No | 116096 | |
著者(漢字) | 寺田,康彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | テラダ,ヤスヒコ | |
標題(和) | ナノスケールの高分子表面物性 | |
標題(洋) | Nanoscale Surface Properties of Polymers | |
報告番号 | 116096 | |
報告番号 | 甲16096 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4933号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 最近の材料の微小化・微細化に伴って、表面物性の理解、特にナノスケールでの理解がますます重要な課題となってきた。例えば、半導体などの基板上に原子や分子を配線して作られる分子デバイスを実現するためには、ナノファブリケーション技術の確立が必要である。そのためには、表面の力学・電子物性や構造をナノスケールで理解し、制御することが必要不可欠となってくる。一方で、ナノテクノロジーのキーツールである走査プローブ顕微鏡(SPM)は、さまざまな用途に応じて急速に進歩しつつあり、ナノスケールでの構造観察だけでなく、プローブ法という性質を積極的に使って物性や加工に使われつつある。特に、原子間力顕微鏡(AFM)は試料に導電性を必要としないため、高分子表面を扱うには格好のツールである。 本論文では、原子間力顕微鏡(AFM)による高分子表面の評価に関する二つのトピックスについて述べる。第一は、結晶性ポリマーブレンド系(二種以上のポリマーを混合した材料)で新たに見つかった相互侵入球晶(IPS)の構造観察である。一般に結晶性ポリマーブレンド系で相溶する例は数少なく、相溶する場合でも両者の融点が著しく異なる場合がほとんどで、系の結晶化はどちらか一方の成分が支配的になる。ところが最近、本研究室(西研)において、全く異なる化学構造をもちながら互いに近い融点をもつような結晶性ポリマーブレンド系が見つかった。 生分解性のポリブチレンサクシネート(PBSU)と、ポリビニリデンハライド(PVDCVC)を相溶状態から同時に結晶化させ、結晶化速度を同程度になるように制御した場合、図1のようにそれぞれの球晶が入り組んだIPSが形成された。 図1(a)と(b)はそれぞれAとB1の中心付近のAFM像であるが、PBSU(A)とPVDCVC(B1)は二つの点で明瞭に区別できる。まず、ラメラの凝集密度はPBSUの方がPVDCVCよりも高い。これは(PBSUが侵入する前には)PVDCVC球晶内のラメラ間に十分な量のアモルファス状態のPBSUが存在していることを示唆している。PBSUのラメラがPVDCVC球晶に侵入できるのは、このためである。次に、ラメラの成長方向が、PBSU(A)では図1(a)の白い矢印で示すように放射方向から45°程度傾いているのに対して、PVDCVC(B1)は放射方向である。このようにPBSUのラメラが傾いていると複屈折パターンは図1(a)の挿入図になるようになると考えられるが、実際に偏光顕微鏡ではこのようなパターンになっていることが確認できる。このラメラの傾斜は興味深い現象であるが、原因はよくわかっていない。 一方PBSU(A)によって侵入されたPVDCVC球晶(S1)のAFM像図1(c)を見ると、ラメラの密度が図1(b)のB1よりも高いことがわかる。侵入前はS1のラメラ密度がBlと同程度であっただろうから、これは侵入の証拠になる。 ラメラの侵入の様子は、PBSUラメラの方向によって特徴づけられている。図1(d)では図の下部にあるPBSU(A)の球晶が、上方に向かって成長してSlに侵入したものである。図1(d)において、S1球晶の右下部ではAラメラはS1のラメラとほとんど同じ方向を向いていたので、スムーズにS1球晶に侵入しているが、その左側ではAラメラは違う方向を向いて成長してきたので、S1球晶に侵入するときに向きを変えている。また、図1(c)ではS1のラメラに沿って成長してきたAのラメラがS1を完全に貫いた後では、再び傾いて成長し始めている(図の上部)様子がわかる。このようにPBSUラメラはPVDCVC球晶外では傾斜して成長するが、PVDCVC球晶内ではPVDCVCラメラに沿って成長することがわかった。 球晶の境界もまた、ラメラの侵入を特徴づけている。図1(d)の黒線に沿った高さプロファイルによればS1とAとの境界ではほとんど高さの差がない。同種の球晶同士が衝突した場合、その境界では一般的に窪みが観察されることから、この窪みの不在は衝突の際にラメラの成長が停止しなかったことを示している。 また、IPSが工業的に意味があるのは、この系での高次構造や動力学的構造制御を研究することにより、機能性結晶性ポリマーの複合機能化・階層化が目指せる点である。例えば、生分解性ポリマー自身は環境に優しいが脆いという欠点があるが、相互侵入球晶を形成させた場合、耐衝撃度が増加する可能性がある。最近この系の他にも、ポリエステルカーボネート/ポリ乳酸系などでもIPSが発現する可能性があることが本研究室にて発見されるなど、今後この分野での研究が盛んになることが予想される。 本論文の第二のトピックスは、AFMによる高分子ブレンド薄膜のナノレオロジーとナノトライボロジーである。IPSの例で示したように、AFMはナノスケールオーダーの高次構造の研究に適しているが、さらにAFMのプローブを積極的に用いれば、接着、潤滑というような分野でも重要な表面のナノスケールの力学物性を知ることができる。本研究室ではこれまで、AFM/FFMを用いて、ポリスチレンとポリビニルメチルエーテル(PS/PVME)のブレンド薄膜のナノレオロジーを研究し、有用な結果を得ている。 一方で、ポリマー材料の摩擦挙動は、材料の寿命低下、機械の故障、省エネルギー化などの実際的な立場から重要である。自動車のタイヤや自動現金預払機のゴムロール、プラスチックの軸受けなど、摩擦調整を要求される場面は多い。このような力学特性をナノスケールの立場から眺めると、マクロスケールでの物性とは違った点が多く発見される。更にナノスケールでは、接触が一点で起こる単一接触が予想されるため、系が単純化できる。また、ポリマーの多機能性はナノマシン技術の開発に応用できるが、そのためにはナノ力学物性の評価が不可欠である。これまで、トライボロジーに関する研究は、表面力測定装置に代表される巨視的な装置が多かったが、ナノスケールでの研究は数少なかった。 本研究では、ポリスチレンとポリビニルメチルエーテル(PS/PVME)系のナノ力学物性をAFMを用いて調べた。フォースカーブ(探針-試料間に働く力の探針-試料間距離依存性)を測定することによりポリマーブレンド系のナノレオロジー特性を調べ、また、フリクションループ(探針を試料表面方向に往復運動させ、摩擦力の探針位置依存性を示す曲線)を測定して、摩擦力のブレンド比、荷重、探針移動速度依存性について調べ、接触形態と摩擦の関係について明らかにした。 PSは高い弾性率をもち、PVMEは低い弾性率をもつために、両者をブレンドすると弾性率を連続的に変化させることができる。AFM測定をする前に熱量測定を行い、PS濃度が80%(PS80)の場合、系はガラス状態で高い弾性率をもち、40%(PS40)の場合、系はゴム状態で低い弾性率をもっていること、そして、中間の60%(PS60)程度では室温においてガラス-ゴム転移状態であることがわかった。 この系のフォースカーブを図2に示す。ガラス状態のPS80の場合、マイカと似たようなフォースカーブが得られた。ところがガラス-ゴム転移状態のPS60では押し込み(loading)過程と引き離し(unloading)過程でヒステリシスがみられ、試料の塑性変形が示唆された。また、探針を試料表面から引き離す際に、一気に引き離されなくなった。これは探針がポリマーを引き上げていることを示している。さらにゴム状態であるPS40の場合、探針と表面間の斥力が小さくなり、試料の柔性が増していることがわかる。PS60やPS40の場合で得られるフォースカーブはポリマー特有のものであり、粘弾性がナノスケールでも成り立っていることを示唆している。 図3にこの系のフリクションループを示す。マイカの場合には、一方に探針を走査しはじめると一気に水平力が最大になり(静摩擦領域)、その後一定になる(動摩擦領域)。ところが、PS80やPS60の場合には、水平力は緩やかに増加しており、静摩擦や動摩擦といった従来の分類ができない。この挙動は、図4のように表面形状の変形を考慮すると説明できる。 ポリマー表面の独特の変形は、摩擦力の荷重依存性にも反映された(図5)。PS60の場合、押し込み過程と引き離し過程でヒステリシスがあり、引き離し過程でも大きな摩擦力があった。これは、探針がポリマーを引き上げるために引き離し過程でも接触が保たれるからである。 摩擦はエネルギーの散逸に関係している。マクロな動的レオロジー測定では、ガラス-ゴム転移状態付近で散逸成分が最大になることが示されている。それ故、ガラス-ゴム転移状態では摩擦が大きくなることが予想される。実際、摩擦力の走査速度依存性を測定したところ、ガフス状態のPS90では走査速度依存性はないが、ガラス-ゴム転移状態のPS50ではある周波数で最大値をもっていた。 このように、AFMによってナノスケールの力学物性が検証できた。フォースカーブとフリクションループは、互いに密接に関係しており、ポリマー表面の形状変化を定性的に予測できることが明らかになった。 図1 相互侵入球晶(IPS)が発現しているPBSU/PVDCVCブレンドのAFM像 図2 PS/PVMEブレンド薄膜のフォースカーブ 図3 PS/PVMEブレンド薄膜のフリクションループ 図4 ナノ摩擦機構の模式図 図5 摩擦力の荷重依存性 | |
審査要旨 | 最近の材料の微小化・微細化に伴って、表面物性の理解、特にナノスケールでの理解がますます重要な課題となっている。本論文では、原子間力顕微鏡(AFM)および走査トンネル顕微鏡(STM)による有機分子・高分子表面の評価を議論している。 本論文は、Prefaceに加えChapter1から5までの6部構成になっている。初めにAFMの原理に関してChapter1で述べている。球晶のモルフォロジーに関しては二つのテーマ(Chapter2と3)、ポリマーブレンドのナノトライボロジーに関しては一つのテーマ(Chapter4)、自己組織化膜(SAM)に関しても一つのテーマ(Chapter5)を取り扱っている。Prefaceは全体のアブストラクトと研究全体の総括を兼ねたものである。 Cbapter1でAFMの原理について簡単に述べた後、Chapter2では球晶が形成する際のモルフォロジーの変化をAFMで実時間観察している。ポリε-カプロラクトン(PCL)球晶のAFM像から、球晶形成の初期段階では一次ラメラがまず形成して、その間を二次ラメラが埋めることが直接観察できた。また、PCL/ポリビニルブチラールブレンドの球晶に特有な同心円状球晶パターンがAFM像ではそれと同じ周期の凹凸パターンとして観察できた。これらの観察手法は、結晶性高分子全体に広く応用可能である。特に、AFMで球晶の個々のラメラを識別しながら成長過程をその場観察する手法は、球晶形成の動力学を探る新しい実験手法となり得る。 Chapter2では結晶性/結晶性高分子ブレンドであるポリブチレンサクシネート(PBSU)/ポリ(ビニリデンクロライド-ビニルクロライド)共重合体(PVDCVC)ブレンドの相互侵入球晶をAFMで観察することにより、ラメラの相互侵入の直接的な証拠を示している。 相互侵入球晶のモルフォロジーの研究はこれまで光学顕微鏡によるものが主で、ラメラどうしが侵入しているかまではわからなかったため、その直接的な証拠を示す研究が望まれていた。AFM観察によれば、ブレンドではPBSUのラメラ凝集密度がPVDCVCよりも高かった。これによりPBSUのラメラがPVDCVCの球晶に侵入することが可能となる。 PBSUとPVDCVC球晶の境界では、PBSUのラメラは成長方向を変えているのと、境界に窪みが観察されなかった。このことは、PBSUのラメラがPVDCVCのラメラに沿うて侵入していることを示している。PVDCVC球晶のラメラ凝集密度は、PBSUが侵入したものの方が侵入してないものよりも高くなっていた。また、相互侵入球晶をPBSUの融点以上まで温めると、室温状態のものよりもラメラの凝集密度が低くなったが、これはPVDCVCラメラ間に存在するPBSUラメラが融けだしたためである。 Chapter3ではポリスチレン(PS)/ポリビニルメチルエーテル(PVME)ブレンドのナノレオロジー特性とナノトライボロジー特性をAFMで解析している。ガラス転移温度測定によればPS濃度が80%のブレンド試料(PS80)はガラス状態に、60%のブレンド試料(PS60)はガラス-ゴム転移状態にあった。AFMのフォースカーブ(探針一試料間に働く力の探針一試料間距離依存性)はこの結果に一致していた。また、AFMのフリクションループ(探針を試料表面方向に往復運動させ、摩擦力の探針位置依存性を示す曲線)測定から得られたマイカの摩擦一荷重依存性は、凝着項のみ摩擦に寄与することを示していた。対照的にブレンド試料の場合は表面の粘弾性的な変形が付加的に摩擦に寄与することを示していた。ガラス-ゴム転移状態のPS60は表面の変形が大きいため摩擦力が最大であった。PS60の摩擦力は荷重を増やしていく過程と減らしていく過程でヒステリシスを示したが、これは後者の過程では探針の表面貫通深さが深いためである。PS60では負の荷重領域でさえ大きな摩擦力が測定されたが、これはポリマー鎖が探針に引き上げられたことを意味していた。 Chapter5では金上のデカンジチオール(DDT)の自己組織化機構をSTMで解析している。低被覆量ではDDT分子は金基板に分子軸を平行にして縞状の島を形成していた。被覆量を増やしても相転移は観察されなかったが、これはアルカンチオールSAMの場合と異なる。さらに、ドデカンチオール(DT)SAMにSTMで非弾性電子トンネルスペクトロスコピーを行うと、C-H伸縮振動ピークと弱いCH2はさみ振動ピークが検出されたが、これはC-H伸縮振動の方がはさみ振動よりも基板に垂直になっていることを示している。 対照的に、DDTSAMの場合はC-Hはさみ振動ピークのみが検出された。このことは、DDTの主鎖を含む平面が表面に平行であることを示している。 以上を要するに本研究で得られた成果は、高分子工学および物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |