学位論文要旨



No 116106
著者(漢字) 軸屋,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ジクヤ,イチロウ
標題(和) 連鎖散乱の枠組におけるモデル集合の構造
標題(洋) Structure of Model Sets in the Chain-Scattering Framework
報告番号 116106
報告番号 甲16106
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4943号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 山本,博資
 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 助教授 津村,幸治
 東京大学 助教授 新,誠一
内容要旨 要旨を表示する

 制御系の設計においてロバスト性(頑強性)の概念,つまり制御系の実際の特性と設計用のモデル(例えば物理法則に基づいて定まる常微分方程式)との間の誤差に関わらずに設計仕様を満たすような制御系を設計すること,が重要である.ロバスト性を保証するために,ロバスト制御の分野では単一のモデルのかわりにモデルの集合(モデル集合)によりモデル化を行い,制御系の設計を論じてきた.一方,モデル集合を取り扱う議論として他に,ロバスト同定もある.これは入出力データよりモデル集合を構成するための理論である.

 数多くの研究が行われてきたにもかかわらず,ロバスト同定とロバスト制御の間にはまだ解決すべき乖離があることが知られている.ひとつは集合の複雑さ(次数)の問題である.同定問題を解くことにより得られるモデル集合は高次なものとなることが多いのに対し,制御問題の観点からは低次なモデル集合が望ましいからである.この乖離を埋めるためにモデル集合の低次元化の問題が議論されているが,ロバスト制御への適用を考えると不十分なものとなっている.本研究では,H∞-制御問題において取り扱われている,連鎖散乱表現に基づくモデル集合を考慮する.

 そして低次元化の観点から

 ・包含関係の解析

 ・モデル集合内にグラフ位相に関する特異点が存在したらロバスト制御問題が可解でないことを示す

ことの重要性を示し,解を与える.

 包含関係は「大は小を兼ねる」という諺にあらわされるとおり,ロバスト制御の観点から自然で不可避な概念である.モデル集合の低次元化において,簡略化されたモデル集合が複雑なモデル集合を包含していなければ,低次元化されたモデル集合に対して設計されたコントローラは複雑なモデル集合をロバスト安定化するとは限らない.本研究ではモデル集合間に包含関係が成り立つための条件を解析し,計算の問題についても議論した.また,より広いクラスのモデル集合を取り扱うために入出力包含と呼ぶ新しい概念を定義し,包含関係の場合と同様の議論を行った.さらに低次元化の問題への応用例を示す.

 グラフ位相の意味での特異点に関する議論は,「過ぎたるは及ばざるが如し」とあるように,大き過ぎる集合を構成するとロバスト制御が不可能となることを示す.これはロバスト制御の観点から自然な概念であるが,集合の中にグラフ位相の意味での特異点が存在するならばロバスト安定化問題が可解でないことを示すことにより,その概念を裏付けるひとつの理論的な根拠を与える.

 以上,本研究で示される二つの結果は,モデル集合の構造に対する重要な知見を与える.

審査要旨 要旨を表示する

 ロバスト制御は制御系設計時に用いるモデルに不確かさを許容する制御の方法であり、制御理論の実用化に大きく貢献してきた。不確かさを許容するためには制御対象を単一のモデルではなく複数のモデル、すなわちモデル集合として表現する必要がある。これより、モデル集合をシステム理論は取り扱わなければならないが、モデル集合のシステム理論は単一のモデルのシステム理論にはない様々の困難問題があり、まだ基本的な枠組も確立しているとは言い難いし、理論のツールもまだ整備されていない。本論文は「Structure of 116106Model Sets in the Chain-Scattering Framework」(連鎖散乱の枠組におけるモデル集合の構造)と題し、モデル集合のシステム理論を構築するための第一歩としてモデル集合の表現問題、簡略化、包含関係、そしてそれらにかかわる位相構造について研究した成果である。

 第一章は「Introduction」で、本論文の動機、背景、そして得られた結果の位置づけを述べている。

 第二章は「Preliminaries」と題し、本論文で用いる理論的な結果をまとめて述べている。関数空間における信号とノルム、安定化器のパラメトリゼーション、グラフ位相、そして連鎖散乱表現の数学的な性質が概観されている。

 第三章は「Definition of Model Set」と題し、モデル集合を連鎖散乱行列で表現する方法について述べている。

 第四章は「Analysis of Inclusion」と題し、本論文の主要結果を述べている。まず通常の集合のinclusionとならんで、I/O inclusion(入出力包含)という新しい概念を導入している。この概念は「既約性」という制約のもとで通常のinclusionよりも弱い関係であることが示されるが、ロバスト安定化を考察する上で重要な意味を持つ事を示している。既約性は申請者が、すでに存在している単一システムに対する既約性をモデル集合に拡張したものであり、モデル集合の理論の基礎をなす概念のひとつである。Pofapovの定理にもとづいて、モデル集合の包含関係を特徴づける定理4.5が本論文の主要結果であり、表現もエレガントで包含関係をチェックするのも容易である。包含関係を満足したモデル集合の簡略化のアルゴリズムも導出している。

 第五章は「Induced Form and Graph Topology」と題し、グラフ位相に関する連続性とロバスト安定化可能性の間の関係を明らかにし、既約性が重要な役割を果たしていることを示している。

 第六章は「Conclusion」で、本論文で得られた結果の位置づけと今後の課題について述べている。

 以上のように本論文はモデル集合のシステム理論の基本的な枠組に関して幾つかの重要な概念を提案し、それらにもとづいて包含関係、簡略化、ロバスト安定化について内的整合性を保持した理論体系を構築している。ロバスト安定性を含むシステム制御理論に貢献する所大と思われる。

 よって本論文は博士(工学)を授与するに値すると認める。

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