで研究開発が進んでおらず、レーザープラズマの特性やエネルギーの輸送過程等の内部現象について明らかにされていない。

 著者は本論文で、最初にレーザー推進機内のレーザープラズマの生成および安定保持に関する作動実験を行い、その作動範囲やその作動特性について調べ、推進機出力発生の前提となる現象を実験的に明らかにしている。

 第1章は序論である。本研究の背景、すなわち宇宙推進にとってCWレーザー推進の必要性、有効性を論じ、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章においては、レーザー推進機の作動原理について説明している。すなわち推進機内へ連続的に導入されたレーザー光エネルギーによってレーザープラズマが発生し、その周辺を流れる推進剤ガスを加熱する。推進剤ガスの熱エネルギーは超音速ノズルによって運動エネルギーに変換され、推力を生み出す。さらに、そのエネルギー輸送に至る過程での効率や損失を求め、推進性能を高めるためにはどのような推進機の形状や構造が必要かを述べている。

 第3章では、実験装置および測定方法が説明されている。レーザープラズマ観測、推力測定を中心とする推進性能の導出、推進性能の向上といった目的の異なった3種類のレーザー推進機を設計試作した。また計測に必要な実験装置やその方法について、詳細に説明している。

 第4章においては、レーザープラズマの特性について述べている。この実験では、レーザープラズマの生成および維持に関する条件が調べられている。また、レーザープラズマはレーザー焦点よりも上流で維持されることを示し、レーザー焦点位置を移動することによりプラズマの位置の制御と最適化が可能であると述べている。

 第5章では推進機基本性能の測定結果について述べている。推力の測定は大気環境下および真空環境下で行った。その結果、レーザー推進機の推力は概ね、チェンバー圧力、スロート面積、推力係数の積で表わされることがわかった。また、推力測定に加えて、熱損失の測定等によりレーザー光入力から推力発生に至る過程でのエネルギー配分についても明らかにしている。

 第6章では、推進性能の改善の方法について述べている。ここではノズル上流に狭い空間を設けてレーザープラズマをその空間内に閉じ込めて、プラズマから推進剤ガスヘのエネルギー伝達を高めることにより推進性能を改善できることを示した。

 第7章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文ではレーザープラズマの生成およびそれによる推進剤の加熱、推力の発生を実験的に行い、推進性能の導出と改善への指針を得たものであり、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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