学位論文要旨



No 116109
著者(漢字) 大越,啓志郎
著者(英字)
著者(カナ) オオコシ,ケイシロウ
標題(和) 原子・イオン駆動下での高Z金属における水素輸送
標題(洋)
報告番号 116109
報告番号 甲16109
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4946号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 講師 伴野,達也
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

 核融合炉開発において、金属材料における水素輸送特性の把握と制御は、トリチウム管理、リサイクリング制御の一つの要とされてきた。イオン注入実験で観察される透過スパイク現象[1]が典型的に示すように、表面のキャラクタの変化がきわめてドラスティックに膜の輸送特性を変化させることが知られている。核融合装置におけるダイバータ排気からの水素同位体の回収機器として、表面不純物を制御された金属膜を用いた「超透過膜ポンプ」が提案されており[2]、第一段階はイオン駆動、第二段階は原子駆動透過でプラズマ排気中から選択的に水素同位体が精製される。

 熱解離による原子ビーム駆動輸送に関するデータは、あまり多くは報告されていないが、低エネルギのために材料に損傷を与えないこと、律速の第一段階として表面吸収過程を考慮する必要があること、付着率が分子に比較して大変大きいこと、化学的に活性であることなどが特徴である。

 本研究は、Nbはじめとした高Z材料に対しイオン・原子駆動透過実験を行ない、不足とされるデータの報告を行うとともに、非平衡現象としての姿を明らかにすることを目的とした。

2 実験装置の概略

 Fig.1は水素透過実験装置HYPA-IVを示す。試料容器は試料膜を境界とする2つの真空容器から成り、それぞれターボ分子ポンプによる排気によって、ビーム注入実験のもとで10-7-10-6Pa程度の真空度が維持された。

 ISl,IS2は加速電圧3keVのイオンガンであり、それぞれNb,Moでのイオン駆動透過実験に用いられた。試料法線より50°の方向に低エネルギ原子ビーム源(atomic beam source)が接続された。

 試料としては(株)ニラコ製の多結晶Mo薄膜(純度99.95%)または多結晶Nb薄膜(純度99.9%)を、直径16 mm、厚さ0.1mmの円盤状試料としたものを用いた。 Fig.2に低エネルギ水素原子ビーム源(ABS; atomic beam source)を示す。ガス導入バッファにて圧力調整されたソースガス(D2)は、図中左側より中央のタングステン製ノズル(内径4.0mm)に流入する。ノズルを同軸に囲むタンタル製薄膜ヒータ(長さ70mm,直径10mm,厚さ10μm)は、負荷2kW程度の直流通電によってノズルを運転温度2350-2400K程度まで加熱し、流入分子はノズル先端側の高温部で解離され原子化する。フラックスは気体分子運動論に基づく計算によるフラックスは2.5xl0l7/m2,粒子のエネルギは約0.3eVであった。3 実験結果と考察

3.1 イオン駆動透過

 試料として前述のNbと、質量数がほぼ同じで、高融点材料であり、水素溶解熱はNbと反対に正値をとるMoに関するイオン駆動透過実験を行った。 Fig.3はNb試料に対する1.5keV/Dイオン駆動透過実験より求められた上流側・下流側再結合速度係数である。高温側のデータ[3]では、k1とk2のグラフはほぼ平行となっており、その温度領域にわたっての再放出・透過の比がほぼ一定であることに対応している。

 keVオーダ以上のエネルギを持つイオン注入において、その材料中での粒子バランス・パラメタを決定するためには、「リサイクリング粒子」を構成する反射(後方散乱)粒子と、上流側表面よりの脱離粒子の分離が必要になるが、二体散乱が散乱の中心的なメカニズムになるようなエネルギ領域では、反射は温度に事実上依存しないと考えられる。QMSへの加速粒子の直接入射を防ぎ、ビーム打ち切り時のリサイクリング・フラックスの動的な変動のデータを用いて、反射フラックスを求め、その寄与を分離することができ、再結合速度係数を求めた(Fig.3)。

 Moに関するイオン駆動透過実験では、拡散・再結合それぞれの過程が上流側・下流側でそれぞれ律速となる場合について立てられたモデル式群の示す温度依存性と、実験的に得られた透過速度の試料温度依存性との比較によって、飛程より下流側に関しては拡散が律速、上流側では再結合律速と評価された。モデル式は透過フラックス〓であり、ここから〓という式が得られた。この実験では、試料高温側において、k1>k2なる両表面での再結合律速(“RR2”型)へ移行しつつある可能性も示された。D、k1の(みかけの)活性化エネルギED、Ekに関して、Ek/2-EDなる式の値が比較的大きな正値となることがその主原因であると考えられた。Ekは解離の活性化エネルギを要素としている。一般的に拡散律速になりやすいとされる材料であるが、表面に敏感な結果が得られた。

3.2 原子駆動透過

 Nbに対する熱解離原子駆動透過実験を行い、透過速度を実験的に求め、またイオン駆動透過実験で得られた再結合速度係数を適用してバルク水素濃度を評価した。

 透過速度のArrhenius plotには山型の温度依存性(Fig4)が現れ、何らかの律速過程の移行が存在することが判明した。

 実験温度より高温で長時間アニールされた試料表面の元素組成比は、in-situなオージェ電子分光法によって、実験試料温度全域に渡って、Nb:S:C〜50:40:10でほぼ一定となった。硫黄(S)は偏析によるものであり、酸素については痕跡的にしか検出されなかった。したがってこの挙動は温度依存の表面不純物の効果とは考えづらい。

 試料温度領域全体に渡って原子ビームの温度・フラックス条件が同じであったもとで、バルク下流端水素濃度は、低温側で顕著に高くなるような、直線的Arrhenius plotとなり(Fig.5)、かつ計算の結果、バルクの深さ方向水素濃度プロファイルは、各実験温度について平坦な状態にあることが示された。

 残念ながら、反射フラックスと脱離フラックスの実験的分離あるいは表面被覆率の推定は困難であった。バルク上流端での、上流側気相に対する水素ポテンシャル比は、ビーム条件一定のもとで、バルク上流端の水素濃度に比例に近い関係にあること(Fig.5)、また下流側に関しては、バルク下流端水素濃度と放出フラックスの間にk2で示される関係があること・それぞれの表面での関係は温度傾向が互いに反対であること、またバルクの水素濃度プロファイルが平坦であること、に同時に注目すると、透過速度グラフの山型は以下のように説明される:高温から低温側に向かって見ると、高温側では上流側界面での関係が支配的であって、徐々にバルク水素濃度と透過速度は増加する。しかし、低温側では、下流側表面よりの放出速度が律速になり、急激に透過速度は減少する、それが山型の透過速度グラフの原因であると解釈した。卑近な例で説明すると、低温側での挙動は、下流側のつまった水道管のような状況にあり、入口から入る水はあふれてしまう、という状況に相当している。

 界面では水素ポテンシャルが不連続になり、それが非平衡の実体であるとして、Mo-IDPでの表面律速への移行の傾向、あるいは、Niでの低圧ガス駆動透過における透過速度の上流側圧力の0.5乗則からの逸脱を、下流側から上流側へ遡って濃度を求める方法で説明した。

参考文献

[1] K. Yamaguchi, S. Tanaka and Yamawaki, J. Mater. 179-181 (1991) 325-328.

[2] A. I. Livshits, M. E. Notkin, A. A. Samartsev, J. Nucl. Mater., 196-198 (1992) 159-163

[3] M.Yamawaki, N. Chitose, V. Bandurko and K. Yamaguchi, Fus. Des. 28 (1995) 125-130

Fig.1: 水素透過実験装置HYPA-IV

Fig.2: 低エネルギー原子ビーム源ABC

Fig.3: イオン駆動実験によりもとめられた再結合速度係数。太線は[3]、細線はその外挿線、点は低温側で得られたデータを示す

Fig.4: 原子駆動透過率の試料温度依存性

Fig.5:バルク水素濃度

審査要旨 要旨を表示する

 核融合炉開発において、金属材料における水素輸送特性の把握と制御は、トリチウム管理、リサイクリング制御の一つの要とされてきた。イオン駆動透過では、「透過スパイク」現象に象徴的に示されるように、表面状態に依存するダイナミックスの機構解明が依然課題として認識され、原子駆動透過に関しては、イオン駆動とも分子駆動とも異なる特異な特徴を有していると考えられるが、これに関する報告は決して多くない。本論文は、核融合装置で用いられる高Z材料として、水素の固溶に対し対照的な挙動を呈するNbとMoを取り上げ、イオン・原子駆動透過実験を行い不足とされるデータの報告を行うとともに、特に「非平衡」現象としての特徴を明らかにすることを目的とした。全体は4章より構成され、まず第1章で、上述した点を背景として本研究の位置付けを行っている。

 第2章は、大きく3つの部分より構成されており、まず、イオン駆動透過を対象とする水素の輸送理論と水素再結合理論が中心的な問題として扱われている。特に後半の水素再結合理論に対しては、従来の取扱いにおいては本来非平衡問題であるはずの粒子ダイナミックスと熱平衡が折衷的に取り込まれていることを問題点として指摘している。続く第2の部分ではNbのイオン駆動水素透過実験の結果と考察を中心に扱い、さらに第3の部分ではMoに関するイオン駆動透過実験の結果を述べ、考察を行っている。

 Nbの実験では、まず水素のマスバランスを正確に評価することを目指した。特に実験で用いたイオンビームの入射エネルギーは1.5keVで、粒子反射係数は1〜2割程度に達するため、マスバランスに影響する。これを工夫を凝らした実験により、「反射(後方散乱)粒子」と「再放出粒子」を分離して評価し、理論計算の結果ともほぼ一致する結果を得た。こうして実験手法の妥当性を確認した上で、粒子のマスバランスより水素再結合係数を決定した。特に、一回の実験に非常に長い時間を要する低温領域においてもデータの取得に成功したことは称賛に値する。

 Moに関する実験では、透過の律速段階を決定するとともに、再結合係数を評価した。さらにこの結果から、温度の増加とともに律速段階が下流側において拡散律速から再結合律速へ移行しつつある可能性を指摘した。一連の透過実験では、随時「その場」でオージェ電子分光分析と二次イオン質量分析により、元素組成の同定のみならず、最外表面での不純物元素の結合状態にまで踏み込んだ検討を行っており、新しい知見を提示している。特にMoでは試料の前処理の違いにより、それぞれ、炭素とイオウが支配的な表面状態に至ることを確認し、さらに透過実験の結果から、再結合係数の活性化エネルギーが表面不純物組成に依存することを指摘している。

 第3章は、Nbに対する熱解離原子駆動透過実験を扱っている。実験装置は、イオン駆動透過実験で用いた装置に、原子状ビーム源(ロシア製)を新たに組み込んだものである。装置の構成上、重量物であるビーム源の固定方法に付加的な努力を傾注せねばならなかったこと、差動排気のためのビーム輸送ラインを設置したため、ビームの軸合わせに工夫を要したことなど、幾多の困難を乗り越えた結果、「その場」表面分析機能を備えた高性能の原子ビーム注入体系を完成させた。

 透過速度のアレニウスプロットにおいて、中間温度で極大となる温度依存性を見出し、ガス駆動透過ともイオン駆動透過とも異なる結果であることを指摘し、律速過程の競合が存在すると考えた。試料表面の元素組成比は、実験試料温度全域に渡って不変であったため、温度依存の表面不純物効果とする従来の考えでは説明がつかない。一方数値計算により、バルク下流端水素濃度は、低温側で顕著に高くなるようなアレニウスプロットが描け、かつ、バルクの深さ方向水素濃度分布は、各実験温度ともバルク全体を通して一様である、すなわち上流側と下流側の間で水素は頻繁に往来していることを指摘した。かたやイオン駆動透過実験から評価した再結合係数は、低温領域では著しく減少することを明らかにした。これらの事実をもとに、透過速度が極大となる温度を境に、高温側ではバルクへの水素の供給が追いつかず透過速度は減少する、しかし、低温側では、下流側表面からの再結合放出が律速になり透過速度は減少する、という新しい解釈を提案した。残念ながら、装置上の制約から水素の表面被覆率を直接評価することができなかったため、表面一バルク間の水素ポテンシャルを定量的に議論することは困難であった。しかし、超高真空下における界面では、水素ポテンシャルは不連続になり、それが非平衡の実体であることに相違ないとした。そのことは、別途行ったNiに対する低圧ガス駆動透過実験の結果から間接的に確かめられたとしている。

 以上で述べられたことから、本研究の結論が第4章で導かれる。

 以上を要約すれば、本研究は、非平衡現象の観点から、イオン・原子駆動水素透過の問題を論じたもので、従来の手法に徹することにより、かえってその限界を鮮明に示しえたと言える。しかし、個々の実験ならびに解析は入念かつ綿密であり、議論はこれ以上他の追随を許さない域にまで到達している。このように、本研究は、システム量子工学の中でも核融合炉工学、とりわけプラズマ―壁相互作用の分野において、さらに広くプラズマ―材料相互作用一般の分野の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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