学位論文要旨



No 116085
著者(漢字) 澤田,英行
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,ヒデユキ
標題(和) 人工衛星の精密姿勢制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 116085
報告番号 甲16085
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4922号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 中須賀,眞一
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 近年、天文観測衛星に代表されるように、人工衛星のミッションの高度化に伴い、その姿勢指向安定度に対する要求が厳しくなりつつある。そのため、従来のままの考え方による姿勢制御方式ではその要求を満たすことが難しくなってきた。本論文は、上述のような人工衛星における精密姿勢指向制御に関し、その指向安定度を改善することを目的として行った研究をまとめたものである。

 人工衛星には様々な姿勢外乱が加わるが、その指向安定度を乱す外乱として近年問題とされているのは、搭載観測機器の発生する擾乱や、人工衛星の姿勢制御用のアクチュエータである玉軸受けホイールの発生する振動擾乱である。本論文では指向安定度を改善するために、以下の方法に従い、これら外乱に対処している。

 搭載観測機器の発生擾乱でも特に問題となる擾乱の周期は姿勢制御系の時定数程度であるため、姿勢制御系の帯域を広げることにより対応する。これまで多くの人工衛星の姿勢制御系に採用されてきた角運動量交換に基づく制御法では、その帯域がホイールの回転数制御系の帯域で制限される。ホイールの回転数制御はホイールの摩擦トルクを補償するために行われているが、その帯域は、ホイール回転数のセンサの読み込み遅延時間や計測周期、センサ雑音から制約される。そこで本論文では、ホイールの摩擦トルクについては、外乱オブザーバを用いてフィードフォワード補償する事を考え、ホイール回転数制御系を介さず姿勢制御のトルク指令をホイールへ直接与えることにより姿勢制御帯域の広帯域化を実現した。

 一方ホイールの振動擾乱については、姿勢制御系では補償できない周波数領域にあるため、ホイールのロータ回転数変動の最小化あるいは、磁気軸受けホイールを導入することにより対処する。

 ホイールの振動擾乱のうち主要な擾乱は、ホイールロータのMass Imbalanceに起因する擾乱であり、ロータ回転数と同じ周波数に発生する。姿勢指向安定度の改善には、これと人工衛星の柔軟モードとの干渉を避けることが有効であり、ホイールのロータ回転数変動をなるべく小さくすることが重要である。そこで本論文では、ホイールの駆動モータの出力トルクと磁気トルカを協調駆動すること、ならびに、人工衛星に搭載されるホイールの全制御自由度を有効利用することにより、ロータ回転数変動を最小化する。

 本論文ではさらに、振動擾乱の小さい姿勢制御用アクチュエータである磁気軸受けホイールを姿勢制御に用いることも考えている。磁気軸受けホイールは機械的接点を持たないホイールであり、軸受けに起因する発生擾乱が小さいだけでなく、適切な軸受け制御をかけることによりロータのMass Imbalanceによる振動擾乱を飛躍的に小さくすることができるという特徴を持つ。

 本論文は以下のように構成されている。

 第1章は「序論」と題し、本研究の背景および目的について述べる。

 第2章は「人工衛星の姿勢制御」と題し、人工衛星の姿勢制御を論ずる上で必要な基礎事項、ならびにこれまで多くの人工衛星で採用されてきた角運動量交換に基づく姿勢制御方式について述べる。

 第3章は「磁気軸受けホイールとその発生擾乱の低減化」と題し、全軸能動制御型磁気軸受けホイールの概要について説明し、その低擾乱な傾き角制御法およびそれを用いた人工衛星の姿勢制御法を提案する。

 後述するように、実際の人工衛星の姿勢制御へ使うためには、ロータ回転数の大きな変動を許容できる傾き角制御法を設計しなければならない。そこで、提案する制御法では、制御器を2つに分け、それぞれ、ニューテーションダンピングと低周波領域における傾き角の目標値制御を担当させる。

 ニューテーションダンピングについては、ラプラス演算子をロータ各周波数で規格化した空間上でロータの運動を記述する方法を導入した。この記述法を用いることにより、回転数の大幅な変動にも対応できるH∞制御器を簡単に設計できる。重み関数は、軸受けの雑音特性ならびに出力トルク特性を考慮して定めた。その結果、振動擾乱が小さく、かつ磁気軸受けの非線形な出力トルク特性に対応できるニューテーションダンピング制御器を設計することができた。

 傾き角の目標値制御については、ジャイロデカップラを用いることで、回転数の大幅な変動に対応できるようにした。制御器としては、低擾乱化のために低域通過フィルタを直列に接続したPD制御器を採用した。目標値応答の整定時間が短く、かつ、軸受けの非線形な出力トルク特性に強い制御器を得るために、真鍋多項式に基づき設計制御器のパラメータを決定した。

 提案手法は、従来のμ解析・設計手法と比較して、回転数の大幅な変動にも対応でき、振動擾乱の少ないことを、数値シミュレーションにより示した。

 本章では、磁気軸受けホイールを使った人工衛星のトルキング法も提案している。本論文で取り扱うホイールは、ホイールの駆動モータによる回転トルクだけでなく、ロータ回転軸を傾ける「傾けトルク」を磁気軸受けより発生することができる。傾けトルクで行う姿勢制御は、電力をほとんど消費しないため、高速な姿勢制御に向いている。しかしながら、ホイールロータの傾き可能範囲は非常に狭いため、角運動量を蓄積する能力に乏しく、多くの人工衛星で必要とされる大角度マヌーバを行うこともできない。一方、回転トルクで行う姿勢制御は、消費する電力は非常に大きいものの、角運動量を蓄積する能力が高く、大角度マヌーバが可能という特徴を持つ。そこで本論文では、両者の特性を考慮し、高周波領域における姿勢制御には傾けトルクを用い、低周波領域での姿勢制御には回転トルクを用いるトルキング法を採用することにより、より低消費電力の姿勢制御方式を実現した。

 第4章は「アクチュエータの統合に基づく姿勢指向安定度の改善」と題し、「アクチュエータの統合」という概念に基づく新しい姿勢制御方式を提案する。姿勢制御用アクチュエータとしては、ホイール(玉軸受け型あるいは磁気軸受け型)および磁気トルカを取り扱う。本論文では、ホイールのトルク発生部分と磁気トルカからなるアクチュエータシステムという考え方を「アクチュエータの統合」において新たに導入している。そのトルク分配則は、姿勢指向安定度を改善するために、人工衛星に加わる全トルクを最小化するように決定される。さらには各アクチュエータの制約条件ならびに性能についても考慮してトルク分配則を決定している。結果として構成される制御系は、従来の制御系に対し、次の特徴を持つ:(a)直接トルク制御を採用している。すなわち、ホイール回転数制御ループを介さずに姿勢制御のトルク指令をホイールに対し直接与えるため、姿勢制御系の制御帯域を広くとることができる。また、直接トルク制御を実現するために、摩擦などのホイールロータに加わる外乱トルクを、ホイール回転数制御ループではなく、外乱オブザーバを用いて補償している。

 (b)人工衛星だけでなくホイールロータをも制御対象として取り扱う。そのため、振動擾乱への対応方針の一つである、ホイールロータの角運動量(あるいは回転数)変動の最小化を直接取り扱うことができる。さらに磁気軸受けホイールの場合には、傾き角度も被制御量として扱われるため、傾き角度を最小化するように制御することもできる。

 本章ではこの概念を導入することにより、先に述べた、姿勢制御系の制御帯域の広帯域化ならびにホイールの振動擾乱の問題に対応している。

 玉軸受けホイール搭載人工衛星の場合には、トルク発生装置(アクチュエータ)として、ホイールの駆動モータおよび磁気トルカを考え、次のような制御系を構築した。秒から分オーダの姿勢制御には、高速なアクチュエータであるホイール駆動モータを使う。軌道周期オーダの姿勢制御においては、地磁場に平行な外乱成分については磁気トルカでは担当できないため、やはりホイール駆動モータのみを用いる。一方、地磁場に直交する外乱成分については、両アクチュエータを併用する。ただしその分配比率は、各ホイールの回転数の変動が小さくなるように決定した。また、耐故障性を持たせるために人工衛星には4台以上の玉軸受けホイールを搭載することが多いが、それから得られる剰余制御自由度も各ホイール回転数の変動の最小化に利用した。

 磁気軸受けホイール搭載人工衛星の場合にはアクチュエータとして、ホイールの駆動モータ、磁気軸受けおよび磁気トルカを取り扱う。磁気軸受けホイールを使った姿勢制御法については第3章でも取り扱われているが、方針を述べるにとどめている。本章では、これをアクチュエータの統合の概念に取り込み、姿勢制御系を構成した。具体的には、玉軸受けホイールの場合において、ホイール駆動モータが分担していたトルクのうち、特に周波数の高い領域を磁気軸受けの傾けトルクで担当させることにした。これにより、消費電力の少ないトルキングを行えるため、より高速な姿勢制御を行うことが可能となる。さらに、傾き角度の特別なフィードバック管理則を設けずとも、ロータの傾き角が傾き可能範囲内に収まるようにトルク分配則を決定した。この手法では低周波の姿勢制御にホイール駆動モータの回転トルクを用いるため、3台以上のホイールを必要とする。その結果、傾けトルクの自由度が冗長となるが、これはロータの傾き角度の最小化に使われる。

 提案手法の有効性については数値シミュレーションにより示されている。

 第5章は「結論」と題し、本研究の成果をまとめた。本研究論文で提案した、ホイールの制御方式ならびに新しい姿勢制御方式についてまとめると共に、残された問題点について整理している。

審査要旨 要旨を表示する

 近年の天文観測衛星や地球観測衛星における撮像分解能要求の向上に伴い、人工衛星の姿勢指向精度に対する要求が厳しくなっている。本論文は、「人工衛星の精密姿勢制御に関する研究」と題し、精密姿勢指向のうちの特に短期間の指向安定性の改善について扱っている。

 人工衛星の主な姿勢制御アクチュエータである玉軸受けフライホイールは、従来は回転数制御ループを介して使用されていたが、本論文ではこれを直接トルク駆動することにより制御系の広帯域化を実現した。また姿勢制御系には、人工衛星に働く環境外乱による角運動量の蓄積を解消するため、磁気トルカなどの外力トルカの併用が必須であるが、従来はこの駆動が不必要な制御トルクを発生してひとつの姿勢擾乱源になっていた。これに対しては、衛星に働く全トルクを0とするようにアクチュエータ駆動則を構築することにより解決している。さらにハードウェアの構成上、制御自由度が残る場合には、それをホイールの回転数変動を最小化することに用いて、ホイール発生振動擾乱を特定の周波数範囲に限定することにより、衛星構造柔軟振動モードの励起を回避することを可能としている。本論文では、これらを「アクチュエータ統合」という考え方を導入することにより、統一的に扱っている。

 また本論文では、人工衛星での大きな発生振動擾乱源の一つである玉軸受けフライホイールを、より低擾乱の磁気軸受型ホイールに置き換えること、およびその軸受制御則の提案も行っている。さらに、この磁気軸受型ホイールを搭載した人工衛星に対しても「アクチュエータ統合」の考え方を適用し、高指向安定な制御系を実現している。

 本論文は、以下のように5章から構成されている。

 第1章では、研究の背景として、最近の天文観測ミッションの紹介とそれに要求される人工衛星の姿勢指向精度要求についてまとめ、これを達成するためには人工衛星に働く各種外乱が障害となること、これへの従来の姿勢制御系での対処法、およびその限界について述べた後、本論文で扱う研究内容について記述している。

 第2章では、本論文の内容を理解する上で必要となる基礎知識として、人工衛星の姿勢運動の方程式、姿勢制御用センサならびにアクチュエータのハードウェアの概要、人工衛星に働く各種外乱の詳細、および従来の人工衛星に一般的に用いられてきた姿勢制御方式についてまとめている。

 第3章では、人工衛星に働く擾乱そのものを低減する方法の1つとして、磁気軸受型ホイールの使用を提案している。姿勢制御用のフライホイールは、そのロータが回転する際に大きな振動擾乱が発生することが知られており、その原因はロータのマスインバランスと玉軸受の不完全性が主なものである。これを磁気軸受型のホイールに置き換えると、ロータを非接触で支持しているため、後者は完全に無くなり、前者についても適切な軸受制御によって大幅に低減することが可能である。本章では、磁気軸受型ホイールの動作原理、ハードウェア構成について解説した後、低発生擾乱となる軸受制御則について提案している。すなわち、システムの運動方程式におけるラプラス演算子sをロータ回転数で正規化したパラメータを導入することにより、広範囲のロータ回転数変動ならびに軸受けの非線形性に対応でき、また、ロータのニューテーション減衰制御に伴って生じる振動擾乱を抑えられるホイールロータの制御をH∞制御器により実現している。

 磁気軸受ホイールは、その軸受制御により、ロータ回転軸に直交した方向のトルク(傾けトルク)を出力することが可能である。従来、この特性を利用して1台のホイールで人工衛星の3軸制御を実現するような研究があったが、軸受の傾け可能角が非常に小さいため、角運動量の蓄積が困難、大角度姿勢マヌーバに対応できないなど、現実の人工衛星への適用に制約があった。本論文では、現実的には3軸姿勢制御のためには3台以上の磁気軸受ホイールが必要であるとの前提に立って、ホイールの回転トルクと傾けトルクは特性の異なる別のアクチュエータであるとの位置づけで、両者を適切に組み合わせている。すなわち、上述の方法で発生擾乱を抑えたホイール系を用いて、高周波側の制御はトルク出力に伴う電力消費の小さい傾けトルクにより、低周波側は角運動量蓄積能力の大きい回転トルクを使うことで、高性能な制御系を構築している。

 第4章では、「アクチュエータ統合」という考え方を導入して、各姿勢制御アクチュエータの最適な組み合わせ駆動により、高指向安定な姿勢制御系を構築している。従来の玉軸受けホイールは、モータの摩擦トルクが外乱として働くため、ホイールの回転数制御ループを介してこれを補償していた。そのため制御系の帯域が制限されていたが、本論文では摩擦トルクは外乱オブザーバで補償することにより直接トルク駆動を可能とし、制御系の広帯域化を実現している。また、ホイールを、そのトルク出力部(モータ)と角運動量蓄積部(ロータ)にわけて考え、後者は人工衛星本体と同様に制御対象として扱っている。

 本論文では、従来の人工衛星ではホイールの角運動量アンローディング用に使われてきた磁気トルカも、ホイールと同列のしかし特性が異なる(応答が遅い、地磁場並行方向のトルクが出力できない)トルク発生装置と考え、両者のトルク配分を人工衛星本体に働く全トルクの最小化とホイール回転数変動の最小化を実現するように行うことにより、姿勢指向安定性の向上とホイール回転数管理の両方を同時に実現している。さらに、耐故障性の観点から実際の人工衛星ではホイール4台以上搭載することが多いことを考え、この冗長自由度を用いてさらにホイール回転数の平均化を図っている。ホイールの発生する振動擾乱の周波数はロータ回転周波数に比例するため、この周波数が衛星の柔軟振動モードと干渉しないようにすることが重要であり、その観点では、ホイール回転数を指定した範囲に抑えることが可能となるこの制御系は、姿勢指向安定性向上に貢献することになる。

 さらに本章では、磁気軸受型ホイールを用いた衛星についてもこの考えを適用している。磁気軸受ホイールの場合、回転トルクおよび傾けトルクが存在するため、これと磁気トルカをあわせて3種類のトルク発生装置のアクチュエータ統合を考えている。また、ロータ回転数と傾け角の両者が制御対象として扱われているため、傾け角が大きくなりロータがタッチダウンすることが無いようにトルク分配則を決めている。

 設計した制御系の有効性は、計算機シミュレーションによって確かめられている。

 第5章では、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、「アクチュエータ統合」という考え方の導入により、各姿勢制御アクチュエータの特性を考慮した最適駆動則によって、制御帯域の広帯域化、不要制御トルクの低減、擾乱の発生する周波数の限定などを行うことによって、人工衛星の姿勢指向安定性の改善に対して大きな成果をあげている。またこの考え方は、従来の歴史的に開発されてきた各アクチュエータの使用法を制御理論的に根本から見直すことにより、合理的に高性能な制御系を構築しており、実現された制御系の性能のみでなく、その設計手法自体が優れた研究成果であると言え、宇宙工学、制御工学上の貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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