学位論文要旨



No 116097
著者(漢字) 富樫,格
著者(英字)
著者(カナ) トガシ,タダシ
標題(和) 高出力固体レーザーと極端紫外光の発生
標題(洋)
報告番号 116097
報告番号 甲16097
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4934号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

1. 概要

 近年、超短パルス高出力レーザーの発展に伴い、高次高調波が極端紫外、軟X線領域まで達し、それ自身が光源として応用できるようになった。この領域の光源は、内殻励起による物質のコアの構造解明や、光電子分光による固体のフェルミ面近傍の電子状態の研究などに必要不可欠なものであり、現在、軌道放射光が主に用いられている。

 高次高調波は、フェムト秒のパルス幅を持つため、時間分解分光用光源として非常に有効である。一方で、高分解能光電子分光のような狭帯域を必要とする分光用光源としても興味深い。現在、光電子分光用光源として用いられている軌道放射光や放電ガスランプのバンド幅が〜THz程度で、光電子分光装置の分解能が光源のバンド幅に制限されている。レーザーによる高調波は、そのバンド幅がレーザーのバンド幅程度になるため、〜GHz程度に狭めることは容易である。また、最近、固体物性分野で注目を浴びている超伝導体などは、サンプルの大きさが100μm程度のものが多く、空間分解能も非常に重要な要因になっている。放電ガスランプは、インコヒーレント光であるため、〜mm程度しかスポットサイズを絞り込むことができないのに対し、高調波は、空間コヒレーンスが非常に優れているため〜μm程度に絞ることが可能である。つまり、光電子分光用光源として、高調波を用いれば、スペクトル分解能のみならず、空間分解能をも向上させることができるわけである。

 本研究では、まず、Ti:sapphireと同様に広帯域な利得スペクトルを持つCr:forsteriteを用いて超短パルス発振を行い、チャープパルス増幅(CPA)により高出力化に成功し、77角、5.2GWのピークパワーを得ることができた。これは、Cr:forsteriteレーザーにおいて最高である。次に、Ti:sapphireレーザーシステムの高繰り返し化を行った。5kHz、22fs、0.2TWのピークパワーを得ることができた。さらにこの増幅段を共有して、光電子分光用狭帯域極端紫外光発生のための高出力狭帯域波長可変レーザーシステムを開発した。平均出力32Wを得ることができ、これはTi:sapphireレーザーシステムにおいて最高の平均出力である。非線形結晶により波長変換を行うことで、2倍波、12W、3倍波、6.3Wの平均出力を得ることができた。この3倍波の出力は、波長可変紫外レーザーでは最高である。さらに、この3倍波、及び基本波により、Xeを用いた2光子共鳴4光波混合を行うことで、XUV、VUV光を得ることができた。この出力は、XUV光で1μW、VUV光で1mWであった。

2. フェムト秒高出力Cr:forsteriteレーザーシステム

 Cr:forsteriteは、フォレステライト(Mg2SiO4、苦土カンラン石)にCrをドープしたもので、最初にCr4+をレーザー活性イオンとして用いたレーザー結晶である。発振波長が、1.1〜1.3μmと広帯域であるため、Ti:sapphireと同様に、カーレンズモード同期による超短パルス発振が可能である。この波長は、生体分子の分光や、通信の分野への応用が期待されている。また、この結晶は吸収のピークを1μm付近に持つため、Nd:YAGレーザーの基本波で励起することができる。そのため、Nd:YAGレーザーの2倍波で励起しなければならないTi:sapphireに比べ、高出力化が期待できる。

 まず、カー一レンズモード同期によるフェムト秒発振器の製作を行った(図1,(a))。Z型の共振器中にSF6のプリズム対を挿入し、結晶の分散を補償している。結果、53飴の超短パルスが得られ、このときのバンド幅が9.6THzで、時間幅とバンド幅の積は0.50となり、ほぼフーリエ限界パルスが得られている。

 次に、チャープパルス増幅による、増幅システムの製作を行った(図2,(b))。発振器からのフェムト秒パルスはストレッチャーにより50ps程度まで、引き延ばされる。その後、増幅器により増幅を行うが、増幅器を設計する上で、Cr:forsterite結晶の利得を見積もる必要がある。そこで、発振器からの出力を利用して利得の測定を行った。以前から、Cr:forsterieには、レーザー励起準位における再吸収(Excited State Absorption:ESA)が指摘されており、測定結果は、これを考慮に入れたレート方程式から求められる利得の計算結果とよい一致をみせた。このESAの影響で、励起光のエネルギーが浪費されるため・高い励起エネルギーにより、大きい利得を得るマルチパス増幅器には適さないことがわかった。そこで、増幅器には再生増幅器を用いた。また、レート方程式を用いて、この再生増幅器の評価も行った。再生増幅器による増幅の結果、0.8mJのパルスエネルギーを得ることができた。これをコンプレッサーで圧縮することで、77fs、5.2GWのピークパワーを得ることができた。このときのバンド幅は3.9THzであり、パルス幅とバンド幅の積は0.30でフーリエ限界パルスであるといえる。

3. 高繰り返し全固体波長可変レーザーシステムによる極端真空紫外光発生

 高調波は光電子分光などのような極端紫外領域スペクトル分光用光源としても非常に有効である。高分解能の面から、サブギガヘルツ程度の狭帯域バンド幅が要求される。これは、サブナノ秒のパルス幅に相当するため、高次高調波発生に十分な光強度が得られない。そこで、希ガスの2光子共鳴4光波混合により極端紫外光の発生を行う。Xeの5p1So 6p[5/2]2遷移の2光子励起波長は256.01nmであるため、Ti:sapphierレーザーの3倍波に相当し、XUV光は3倍波の3次光(3×3ω:85.3nm)として、VUV光は3倍波と基本波の差周波(2×3ω-ω:153.6nm)をとることで得られる(図4)。3倍波発生には非線形結晶を用いる。また、励起準位に波長を調節する必要があるので、波長可変レーザーであることが要求される。Ti:sapphireレーザーの波長は768.05nmにすればよい。

(1).5kHz、狭帯域波長可変Ti:sapphireレーザーシステム

 5kHz超短パルスレーザーシステムの増幅系を共用して、高分解能光電子分光用光源として狭帯域極端紫外光発生を目指した、狭帯域波長可変レーザーシステムの製作を行った。

 まず、100psのパルス幅を得られる“Tunami”の共振器中にコーティングを施していない2mmの石英基盤をエタロンとして挿入することで、0.71GHzの狭帯域化に成功した(図5、(a))。このときのパルス幅は0.62nsであり、パルス幅とバンド幅の積は0.44と与えられ、これは、フーリエ限界パルスであることを意味する(図6)。このエタロンの入射角をステッピングモーターで微調節することにより、波長を1pmの精度で変化させることができる。

 このようにして得られたサブナノ秒のパルスを種光として、再生増幅器及びマルチパス増幅器で増幅を行った(図5、(b))。サブナノ秒パルスの増幅は、超短パルスの増幅法であるチャープパルス増幅と違い、ストレッチャー、コンプレッサーを必要としない。よって、これらで使われている回折格子などの光学素子による損失がなく、さらなる高出力化(平均出力)が期待できる。結果、800nmで32Wの平均出力を得ることができた。

(2).非線形結晶による波長変換

 以上のようにして得られた増幅後のパルスを、非線形結晶により波長変換を行った。まず、2倍波発生用結晶としてLBOTypeIを用いた。LBOは786nmでのWalk offが0.93と非常に小さく、deffも0.70pm/Vと比較的大きい。R=5mの凹ミラーで集光することにより、384nmで10.2W、400nmで12Wの平均出力を得ることができた。3倍波発生にはBBO Type IとCLBO Type Iを試みた。これらの結晶は2倍波発生用結晶の直後におくことで、2倍波と残りの基本波を同軸で集光している。2倍波と基本波の偏光をそろえるため、水晶偏光板を2倍波発生用結晶と3倍波発生用結晶の間に入れている。BBOは、deffが1.76pm/Vと非常に大きく、Walk offも5.02°と大きい。逆に、CLBOのdeffは0.82pm/VとBBOと比較して小さいく、Walk offも2.05°と小さい。結果、256nmでは、BBOを用いたとき3.6W、CLBOを用いたとき4.2Wの平均出力を得ることができた。これは、ビームがソフトフォーカスなので、deffの大きさよりも、Walk offの小ささの方が効果的であったといえる。266nmでは、CLBOにより6.3Wの平均出力を得ることができた。

(3).XUV、VUV光発生

 XUV光の発生は、この3倍波をXeガスチューブに集光することで行った(図8)。集光にはf=1000のレンズを用いた。発生したXUV光は、斜入射のビームスプリッターで、3倍波と分離して、真空分光器と電子増倍管で測定した。電子増倍管の出力が7×108C(クーロン)であったので、ビームスプリッターの反射率、分光器のスリット及び回折効率、電子増倍管の増幅率を考慮に入れ見積もると、1μWの平均出力に相当する。

 VUV光は、LiFやCaF2の窓材を使うことができるので、VUV光の発生には、ガスセルを用いた(図9)。ガスセルは、圧力を自由に変えることができ、相互作用長を長くとることができる。ガスセルへの集光は、3倍波と基本波を同軸にR=1mの凹ミラーで行った。集光点での3倍波と基本波のビーム径を一致させるために、3倍波と基本波を一度分離し、基本波のビーム径をf=300mmとf=250mmのレンズで調節できるようにしている。発生したVUV光は、LiFウインドウを通して計測系へ送られ、CaF2プリズムで、3倍波、基本波と分離した。その後、f=400mmのCaF2レンズでパワーメーター上に集光して、直接、平均出力を測定した。結果、1mWの平均出力を得ることができた。

図1、Cr:forsteriteカーレンズモード同期発振器(a)とCPAレーザーシステム(b)

図4、Xeの2光子共鳴4光波混合模式図

Ti:sapphireレーザーの波長は768.05nmにすればよい。

図5、狭帯域波長可変Ti:sapphire発振器(a)及びレーザーシステム(b)

図6.狭帯域波長可変発振器の時間波形(a)とスペクトル(b)

図8、XUV光発生装置及び測定装置

図9、VUV光発生装置及び測定装置

審査要旨 要旨を表示する

 近年、超短パルス高出力レーザーの発展に伴い、高次高調波が極端紫外、軟X線領域まで達し、それ自身が光源として応用できるようになった。この領域の光源は、内殻励起による原子の構造解明や、光電子分光による固体フェルミ面近傍の電子状態の研究などに必要不可欠なものである。この論文は、高調波をこのような物性研究のための光源として用いることを目的としており、その際行ったレーザーの高出力化、及び、高調波発生について述べたものである。

 第1章では、序論として本研究における背景や目的を述べている。高次高調波は、フェムト秒のパルス幅を持つため、時間分解分光用光源として非常に有効であり、そのために、レーザーの超短パルス高出力化が必要とされる事、また、高調波は高分解能光電子分光のような狭帯域を必要とする分光用光源としても有効で、光電子分光用光源として、高調波を用いれば、スペクトル分解能及び空問分解能を向上させうる事が強調されている。

 第2章では、Ti:sapphireと同様に広帯域な利得スペクトルを持つCr:forsteriteを用いて超短パルス増幅を行ったことについて説明している。Cr:forsteriteの特徴として、発振波長が1.1〜1.3μmであり、この波長は、生体分子の分光や、通信の分野への応用が期待されている点、吸収のピークを1μm付近に持つため、Nd:YAGレーザーの基本波で励起することができ、Nd:YAGレーザーの2倍波で励起しなければならないTi:sapphireに比べ、高出力化が期待できる点などが上げられている。チャープパルス増幅(CPA)をもとに、モード同期発振、ストレッチャー、再生増幅器、コンプレッサーについて述べており、再生増幅器では、結晶の利得測定と解析、増幅器のシュミレーションなどの解析がなされている。この解析により、Cr:forsteriteの持つ、レーザー励起準位における再吸収(Excited State Absorption:ESA)や、発振波長での吸収の影響が明らかにされた。また、再生増幅器中で光スイッチとして用いるポッケルスセルをドライブするための回路を独自に製作している。結果として、77fs、5.2GWのピークパワーが得られている。

 第3章から第5章は、高分解能光電子分光用光源として全固体波長可変レーザーシステムによる極端真空紫外光発生を行ったことについてまとめている。

 第3章は、5kHz、狭帯域波長可変Ti:sapphireレーザーシステムについて述べている。発振器としてSpectra Phisycs社の"Tunami"を用い、この共振器中にエタロンを挿入することで狭帯域化を行っている。パルス幅がサブナノ秒であるため、チャープパルス増幅と違い、ストレッチャー、コンプレッサーを必要としない。よって、これらで使われている回折格子などの光学素子による損失を受けずに増幅できる利点がある。これを種光として、再生増幅器及びマルチパス増幅器で増幅を行うことで、800nmで32Wの平均出力を得ている。この出力は、Ti:sapphireレーザーシステムにおいて最高の出力である。

 第4章では、第3章で得られたレーザー光からの非線形結晶による紫外光発生について述べている。非線形結晶としてLBO、BBO、CLBOについて2倍波発生、3倍波発生における、位相整合角、非線形定数deff Walk offの計算を行い、この結果から、2倍波発生用結晶としてLBO及びBBO、3倍波発生用結晶としてBBO及びCLBOを選択し、実験により比較検討している。この実験から、ソフトフォーカスビームにおける3倍波発生では、BBOはWalk offが大きいため、変換効率の悪いことが明らかにされた。2倍波発生にLBO、3倍波発生にCLBOを用いたとき、波長266nmにおいて6.3Wの3倍波出力を得ることができた。これは波長可変紫外レーザーでは最高の出力である。

 第5章では、Xeの2光子共鳴4光波混合によるXUV、VUV光の発生について述べている。XUV光は第4章で述べた3倍波の3次高調波として得られる。また、VUV光は3倍波と基本波の差周波をとることで得られる。Xeの6p[5/2]2を共鳴準位としており、XUV光、VUV光の波長はそれぞれ85.3nm、153.6nmである。XUV光の発生は、3倍波をXeガスチューブに集光することで行っている。発生したXUV光を斜入射のビームスプリッターで分離し、真空分光器と電子増倍管で測定することで、1μWの平均出力を得ている。VUV光はLiFやCaF2の透過媒質を使うことができるので、VUV光の発生は、XUV光の発生と異なり、LiFウインドウを用いたガスセルで行っている。発生したVUV光はCaF2プリズムで分離し、f=400mmのCaF2レンズでパワーメーター上に集光することで直接平均出力の測定を行っている。この測定から1mWの平均出力を得られた。この出力は狭帯域VUV光では最高の出力であり、パワーメーターで直接出力を測定できている点が優れている。また、パワーメーター上でのビームパターンが蛍光ガラスを用いることで撮影されている。さらに、XUV光及びVUV光の発生の評価として、G.C.Bjorklandの計算をもとに発生光出力を見積もっており、XUV光及びVUV光の平均出力は共に、計算から見積もられる値よりよりも1桁ほど小さい値であった。この原因としては、XUV光発生においては、Xeの吸収の影響、VUV光発生においては、3倍波ビームと基本波ビームの空間的なミスマッチなどが上げられている。

 第6章は以上の結果に対するまとめである。第2章で行った、Cr:forsteriteレーザーの高出力化では世界記録を出している。また、第3〜5章で行った、高分解能光電子分光のための狭帯域極端紫外光の開発では、レーザーの基本波、3倍波出力で世界記録を出したのみならず狭帯域極端紫外光源としても、現在使われているHe放電ランプに比べて、XUV光で同程度、VUV光で2桁ほど強い出力が得られている。また、バンド幅は約2GHzで、He放電ランプよりも3桁ほど小さい。これは、高分解能光電子分光光源として飛躍的に優れた光源である。以上の内容から、この研究は物理工学に大きく寄与するものであり、よって、工学博士論文として合格である。

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