学位論文要旨



No 116108
著者(漢字) 柳澤,政宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギサワ,マサヒロ
標題(和) 量子系の制御と伝達関数
標題(洋) Quantum Control and Transfer Functions
報告番号 116108
報告番号 甲16108
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4945号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 井元,信之
 東京大学 助教授 津村,幸治
 東京大学 助教授 新,誠一
 電気通信大学 助教授 長岡,浩司
内容要旨 要旨を表示する

フィードバックとは、システムの過去の情報に基づいてそのダイナミクスを変化させる方法である.それによって,例えシステムを構成する重要な要素が不確かであったり,揺いだ環境系がシステムに予測不可能な変化をもたらしたとしても,その性能やロバスト性を著しく向上することができる.これまでフィードバック,もしくはそれを扱ってきた制御理論では,可換な変数によって記述される古典的なシステムが制御の対象であった.本論文では,量子系のような,非可換な変数によって記述されるシステムのフィードバックを定式化するのが目的であり,特に興味があるのは,量子化された場を通して出力をフィードバックするシステムである.ここでは,場は次の交換関係を満たす作用素bによって記述されるものとする.

場を通じたフィードバックとは,上の関係を満たす作用素bを入力としてもつ量子系(それはシステム作用素Clをもつとする)からの出力が,別の量子系(システム作用素C2をもつ)と相互作用し,その出力がビームスプリッタ(透過率α,反射率β)を介して,再び元のシステムに入力される過程である.このフィードバック系を記述するハミルトニアンは,次であたえられる.

このハミルトニアンによって量子系に対して制御理論的な視点があたえられ,制御理論において様々な概念や設計手法が量子系からなるネットワークを理解するのに有用であるだけでなく,量子系における重要な問題に対する解法をあたえることも示される.

審査要旨 要旨を表示する

 量子力学の論理に従うミクロな物質系の制御は,制御理論の拡張という観点から興味深いだけでなく,原子レベルでの化学結合を選択的に切断したり分子レベル七の切削や研磨などマイクロマシンの製作にも重要な役割を果たすことが期待されている.本論文は量子力学の最新の成果の上に立って量子系の制御理論の新しい枠組を構築し,その基礎理論を制御理論の有用な概念である伝達関数を用いて展開する試みである.

 本論文は「Quantum Control and Transfer Functions」 (量子系の制御と伝達関数)と題し,英文で書かれ全体で11章から成る.

 第一章は「Introduction」で,量子制御の基本的な特徴を“Entanglement”という概念を用いて説明している.

 第二章は「Control Theory and Quantum Theory」と題し,制御理論の基礎と量子力学の基礎を簡単に概観している.制御理論については線形システムの基本的な性質である伝達関数について述べ,量子力学については以後の展開の基礎となるマスター方程式の導出とホモダイン検出について述べている.

 第三章は「Quantum Markov Operator」と題し,第二章で述べたマスター方程式に従う分布の発展をマルコフ過程と捉え,その性質について述べている.特にマルコフ過程の漸近的性質とそのスペクトル分解について幾つかの注目すべき結果を導いている.

 第四章は「Factorization and Cancellation of Systems」と題し,制御対象の連鎖散乱表現とその性質について述べている.J-因子分解とよばれる伝達関数の分解とその状態空間表現に関する制御理論の結果を述べている.

 第五章は「Classical Stochastic Differential Equations」と題し,Ito型の確率微分方程式の理論を概観し,2つの状態を重畳させた場合の量子系の発展を記述する準備を行なっている.

 第六章は「Quantum Stochastic Differential Equations」と題し,量子系の時間発展を量子化された電磁場を雑音源とする古典的なWienerプロセスの非可換化として捉えている.これによって量子系の振舞を入出力関係として捉えることが可能となる.

 第七章は「Master Equation」と題し,量子系の基本素子を空洞共振器で表現し観測とフィードバックを含む量子系を支配する基礎方程式をある条件のもとで導いている.

 第八章は「Cascade Connection and State Feedback」と題し,2つの量子系を継続結合した場合と,状態フィードバックを量子系に対して行った場合のマスター方程式を導出し,それを伝達関数を用いて表現している.伝達関数を用いることによってマスター方程式とそこに表現された相互作用の意味が明解になる.

 第九章は「Feedback Connection」と題し,ビームスプリッターを用いた量子的なフィードバック系のマスター方程式を対称性にもとづいて導出し,前章で得られた結果をより一般的な場合に拡張している.またフィードバック結合はある種の継続結合として表現できることを示している.素子(空洞共振器)が複数個ある場合や多入力系にも結果を拡張している.

 第十章は「Quantum Control」と題し,これまで得られた成果をSqueezingとダイナミックス相殺に応用した結果を示している.Squeezingは量子計算に有用であり量子エレクトロニクスの分野では精力的な研究が行なわれてきたが,ここではSqueezingを雑音抑止という制御の基本問題に帰着させ,具体的なフィードバック制御のアルゴリズムを導出し,そのもとで理想的なsqueezingが可能であることを示している.また制御における極ゼロ相殺の量子論的な意味を考察している.

 第十一章は「Conclusion」と題し,本論文で得られた結果の相互関係を述べ,将来の研究方向を示唆している.

 量子力学に支配されるシステムの制御問題は制御の分野でも次第に研究が活発になっているが,それらの多くは1930年代前後の「古典的」な量子力学の枠組を用いており,その枠内で制御理論の適用を試みている.本論文は1970年代以後の「開いた」量子力学の理論をベースに,いままでの制御理論には捉らわれず全く新しい展開を試みたもので,その成果はまだ萌芽的なものにとどまっているが,将来大きな体系に育って行く可能性を秘めている.量子計算や量子通信も量子状態を制御できなければ実用化は困難であるので,その意味でもこの分野は重要であり,本論文の貢献は大きいと思われる.

 よって本論文は博士(工学)を授与するに値すると認める.

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