学位論文要旨



No 116113
著者(漢字) 木下,健一
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ケンイチ
標題(和) ピコ秒時間分解X線回折システム構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 116113
報告番号 甲16113
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4950号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、ピコ秒領域の物質内原子・分子の配列変化を観測するための手法として、極短X線パルスを用いた時間分解X線回折法の開発を行っている。従来よりX線回折は物質のミクロな構造を解明するために利用されてきたが、近年の極短パルスX線源の登場によって、物質内高速過渡現象における原子分子の構造変化の直接観測に道が開かれつつある。物質内高速過渡現象を観測する手法としては、近年発展著しいフェムト秒レーザーを用いたフェムト秒レーザー分光等が先行しており、半導体内誘電率時間変化や分子結合状態推移など、物質電子系の振舞いに関する研究に応用されている。一方、格子系については、レーザーによるプローブからは間接的な情報が得られるのみである。そこでプローブパルスとして極短X線パルスを用いることで、高速過渡現象における物質格子系の直接観測が可能になると考えられている。本研究では、極短パルスX線発生法として、サブピコ秒電子パルス固体照射によるX線発生および12TW50fsレーザーによるレーザープラズマX線発生を採用し、超短パルスレーザーによって照射された単結晶からのX線回折像の時間変化をポンプ&プローブ法を用いて取得するシステムの構築を行った。

本論文の構成は以下の通りである。

 第1章では、本研究の主題である時間分解X線回折について基本的な解説を行うとともに、本研究における背景として、極短パルスX線生成法と時間分解X線回折をめぐる最近の研究状況を概観している。また、東大原施ライナックにおける短パルスビーム生成技術について紹介し、本研究の目的と位置付けについて述べている。

 第2章では、電子ライナックからのサブピコ秒電子パルスの固体照射による極短X線発生(ライナックX線)と時間分解X線回折への適用について述べている。電子ライナックからのサブピコ秒パルスを時間分解X線回折用X線源として用いるためには、電子・X線変換における短パルス特性の保持が要求される。また、電子固体照射時には時間分解X線回折に用られるターゲットからの特性X線の発生の他に、高エネルギー電子線からの制動放射γ線等、いくつかのノイズ成分の発生が考えられるため、S/N比の最適化が重要となる。そこでまず、電子・X線変換時に発生するX線の特性評価を、電子光子輸送モンテカルロ計算コードEGS4を用いた数値計算によって実行し、X線スペクトル、パルス波形等を詳細に求めている。続いて、それらの計算結果に基き、東大原施ライナックを用いたX線発生およびX線回折実証実験を行い、その結果について解説している。さらに、3TWレーザーとライナックの同期運転により、レーザー照射された結晶からのX線回折像の取得を行い、その結果を紹介している。図1は数値計算によって求めた銅箔ターゲットからのX線パルス波形である。厚さの増加に従ってパルス伸長が起こっているが、その大きさはサブピコ秒領域に留まっていることが判る。図2は単結晶試料によって回折したライナックX線のプロファイルである。ターゲットからの2つの特性X線、Kα1とKα2によるピークがはっきりと分離されていることが確認できる。

 第3章では、12TW50fsレーザーを用いたX線発生と時間分解X線回折への適用について述べている。大強度超短パルスレーザーの集光により1017W/cm2程度の光パルスが固体ターゲットに照射されると、発生するプラズマ中の電子温度は数100keVに達することが言われており、従って、ここでもまたS/N比の向上が課題となる。さらに、ポンプ&プローブ実験への適用のためには、ターゲットより発生する2つの特性X線、Kα1とKα2を分離するのに充分なほど小さなX線光源サイズが求められる。また、試料結晶に蓄積する損傷の影響を抑えるためには、X線発生強度を向上する必要がある。それらの点を勘案しつつ、ここではレーザープラズマX線に対する基礎的な評価を行うとともに、S/N比の向上に重点を置いて実験体系の構築を行っている。加えて、ポンプ&プローブ実験の際に必要となる時間軸の校正を行うために、フェムト秒ストリークカメラを用いたパルス測定系を設置し、測定結果の評価を行っている。続いて、構築された実験体系を用いて実際にポンプ&プローブ測定を実行した結果について述べている。ここでは試料結晶としてGaAs(111)を使用し、パルス幅約50fsの超短パルスレーザー照射によって誘起された過渡現象進行中におけるX線回折像を取得し、その変化の測定に成功している。図3はレーザープラズマX線体系図である。12TWレーザによる〜600mJ/pulse、パルス幅〜50fsのレーザパルスを焦点距離162mmの0ff-Axis Parabolicミラーにより銅板(無酸素銅)表面に集光し、レーザプラズマX線発生を行った。図4はGaAs(111)より回折したレーザープラズマX線回折像である。Bragg spotはCu Kα線に対応している。図5は超短パルスレーザー照射された結晶からのX線回折像および水平方向プロファイルである。レーザー照射によって元の回折ピークの左側に新たなピークを生じている。図6はX線回折プロファイルの時間発展であり、ピコ秒領域での時間変化の取得に成功している。

 第4章では、実験結果を解釈し、高速過渡現象における原子配列決定を行うための第一歩として、時間分解X線回折プロファイルを求める数値計算コードを作成し、実験結果との比較を行っている。ここでは、超短パルスレーザー誘起現象として、電子・正孔対生成による結晶内でのレーザー光の吸収と、引き続いての電子格子相互作用による緩和と格子の加熱を仮定し、急激な熱膨張による熱弾性論的歪み波の伝搬を導入する過程について解説している。続いて、運動学的回折理論に基づいて、数値計算によって歪んだ格子面間隔を持つ原子配列からのX線回折プロファイルを求めている。図7は数値計算によって求めたX線回折プロファイルと実験結果の比較である。1.4mJ/mm2においては実験結果と同様のサブピークが出現しているが、0.6mJ/mm2においてはサブピークは存在しない。また、実験においては全体的にピークのぼやけが生じているが、これはポンプ光の揺らぎのために、積算測定時の再現性が低下したためと考えられる。

 最後に、本論文の結論が第5章に述べられている。本研究により得られた結論は以下の通りである。

1)12TW50fsレーザーを用いた時間分解X線回折システムの構築を行った。また、ノイズ成分の除去を行い、高S/N比を達成した。さらに、実際のポンプ&プローブ実験によって、超短パルスレーザーに照射されたGaAs(111)結晶からの回折像の変化を、ピコ秒時間領域にて取得した。

2)東大原施ライナックからのサブピコ秒電子パルスをX線に変換することで、サブピコ秒X線パルスが得られることを確認した。また、そのX線パルスを用いたX線回折実験を行い、充分なS/N比で回折像が得られることが判った。しかし、ライナックX線においては、その強度の低さと、空気中でのレーザー照射による結晶の損傷により、回折像時間変化の取得には至らなかった。

3)超短パルスレーザー誘起歪み波伝搬中の結晶からのX線回折プロファイルを求める数値計算コードを作成した。また、時間分解X線回折実験結果との比較を行い、定性的に一致することを確認した。

4)GaAs結晶に対して2種類のポンプ光強度で実験を行い、サブピークの出現が生じる場合と、生じない場合の2つの結果を確認した。それらは作成した数値計算コードの結果とも一致した。

図1 ライナックX線のパルス波形

図2 ライナックX線回折プロファイル

図3 レーザープラズマX線実験体系

図4 レーザープラズマX線回折像

図5 動的X線解析像およびプロファイル

図6 X線回折像ピコ秒時間変化

図7 実験結果と数値計算の比較

審査要旨 要旨を表示する

 従来よりX線回折は物質のミクロな構造を解明するために利用されてきたが、近年の極短パルスX線源の登場によって、物質内高速過渡現象における原子・分子の構造変化の直接観測に道が開かれつつある。物質内高速過渡現象を観測する手法としては、近年発展著しいフェムト秒レーザーを用いたフェムト秒レーザー分光等が先行しており、半導体内誘電率時間変化や分子結合状態推移など、物質電子系の振舞いに関する研究に応用されている。一方、格子系については、レーザーによるプローブからは間接的な情報が得られるのみである。本論文では、ピコ秒時間領域での物質内原子・分子配列変化の直接観測のために、極短X線パルスを用いてX線回折を行う時間分解X線回折法の開発を目的として研究を行っている。

 第1章は序論であり、本研究の主題である時間分解X線回折について基本的な解説を行うとともに、本研究における背景として、極短パルスX線生成法と時間分解X線回折をめぐる最近の研究状況を概観している。また、東大原施ライナックにおける短パルスビーム生成技術について紹介し、研究の目的と位置付けについて述べている。

 第2章では、電子ライナックからのサブピコ秒電子パルスを固体照射することで得られる極短X線の発生と、その時間分解X線回折への適用について述べている。まず、電子・X線変換によって発生するX線の特性が、電子光子輸送モンテカルロ計算コーEGS4を用いた数値計算によって詳細に求められている。特に、高時間分解能化のために重要となるサブピコ秒X線パルスが、固体標的として薄膜を用いることによって発生可能であることを明らかにしている。さらに、実際に電子ライナックからのサブピコ秒パルスを用いたX線発生実験を行い、単結晶試料からの回折像の取得に成功している。

 第3章では、テラワットレーザーを用いたX線発生と時間分解X線回折への適用について述べている。ここでは特に、微弱なX線回折像の変化を識別するために重要となるS/N比の向上に重点をおいて体系の構築を行っている。そのためにレーザープラズマX線に関する基礎的な特性評価を行い、遮蔽体の設置により大幅なS/N比の向上が得られている。また、フェムト秒ストリークカメラを用いて時間軸を校正する手法を採用し、1ピコ秒程度の精度でパルス間隔を測定している。構築された体系を用いた実験では、フェムト秒レーザーに照射された半導体結晶からのX線回折像の時間変化を、ピコ秒時間領域において観測することに成功している。

 第4章では、レーザー照射された結晶からの時間分解X線回折プロファイルを求める数値計算コードを作成し、実験結果との比較を行っている。ここでは、超短パルスレーザー誘起現象として、電子・正孔対生成による結晶内でのレーザー光の吸収と、引き続いての電子格子相互作用による緩和と格子の加熱を想定し、急激な熱膨張による熱弾性論的歪み波の伝搬を結晶格子配列に導入している。続いて、運動学的回折理論に基づいて、数値計算によって歪んだ格子面間隔を持つ原子配列からのX線回折プロファイルを求めている。得られたX線回折プロファイルは実験結果をよく再現しており、本手法が原子配列変化の決定にとって有効であることを確認している。

 第5章では上述の成果がまとめられており、本研究の総括が述べられている。

 以上のように、本論文はピコ秒時間領域での結晶原子配列変化を観測する手法を追求し、その実現可能性を示したもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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