学位論文要旨



No 116095
著者(漢字) 佐藤,公法
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,キミノリ
標題(和) 硬X線偏光コントラストイメージング
標題(洋) Polarization-contrast Imaging with Hard X-rays
報告番号 116095
報告番号 甲16095
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4932号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 百生,敦
 東京大学 助教授 高稿,敏男
内容要旨 要旨を表示する

 可視光領域において、物質と偏光の相互作用を利用したイメージング手法は、多結晶物質の結晶粒の観察、磁性体の磁区構造の観察などの手段として広く普及している。最近、軟X線領域では、X線円二色性(XMCD)に光電子顕微鏡(PEEM)やフレネルゾーンプレートを組み合わせた偏光コントラストイメージングが報告されており、磁性ミクロ構造の研究などで世界的に注目されている。これに対して、硬X線領域でのX線偏光コントラストイメージングは未だ報告されていない。硬X線領域での偏光コントラストイメージングが軟X線領域に比べて困難である主な理由は、X線二色性シグナルが軟X線領域に比べて約二桁小さいということが挙げられる。このため、試料の厚さ不均一を取り除いたX線偏光コントラストを抽出することが困難になる。例えば、X線直線二色性の場合、直線偏光に対して試料を回転させるような従来の方法では、当然、試料の厚さ不均一がある。また、試料と検出器を同期回転しても、入射X線ビームの強度不均一のために、結局厚さ不均一を取り除くことはできない。X線円二色性については、電子ビームの軌道面の上下で得られる円偏光X線を用いる場合、ビーム強度不均一のために、試料の厚さ不均一を取り除くことはできない。このような問題を全て解消するために、2枚の透過型X線移相子を用いた偏光スイッチング光学素子と高分解能CCD型X線検出器を組み合わせたX線偏光コントラストイメージング法の開発を行った。

 X線偏光コントラストイメージングの実験配置を図1に示す。X線偏光スイッチング光学素子は、4回のブラッグ反射を与えるシリコン422(コバルトK吸収端)、または、シリコン331(鉄K吸収端)チャンネルカットのX線偏光子、2枚のダイヤモンド111透過型X線移相子から成る。透過型X線移相子は、面方位<001>、厚さ約300μmのダイヤモンド結晶である。移相子は、111反射を与え、散乱面が水平面から45°傾いている。白色の放射光ビームは、X線偏光子により単色化されかつ高度の水平直線偏光に変換される。このX線ビームは2枚の透過型X線移相子に入射し、そこで水平偏光と垂直偏光、または、右円偏光と左円偏光にスイッチングされる。ここで生成されるX線偏光の水平偏光度は99.99%、垂直偏光度は95%である。また、左右の円偏光度は95%以上と見積もられる。試料を透過したX線像は高分解能CCD型X線検出器で記録される。

 我々は、先ず、X線自然直線二色性(XNLD)イメージングを行った。試料は、hcpコバルト単結晶を用いた。この試料は厚さ12μmの薄片で、異方軸であるc軸が薄片面内にある。始めに、コバルトK吸収端(7709eV)近傍で、XNLDスペクトルを測定した。図2にXNLDスペクトル(実線)と吸収曲線(波線)を示す。測定されたXNLDスペクトルは、コバルトX吸収端(7709eV)の高エネルギー側23eVと29eVでそれぞれマイナス3%、プラス3%のピークを示した。そこで、X線エネルギーをこの2つエネルギーに固定してイメージングの実験を行った。XNLDイメージングは、試料のhcpコバルト単結晶を3つに分割し、c軸が面内で水平軸からそれぞれ0°、45°、90°。になるように回転して置き、それらがCCD型X線検出器の視野の中に入るように配置した(図3)。ここでは、この3つの領域をエリア1(90°)、エリア2(0°)、エリア3(45°)と呼ぶことにする。

 画像演算により、試料の厚さムラを相殺して得られたXNLDに起因する偏光コントラスト像を図4((a):23eV,(b):29eV)に示す。コバルトK吸収端(7709eV)から23eV高いエネルギーでは、エリア1、2、3はそれぞれ、白、黒、グレーを示した。これは、透過X線の強度がエリア1で最も高く、エリア2で最も低いということを表している。それぞれのエリアの画素値の平均値からXNLDの大きさを計算すると、エリア1、2、3でそれぞれ0.027、-0.023、-0,013であった。コバルトK吸収端(7709eV)から29eV高いエネルギーでのコントラストは、エリア3では変わらず、エリア1とエリア2で反転した。この時、各エリアの画素値の平均値から求めたXNLDの値は、エリア1、2、3でそれぞれ-0.020、0.024、-0.010である。これらの値は、XNLDスペクトルの値とほぼ一致している。従って、これらのコントラストは、c軸の配向、つまり、hcpコバルト単結晶のXNLDに起因していると結論づけることができる。

 次に、X線磁気円二色性(XMCD)イメージングを行った。試料は、厚さ4μmのhcpコバルト多結晶を用いた。まず始めに、我々は、コバルトK吸収端(7709eV)近傍で、XMCDスペクトルを測定した。試料は、793gaussの磁場の中に入射X線の方向から45°傾けて配置し、2本のX線磁気円二色性スペクトルを磁場の方向を逆転させて測定した。図5にXMCDスペクトル(実線)と吸収曲線(波線)を示す。得られたXMCDスペクトルは、コバルトK吸収端(7709eV)から10eV高いエネルギーと32eV高いエネルギーで±0.3%、±0.2%のピークを示した。

 MCDイメージング実験では、試料を二つに分割し、円偏光X線のスピンの方向が、試料の磁化方向に対してそれぞれ平行・反平行となるように磁場(793gauss)の中に配置し、二つの試料を透過した偏光x線がCCD型x線検出器の視野の中にはいるように配置した(図6)。磁場の方向は、試料の表面とそれぞれ+45°、-45°をなしている。

 画像演算により、試料の厚さムラを相殺した後のXMCD偏光コントラストを図7に示す。イメージングは、磁気円二色性の値が最大(+0.3%)を示しているコバルトK吸収端(7709eV)から10eV高いエネルギー(a)、同じエネルギーで磁場の方向を反転させた状態(b)・X線磁気円二色性の符号が反転する値(+0.2%)を示すコバルトK吸収端から32eV高いエネルギー(c)で行った。(a)における画像には、ふたつのエリアにコントラストが見られる。このコントラストは、磁場の方向の反転により反転した(b)。さらに、エネルギーを変化させることによって再びコントラストが反転した(c)。従って、これらのコントラストは、磁化方向、つまり、hcpコバルト多結晶のXMCDに起因していると結論づけることができる。画像中に示している数値は、CCD型X線検出器で得られた画像の強度データから求めたX線磁気円二色性の値で、スペクトロスコピーによる値とほぼ一致していることがわかる。

 次に、X線磁気直線二色性(XMLD)イメージングを行った。試料は、MP(Metal Particulate)塗布型磁気テープを用いた。磁性層厚は3.5μmで、鉄の針状磁性粉、アルミナ、研磨剤、バインダーなどから成る。我々は先ず、一方向に一様磁化した試料について、鉄K吸収端(7111eV)近傍で、XMLDスペクトルの測定を行った。試料を90°回転させて2本のXMLDスペクトルが得られた。図8にXMLDスペクトル(実線)と吸収曲線(波線)を示す。得られたXMLDスペクトルは、鉄K吸収端(7111eV)から15eV高いエネルギー(a)と22eV高いエネルギー(b)で±0.06%のピークを示した。イメージングに用いた試料は、上で述べた一様磁化試料に磁化方向がそれぞれ90deg.の角度をなす磁区構造を記録したものを用いた。図9にXMLDイメージングに用いた試料を示す。

 画像演算により、試料の厚さムラを相殺した後のXMLD偏光コントラストを図10に示す。イメージングは、XMLDの値が最小

(-0.06%)を示している鉄K吸収端(7111eV)から15eV高いエネルギー(a)、XMLDの符が反転する値(+0.06%)を示す鉄K吸収端から22eV高いエネルギー(b)で行った。図10(a)の画像には、明らかに記録された磁化構造のコントラストが見られる。このコントラストは、エネルギーを変化させることによって反転した図10(b)。従って、これらのコントラストは、磁化方向、つまり、磁気テープのXMLDに起因していると結論づけることができる。画像中に示している数値は、CCD型X線検出器で得られた画像の強度データから求めたXMLDの値で、スペクトロスコピーによる値とほぼ一致していることがわかる。

 本研究で行ったイメージングは、XNLD、XMCD、XMLDについて、それぞれ3%、0.3%と0.08%、0.06%の非常に小さいX線二色性のシグナルを定量的に可視化できたことに相当する。このような硬X線領域における偏光コントラストイメージングの手法は、軟X線領域と同様に元素選択的な測定が可能であるばかりでなく、高い透過能力を利用して表面でなくパルク元素についての情報を得ることができる。従って、トモグラフィーの技術を取り入れれば、3次元空間での偏光に敏感な物質の研究を行うことも可能になる。将来の展望として、先ずフレネルゾーンプレートを導入して、空間分解能0.15μmでX線偏光コントラストの顕微像の観察を行うということを考えている。さらに、トモグラフィーの手法を取り入れた3次元空間でもX線偏光コントラストの観察も考えている。

図1 X線偏光コントラストイメージングの実験配置

図2 XNLDスペクトル(ΔE=E-7709eV)

図3 XNLDイメージング試料

図4 XNLDイメージ

図5 XMCDスペクトル(ΔE=E-7709eV)

図6 XMCDイメージング実験配置

図7 XMCDイメージ

図8 XMLDスペクトル(ΔE=E-7111eV)

図9 XMLDイメージング試料

図10 XMLDイメージ

審査要旨 要旨を表示する

 可視光領域において、物質と偏光の相互作用を利用したイメージング手法は、多結晶物質の結晶粒の観察、磁性体の磁区構造の観察などの手段として広く普及している。最近、軟X線領域では、X線円二色性(XMCD)に光電子顕微鏡(PEEM)やフレネルゾーンプレートを組み合わせた偏光コントラストイメージングが報告されており、磁性ミクロ構造の研究などで世界的に注目されている。

 これに対して、硬X線領域でのX線偏光コントラストイメージングは未だ報告されていない。硬X線偏光コントラストイメージングは、軟X線と同様に元素選択的な測定が可能であるばかりでなく、高い透過能力を利用して表面でなくバルクの元素の磁性についての情報を得ることができる。また、軟X線に較べて、大気中での実験を容易にするなど、試料まわりの自由度が大きいという利点も考えられる。さらに、トモグラフィーの手法を取り入れれば、3次元空間での磁性構造の研究を行うことも可能になる。

 硬X線領域での偏光コントラストイメージングが軟X線領域に比べて困難である主な理由は、X線二色性シグナルが軟X線領域に比べて約二桁小さいということが挙げられる。このため、試料の厚さ不均一などがある場合、X線偏光コントラストを抽出することが困難であった。例えば、X線直線二色性の場合、直線偏光に対して試料を回転させるような従来の方法では、試料の厚さ不均一の影響を取り除くことができない。また、試料と検出器を同時に回転した場合、入射X線ビームの強度不均一が問題となる。電子ビームの軌道面の上下で得られる円偏光X線を用いるX線円二色性の場合も、ビーム強度不均一のために、試料の厚さ不均一を取り除くことはできない。本論文は、このような問題を解決するために、2枚の透過型X線移相子を用いた偏光スイッチング光学素子と高分解能CCD型X線検出器を組み合わせた硬X線偏光コントラストイメージング法の開発とその応用について述べたものである。

 第1章は、序論として研究背景と目的について述べられている。

 第2章は、X線領域における偏光現象を紹介している。

 第3章は、著者らが開発した高分解能CCD型X線検出器について述べられている。高分解能CCD型X線検出器の空間分解能劣化の大きな原因として、X線を可視光に変換する際に用いられる蛍光体が考えられる。従って、様々な蛍光体について、材質、塗布方法、基板などを変化させて空間分解能、感度、発行の不均一性の観点から評価を行っている。

 第4章は、第3章で開発した高分解能CCD型X線検出器に非対称反射型Si(111)結晶拡大器を組み合わせた結晶拡大器付き高分解能CCD型X線検出器の性能評価について述べている。結晶拡大器と組み合わせることで、空間分解能が約1μmまで向上している。さらに、結晶の回折と距離に起因するボケを考慮することで、得られた値が結晶拡大器を用いて得られる空間分解能の限界値を測定していることを明らかにしている。

 第5章は、上記の高分解能CCD型X線検出器に加えて、硬X線偏光コントラストイメージングに重要な役割を担う放射光、X線偏光子、透過型X線移相子について述べている。透過型X線移相子については、硬X線偏光コントラストイメージングに用いた光軸収差を補償する二象限移相子の原理について説明している。

 第6章は、X線検光子を用いる干渉型X線偏光コントラストイメージングの可能性について述べている。

 第7章は、硬X線領域におけるX線自然直線二色性(XNLD)偏光コントラストイメージングの実験とその結果、およびXNLDイメージに見られる統計揺らぎについて考察を与えている。

 第8章は、硬X線領域におけるX線磁気円二色性(XMCD)偏光コントラストイメージングの実験とその結果について述べている。

 第9章は、硬X線領域におけるX線磁気直線二色性(XMLD)偏光コントラストイメージングの実験とその結果について述べている。ここでは、磁気テープに記録された磁区ドメインのイメージングが行われている。

 第10章は、まとめと将来の展望について述べている。

 以上をまとめると、硬X線領域における偏光現象のイメージングは、本研究によって始めて測定が可能になったといえる。この測定技術は、今後、磁性材料や生体試料を対象とした応用が期待され、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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