学位論文要旨



No 116111
著者(漢字) 鎮守,浩史
著者(英字)
著者(カナ) チンジュ,ヒロフミ
標題(和) コロイドの移行過程における固相表面への付着現象
標題(洋)
報告番号 116111
報告番号 甲16111
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4948号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 浅井,圭介
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

 放射性廃棄物地層処分システムにおいて、放射性核種の地層中での移行挙動は、地下水中に存在するコロイドの影響を受けることが指摘されている。核種はコロイドに吸着することにより、熱力学的平衡から予測される濃度以上に液相中に存在し、その移行が促進される可能性がある一方、コロイドが固相媒体に捕捉されるフィルトレーション効果により、その移行は遅延することも考えられる。一般にコロイドのフィルトレーション現象は、コロイドの固相表面での付着現象として捉えることができる。この付着現象については、流れ場中のコロイドが固相表面近傍まで輸送される過程と、DLVO相互作用(ファンデルワールス相互作用と電気二重層相互作用)を受けて付着に至る過程の二つの過程に分けて考えられ、固相表面への付着率を移流拡散方程式により求める方法で解析されているが、解析結果と実験結果に相違があるなど、まだ不明な点が多いのが現状である[1]。

 本研究では、カラム実験と固相表面観察を行い、既往の研究で報告されている解析結果と本研究の実験結果との相違を説明するため、流れ場および固相表面の不均質性が与える付着挙動への影響を考慮した新たなモデルを考案し、解析を行う。これにより、既往の研究において十分に説明されていなかった、付着効率の流速依存性と、固相表面の不均質性が与える付着挙動への影響について明らかにする。

 多孔質媒体カラムを用いた実験[2]には、固相にはガラスビーズ(粒径0.35-0.40mm)を、コロイドにはポリスチレンラテックス(粒径102nm、表面基-SO4-)を用いた。本実験条件下では、固相、コロイド共に表面電位は負である。ガラスビーズ(11.98g)は、内径が10mm、長さが100mmのガラスカラムに脱イオン水で飽和充填した。コロイド溶液(濃度:10-3Mの場合0.5mg/mL、10-4Mの場合5mg/mL)をカラムに流入させ、カラムからの流出液は、分光光度計で濃度測定を行った。実験結果は流入濃度Coに対する流出濃度Cの比である、C/C0の値の送液量に対する変化を示した破過曲線によって示した。一方、トレーサ(10-3Mの場合10-5Mウラニン水溶液、10-4Mの場合0.3MCoCl2水溶液)についても同様の測定を行うことでバルク溶液の破過挙動を調べた。

 カラム実験によって得られた破過曲線はC/Coの増加率によって三段階に分けられた(Fig.1)。これらの三段階とは、流出液のコロイド濃度がある値まで上昇する流出初期の第一段階、続いてC/C0が徐々に増加する第二段階、その後のC/Coの増加率が第一、二段階に比べずっと小さくなる第三段階である。第一段階と第二段階の境界は、コロイドの破過曲線がトレーサの破過曲線から離れる位置と考える。

 このコロイドの付着挙動を議論するにあたり、固相表面は付着性の強いサイトと弱いサイトから構成されていると考えた。第一段階において、コロイドの破過曲線はトレーサの破過曲線と同様の挙動を示したことから、固相表面に付着しなかったコロイドはバルクの流れと同様に流出したと考えられる。しかしある割合のコロイドは、主に付着性の強いサイトへ付着することによってカラム内に保持されるため、それぞれのコロイドの破過曲線はトレーサの破過曲線から離れる「屈曲点」を持つ。第二段階でのC/C0の上昇は、付着性の強いサイトがコロイドに占有されていく過程に帰着される。第三段階のC/C0の極めてゆっくりとした上昇は、固相表面上の大部分を占める付着性の弱いサイトがコロイドに占有されていく過程と解釈できる。

 単一固相粒子の付着効率(Single Collector Efficiency)ηは、単位時間当たりの単一固相粒子表面全体の付着コロイド数を、その粒子の投影面積中を通過するコロイドの流束で割った値として定義される。この値は、カラム中の微小断面におけるコロイドの質量保存式をカラム長さ方向に積分することによって、C/C0の値と関連付けられる(式1)。

Fig.2にカラム実験から得られた破過曲線の「屈曲点」と、第三段階におけるC/Coの値から計算した、ηと流速の関係を示す。ηのイオン強度依存性については、DLVO理論から予測されるように高イオン強度の方が付着効率が大きかった。ηの流速依存性については、既往のモデル[4]によると、コロイド―固相間の相互作用ポテンシャルの障壁の大きさにより異なるとされており、障壁が大きい場合、ηは流速の-1乗に、障壁が存在しない場合、ηは流速の-2/3乗に比例することが導かれている。実験結果は、これらの値より流速依存性が小さい傾向にあり、これについては後の解析の際に考察した。

 単一模擬亀裂を有する固相媒体充填カラム[3]には、長さ30cm、直径10cmの円柱状の花崗岩を縦方向に二分割し、切断面に所定の研磨紙による研磨処理を施した後、幅約lmmのスペーサを挟んで再び合わせてアクリルカラムに充填したものを用いた。コロイドにはポリスチレンラテックス(粒径309nm、表面基-S04-)を用いた。本実験条件下でも、固相、コロイド共に表面電位は負である。カラムに下方から上方へコロイドの分散溶媒(NaNO3水溶液)を目的の流速で流入させ、その後コロイド溶液(濃度:25mg/mL)をカラムに流入させた。カラムからの流出液は、フラクションコレクターによって分取し、分光光度計で濃度測定を行った。実験は、イオン強度(NaNO3添加量:10-3,10-4,10-5,0M)と流速(約7,35,70cm/hr)を変化させて行った。一方、トレーサ(10-3MNal水溶液)についても同様の測定を行うことによってバルク溶液の破過挙動を調べた。得られた破過曲線からは、ガラスビーズ充填カラムの場合と同様に、固相表面の不均質性に起因する、付着性の強いサイトと弱いサイトの存在が与えていると考えられる影響(破過過程の三段階)が認められた(Fig.3)。DLVO理論で説明されるように、イオン強度の増大に伴う付着量の増加が認められ、流速依存性については低流速の場合の方が付着量が大きく、これらはガラスビーズ充填カラムと同様の結果となった。模擬亀裂表面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察像からは、花崗岩を構成する長石、石英、雲母の三種の鉱物について、コロイドの付着性に顕著な相違は認められなかった。一方、これらのどの鉱物についても、表面形状の起伏の大きい個所に付着コロイドが偏在する傾向が認められた。この結果は、固相の形状的不均質性が、コロイドの付着に影響を与えている可能性を示している。

 コロイドの固相への付着を記述するために、コロイド―固相間のDLVO相互作用を考慮した移流拡散方程式の近似的解析解[4]が適用されている。これは、コロイド―固相間相互作用を外力項に加えた二次元移流拡散方程式(式2)から濃度勾配(式3)を求め、付着効率を導出する方法である。本研究ではこのモデルのコロイドの拡散係数を、流れ場が与えるブラウン運動への影響を考慮した値に変更して解析を行った。解析結果は流速の増大によるηの流速依存性の減少を示したが、ηの絶対値については過小評価している可能性が残された。

 カラム実験結果により、固相表面の不均質性が付着挙動に影響を与えている可能性が示された。そこで、固相表面の形状に凹凸のある場合のDLVO相互作用を計算し、ηへの影響について調べた。検討した固相表面形状は、半球状突起付平板、段差形状、溝形状である。半球状突起付平板については、コロイドと半球、平板それぞれの相互作用を足し合わせた。他の二形状は、ファンデルワールス相互作用と電気二重層相互作用に分け、前者については分子間相互作用を形状に合わせて積分することにより、後者については、微小平板間相互作用を積分することにより求めた。結果は、凹凸のある場合の方が、ポテンシャル障壁のピーク値が減少する傾向があった。

 固相表面のコロイドの付着形態を調べるため、バッチ式および、フローティング式コロイド付着実験後の固相表面のSEM観察を行った。バッチ式では、表面の一部に微小な凹凸を設けたガラスプレパラートをコロイド溶液に浸漬してコロイドを付着させた。フローティング式では、カラム実験に用いたものと同様のガラスビーズをコロイド溶液の上昇流中に浮遊させてコロイドを付着させた。前者は表面形状の凹凸の有無が与える付着への影響を調べる基礎的観察として、後者は充填状態でない固相粒子に流れ場の存在下でコロイドがどのような形態で付着しているかを調べるための観察として行った。前者の観察においては、付着コロイドが表面形状の凹凸のある部分に比較的偏在している様子が認められている。

 本研究では以下のことが明らかになった。

 コロイドの破過挙動は三段階に分けられ、これは固相表面の不均質性を考慮することで説明される。・流れ場の存在は、付着を促進する効果によって、付着効率の流速依存性を減少させる効果をもたらす。固相表面形状の不均質性は、コロイド―固相間の相互作用ポテンシャルの障壁のピーク値を減少させ、付着効率を増大させる効果をもたらす。

参考文献

[1] Elimelech, M. et al., Particle Deposition and Aggregation, Butterworth-Heinemann, Oxford (1995).

[2] Chinju, H., Nagasaki, S., Tanaka, S., Tanaka, T., Ogawa, H.: Mat. Res. Soc. Symp. Proc., 556, 743 (1999)

[3] Chinju, H., Nagasaki, S., Tanaka, S., Kuno, Y., Kamei, G., Yui, M., j. Nucl. Sci. Technol., submitted.

[4] Spielman, L. A., Friedlander, S, K.: J. Colloid. Interface Sci., 46, 22 (1974).

Fig.1 Breakthrough curves with different flow velocities; ionic strength: 10-3M

Fig.2 Dependence of single collector efficiencies on flow velocity obtained by column experiments.

Fig.3 Breakthrough curves with different ionic strength; flow velocity: 7cm/hr.

審査要旨 要旨を表示する

 放射性廃棄物地層処分システムにおいて、放射性核種の地層中での移行挙動は、地下水中に存在するコロイドの影響を受けることが指摘されている。核種はコロイドに吸着することで、熱力学的平衡から予測される以上の濃度で液相中に存在し、その移行が促進される可能性がある一方、コロイドが固相媒体に捕捉されるフィルトレーション効果により、その移行は遅延することも考えられている。一般にコロイドのフィルトレーション現象は、コロイドの固相表面での付着現象として捉えることができ、流れ場中のコロイドが固相表面近傍まで輸送される過程と、DLVO相互作用(ファンデルワールス相互作用と電気二重層相互作用)を受けて付着に至る過程の二つの過程に分けて考えられてきているが、定量的な現象の解明には至っていない。本論文は、付着現象におよぼす固相表面の不均質性に着目し、カラム実験や電子顕微鏡観察、DLVO理論などを通して、付着効率の流速依存性という観点から付着現象を明らかにしようとしたものであり、全体で5章から構成されている。

 第1章は緒言であり、地下水中におけるコロイド粒子の移行現象に関する既往の研究がまとめられるとともに、とくにフィルトレーション現象に関しての知見が整理されている。

 第2章では、多孔質媒体カラムを用いたカラム実験について述べられている。カラム実験としては、固相としてガラスビーズ(粒径0.35-0.40mm)ならびに単一亀裂を有する花崗岩が用いられ、コロイドにはポリスチレンラテックス(粒径102nm、表面基-SO-4)が使用されている。カラム実験によって得られた破過曲線の特徴として、破過濃度比の増加率によって、流出液のコロイド濃度がある値まで上昇する流出初期の第一段階、続いて濃度比が徐々に増加する第二段階、その後の濃度比の増加率が第一、二段階に比べずっと小さくなる第三段階に分けて考えることができることを見出している。本論文では、このコロイドの付着挙動を、固相表面が付着性の強いサイトと弱いサイトから構成されていると考えることで説明できるとしている。つまり、第一段階において、コロイドの破過曲線はトレーサの破過曲線と同様の挙動を示したことから、固相表面に付着しなかったコロイドはバルクの流れと同様に流出したと考えている。しかしある割合のコロイドは、主に付着性の強いサイトへ付着することによってカラム内に保持されるため、それぞれのコロイドの破過曲線はトレーサの破過曲線から離れる「屈曲点」を持つ。第二段階では、付着性の強いサイトがコロイドに占有されていく過程、第三段階は、固相表面上の大部分を占める付着性の弱いサイトがコロイドに占有されていく過程としている。さらに本論文では、付着現象を定量的に取り扱うために、単一固相粒子の付着効率ηを導入し、ηの流速依存性を評価している。既往の理論的研究に比較して、ηの流速依存性が弱いことを指摘するとともに、その理由を表面の不均質性に求めている。

 第3章では、表面の不均質性により付着性の強いサイトと弱いサイトが存在することを、バッチ式およびフローティング式コロイド付着実験後の固相表面のSEM観察を行うことで示している。バッチ式では、表面の一部に微小な凹凸を設けたガラスプレパラートをコロイド溶液に浸漬することで、またフローティング式では、ガラスビーズをコロイド溶液の上昇流中に浮遊させることでコロイドを付着させている。この結果、付着コロイドが表面形状の凹凸のある部分に比較的偏在していることを明らかにしている。

 第4章では、不均質な固相表面へのコロイドの付着を記述するために、コロイド―固相間のDLVO相互作用ポテンシャルを考慮した移流拡散方程式の近似的解析解から、ηの流速依存性の評価が行われている。とくに本論文では、コロイド粒子のブラウン運動に与える流速の勾配の影響を近似的に評価することで、ηの流速依存性が定性的に実験結果と整合することを示している。さらに、固相表面の形状に凹凸のある場合や電位に不均質性がある場合についてのDLVO相互作用ポテンシャルが、均質な場合に比べてポテンシャル障壁が小さくなることを見出し、この効果を考慮してηを評価したところ、ηの絶対値も実験結果に近くなる可能性があることを示している。

 第5章は、結論であり、本論文をまとめている。

 以上要約すれば、本論文は、表面が不均質な固相中を微粒子が移動する場合の微粒子の付着機構を、実験と理論から明らかにしたものであり、システム量子工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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