学位論文要旨



No 116068
著者(漢字) 馬場,旬平
著者(英字)
著者(カナ) ババ,ジュンペイ
標題(和) Inverter-Converter Bridge(ICB)エネルギー転送回路を利用した超電導マグネット励磁電源システムの研究
標題(洋)
報告番号 116068
報告番号 甲16068
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4905号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 超電導マグネットは低損失で強磁界を発生可能であり物理実験用マグネット、核融合プラズマの閉じ込め・安定化コイルや同期発電機の励磁部分、核磁気共鳴診断装置、結晶成長装置、さらにエネルギー蓄積を目的としたSMESなどに適用することが考えられている。超電導マグネットの励磁には大きなエネルギーが必要であり、特に核融合用マグネットなどでは急速な励磁が必要であり、系統から直接励磁エネルギーを得ると大きなパルス負荷となる。系統に大きな外乱を与えるため、別の超電導マグネットにエネルギーを徐々に蓄積し、必要なときにマグネット間でエネルギーを転送する事が考えられた。マグネット間エネルギー転送を実現するため、図1示すInverter Converter Bridge(ICB)エネルギー転送回路方式が提案された。

 他励式変換器を利用したICBエネルギー転送回路の動作特性は、Fujaらによって提案された、定性的特性から制御位相角と出力電圧の関係が三角関数を利用して記述出来ると仮定した近似解が利用されていた。当初、ICBエネルギー転送回路は一定の制御位相角でのみ運転する事が考えられていたため、この解析解で十分であった。その後、三相ICBエネルギー転送回路においてα-β変換を利用して点弧パルスを制御する方法が提案され、位相角の変更を行う事により転送電力制御の可能性が出てきた。

 そこで近似解ではなく詳細な動作解析が行われ、位相角と出力の関係は二次関数で記述可能である事が判明し、同時に二変換器の位相角差は±90°の範囲のみならず、±180°の範囲で変更可能である事が判明した。また、B側電流IBとS側電流ISの比〓により決定される転流可能条件の存在も明らかにされた。位相角の範囲が拡大する事により、直流側電圧の増加は認められないが同じ直流電圧を小さな電圧リプルで出力可能となる。電流比κによる制限の範囲内で電圧リプルの小さい位相角を選択する位相角決定法を位相角によるリプル低減制御と呼ぶ。しかし、起動時や位相角によるリプル低減制御は実験を行うと非常に動作が不安定であり、原因が究明されることなく放置されるに至った。

 実験結果から位相角によるリプル低減制御における動作不安定性の原因を突き止める努力がなされたが、現象の再現性が悪く、問題の本質が理論の実装にあるのか、理論の誤りであるのかすら判明しない状況であった。本研究では不安定現象の実験例を収集し、発生状況を整理すると不安定現象には複数の原因が存在し、それらが確率的に発生することで一見すると無秩序に発生すると見受けられる不安定現象が引き起こされていることを突き止めることができた。

 位相角によるリプル低減制御の動作不安定性を引き起こす原因は次の三種類であることが判明した。

1.リプル低減制御開始時に発生するバイパスペア

2.リプル低減制御時における転流重なりとその後に発生するバイパスペア

3.リプル低減制御時、終了時に発生するスルーモード

リプル低減開始時に発生するバイパスペアは従来の解析において位相角指令の大幅な変動を考慮していなかったがために、転流失敗が発生し、結果としてバイパスペアが発生する現象である。解析の結果、転流前の点弧モードと指令の点弧モードの関係で発生条件が記述できることが示された。指令値が変化するタイミングによってこの条件に適合する可能性が出るが、条件に当てはまる確率は、κによって決定される。図2にバイパスペア発生の発生可能性がある領域を示す。また、図3に発生可能性の分布を示す。

 バイパスペア発生の条件が単純であることが解明されたので、この条件を満たす場合は点弧パルスを阻止すれば問題を回避できることを理論的に示し、実際に実験によりその効果を確認することに成功した。

 転流重なりは通常の他励式変換器においては大きな問題であるが、ICBエネルギー転送回路では交流側にリアクトルを挿入する必要がないため、従来は問題にならないと考えられて来た。しかし、数μH程度の極微小な浮遊インダクタンスによって大きな影響を受け、その結果、kのみによって決定されるとされてきた動作可能範囲が、浮遊容量、コンデンサバンク容量並びに転送周波数による関数によっても制限を受けることが判明した。図4にその様子を示す。

 スルーモードはB側とS側の同じ相が点弧しているがアームの上下が異なる状態を指す。特に双方の電流の差が小さい場合、この状態ではコンデンサバンクに殆ど電流が流入しないため、α-β平面上の軌跡が停滞し、最終的には転流持続に必要な電圧の維持が不可能となり転流停止に至る。この状態を脱するために、適切なモードを採用する事により回避できる事を実験的に証明した。

 起動時の不安定性は通電電流と入力電力の関係で記述され、特にB側電流を過剰に小さくすると発生する事が示された。起動時のみならず、実験により起動後にも発生しうる事を証明し、ICBエネルギー転送回路の設計時に安定動作の条件を考慮する必要がある事を示した。

 ICBエネルギー転送回路を利用する上で懸案となっていた動作不安定性が解消されたことを受け、単にパルスマグネット励磁電源としてICBエネルギー転送回路を利用するのみならず、SMESなど他の電力系統に接続する事を目的とした応用に適用する事を提案した。ICBエネルギー転送回路では超電導マグネットを二つ利用するが、これらのマグネットの電流比は蓄積エネルギーによらず任意の値に決定可能である事を利用し、系統連系変換器の有効利用を図る事が可能である。

 超電導マグネットと電力系統の連系を行う変換器の出力は変換器の直流電圧とマグネット電流の積となる。しかし、通常マグネット電流は貯蔵エネルギーによって決定されるため、電圧のみが制御可能であった。ICBエネルギー転送回路を利用すると系統連系変換器に流れる電流の制御が可能となる。

 本論文では制御性が悪い他励式変換器を例題として考えた。他励式変換器では電力の制御可能範囲が狭いが、ICBエネルギー転送回路を利用することにより制御可能領域を広げる事が可能となる。例えばダブルサイリスタブリッジの出力特性は図5に示すように有効無効電力を独立に制御しうる範囲に大きな制約があるが、B側電流を制御することにより通常のサイリスタブリッジにおいても図6に示すような広い範囲での電力特性をとることが可能となる。

 このような適用を考えた場合、B側マグネット電流制御が重要な技術となる。実際にPI制御を利用した電流制御系を設計し、その有用性について検証実験を行い確認した。また、バッファ電流制御と系統連系変換器制御を組み合わせ、他励式変換器を系統連系変換器に接続した場合の実験結果の一例を図7に示す。

 図7では蓄積エネルギーを一定に保ちつつ、有効電力と無効電力を周期的に変化させている。通常の他励式変換器では不可能であった有効電力と無効電力の独立制御が達成されていることが分かる。自励式変換器を適用した場合においても変換器容量の抑制が可能となり、今後超電導マグネット電源への適用が期待される。

 以上まとめると本論文では三相ICBエネルギー転送回路の動作不安定現象の解析を行い、原因の解明に成功し、その成果を利用した安定化手法を提案した。実験によってその有効性を示し、実用に耐え得る事を示す事に成功した。従来パルス超電導マグネットに対する適用のみが考えられていたICBエネルギー転送回路を系統連系を考慮したマグネット励磁電源システムとして利用する事を提案し、その有用性を示す事ができた。ICBエネルギー転送回路は超電導マグネットの様々な応用において適した特徴を有しており、今後の応用が期待される。

図1 ICBエネルギー転送回路を利用した超電導マグネット励磁システム

図2 バイパスペアが発生する可能性のある領域

図3 バイパスペアが発生可能性

図4 転流重なりを考慮した動作可能領域

図5 ダブルサイリスタブリッジの電力特性

図6 B側電流制御を考慮したサイリスタブリッジ電力特性

図7 バッファ電流制御による出力特性改善効果の検証実験結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Inverter-Converter Bridge(ICB)エネルギー転送回路を利用した超電導マグネット励磁電源システムの研究」と題するものであって、パルスマグネット用電源として考案されたICBエネルギー転送回路の不安定動作を理論的に解明し、その対策を考案し、実験的にもその有用性を示すと共に、超電導エネルギー貯蔵装置の電力変換器としての応用を実証し、さらにその設計に関わるシステム的な問題を解決したものであり、6章から構成される。

 第1章は序論であり、超電導マグネット応用の現状を概観し、その電源のあり方を調査している。大容量電流源としての特徴を有する超電導マグネットに対する電源としてICBエネルギー転送回路の適用を提案すると共に、その問題点を概観し本論文の目的を述べている。

 第2章は「ICBエネルギー転送回路の基本動作特性」と題し、その基本特性の解析解を導き、その結果、ICBエネルギー転送回路の交流リンク部には三相回路を適用することが望ましいと指摘している。解析結果より電圧リプルの大きさを低減する運転法が導き出され、運転点の決定法を述べている。また、交流電圧源の存在しないICBエネルギー転送回路における点弧パルス発生法を示し、次章以降の考察の基礎となる理論・制御法について述べている。

 第3章は「位相角によるリプル低減制御時の動作不安定間題と解決法」と題し、エネルギー転送回路の実験における位相角制御不能の原因を理論的に考察した結果を述べている。理論的か実装上の問題か不明であった位相角によるリプル低減制御の実験上の不安定動作に対して、実験結果を整理することにより動作停止に陥る直前にバイパスペア、転流重なりおよびスルーモードの三通りの問題が発生していることを指摘し、不安定動作はこれらの現象がリプル低減開始、リプル低減中及びリプル低減終了の三通りの状況で発生し、それらが確率的に発生することにより複雑な不安定動作を起こしていたことを明らかにしている。不安定性の解析結果よりリプル低減開始時の問題に対しては特定のモード変化を禁止する手法が有効であることを示している。またリプル低減中の問題に対しては運転可能領域の制約を表す式に新しい項を追加し、またリプル低減終了時の問題に対しては強制的に安定なモードを点弧する手法が有効であると示している。これらの対策法を提案し、実験においてその有効性を実証したことを述べている。提案手法によってICBエネルギー転送回路の位相角によるリプル低減が安定に動作することを示している。

 第4章は「バッファマグネット電流制御を利用した系統連系点電力制御」と題し、超電導エネルギー貯蔵装置の電力変換器にICBエネルギー転送回路を応用した励磁電源システムにおける有効・無効電力制御について述べている。ICBエネルギー転送回路を利用することにより系統連系変換器に通電する電流を任意の値に設定可能であり、有効・無効電力の制御範囲を格段に広くする手法を提案している。制御系を設計し、系統連系変換器に他励式6パルス変換器を利用した実験装置を用い、蓄積エネルギーを一定に維持しつつ有効・無効電力を任意の値に変化させることに成功し、提案手法の有効性を実験的に示している。

 第5章は「ICBエネルギー転送回路の設計」と題し、ICBエネルギー転送回路を利用したシステムにおける設計及び運転に関する知見を述べている。ICBエネルギー転送回路を利用するとバッファ電流を任意の値に変更可能であるが、転送電力および系統連系点電力による制約があり、不安定性が表れることを示す共に、制御階層構造における制御周期についても議論し、不適切な制御周期による動作不安定性について言及し、ICBエネルギー転送回路を適用したシステムの設計に必要な制約項目についてまとめている。

 第6章は結言であり、本研究で得られた成果をまとめている.

 以上これを要するに、本論文は動作が不安定であったICBエネルギー転送回路を理論的に考察し、その対策を提案すると共に安定な動作のICB転送回路を実験的に構築し、さらにそれを超電導エネルギー貯蔵装置の電力変換器に適用することにより有効な電力制御が行えることを示し、その設計・制御に関する知見を与え、ICBエネルギー転送回路の実用化への道を開いたものであり、これらの成果は電気工学、特に電力工学、パワーエレクトロニクス、超電導工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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