学位論文要旨



No 116077
著者(漢字) 南,正輝
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,マサテル
標題(和) 環境適応型サービスアーキテクチャに関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 116077
報告番号 甲16077
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4914号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

 近年、自動車、家電製品、センサなど、あらゆるものをネットワークに接続し、さまざまなネットワークアプリケーションサービス(以下、サービス)を提供しようとする動きが活発化している。これらの動きは、IPv6が提供する広大なアドレス空間、Bluetoothに代表される高速・小型無線ネットワークデバイスの登場、光による超広帯域ネットワーク技術、あるいは小型・高速・低消費電力デバイス技術などにより、一層、加速の度合を増している。このような動きの延長線上に、ユービキタス・コンピューティングのコンセプトで示されていたような、あらゆるところにCPUとネットワークインターフェースを備えるオブジェクトが遍在する環境を期待することができよう。

 そのような環境では、さまざまな形態の通信機能(物理ネットワークデバイスやプロトコル)が遍在すると考えることができる。また、それら通信機能を利用して、無数のオブジェクトがネットワーク上でデータ処理機能(データ生成・変換加工・出力機能など)を提供すると考えることができる。たとえば、各種Webプロキシー機能、携帯電話のボタン機能や音声入出力機能、さらにはダスト型のセンサ機能ひとつひとつまでもが、ネットワークに接続され、それぞれが持つデータ処理機能をネットワーク上で利用できるような世界を考えることができる。一方、無線ネットワークの急速な普及に伴って、時間や場所にとらわれずサービスを実現できる分散透過性(複製透過性、移動透過性、障害透過性、負荷透過性、並列透過性など)と、時間や場所などの環境変化に応じて適切なサービスを提供できるコンテキスト適応性の両方がサービスに要求されつつある(環境適応型サービスへの要請)。

 一般にサービスは、複数の機能の集合であると考えることができる。このとき、部分的な機能が利用不可能になっても等価な機能を利用すればサービスを維持でき、また、状況に応じて機能を変えればサービス内容を状況に応じて変化させることもできる。このように考えると、機能遍在環境は環境適応型サービスの実現に必要な“機能の動的提供能力”を備えているといえる。このような観点から、本研究では機能を動的に組み合わせることで環境適応型サービスを生成できるようなサービスプラットフォームが重要になると考え、そのアーキテクチャに関する基礎研究を行った。

 本研究ではネットワーク上に遍在する機能を動的に発見し、接続することで任意の環境適応型サービスを合成するサービスプラットフォームアーキテクチャであるSTONE(ServicesynThesizer On the NEt)を提案し、そのデザインとシステムの実装、およびアプリケーションの実装を行った(図1)。STONEは複数の機能を動的に接続することでサービスを合成する点、必要な機能を分散透過的、あるいはコンテキスト適応的に発見するために、ネーミングシステムを用いる点、およびスケーラビリティとロバスト性の観点から、システム全体が自律分散型システムとして構築されている点に特徴がある。特に本研究ではネーミングシステムが環境適応型サービスを考える上で非常に重要な役割を果たすことを明らかにし、機能のインターフェースに関する情報に注目することで、水平分散型のシステム上でスケーラブルに動作するネーミングシステムをデザインした。また、ネーミングシステムを含め、STONEアーキテクチャの実装・評価、およびさまざまな環境適応型サービスの実装実験を行い、アーキテクチャの有用性を示した(図2)。

図1:Service Synthesizer on the Net(STONE)概要

図2:STONEの実装概要

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「環境適応型サービスアーキテクチャに関する基礎研究」と題し、将来のネットワークを取り巻く環境が機能遍在環境であると予想し、ネットワークサービスを考える上で今後重要となる環境適応型サービスを、機能遍在環境における機能から動的に構成するためのプラットフォームアーキテクチャSTONE(Service Synthesizer on the Net)を提案して論じている。STONEはサービスを機能から合成する点と,既存ネットワーク上にオーバレイされるネーミングシステムを用いて分散透過性およびコンテキスト適応性を統一的に実現する点に特徴が従来のネットワークサービスプラットフォームと大きく異なるアーキテクチャとなっている。本論文は全5章からなり、STONEのデザイン、要素技術の開発、実装評価などについて包括的に論じている。

 第1章は「序論」であり、ネットワークを取り巻く状況の変化から、将来のネットワーク環境が機能遍在環境であることを予想している。また、無線ネットワークの普及によって、ネットワークサービスのユーザを取り巻く環境が動的に変化するために、環境適応性を持つサービスが必要となることを指摘している。

 第2章は「ネットワークアプリケーションサービスプラットフォーム」と題し、ネットワークサービスプラットフォームの基本構成や要素技術について述べている。また、重要な従来技術であるJiniアーキテクチャとUniversal Plug and Playアーキテクチャの議論から、従来技術には環境適応性を明示的に支援するための要素技術が欠如していることを指摘している。さらに、プロトコル・記述ベースのアーキテクチャとミドルウェア・コードベースのアーキテクチャの比較を行い、将来のネットワーク環境がヘテロジニアス環境になることから、環境適応型サービスアーキテクチャでは記述ベースのアプローチが適することを指摘している。

 第3章は「ネットワークサービスシンセサイザSTONE」と題し、本論文で提案されている環境適応型サービスアーキテクチャの設計について詳細に述べている。本章ではまず、STONEの重要なコンセプトである機能とサービスの関係、および環境適応性を支援するためにネーミングが非常に重要な役割を果たすことを述べている。次いで本章では、アーキテクチャの具体的な設計を行い、サービス合成の基本単位である機能ユニット、サービスの抽象化表現であるサービスグラフ、およびサービスグラフに基づき、ネーミングシステムをベースに機能ユニットを発見して接続するサービスリゾルバネットワークの3つのシステムコンポーネントについて述べている。また、サービスリゾルバネットワークを利用したサービス合成モデルの特徴について述べている。サービス合成モデルにはスタティックモードとオンザフライモードの2つのモードが存在し、特にオンザフライモードを利用することで、従来のネットワークアプリケーションサービスプラットフォームにはない動的なサービス構築が可能となることが示されている。さらに、3つのシステムコンポーネントにおける開発課題を詳細に分析し、スケーラブルなネーミングシステムの実現がSTONEにおけるキーテクノロジーとなることを明らかにしている。ネーミングシステム設計に際しては、ネーミングシステムの概論を述べ、ネーミングシステムにおける一意性の対象、ネーム空間、ネーミングシステム形態、ネーム管理、ネーム解決、およびシンタックスについて、それぞれがどのような役割を果たすのかを分析し、ネーミングシステム設計の指針を示している。その後、ネーミングシステム設計指針に基づき、機能を接続してサービスを合成するという観点から、STONEネーミングアーキテクチャを設計している。STONEネーミングシステムは、機能のインターフェースの情報を用いることで、機能の名前を広域において分散管理できるような名前空間を採用している。この名前空間を用いて、機能ユニットのネームを登録管理する仕組みや、ネームから機能ユニットを求めるネーム解決の仕組みの実際について述べられている。さらに、設計したアーキテクチャとシステムの実装を行い、各部の性能評価を行うとともに、アプリケーションサービスの実装を行い、環境適応性を持つサービスの具体的実現方法とその実現結果を、2つの異なるサービス合成方式、すなわちスタティックモードとオンザフライモードについて述べている。

 第4章は「位置情報システムアーキテクチャ」と題し、環境情報の中でも特に重要な位置情報の取得について述べている。第4章ではまず、環境適応型サービスにおいて位置情報がどのような形で用いられるのかを述べ,屋外ではGPS、屋内では超音波測位システムが非常に有力な手段となると主張している。さらに、これらの位置情報取得手段が抱える問題点を明らかにし、無線測位方式の最大の問題であるマルチパス問題をとりあげている。続いて、屋外において有力な測位システムであるGPSのマルチパス問題を回避するために、適応フィルタを用いてマルチパスの適応推定・除去を行うための手法を示し、シミュレーションによってその効果を検証している。シミュレーション結果から、大規模な仕組みを必要とする従来手法に比べて比較的簡単な手法でマルチパス除去を十分に行えることが示されている。加えて、第4章では、室内において有力な測位手段である超音波型測位システムの実装を行い、その基本性能を測定している。試作したシステムでは簡素な構成でシステムを組み上げたにもかかわらず、誤差数10cmで屋内での測位が行えることが示されている。

 第5章は「結論」であり、本論文の成果をまとめるとともに、STONEアーキテクチャの残された課題、および今後の研究の方向性について述べている。

 以上これを要するに、本論文は将来のネットワークにおいて必要となる環境適応型サービスを支援するためのプラットフォームアーキテクチャについて、中心的役割を果たすSTONEシステムを提案し、その重要な要素技術であるネーミングシステムおよび周辺技術を具体化し、さらに実装評価を行うことでその有用性を示したものである。本論文で提案されているSTONEは、従来のプラットフォームアーキテクチャと異なり、環境適応性を明示的にサポートする新しいアーキテクチャであり、情報通信工学の今後に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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