学位論文要旨



No 116075
著者(漢字) 落合,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ,ヒデキ
標題(和) OFDMシステムのピーク対平均電力比の解析および低減手法
標題(洋) Analysis and Reduction of Peak : to : Average Power Ratio in OFDM Systems
報告番号 116075
報告番号 甲16075
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4912号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

 直交周波数分割多重方式(OFDM)は周波数選択性のフェージング通信路に強く,また周波数利用効率に優れているため,ディジタル放送等の無線通信分野を始めさまざまな分野での適用が検討されている.しかしながら,OFDMの信号波形はガウス状であるため線形増幅が困難であり,電力の利用効率の劣化が非常に大きな問題となっている.従って,信号のピーク対平均電力比(PAPR)を低減させることがOFDMシステムの実用化における最も重要な課題の一つである.

 本論文では,OFDM通信方式のピーク電力の問題について,理論的解析を行うとともに,その低減方法について検討および評価を行った.本研究により得られた主な結果は以下のとおりである.

1,帯域制限されたOFDM信号のピーク対平均電力比(PAPR)の分布の理論式の導出

OFDM信号は,キャリア数が大きくなれば,中心極限定理によりその分布はガウス分布に近づくことが経験的に確認されており,そこで本研究では,OFDM信号を狭帯域ガウス過程で近似してPAPRの分布を理論的に解析した.複素ガウス過程の包絡線変動の分布の厳密な理論式は複雑であるため,レベルクロス回数に基づいた近似手法を用いて導出を試みた.その結果,OFDM信号のPAPRは漸近的に非常に簡単な数式で表現できることを明らかにした.また得られた結果は,実際にシミュレーションで得られたものと一致することを確認した.

2,OFDM信号のピーク電力を下げる誤り訂正符号の提案

 各キャリアが位相(PSK)変調されるOFDM信号に対し,PAPRを制限できるブロック符号の構成方法を提案した.生成された符号は,誤り訂正能力を持つため,ピーク電力を下げると同時に誤り訂正を行うことができる方式である.また,順序統計復号に基づく軟判定復号法も提案した.本復号法は計算量の点で非常に効率が良く,従って各キャリアの変調の多値数が8-16PSK程度と大きくなっても計算量の負担の増大なく復号が可能である.ただし,本符号方式は,OFDM信号のキャリア数が大きくなると符号化率が大きく劣化するため,キャリア数が比較的少ないOFDMシステムに有効であると考えられる.

3,クリッピングによるOFDM信号のPAPRの低減効果の検討および特性劣化の理論的評価

 キャリア数が大きい場合にPAPRを低減させる簡単なものとして,OFDM信号をディジタルの段階でクリップしてその後(電力アンプで増幅する前に)フィルタを通して帯域外の成分を除去して伝送する方法が提案されている.この場合,

(a)フイルタによるピークの再発

(b)クリッピングによる特性劣化

の2点が問題となる.本研究では,これら2点をOFDM信号のガウス近似を用いて理論的に考察した.(a)に対しては,クリップされたガウス信号の,ローパスフィルタ通過後の瞬時電力の分布を解析してその有効性を評価した.その結果,OFDM信号は,オーバサンプリングしたものをクリップして,フィルタに通過させることがピーク低減の点から重要であることを明らかにした.また,(b)に対しては,非線形伝搬路における通信路容量を理論的に示すことにより,OFDM信号をクリップすることにより生じる非線形歪み成分および特性劣化を定量的に予測できることを示し,またその結果ターボ符号のような強力な誤り訂正符号を適用すれば,各キャリアの変調方式を適切に定めることによりビット誤り率の劣化を大きく軽減できることを明らかにした.

審査要旨 要旨を表示する

 直交周波数分割多重(Orthogonal Frequency-Division Multiplexing:OFDM)方式は,現在有線モデムやディジタル無線放送等の通信システムにおいて標準化されるとともに,無線LAN等への適用も広く検討されている.本論文は,「Analysis and Reduction of Peak-to-Average Power Ratio in OFDM Systems(OFDMシステムのピーク対平均電力比の解析および低減手法)」と題し,OFDMシステムの最大の問題点であるOFDM信号のピーク電力変動についてその分布を理論的に明らかにするとともに,種々の低減手法を提案し,またそれらの特性について理論的に解析を行ったものである.

 第1章「Introduction(序論)」では,まず無線通信における変調技術の問題点を挙げ,本研究の動機と目的について述べている.

 第2章は「OFDM Signals and Peak-to-Average Power Ratio(PAPR)(OFDM信号とピーク対平均電力比(PAPR))」と題し,本研究で前提としているOFDMシステムおよびPAPRのモデルを定義するとともに,OFDM信号の統計的性質について言及している.

 第3章は「Analysis of Peak-to-Average Power Ratio in OFDM Signals(OFDM信号におけるPAPRの解析)」と題し,OFDM信号のPAPRの分布に対する理論式を狭帯域ガウス過程のピーク変動の理論に基づいて導出し,さらにレベル交差問題に帰着することにより,非常に簡易な理論近似式を導出している.

 第4章では「Redundancy-Based PAPR Reduction Techniques(冗長性を利用したPAPR低減技術)」と題し,現在までに提案されているOFDM信号の冗長性の利用に基づいたPAPRの低減方式について,その特徴について言及するとともに,理論的解析が可能な方式に対して評価および考察を行っている.

 第5章では「A Block Coding Based on Complementary Sequence and Efficient Decoding(相補系列に基づくブロック符号化法と効率のよい復号法)」と題し,OFDMのPAPRを低減し,さらに誤り訂正が可能である簡単なブロック符号の構成方法について述べ,また順序統計復号アルゴリズムに基づいた,計算量の少ない復号法を提案している.

 第6章および第7章では,クリッピングによるOFDM信号のピークの低減について理論的な考察を行っている.

 まず第6章「PAPR Reduction by Deliberate Clipping(人為的クリッピングによるPAPR低減)」では,OFDM信号をクリップしてさらにフィルタに通して帯域外成分を除去するシステムを考え,その場合のPAPRの実質的な低減についてシミュレーションで検証するとともに,OFDM信号をクリップする場合,オーバサンプリングが重要であることを,理論的考察を交えて示している.

 さらに第7章「Performance Analysis of the Clipped OFDM Systems(クリッピングを用いたOFDMシステムの特性解析)」では,クリップすることによる非線形歪みの影響を理論的に考察している.具体的には,クリップされたOFDM信号の通信路容量を導出し,最適な誤り訂正符号を用いた場合に誤りなく,どの程度まで信号をクリップできるかを示すと共に,そのSN比の劣化量を定量的に求めている.また,得られた理論結果についてターボ符号を用いたシミュレーションにより検証し,その妥当性を明らかにしている.

 第8章は「Conclusions(結言)」で,本研究の総括を行い,また今後のOFDMシステムに対するPAPR低減の可能性についての展望を述べている.

 以上これを要するに,本論文は,OFDM変調方式のピーク変動の解析および低減手法を理論的に検討し,その現状および可能性について明示したものであり,今後の高速移動無線通信技術の発展において貢献するところが少なくない.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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