学位論文要旨



No 116059
著者(漢字) 石村,康生
著者(英字)
著者(カナ) イシムラ,コウセイ
標題(和) 宇宙構造物における自律分散概念に関する研究
標題(洋)
報告番号 116059
報告番号 甲16059
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4896号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨 要旨を表示する

 自律分散概念は巨大・複雑システムの構築において有効性が期待されており,工学・生物学・経済学など様々な分野での概念研究がなされてきた.一般的に,自律分散システムとは,「各サブシステムが自律的に行動し,全体として大域的秩序を形成・維持するシステムである」と定義される.この自律的なサブシステムをagentと呼ぶ.独立したagentの集合としてシステムが構成されるため,システムの容易な拡張,処理の並列化,優れた耐故障性などが期待される.しかし,従来の研究では実現例が偏っており,これらの有効性の考察も不十分である.汎用性のある統一理論の構築のためにも,新たな実現例の提示を行い,自律分散についての知見を深める必要がある.対象を宇宙構造物の分野に移すと,自律分散概念の導入が進んでいるとは言いがたい.また,自律分散システムの持つ耐故障性などの特徴は宇宙構造物においても重要であると考えられる.そこで,本研究では宇宙構造物の分野に自律分散概念の導入を試み,その有効性について考察する.

 1章は序論であり,広く今までの自律分散概念の研究を概観した.

 2章では,まず,宇宙構造物において,ミッション側の要求から巨大化・複雑化の傾向があることを幾つかの事例から確かめた.構造物の巨大化・複雑化は,地上試験の困難さ,制御における処理負荷の増大,信頼性の低下など様々な問題を生じさせる.現在,これらの解法としてモジュール構造など構造物の分散化がある.しかし,これらの分散化の研究では,モジュール間の相互作用の考慮に欠けている.そこで,宇宙構造物に対する自律分散概念の導入を提案する.

 以下の章では,まず,複雑な構造物として可変形状トラスを挙げ,自律分散制御を試み,その有効性について論じる.次に得られた知見をもとに,各agent間の変形量を平均化する相互作用に焦点をあてて研究を行う.平均化の相互作用を実現するために,熱伝導現象における平均化の性質を利用した制御方法を提案する.最後に,モジュール型構造物の展開制御に対しても,熱伝導現象の性質の利用を試み,その汎用性について考察を行う.

 3章では,自律分散概念の導入の有効性について,可変形状トラスのエンドエフェクタの制御を例に論じた.拡張性,処理速度,耐故障性の3つの点に関する検討を行った.拡張性については,構成要素数を変化させた場合にも本制御モデルにより対応が可能であり,拡張性に問題が無いことを確かめた.処理速度については提案する自律分散制御則によって並列処理が可能であることを示した.また,逆運動学に基づく制御則と比較して,提案する自律分散制御の方が,モジュール数が増大した場合に計算速度に関して優位であることを明らかにした(図1).耐故障性については,幾つかの故障agentが存在する場合でも,提案する制御則によって,エンドエフェクタの位置・姿勢制御が可能であることを示した.さらに,各agentの制御則に変形量を平均化する相互作用を組み込むことで,障害物の回避可能能力が増大することが分かった(図2).この結果から,自律分散において平均化の相互作用の考慮が重要である事がわかる.

 4章では,引き続き可変形状トラスを例に,平均化の相互作用に焦点をあてて研究を行った.単純化のために,可変形状トラスを冗長マニピュレータへ変換した.手先の位置制御において,各リンクのリンクベクトルri(t)の平均化を試み,その平均化の指針として熱伝導方程式の利用を提案した.具体的には,熱伝導方程式(式1)における温度T(x,t)をリンクベクトルri(t)と置き換えることで,熱伝導型の制御則(式2)を構築した.比較対象として波動方程式に基づく制御則も提案した.数値計算により,これらの制御則によってターゲットへの手先の位置制御が可能であることを確かめた.熱伝導型の制御則に関してはリャプノフの安定性理論に基づき安定性の評価を行い,漸近安定な制御を行えることを示した.最後に,障害物回避問題を含む数値計算を行い,提案する制御則により,ターゲットへの位置制御及び障害物回避が可能であることを確かめた(図3).熱伝導型制御では,変形の平均化がその本質であるため,最終形状において障害物に沿った一様なリンクベクトルを実現できた.一方,波動型制御では,手先のagentの軌跡に沿って他のagentが追従するため,障害物回避が手先側のagentのみの回避によって実現できた.以上,可変形状トラスを対象に熱伝導という物理現象を手本に平均化の相互作用の組み込みを行い,その有効性を示した.しかし,この相互作用について一般的な見解を述べるには,さらにその他の対象についても考察を行うべきであろう.

熱伝導方程式の差分形式

熱伝導型の制御則

 平均化の相互作用が重要な役割を果たすものとして,モジュール型構造の同時展開が考えられる.4章の可変形状トラスは複雑な構造物の一つとして捉えることができたが,モジュール型構造物は巨大構造物の分散化の実例の一つとして捉えることができる.5章ではこのモジュール型展開構造物を対象に,まず平均化の相互作用を解析し,次に熱伝導現象を利用した制御を試みた.ここでは,展開の同期を平均化として捉えた.モジュール型展開構造物として,単純な展開構造であるシングルアコーディオン折りの弾性パネル及びダブルアコーディオン折りの弾性パネルを考察した.はじめに,各サブシステムが展開力を持つモジュール型構造を考え,人工的な制御力を加えない場合の自然発生的な相互作用による展開の同期性について考察した.数値計算の結果,人工的な制御力を加えない場合は非同期挙動が生じることが明らかになった.この非同期挙動は,周囲のモジュールから受ける慣性力がモジュールの位置によって異なる事が原因である.ダブルアコーディオン折りの例においては,剛性と同期性の関係を調べ,剛性を上げることで同期性が向上することを確かめた.次に,シングルアコーディオン折りの例に対して,前章と同様に熱伝導方程式を利用した同期制御を試みた.シングルアコーディオン折りの場合は,各関節の角度θiが各モジュールの展開進行度を表す.熱伝導方程式の差分式を参考に,局所的な角度差をフィードバックする制御を提案した(式3).ここで,フィードバックゲインξが熱伝導係数に対応する.数値計算により,提案する熱伝導型の制御則が同期性の向上をもたらす事を示した(図4,5).このことから,提案する熱伝導方程式の利用は,平均化という相互作用の組み込みにおいて汎用性があるといえる.最後に,限られた条件下ではあるが,同期性の向上により重心移動が安定することや歪の局在化が防げることを確かめた.熱伝導型フィードバック

6章は,結論である.

以上のことから,本論文により,

1. 宇宙構造物に自律分散概念を導入することにより,限られた対象ではあるが,優れた拡張性,並列処理,耐故障性が実現可能であり,有効であること

2. 各agentが持つ規則の構築に,熱伝導方程式が表す性質を利用することで,平均化の相互作用が実現できることが明らかにされた.

図1 処理時間とモジュール数の関係

図2 回避可能障害物範囲

図3 障害物回避挙動(熱伝導制御)

図4 展開角度偏差(同期制御なし)

図5 展開角度偏差(同期制御時)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)石村康生提出の論文は「宇宙構造物における自律分散概念に関する研究」と題し、6章と付録とから成っている。

 宇宙開発へのさまざまな需要が高まる近年、要求されるミッションの多様化や高度化に伴い、対応する宇宙構造物には複雑化や大型化の傾向が現れてきつつある。前者の代表例として、知的適応構造物と称される構造物があり、後者の例として大型アンテナや宇宙ステーションなどの構造物がある。しかし、複雑あるいは巨大な構造物システムを構築するのにはさまざまな問題が予想される。その一つはコントロールなどのタスクにおける処理負荷の増大である。次に、要素の複雑化や数の増加に伴い、故障要素の存在確率が高くなること、さらには、システムの変更や拡張に際しての作業が煩雑になることである。そこで要求されるのは、処理速度の向上、部分故障に対するシステム全体としての高い耐故障性の確保、および容易な拡張性である。これらの要求を満たす有力な手段として自律分散的な構造物システムの構築がありうる。それについては、早急な開発が渇望されているにも関わらず、未だ確たる研究がなされていない。

 本研究では、宇宙構造物システムに自律分散概念の導入を試み、その有効性についての考察を行っている。それと同時に、サブシステム間の相互作用として平均化に着目し、その実現を熱伝導現象の類推に基づく制御により行っている。宇宙構造物システムへの自律分散概念の導入を明示的に行うのは、本論文が世界的にも初めての試みである。まず、宇宙構造物システムとして高い冗長度を持つ可変形状トラスを対象に自律分散制御を提案し、その有効性について検証をしている。次に、サブシステム間の相互作用の中でも特に平均化の相互作用に焦点を当てて研究をしている。平均化の相互作用とは、サブシステムの持つ何らかの物理量をサブシステム間で平均化する相互作用のことである。それを作り出す指針として、物理的な背景が明確で汎用性のある熱伝導現象の類推に基づく制御手法を提案して、冗長マニピュレータと展開アレイの事例をもとにその効果を明らかにしている。

 第1章は序論であり、本研究の背景となった今までの自律分散概念の研究を概観し、本研究の目的を述べている。

 第2章では、宇宙構造物における潮流として複雑化や巨大化の傾向があることを示し、その傾向から生じる多くの問題解決に分散化が有効であることを指摘している。さらに、分散化の流れの中で生じた課題を整理し、宇宙構造物システムへの自律分散概念導入の必要性を明らかにしている。

 第3章では、自律分散概念の導入の有効性を、可変形状トラスのエンドエフェクタの位置および姿勢制御を例にして、明らかにした。拡張性については、構成要素数を変化させたいずれの場合にも対応が可能であることを確かめている。処理速度については、提案する自律分散制御則によって並列処理が可能であることを示し、逆運動学に基づく制御則と比較してモジュール数が増大した場合に自律分散制御が優位であることを確かめている。耐故障性については、幾つかの故障エージェントがある場合でも、エンドエフェクタの位置および姿勢制御が可能であることを示している。さらに、協調行動として平均化の相互作用を各サブシステムの規則に組み込むことにより、障害物の回避可能範囲が広がることを明らかにしている。

 第4章では、可変形状トラスを変換したシリアルリンクの冗長マニピュレータを例に、形状の平均化について相互作用の効果を明らかにした。この平均化の相互作用を実現するサブシステムの規則として、熱伝導方程式に基づく制御則の提案を行っている。数値計算により本制御則で手先の位置制御が可能であることを確かめ、また解析的にも本制御則の漸近安定性を示している。さらに、障害物回避問題を含む数値計算を行い、提案する熱伝導型制御によって、最終形状において障害物に沿った一様なリンクベクトルを実現できることを確かめている。また、熱伝導型制御の特徴を明確にするため波動型制御との対比も行っている。

 第5章では、モジュール型展開宇宙構造物の展開における平均化の相互作用の考察を行っている。ここでは、展開の同期を展開進行度の平均化と捉えている。各サブシステムが展開力を持つモジュール型構造物の展開について数値計算を行い、無制御時には非同期挙動が生じることを明らかにしている。次に、同期性向上のために前章で提案した熱伝導方程式に基づく平均化の相互作用を組み込み、数値計算により、提案する制御則が同期性の向上をもたらす事を示している。

 第6章は結論であり、本研究の成果を要約している。特に、熱伝導方程式に基づく制御則は熱伝導現象という明確な物理的背景を持っているがゆえに論理的で、また形状や展開進行度というまったく性格の異なる事例の両方に有効であることから平均化という相互作用の組み込みに対して汎用性があると結論している。

 以上要するに、本論文は、宇宙構造物システムに自律分散概念を導入することが有効であることを示し、その際平均化の相互作用を実現するために、論理的かつ汎用性のある指針として、熱伝導現象の類推に基づく制御方式が有効であることを明らかにしたものであり、航空宇宙工学、構造工学および制御工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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