学位論文要旨



No 116069
著者(漢字) 藤本,博志
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ヒロシ
標題(和) マルチレートサンプリング制御の一般的枠組とモーションコントロール系への応用
標題(洋) General Framework of Multirate Sampling Control and Applications to Motion Control System
報告番号 116069
報告番号 甲16069
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4906号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 ロボット・モータ・ハードディスク装置などのメカトロ機器の高速・高精度制御系においては、コンピュータを用いて制御を行うディジタル制御が重要な役割を果たしている。これらの制御のサンプリング周期と制御周期は、計算機やセンサ・アクチュエータ、AD/DA変換器の性能によって決定されるが、従来型の制御方式では、サンプリング周期と制御周期を同期させるシングルレート方式が使用されてきた。これに対して、本論文では入出力の周期を敢えて多重化するマルチレートサンプリング制御方式の提案を行った。

 本論文は前半部では、1)マルチレートフィードフォワード制御を用いた完全追従制御(Perfect Tracking Control:PTC)、2)マルチレートフィードバック制御を用いた完全外乱抑圧制御(Perfect Disturbance Rejection:PDR)、3)マルチレートサンプリング制御を用いた完全状態一致制御(Perfect State Matching:PSM)による制御器の離散化法というマルチレート制御系の新しい理論的枠組を構築した。後半部では、これらの核となる制御理論を、ロボット・サーボモータ・ハードディスク装置・2慣性系・ビジュアルサーボ系などの実システムに応用し、計算機シミュレーション及び実機実験により、その有効性を明らにした。

 本論文の内容及び構成は、以下のようになっている。

 第1章では、従来のマルチレートサンプリング制御の研究を振り返り、その問題点を明らかにし、本研究の位置付けを行なった。従来からマルチレートサンプリング制御に関しては、零点配置・強安定化・同時安定化など様々な理論的研究が行なわれてきたが、制御入力が振動的になるなどの問題点が指摘され、これまでにこれらの研究が実システムに応用されたケースは数少ない。また、低精度エンコーダを用いたサーボモータの速度制御系や、ハードディスク装置に対して、マルチレート制御を適用する試みもなされてきたが、各アプリケーションに対して固有の理論に留まっており、統一的な制御理論を構築する段階には到達していない。このような従来の研究を踏まえ、本論文ではマルチレート制御の統一的な理論体系を構築し、さらに実システムに応用し、実用的な制御方式に発展させた。

 目標軌道に対して追従を行なう追従制御系において、従来のディジタル制御方式であるシングルレート制御系では、離散時間制御対象が必ず不安定零点を持つことから、安定な逆系を構成することが不可能となり、その結果大きな追従誤差を生じる問題点があった。これに対して、本論文の第2章ではマルチレートフィードフォワード制御という新しい制御手法を導入して、誤差なく目標軌道に追従する完全追従制御(PTC)を提案した。さらに、この手法をハードウェアの制約によりサンプラやホールダの機構に制限がある系や、むだ時間を持つ系に対しても対応できるよう理論の拡張を行なった。また提案する制御器が、伝達関数に基づく簡単な計算により容易に設計できることや、その構造が非常に見通しが良いことを明らかにした。

 モーションコントロールにおいては、制御出力のサンプリング周期が制御入力の周期よりも長いという制限を持つ制御系が数多く存在する。例えば、ハードディスクのヘッドの位置決め制御系では、ディスク上に離散的に書かれたサーボシグナルが検出されたときのみ位置信号が検出されるが、最近の高速なプロセッサを使用すれば、制御周期を信号検出の周期よりも4倍程度は高速に設定することが可能である。また、ロボットのビジュアルサーボ系においては、視覚信号は33[ms]程度のビデオレートでしか検出できないが、制御入力となるジョイントサーボ系の制御周期は1[ms]以下と非常に高速である。さらに、低精度エンコーダを用いたサーボモータの速度制御系においては、速度信号の検出周期を短くすると、低速時に量子化誤差の影響が非常に大きくなることから、サンプリング周期を十分に大きく設定することが不可能である。また、近年プロセッサを搭載し、信号処理と通信の機能を追加した高性能なエンコーダが開発されつつあるが、これを使用したモーション制御系においては、位置信号の検出周期は通信の周期に固定化される。

 このようなサンプリング周期が相対的に大きい系においては、従来のシングルレート制御方式では、ホールダによる大きな位相遅れにより安定性が損なわれる問題点や、ある程度高い周波数領域において、外乱抑圧特性が劣化するという問題点があった。これに対して第3章では、サンプル点間オブザーバとマルチレートフィードバック制御という新しい制御手法を提案し、これにより安定余裕が大幅に改善される手法と、定常状態においてサンプル点間に複数回、外乱を完全に抑圧する制御手法(完全外乱抑圧制御:PDR)を提案した。さらに、開ループオブザーバとスイッチ機能を持つフィードフォワード制御器を導入すれば、ロバスト安定性を犠牲にすることなく、外乱を効果的に抑圧する制御系が構成できることを明らかにした。

 ディジタル制御系の設計においては、従来は連続時間領域で設計した望ましい補償器を離散近似するという手法が適用されていた。しかしながら、制御性能の向上のためには、制御帯域を限界まで広げる必要がある。このような場合には、サンプリング周波数が十分に高いという仮定が成立しなくなり、従来型の近似的に離散化した制御器では、望ましい性能が得られる保証がなく、制御系が不安定になってしまうことすらある。このような現状に対して、第4章はマルチレートサンプリング制御を導入して閉ループ特性を保存する新しい制御器の離散化の手法を提案した。その特徴は、ディジタル制御系の状態変数の閉ループ時間応答が、連続時間領域で設計した望ましい応答に完全に一致(完全状態一致:PSM)するというものである。さらに、サンプリング周期が比較的長い系にも対応できるよう理論的拡張を行なった。

 本論文の後半では、前半部で構築した理論を、実際のモーションコントロール系へ適用した。第5章では、まず最初に第2章で提案したマルチレートフィードフォワード制御による完全追従制御(PTC)を、DDロボットのサーボモータの位置制御系に対して実験及びシミュレーションを行ない、従来型の手法に比べて、追従性能が格段に優れていることを実証した(図1)。次に、ハードディスク装置のヘッドの高速移動制御に適用して、その有効性を確認した。その成果は、最も重要とされているショートスパンシーク動作を、ハードウェアの大きな改良をすることなく、従来手法よりも飛躍的に高速化できるというものであった(図2、3、表1)。

 第6章では、第3章で提案したマルチレートフィードバック制御による完全外乱抑圧制御(PDR)をハードディスク装置の高精度位置決め制御、及びロボットのビジュアルサーボ系に適用した。まず、ハードディスク装置に対して、提案するサンプル点間オブザーバを用れば、ホールダによって生じる大きな位相遅れが回復でき、安定余裕が大きく向上することを明らかにした。さらに完全外乱抑圧制御により、従来手法では不可能とされていたナイキスト周波数に近い高周波領域においても、効果的にRepeatable Runoutと呼ばれる周期的な外乱が抑圧できることを示した(図4)。さらに、ビジュアルサーボ系に対して、作業空間コントローラと非線形写像を導入することにより線形化を行ない、提案するマルチレートフィードバック制御系を適用した。これにより、周期的な運動を繰り返す目標物体に対して、誤差なくロボットを追従させることが可能となることを示した。

 第7章では、第4章で提案した完全状態一致制御(PSM)による制御器の離散化手法をモーションコントロールに適用した。まず最初に、外乱オブザーバを用いたサーボモータのロバスト位置決め制御系に対して提案手法を適用し、従来手法よりも限界に近い高性能な設計が可能となることを明らかにした(図5)。次にハードディスク装置の振動抑制制御系に対して、本手法を適用すれば、従来は不可能とされていたナイキスト周波数周辺の振動抑制制御がマルチレート制御により可能となることを明らかにした。

 第8章では、本論文のまとめとして、提案した完全追従制御・完全外乱抑圧制御・完全状態一致制御の理論を振り返り、フィードフォワード、フィードバックの両面性や、ハードウェアによるサンプリング機構の制限に関する視点や、応用可能なシステムに基づく観点から、提案した手法のそれぞれの関連性を見通し、本論文がマルチレート制御の統一的な枠組を確立することに成功したと結論づけた。本論文は制御理論的な新規性も重要であるが、コンピュータの性能を限界まで利用する、実用的な制御法であるという観点からも、その工学的重要性は計り知れない。本論文の後半で述べた適用例は、従来の制御手法の性能を遥かに凌駕し、実際の製品にも適用され、実用化されている。この事実からも本研究が制御工学に新たなブレークスルーを与え、従来のモーションコントロールが超えられなかった壁を打破することに成功したと言うことができる。

 なお、本文は英語により記述されていることを付記する。

図1:完全追従制御によるサーボモータの位置決め制御系の実験結果

(提案手法は従来手法(SPZC、ZPETC)に比べて誤差が非常に小さく、追従性能が大きく向上した。)

図2:ハードディスク装置のシミュレーション結果

(提案する完全追従制御法は従来手法(ZPETC)より高速なシークが達成されている。)

図3:ハードディスク装置の実験結果

(提案手法により、従来は不可能とされていた3サンプルでのシーク動作が可能となった。)

表1:実験により達成されたシーク時間

(提案手法(PTC)により、従来より高速なシーク時間が達成された。)

図4:完全外乱抑圧制御(PDR)によるハードディスクの高精度位置決め制御の外乱抑圧率

(提案手法は、従来のシングルレート制御に対して、高周波領域でも効果的に外乱を抑圧できている。)

図5:完全状態一致制御(PSM)によるロバストサーボ系の実験結果

(サンプリング周期が制御帯域に比べて十分に小さいと仮定できる場合には従来手法(Tustin)でも十分な性能が得られる(図A)。この仮定が成り立たない領域では、従来法は不安定化するが、提案手法では安定な応答が得られている(図B)。)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「General Framework of Multirate Sampling Control and Applications to Motion Control Systems(マルチレートサンプリング制御の一般的枠組とモーションコントロール系への応用)」と題し、前半部では、1)マルチレートフィードフォワード制御を用いた完全追従制御(Perfect Tracking Control:PTC)、2)マルチレートフィードバック制御を用いた完全外乱抑圧制御(Perfect Disturbance Rejection:PDR)、3)マルチレートサンプリング制御を用いた完全状態一致制御(Perfect State Matching:PSM)による制御器の離散化法という三つの手法を提案し、構築したマルチレート制御系の新しい理論的枠組を述べ、後半部では、ロボット・サーボモータ・ハードディスク装置・振動抑制制御系・ビジュアルサーボ系などの実システムに応用し、計算機シミュレーションおよび実機実験によりその有効性を明らかにした結果をまとめたもので、英文により記述されている。

 第1章(Introduction)では、従来の研究の問題点を明らかにし、本研究の位置付けを行なっている。従来、マルチレート制御系に関しては、零点配置・強安定化・同時安定化など様々な研究が行なわれてきたが、たとえば制御入力が振動的になるなどの問題点があり、実システムに応用されたケースは少ないこと、低精度エンコーダを用いたサーボモータ制御や、ハードディスク装置に適用した例はあるが、アプリケーション固有の理論に留まっており、統一理論には到達していないことを指摘している。

 第2章(Perfect Tracking Control Based on Multirate Feedforward Control、マルチレートフィードフォワード制御を用いた完全追従制御)では、目標値追従制御系において、シングルレート制御系では離散化した制御対象が必ず不安定零点を持つことから、安定な逆系を構成することが不可能であり、大きな追従誤差を生じる問題点があったのに対し、マルチレートフィードフォワード制御という新しい制御手法によって、誤差なく目標軌道に追従する完全追従制(PTC)を提案している。さらに、この手法をハードウェアの制約によりサンプラやホールダの機構に制限がある系、むだ時間を持つ系、多変数系へと理論拡張を行なっている。また、提案する制御器が、伝達関数に基づく簡単な計算により容易に設計できることや、非常に見通しの良い構造をもっていることを明らかにしている。

 第3章(Perfect Disturbance Rejection Control Based on Multirate Feedback Control、マルチレートフィードバック制御を用いた完全外乱抑圧制御)では、ハードディスクのヘッドの位置決め制御系、ロボットのビジュアルサーボ系、低精度エンコーダを用いたサーボモータの速度制御系など,制御出力のサンプリング周期を制御入力の周期よりも長くなる系においては、従来のシングルレート制御方式では、ホールダによる大きな位相遅れにより安定性が損なわれたり、高い周波数領域において外乱抑圧特性が劣化するという問題点があった。ここでは、サンプル点間オブザーバとマルチレートフィードバック制御による新しい制御手法を提案し、安定余裕の大幅な改善と、定常状態においてサンプル点間の複数時点で外乱を完全に抑圧する完全外乱抑圧制御(PDR)を提案している。さらに、開ループオブザーバとスイッチ機能を持つフィードフォワード制御器を導入することにより、ロバスト安定性を犠牲にすることなく、外乱を効果的に抑圧する制御系が構成できることを明らかにしている。

 第4章(Controller Discretization Based on Perfect State Matching、完全状態一致制御による制御器の離散化)では、マルチレート制御によって閉ループ特性を完全に保存する制御器の離散化法を提案している。従来は連続時間領域で設計した望ましい補償器を離散近似してディジタル制御系を設計する手法が広く適用されていた。しかし、制御性能の向上のために制御帯域を限界まで広げようとすると、サンプリング周波数が十分に高いという仮定が成立しなくなり、所期の目的を達成できないばかりか制御系を不安定化することすらある。そこで、マルチレート制御により、離散時間系の状態変数の閉ループ応答を,連続時間領域で設計した望ましい応答に一致させる完全状態一致制御(PSM)を開発し、サンプリング周期が制御周期より長い系にも理論的に拡張を行なっている。

 本論文の後半では、前半部で構築した理論を、実際のモーションコントロール系へ適用し、その有効性を確認した結果をまとめている。

 第5章(Applications of Perfect Tracking Control、完全追従制御の応用)では、第2章で提案したマルチレートフィードフォワード制御による完全追従制御(PTC)を、DDロボットの位置制御系に適用し、シミュレーションおよび2軸DDロボットを用いた実験によって、その優れた追従性能を実証している。次に、ハードディスク装置のヘッドの高速移動制御(ショートスパンシーク)に適用し、ハードウェアの大きな改良をすることなく飛躍的な高速化を達成したことを述べている。後者はある企業の研究所で実験を行い、すでに実製品に組み込まれるに至っている。

 第6章(Applications of Perfect Disturbance Rejection、完全外乱抑圧制御の応用)では、第3章で提案したマルチレートフィードバック制御による完全外乱抑圧制御(PDR)をハードディスク装置の高精度位置決め制御、およびロボットのビジュアルサーボ系に適用している。まず、ハードディスク装置において、サンプル点間オブザーバによって安定余裕が大きく向上すること、完全外乱抑圧制御によってナイキスト周波数に近い高周波領域においてもRRO(Repeatable Runout、周期的擾乱)が抑圧できることを示している。さらに、作業空間コントローラと非線形写像によって線形化を行なったビジュアルサーボ系に、提案するマルチレートフィードバック制御系を適用し、周期的な運動を繰り返す目標物体に対して、誤差なく追従させることに成功している。

 第7章(Applications of Perfect State Matching、完全状態一致制御の応用)では、第4章で提案した完全状態一致制御(PSM)による連続時間制御器の離散化法を、外乱オブザーバを用いたサーボモータのロバスト位置決め制御系に適用し、高性能設計が可能となることを示している。次にハードディスク装置の振動抑制制御系に適用し、従来は不可能とされていたナイキスト周波数周辺の振動抑制制御が可能となることを示している。

 第8章(Conclusion、結論)では、本論文のまとめとして、提案した完全追従制御・完全外乱抑圧制御・完全状態一致制御の理論を概観し、フィードフォワード制御・フィードバック制御の両面性や、ハードウェアによるサンプリング機構の制限や対象システムの特徴に基づく視点から提案手法の関連性や一般性を論じ、本論文の提案によってマルチレート制御の統一的な枠組の確立に成功したと結論づけている。

 以上これを要するに、本論文は、マルチレートフィードフォワード制御による完全追従制御、マルチレートフィードバック制御による完全外乱抑圧制御、マルチレート制御による完全状態一致制御を用いた制御器の離散化法という、マルチレートサンプリング制御にもとづくきわめて斬新な制御手法を提案し、諸種のモーションコントロールシステムに適用してその有効性を実証することにより、マルチレート制御の一般的枠組を構築したものであって、電気工学、制御工学上貢献するところが少なくない。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク