学位論文要旨



No 116065
著者(漢字) 岩船,由美子
著者(英字)
著者(カナ) イワフネ,ユミコ
標題(和) 民生部門におけるCO2排出削減施策の総合的評価
標題(洋)
報告番号 116065
報告番号 甲16065
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4902号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 藤井,康正
内容要旨 要旨を表示する

我が国の最終エネルギー消費は、景気の動向による影響を受けて全体としては近年停滞しているが、民生部門においては依然として増加傾向が続いている。ここ数年は住宅部門の消費量が微減しているが、99年度には再び2.3%増加が見込まれており、業務部門のOA化の進展、サービス産業の拡大などと併せて考えると、今後も堅調な需要増加が続くものと予測される。温室効果ガス削減目標を達成するために、平成11年4月より「エネルギーの使用の合理化に関する法律」いわゆる省エネ法が強化され、政府はトップランナー方式の採用など民生部門においても意欲的に省エネ促進を進めてきている。しかしその効果は依然未知数であり、民生部門のエネルギー消費削減のためにどのような施策がどのような効果を有するのかを定量的に把握し、政策に反映させていく必要がある。

 そこで、本論文では、民生用建物における省エネルギー施策を含めたCO2削減施策の経済性や省エネルギー・CO2削減効果について包括的に評価するための解析モデルを提案し、個別の施策が全体としてどこまでエネルギー消費削減、CO2削減に貢献できるかを検討する。本モデルにより施策の複合的な省エネルギー効果や、建物の構造や気候条件などによる影響、冷暖房需要と熱源機器のバランス、電源構成に与える影響等、様々な角度から各CO2削減施策の特性を評価することが可能である。東京都を評価対象とし、本モデルを適用し、地域特性を考慮した評価を行っている。

提案モデルの構造

 本評価モデルは基本的に3つのサブモデルから構成される。その概念を図1に示す。基本的に業務用も住宅用もモデルの構造は同じであるが、それぞれの特性に合わせた計算方法を用いている。

 はじめに、動的熱負荷計算モデルにおいて、気象データや建物に関するデータを用いて年間熱負荷計算を行い、業務用建物および住宅における時間毎の冷暖房需要を算定する。

断熱向上や照明・その他機器の効率向上による冷暖房需要の変化がこのモデルで算定される。次に、得られた冷暖房需要と外生的に与える電力・給湯・厨房需要に対して、エネルギーシステム評価モデルで各種システムによる電力・ガス・石油製品消費量及びシステムコストを算定する。さらに、時間毎の電力需要の変化が最適電源構成モデルに引き渡され、電力のCO2排出原単位が算定される。対象地域の床面積・世帯数データ、エネルギーシステムの採用比率などを考慮し、各エネルギーの消費量とCO2排出原単位によって地域全体のCO2削減ポテンシャルが決定される。

(1)動的熱負荷計算モデル

 冷暖房需要算定のために、業務用には応答係数法を利用した動的熱負荷計算モデルを作成し、住宅用には熱回路網モデルにより多数室の動的熱負荷計算を行う熱負荷計算ソフトウエアを用いた。いずれも入力は建物の構造、室内条件スケジュールであり、各地域の気象条件下における毎時暖冷房負荷を出力とする。業務用については空調用のファン・ポンプ動力のモデル化も合わせて行い、これらの消費電力を算定している。

(2)エネルギーシステム評価モデル

 エネルギーシステムシステム評価モデルは、与えられた電力・熱需要に対する各種のエネルギーシステムによるエネルギー供給フローをモデル化したものであり、システム設備容量を決定し、運転に要するエネルギー、コストを算定する。本モデルは最適化モデルではないが、外気温特性やシステムの部分負荷特性、組み合わせる熱源の運転優先順位、熱源分割台数、さらに電力やガスの料金体系を反映させた詳細なモデルである。

(3)最適電源構成モデル

 最適電源構成モデルは、電気事業者の総発電費用最小化を目的とした最適計画を線形計画法により求めるモデルであり、これより電源の建設設備容量や各時間帯の発電出力、電源からのCO2排出量が得られ、民生部門のCO2削減施策が代替する電力CO2原単位を算定することが可能となる。最適電源構成モデルにはある年度における電源の運用を見るための短期モデルと、発電設備の増強、需要の増加などを考慮して長期の電力供給シナリオを決定する長期モデルとがある。各CO2削減施策の電力削減効果の基本的な傾向を把握するためにまず短期モデルにより検討を行い、最終的に建物建設の将来シナリオを考慮して長期モデルでその長期的なCO2削減効果について検討した。

業務部門におけるCO2削減施策評価モデル

 評価対象とする業務用建物は、事務所、店舗、ホテル・旅館、病院の4種類であり、これらの建物構造、使用条件を一般化し、それぞれ大小規模の建物について冷暖房需要を算定し、エネルギー消費量を算定するモデルを構築した。基準となる施策実施前の業種別エネルギー消費量を算定したのち、各施策を個別に導入したときの省エネルギー量を算定し(図2)、その経済性について検討した。さらに各施策を経済性に応じて段階的に導入した場合の業種別の省エネポテンシャルを算定し(図3)、東京都の全建物に施策が実施された場合のCO2削減ポテンシャルを算定した。

ホテル、病院においてはコジェネレーションの導入効果が大きく、各種施策によって最大で40%以上の省エネルギーが可能となる。事務所や店舗では熱源の効率向上がない場合にはその省エネルギーポテンシャルは20%以下であるが、多くの建物で使用されている電気ヒートポンプの効率を住宅エアコンめ現状最高水準程度まで向上した場合には、そのポテンシャルは10%程度増加する。これらの施策を東京都の業務用律物すべてに適用した場合、東京都の1990年度のCO2総排出量の5%に相当する約900kt-C/年のCO2削減が可能となる。

住宅部門におけるCO削減施策評価モデル

 住宅のエネルギー消費は世帯人員数や家族構成、建物構造などに大きく依存するため、本研究では世帯類型と建物構造(戸建て、集合)を考慮して、個別の冷暖房需要及びエネルギー消費量を推計した。業務用と同様に、基準となる施策実施前の各世帯のエネルギー消費量を推計し、その後各施策実施時の経済性、省エネルギー性について検討した(図4)。

さらに建物構造に関連する施策(高断熱化・遮熱窓の導入)、機器に関する施策(家電の高効率化、待機電力の削減)、熱源に関する施策(燃料電池や多機能HP等の導入)を組み合わせた場合の総合的な効果を算定し、東京都の全住宅に施策が導入された場合のCO2削減ポテンシャルを算定した(図5)。

 逆潮流ありの燃料電池(戸建て)やPV・ソーラーなどは省エネ効果が高いが、寿命内ではイニシャルコストを回収することができず、さらなるイニシャルコストの低減が必要である。ただし、燃料電池は集合住宅においては4・7年と短い投資回収年となっており、比較的経済性が成立しやすく、特に集合住宅の多い東京都では優先的に検討されるべき施策と言える。次世代省エネルギーレベル断熱、機器省エネ化・逆潮流あり燃料電池という施策が東京都の住宅全てにおいて採用された場合、90年の東京都CO2排出量に比べて、最大で20%のCO2削減が可能となる。

長期シナリオに基づく民生部門のCO2削減施策評価モデル

 以上の評価では、ある年度に全建物へ省エネルギー施策が導入された場合のCO2削減ポテンシャルを単年度の最適電源構成モデルを用いて検討してきた。しかし、建物外皮強化やエネルギーシステムの改善のような施策は、建物の新築や増築に伴ってその導入が検討されるのが一般的であり、より現実的にそのポテンシャルを議論するためには、将来の建物需要や世帯類型の変化などを考慮する必要がある。また、エネルギーの中でも特に今後の増加が見込まれる電力消費によるCO2排出量は、電気事業者側の電源構成に依存するため、将来的に事業者がどのような電力供給形態を採用するかによって、各種施策のCO2抑制効果も異なってくる。そこで民生部門の長期的なエネルギー消費、CO2削減施策実施シナリオを作成し、長期最適電源構成モデルを用いて将来のCO2削減ポテンシャルの評価を行った。

 本評価により民生部門のCO2抑制施策によるIGCC等のCO2排出原単位の高い電源の建設遅延効果を定量的に示すことができた。住宅部門では定格逆潮流ありの燃料電池によるCO2削減効果が高く、業務部門におけるCO2削減施策とあわせて、最大で東京都の1990年総CO2排出量の1/3程度に相当するCO2を削減することが可能となることが確認された(図6)。

 本論文で提案する評価モデルにより、民生部門のCO2削減施策の効果について、建物・世帯単体のミクロなレベルから、地域全体、さらに電気事業者レベルのマクロなものまで検討することが可能となった。民生部門のCO2削減施策の効果は、個別の施策の効果は小さくとも、母数が大きいため、政策的に導入を促進させることができれば全体としては非常に大きな効果が期待できる。本モデルの他地域への適用やパラメータ解析により、多種多様な施策の経済性、環境特性をより詳細に、かつ総合的に検討することが可能になるものと考えられる。

図1 提案モデルの概念

図2 CO2削減施策による一次エネルギー削減効果(新築時)

(熱源機器効率化(1):すべての熱源効率10%向上、(2)はそれに加え電気パッケージヒートポンプのみ住宅高効率エアコン程度まで向上と想定)

図3 経済性を考慮した各施策の段階導入による業種別省エネルギー率

図4 施策別一次エネルギー消費量および発電量

(戸建て住宅・次世代省エネレベル断熱・間欠運転時)

図5 東京都における住宅部門CO2削減ポテンシャル

図6 東京都民生部門の施策による将来のCO2排出削減効果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「民生部門におけるCO2排出削減施策の総合的評価」と題し、民生部門のCO2排出削減対策を包括的に評価するためのモデルを開発し、各施策の省エネルギー性、経済性、CO2排出削減効果について検討し、さらに東京都を対象とする地域全体のCO2削減ポテンシャルを定量的に明らかにしたものである。本研究の特長は、従来行われてきた建物ごとのエネルギーシステムモデルによる評価にとどまらず、種々の業務および住宅用建物の熱負荷計算モデルを取り込み、さらには電源構成モデルと連動させる包括的取り扱いにより、各施策の複合的な省エネルギー効果や、建物の構造・気象条件などの影響、電源構成変化の影響などを、対象とする地域全体について評価できるシステムを作り上げたことである。

 第1章は緒言であり、わが国のCO2削減対策における民生部門の重要性を述べ、本論文の目的と取り扱う対象を明らかにしている。また、本研究が、東京大学、マサチューセッツ工科大学およびスイス連邦工科大学と共同で進めている「東京からの温室効果ガス半減化計画(THP)」研究と密接に連係して行われていることを述べ、今後より汎用性のある研究として展開する可能性を指摘している。

 第2章では、本研究で開発した民生部門のCO2削減施策の総合評価システムの定式化について述べている。開発したシステムは、業務用建物および住宅における時間ごとの冷暖房需要を算定する動的熱負荷計算モデル、建物ごとの電力・熱需要に対するエネルギーシステム評価モデルおよび短期および長期の最適電源構成モデルで構成される。これらのモデルを用いて以下の3-5章における解析が行われる。

 第3章では、事務所、店舗、ホテル・旅館、病院の4種類を対象に業務部門のCO2排出削減施策の評価が述べられている。ここでは各施策の基本的な効果を検討するために、単年度を対象として評価を行っている。施策実施前の業種別エネルギー需要を算定してこれを基準に、断熱強化、高効率機器、コージェネレーションなどの各施策の導入効果を解析し、経済性に応じて段階的に導入した場合の業種別の省エネルギーポテンシャル、CO2削減の可能性を評価した。

また、東京都の業務用建物全体にこれら施策を導入した場合の効果を算定し、東京都の1990年度のCO2排出量の5%程度を削減することが可能であることを明らかにしている。

 第4章では前章と同様の解析を住宅部門に適用した結果を述べている。住宅部門については世帯類型と建物構造を考慮し、それぞれに、断熱強化、高効率機器、ヒートポンプ給湯、燃料電池、太陽電池など各種施策の導入の効果を、その組み合わせや運用方式を考慮して解析している。結果として、待機電力削減や照明、エアコンの高効率化、集合住宅における燃料電池の利用など有望な対策オプションが確認された。また、東京都全体としての解析では、次世代レベル建物断熱、機器省エネ化、逆潮流あり燃料電池がすべての住宅で採用された場合には、1990年の東京都のCO2排出を約20%削減できることが示された。

 第5章では、第3章、第4章の結果を基に、長期最適電源構成モデルを用いて、民生部門におけるCO2排出削減施策の長期的な効果を算定している。まず、東京都における将来の業務用建物の新築・改修需要および住宅の新築・機器買い替え需要を推計することによってCO2排出削減施策導入対象を明確にする。さらに電気事業者の将来電源計画、燃料価格等を前提として最適電源構成を計算し、将来の電源構成が民生部門における各施策の導入による電力需要の変化によってどのように変化するかを検討する。これにより、民生部門の対策によるCO2削減効果を電源構成変化による影響を含めて整合的に示すことが可能になる。解析の結果、業務部門では施策の導入による電力需要変化の効果が重要で、特に事務所ビルでの施策の効果が大きいこと、また、住宅部門では逆潮流ありの燃料電池によるCO2削減効果が大きいなど重要な知見が得られた。

 第6章は結言であり、本研究で得られた知見を総括し、今後の課題を整理している。

 以上これを要するに、本論文は、民生部門からのCO2排出量を、建物構造、エネルギー機器および電源構成を総合的に扱って解析するシステムを開発し、それを東京都へ適用してCO2削減の可能性を省エネルギー性、経済性と共に明らかにしたものであり、これらの成果は電気工学、特にエネルギーシステム工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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