学位論文要旨



No 116060
著者(漢字) 岡井,敬一
著者(英字)
著者(カナ) オカイ,ケイイチ
標題(和) 微小重力環境を利用した二液滴の干渉燃焼に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 116060
報告番号 甲16060
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4897号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 エアブリージングエンジンをはじめ,多くの実用燃焼器は噴霧燃焼を採用している.その過程は,燃料の微粒化・蒸発・混合・燃焼といった現象が複雑に関係し,この複雑さがこれまで噴霧燃焼系の理解および効率的な開発を妨げてきたといえる.噴霧燃焼の理解を得るための簡略モデル中で,単一液滴の燃焼は噴霧構成微粒が単独で燃焼するとする極限モデルである.とりわけ近年の微小重力環境の実現がより大きな径の燃料を用いた微視的観点からの液滴燃焼研究を可能にし,多くの機構が明らかにされてきた.こうした成果の中には噴霧の理解に大きく寄与したものも少なくないが,単一液滴燃焼研究から得られる知見を噴霧燃焼に直接適用するには未だに隔たりがある.基礎的な観点から重要であるものの未解明であるこの隔たりの一つに,複数液滴の千渉機構がある.噴霧中の液滴群は相互に干渉しながら燃焼している.このような背景から,本研究では,噴霧の理解を深める手がかりの一つとして複数液滴の干渉特性を調べ,その機構を解明してきた.本研究は,干渉特性を示すもっとも簡単な系として,等初期直径二液滴の燃焼現象を,重力の影響を極力排除できる微小重力環境において実験的に調べるものである.本研究において検証した条件は,液滴間隔・雰囲気圧力・燃料性状・周囲変動場である.

2. 実験装置および方法

 本実験は,重力の影響を排するため,落下施設を用いて微小重力下において行なわれた.使用した落下施設は,東京大学1.4秒落下塔,NASA Glenn Research Center 2.2 second Drop Tower,MGLAB4.5秒落下塔である.実験直前に2本の懸垂線先端に直径約0.9mmの等初期直径2液滴を配する.点火用の熱線を液滴周囲に配し,実験装置の落下を開始させる.実験装置は落下開始を自動的に感知し,点火動作を行い,燃焼現象が微小重力場中で観察される.データは,直交2方向からの液滴像,火炎直接画像である.雰囲気圧力は,大気圧(0.1MPa)から最大9.0MPaまで変化された.一部の実験では酸素モル濃度0.12の酸素・窒素混合気を用いたが,その他の実験では通常組成空気を用いた.燃料は,ヘプタン,ヘキサデカン,ヘプタン・ヘキサデカン2成分燃料,メタノール,メタノール・ドデカノール2成分燃料,オクタンである.音響振動場に関する実験においては,矩形容器内で,燃焼容器下部に上向きに配置したスピーカにより共鳴振動を生じさせ,振動の腹部にて液滴燃焼させた.鏡を用いた実験では,表面が金蒸着の赤外域全反射鏡と,アルミニウム蒸着の可視光・赤外両域の全反射鏡を用いた.

3. 実験結果および考察

 二液滴燃焼は,球対称1次元系で多くの場合表現され得る単一液滴の燃焼に比較して,その現象が幾何学的特性に依存する傾向が強いといえる.既存の単一液滴および二液滴燃焼の知見を踏まえ,本研究の成果から,幾何学的配置によって考えうる干渉特性を4通りに整理した.(I)近接液滴関の酸素競合による火炎の結合・拡大,(II)液滴相互の輻射による燃焼促進,(I-A)結合火炎の対称性による熱損失低減(安定化),(I-B)結合火炎の非対称性による液滴内対流促進(不安定化)である.以下に示すように,本研究の結果,二液滴の干渉が,上記分類によってよく説明されることが明らかにされた.

 火炎が結合しない程度の大きな液滴間隔では,液滴周囲の温度および濃度分布の変化による干渉特性は大きくはない.このような遠方におよぶ干渉特性としては,輻射の影響(II)が考えられる.過去の通常重力場および微小重力場における複数液滴燃焼の研究からも輻射の影響が示唆されたものの,検証はこれまでなされなかった.本研究においては,異なる燃料に対して実験を行うことにより,輻射の影響の寄与を検証し,火炎の温度が高くすすを生成する燃料において,そうでない燃料に比べて燃焼促進効果が顕著に現れることを示した.また,反射率の波長依存性の異なる全反射鏡を用いた単一液滴による検証実験を行った.これは,液滴干渉による輻射の寄与を鏡によって模擬したものである.鏡への熱損失を吟味した上で,赤外域で輻射の影響が検証され,とりわけ液滴の初期加熱期間の短縮に寄与していることが確かめられた.この傾向は,二液滴の干渉における燃焼促進効果(IIと傾向が一致している.

 二液滴の干渉を燃焼寿命の変化の観点から捉えると,液滴間隔が小さい場合に顕著になる酸素不足による燃焼抑制の効果(I)と比較的遠方で顕在化する輻射による燃焼促進効果(II)の競合と考えることが出来る.雰囲気圧力が高い場合,多量のすすの生成が輻射の影響(II)を覆い隠し,燃焼抑制の効果(I)が主として観察されるようになる.雰囲気圧力の干渉に及ぼす影響は,火炎径(影響距離)の圧力依存性に依ることが明らかにされた.異なる火炎径を持つ燃料の比較から,干渉強度の圧力依存性が検証された.

 火炎形状の変化による安定性の増大(I-A)は,拡散火炎としての特性から点火および消炎において顕著になると考えられるが,静止雰囲気中における本実験条件では,この不安定性が生じることは期待されない.本研究を通じて,音響振動場において単一液滴の燃焼中火炎およびすす帯の変形がおこり,燃焼特性が変化することを明らかにしたが,とりわけ強い音響強度において消炎が観察されたため,干渉による安定性の変化が検証された.本研究から,音響振動場中において二液滴の干渉の存在が火炎の消炎を抑制し,安定性を増大させることが示された.

 二液滴の干渉による不安定性の増大(I-B)に関してはこれまで報告例がなく,単一液滴の対流中における液相内対流の促進からの類推により予測されたものである.実用燃焼器においては燃料は多成分である.単一液滴の燃焼に関して,燃料各成分の物性の相違により,いくつかの不安定性・非定常性が生じることが報告されている.沸点差によるこうした現象の例として,段階燃焼・破裂性燃焼を取り上げ,それぞれに対して二液滴の干渉の影響を検証した.液滴燃焼における段階燃焼とは,沸点の大きく異なる多成分燃料において,沸点の低い成分が初期に優先的に蒸発し,燃焼後期に高沸点の燃料が蒸発する現象である.本研究において段階燃焼に及ぼす二液滴の干渉特性が初めて検証され,段階燃焼の主な特性パラメタが干渉による影響を受けないのに対し,干渉による燃焼寿命の増大は顕著に見られることが示された.単一液滴に対する液滴蒸発の安定性解析からは,段階燃焼を示す燃料として用いられた二成分燃料は,液相表面の擾乱に対して比較的安定であることが示されている.したがって,干渉による火炎形状の変化のこれら諸特性に及ぼす影響は小さいものと考えられる.一方で,干渉による燃焼寿命の顕著な増大は,酸素不足による燃焼抑制(I)と,火炎の非対称および燃料蒸気の余剰による火炎の安定性の増大(I-A)によって説明することが出来た.

 燃料の多成分性による液滴燃焼の不安定性の例として,破裂性燃焼が挙げられる.破裂性燃焼とは,液相の拡散係数が小さいため,液滴表面付近で低沸点成分の割合の小さい層状化が生じ,液相内部に閉じ込められた低沸点成分の温度が,高沸点成分の沸点に支配され過熱限界に達し破裂・飛散するという現象として説明される.このような燃料の二次微粒化は,燃焼器の性能改善に対して有望である.しかし,本研究の二液滴の実験結果からは,近接液滴の干渉はこの不安定性を抑制することが示された.先の説明に示されるように,不安定性は液相の層状化に関係しており,二液滴の干渉による液相内対流の増大は,この不安定性を抑制する(I-B)方向に働いていることが明らかとなった.

以上の様に本研究は,複数液滴の燃焼において期待される干渉諸特性を明らかにしたものである.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)岡井敬一提出の論文は,「微小重力環境を利用した二液滴の干渉燃焼に関する実験的研究」と題し6章から成っている.

 多くの実用燃焼器は噴霧燃焼を採用している.その過程は,燃料の微粒化・蒸発・混合・燃焼といった現象が複雑に関係し,この複雑さがこれまで噴霧燃焼の理解および効率的な燃焼器の開発を妨げてきたといえる.噴霧燃焼の理解を得るための簡略モデル中で,単一液滴の燃焼は噴霧構成微粒子が単独で燃焼するとする極限モデルである.とりわけ近年の微小重力環境の実現が,より大きな径の液滴を用いた微視的観点からの液滴燃焼研究を可能にし,多くの知見が明らかにされてきた.こうした成果の中には噴霧の理解に大きく寄与したものも少なくないが,単一液滴燃焼研究から得られる知見を噴霧燃焼に直接適用するには未だに問題点が存在する.基礎的な観点から重要であるものの未解明であるこの問題点の一つに,複数液滴の干渉機構がある.噴霧中の液滴群は相互に干渉しながら燃焼しており,干渉特性の理解は基礎的観点のみならず,工学的にも非常に重要であるといえる.

 以上のような背景から,本論文では,噴霧め理解を深める手がかりの一つとして複数液滴の干渉特性を調べ,その機構を解明することを目的としている.干渉特性を示す最も簡単な系として,等初期直径二液滴の燃焼現象を,重力の影響を極力排除できる微小重力環境において実験的に調べている.まず,過去の研究に関する概観を踏まえ,二液滴の干渉特性を幾何学的見地から4項目に分類し,各々の干渉特性を検証するための実験手法を提案している.また,二液滴の干渉燃焼挙動を把握する基礎データとして,単一液滴の燃焼挙動を明らかにした上で,二液滴の実験結果を示し,単一液滴の実験結果との比較を行っている.さらに,分類された各々の千渉特性を,実験結果を用いながら総合的に考察・検証している.

 第1章は序論であり,噴霧燃焼の基礎研究としての意義を概観し,本論文の方針を明らかにしている.

 第2章では,研究の背景を述べるとともに,本論文の目的の詳細を明らかにしている.従来の関連研究の成果を詳しく述べ,未だ明らかにされていない事項を明らかにするとともに,従来の研究成果を基に,二液滴の燃焼における干渉特性の分類について説明を加えている.また,分類された干渉特性を調べるための実験概要を説明することにより,本論文の目的と意義を明確にしている.

 第3章では,実験装置および方法について述べている.高圧容器,燃料供給系・点火系,観測系について記述するとともに,微小重力実験方法について説明を加えている.

 第4章では,実験結果について述べている.分類された各々の干渉特性を検証するため,メタノール二液滴燃焼,鏡面反射のある条件での単一液滴燃焼,音響振動場中での二液滴燃焼,および二成分燃料二液滴燃焼に関する実験が行われている.まず,二液滴干渉特性を明らかにするための基礎データとして,単一液滴の燃焼実験の結果が示されている.また,二液滴燃焼実験の結果が述べられ,これらの結果を基に,二液滴の燃焼における種々の干渉効果を明らかにしている.

 第5章では,総括的な考察を行っている.メタノール二液滴燃焼,鏡面反射のある条件での単一液滴燃焼に関する実験結果に基づき,液滴間隔に依存して燃焼が促進または抑制される機構が詳細に検証されている.特に燃焼促進機構については,火炎からの放射の影響が詳細に調べられている.また,液滴間隔が小さい場合には,液滴周囲に結合火炎が形成されるが,その幾何学的特性に起因すると予測される火炎安定化および液滴内流動の増大について考察がなされている.火炎安定化に関しては,音響振動場中での二液滴燃焼実験結果に基づき,消炎の抑制機構が検証されている.さらに,液滴内流動の増大に関しては,二成分燃料の燃焼に特有の現象である不安定挙動,すなわち,段階燃焼および破裂性燃焼挙動の干渉による変化が調べられ,液滴内流動の増大がこれらの不安定性を抑制すると結論づけられている.以上の結果から,本論文で提案された干渉機構の分類により,二液滴燃焼における干渉機構が明確に説明されることが明らかにされている.

 第6章は結論であり,本論文において得られた結果を要約している、

 以上要するに,本論文は,基礎的観点から複数液滴の燃焼において期待される干渉諸特性を提案するとともに,それらを実験的に明らかにし,液滴の干渉燃焼機構を詳細に検証したものであり,燃焼学および航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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