学位論文要旨



No 116116
著者(漢字) 田渕,裕子
著者(英字)
著者(カナ) タブチ,ユウコ
標題(和) 有機・無機自己組織化化合物の創製と高機能化に関する研究
標題(洋) Fabrication and Functionalization of Organic-Inorganic Self-organized Materials
報告番号 116116
報告番号 甲16116
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4953号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 浅井,圭介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

 低次元系半導体は電子や励起子などの量子閉じ込め効果により、際立った光学特性を示すことが知られている。そのため、量子ドットや量子細線、超格子のような低次元系半導体の構築とその量子効果に由来した機能的特性に関する研究は、非線形光学材料など新機能性材料への応用をにらんで大変盛んに行われている。しかしながら、次元性の及ぼす励起子光物性への影響を系統的に調べた例はほとんどないと言ってもよい。その研究例の少なさの主な原因の一つに、試料作製の困難さがあげられる。一般的に、量子井戸、超格子のような低次元系化合物は、分子線エピタキシー法等を用いて作製されてきた。しかし、このような手法を用いても、層界面のうねり、揺らぎを防ぐことは難しく、理想的な量子ドット、量子細線を得ることはさらに困難である。一方、このような大がかりな装置を用いなくても、有機-無機複合物質を用いた人工的手法によって、低次元系化合物の構成が可能であることが明らかとなってきた。層状ペロブスカイト型物質(RNH3)2MX4(R:アルキル基、M:二価金属イオン、X:ハロゲンイオン)はその代表的な物質であり、無機層(MX4)2と有機層(RNH3)+とが交互に積層した特異な結晶構造を自己組織的に形成する。これらの物質群では、バンドギャップの大きさは有機層の方が大きいため、無機層が井戸層となった自然量子井戸を形成する。特に、(Pbl6)4を無機半導体とするものでは、その量子閉じ込め構造に基づき、数百meVの大きな束縛エネルギーを有する安定な励起子を形成し、室温で観察される強い発光や大きな3次の非線形感受率などが報告されている。

 本論文では、層状ペロブスカイト型物質(RNH3)2MX4に着目し、その有機、無機層を種々置き換えることにより、様々な次元性を持つ自己組織型量子閉じ込め構造を構築し、その次元性が及ぼす量子閉じ込め構造への影響を系統的に調べることを目的とした。また、層状ペロブスカイト型物質の有機層を能動層とした新規超格子構造の構築も行った。

1. 単層井戸を有する量子閉じ込め構造

 これまでの層状ペロブスカイト型化合物の研究は、[Pbl6]4-を無機半導体層とするものが主であった。Pbl2系化合物は、励起子吸収が可視部に見られるという利点の一方、湿度、及び光に対する不安定さが問題となっている。また、有機バリア層厚が量子閉じ込め構造に及ぼす影響は未知である。そこで、本論文では、安定性の向上が期待できるPbBr2,PbCl2を無機層に、種々のアルキルアミン(CnH2n+1NH2;n=2,3,4,6,10)を有機層に用いて、層状ペロブスカイト化合物(CnH2n+1NH3)2PbX4を作製し、その構造、電子状態、及び安定性を調べた。図1にその代表的な化合物であるn=6の(C6H13NH3)2PbX4のX線回折結果を示した。いずれも(002n)線に基づく回折パターンが高次まで観察されており、ハロゲン種によらず、層状ペロブスカイト構造が形成されていることが分かった。

(CnH2n+1NH3)2PbX4中のアルキルアミンの炭素鎖nを変化させた際も同様に規則正しい層構造が確認された。回折パターンから求めた層間距離の関係を図2に示す。炭素数に伴い、層間距離が線形増加していることから、基本的な構造に変化はないことがわかる。nに対する層間距離の増加率は直鎖炭化水素1炭素あたりの鎖長2.5Aと比較して小さいことから、無機層間で有機アミンは傾きを持って、interdigitateしていることが分かった。

 図3には、(C6H13NH3)2PbX4の室温における吸収(a)、発光(b)スペクトルを示した。いずれのハロゲンにおいても鋭い励起子吸収、発光が観察され、室温においても安定な励起子に基づく量子閉じ込め構造が形成されていることが確認できた。また、ハロゲンを1→Br→Clと変化させると、バンドギャップの増加に伴う吸収、発光ピークのブルーシフトが観察された。この励起子吸収の経時安定性はPbBr2系が最も高く、ハロゲン種による安定性の向上が可能となった。バリア層厚の影響を調べた結果、n=3以上では量子閉じ込め構造を形成する一方、無機層間距離の小さいn=2化合物では、無機層間相互作用が無視できなくなることがわかった。以上のように、アルキル鎖長、ハロゲン種の変化により、電子状態、及び安定性を制御することに成功した。

2.多層井戸を有する量子閉じ込め構造の構築

 無機井戸層が1層のみ積層した物質だけではなく、図4のように多層数積層した物質(CnH2n+1NH3)2(CH3NH3)m-1PbmX3m+1(以下、CnPbmX3m+1)の存在も示唆されている。mは無機層数を表している。井戸層の厚さは励起子の広がりや物性に影響を与えることが予想されるが、これを検証する為には井戸層厚を制御した化合物を作製し、その電子状態、励起子物性を系統的に調べることが必須である。本論文では、半導体層が1から3層のCnPbmX3m+1(X=I,Br,Cl)を作製し、その構造解析、及び基礎光学特性の評価を行った。アルキルアミン、メチルアミン、ハロゲン化鉛(PbX2)を2:0:1、2:1:1のモル比で反応させ、無機層が1層のMonolayer(m=1)、及び2層のBilayer(m=2)をそれぞれ合成した。Trilayer(m=3)は、メチルァミンを化学両論比より過剰に加え、モル比2:3:3、35℃で反応させることにより、効率よく合成できることを初めて明らかにした。

X線回折において、規則正しい層状構造が確認でき、更に他の回折パターンが確認されないことから、単独の構造が得られていることが明らかとなった。表1はX線結果より求めたC6PbmX3m+1の層間距離値である。

層間距離値はC6PbX4→C6Pb2X7→C6Pb3X10と無機層数の増加につれ増大している。この増大値はそれぞれ、無機層1層の厚みとほぼ同等の値を示すことから、無機層数が1〜3層の化合物が得られたことが確認できた。これらの多層化合物はいずれも室温において量子井戸構造に基づく鋭い励起子吸収を示した(図5)。この吸収は無機層数の増大に伴い、より低エネルギー側にシフトを示した。これは、バンドギャップの増大とともに、トランスファーエネルギーの増大によると考えられる。C6PbmX3m+1はハロゲン種、無機層厚を制御することにより、電子状態が多様に変化することが明らかとなった。

3.環状アミンを用いた低次元系化合物の創製

 有機・無機ペロブスカイト化合物の大きな特徴の一つとして、用いる有機化合物の種類、及び組成比を制御することで、半導体である無機領域の次元性を制御可能である点が挙げられる。しかし、0、1次元などの低次元系についての報告は非常に限られている。特に[PbBr6]4-八面体を基本単位とするものは、報告例がない。一方、T<300℃の低温Hydothermal reaction法は有機カチオン存在下で、無機前駆体から新規構造体を作製する手法として、近年、有用であることが示されている。本論文では、有機アミンに環状アミンのピペラジンを用い、Hydrothermalreaction法の適用により、PbBr系の新規有機・無機0次元系化合物の作製に成功した。得られた無色透明の粒状結晶(C4H8N2H4)2PbBr6・2H20は、四軸X線単結晶解析の結果、2つの臭化鉛[PbBr6]4-八面体が点を共有して点在した0次元系構造を形成することが明らかとなった。

4. 有機・無機層状ハイブリッド化合物中における固相重合

 本論文では、さらに層状ペロブスカイト化合物の特性を活かした新しい超格子材料の構築、及びそれに伴う新しい機能性の開拓を目的とし、有機層を単なる障壁層ではなく、ある働きを示す能動的障壁層とした有機・無機超格子の構築を試みた。具体的には、有機層へ共役構造を導入することを試みた。層状ペロブスカイト中の有機アミンは、無機層との水素結合、及び有機分子間のvan der Waals力によって規則的に配列している。その有機層に不飽和結合を導入し、放射線を照射することで、構造規制した状態で固相重合が可能であると考えられる。本論文では、鎖長の異なる種々のジアセチレンアミン(CH3(CH2)nC≡C-C≡C(CH2)mNH2)を導入した臭化鉛系層状ペロブスカイト型化合物に真空中でγ線を照射し、固相重合を試みた。その結果、重合性は鎖長により異なったが、n=13,m=1のペロブスカイト化合物中でのポリジアセチレンの重合に成功した。図6は、γ線照射前後の吸収スペクトルである。照射前の無色透明のペロブスカイト薄膜は、量子井戸構造に基づく励起子吸収を378nmに示している。19Mradのγ線照射後、薄膜の赤色化が見られ、380nm付近の励起子吸収とともにポリジアセチレンのπ-π*遷移に基づく吸収が550nmが観察された。また、重合後も層状構造が保たれており、その層間距離値が約3A増大することが明らかとなった。臭化鉛系層状ペロブスカイト型化合物にπ共役系を導入した初めての例であり、二種類の半導体層からなる極めて興味深い新規量子閉じ込め構造の構築、及び有機・無機自己組織化化合物の高機能化が可能となった。

5.まとめ

 有機・無機層状ペロブスカイト型化合物の自己組織性を応用し、様々な観点から半導体低次元系を構築し、その構造、及び電子状態の系統的な制御の可能性について追及した。まず、2次元系量子閉じ込め構造に注目し、アルキル鎖長、ハロゲン種の変化により、電子状態、及び安定性を制御することに成功した。また、2種類のアミンを用いることにより、量子井戸の厚さの制御が可能となった。更に、有機物に新規に環状アミンを用いることにより、非常に興味深い0次元系量子閉じ込め物質の創製に成功した。また、新たな超格子材料の構築を目的として、有機・無機層状ペロブスカイト型化合物中における固相重合を試みた結果、π共役系を導入した新規量子閉じ込め構造の構築に成功した。

図1 (C6H13NH3)2PbX4スピンコート膜のX線回折結果;(a)X=Cl,(b)Br,(c)I.

図2 (CnH2n+1NH3)2PbX4の炭素数と層間距離の関係

図3 C6PbX4スピンコート膜の吸収(a)、及び発光(b)スペクトル

図4 有機・無機ペロブスカイト型化合物

 (CnH2n+1NH3)2(CH3NH3)m-lPbmX3m+1の模式図

表1 X線回折より求めたC6PbmX3m+1の層間距離値

図5 (C6H13NH3)2(CH3NH3)m-1PbmX3m+1(m=1〜3)スピンコート膜の吸収スペクトル.

図6 (CH3(CH2)13C=CC=CCH2NH3)2PbBr4スピンコート膜のγ線照射前後の吸収スペクトル変化

審査要旨 要旨を表示する

 低次元系半導体は、その系内での電子や励起子などの量子閉じ込め効果により、特異な光学特性を示すことが知られている。そのため、各種半導体を用いた量子ドットや量子細線、超格子のような低次元系の構築と、その量子効果に由来した機能的特性に関する研究は、基礎物性に関する観点からのみならず、非線形光学材料などの新機能性材料への応用の見地からも、大変盛んに行われている。しかしながら、当該系における次元性が光物性に及ぼす影響を、系統的に調べた例はほとんどない。本研究は、この系統的な研究を可能ならしめる一連の対象物質群を創製し、次元性と光物性との相関の謎を解きあかすための研究土台を作り上げた。この物質創製に際しては、層状ペロブスカイト型化合物(RNH3)2MX4(R:アルキル基、M:二価金属イオン、X:ハロゲンイオン)に基礎が置かれ、ここから多彩で系統的な構造構築が展開された。この物質中では、無機層(MX4)2-と有機層(RNH3)+とが交互に積層した特異な結晶構造が自己組織的に作り出され、その構造中で、無機層が井戸層となった自然量子井戸が形成される。本研究では、これら有機、無機層を種々置き換えることにより、様々な次元性を持つ自己組織型量子閉じ込め構造が作製され、その次元性が量子閉じ込め構造に及ぼす影響が探究された。さらに、層状ペロブスカイト型化合物の有機層に機能性を付与した新規超格子構造の構築が達成された。本論文は、このような研究成果を7つの章にまとめたものである。

 第1章は、序論である。ここでは、本研究の背景と目的が述べられている。

 第2章は、半導体の光物性の概論である。励起子物性に関する概説の後、低次元系半導体における光物性の基礎的知見がまとめられている。

 第3章には、層状ペロプスカイト型化合物に関する既往研究の成果が記されている。

 第4章から第6章に、本研究での成果が詳述されている。

 第4章は、2次元及び擬2次元層状ペロプスカイト型化合物の合成と、構造並びに物性評価に関する成果を扱っている。この章は、2つの部分に別れている。

 第1部は、単層井戸を有する量子閉じ込め構造に関するものである。既往の研究が対象とした、[PbI6]4-を無機半導体層とする系は、湿度及び光に対する耐性が非常に低い。また、当該系における有機バリア層厚が量子閉じ込め構造に及ぼす影響は、未解明のままであった。そこで、本研究では、安定性の向上が期待できるPbBr2,PbCl2を無機層に、種々のアルキルアミン(CnH2n+1NH2;n=2,3,4,6,10)を有機層に、各々導入して、層状ペロブスカイト化合物(CnH2n+1NH3)2PbX4の合成が行われ、その構造、電子状態、及び安定性が詳細に調べられた。その結果、アルキル鎖長、ハロゲン種の適切な選択により、電子状態、及び安定性を制御することに成功している。

 第2部は、多層井戸を有する量子閉じ込め構造の構築に関するものである。

 層状ペロブスカイト型化合物については、第1部で論じられたような、無機井戸層が単層となっている物質だけではなく、多層数積層した物質(CnH2n+1NH3)2(CH3NH3)m-1PbmX3m+1(以下、CnPbmX3m+1/mは無機層数を表している。)の存在が示唆されていた。また、この井戸層の厚さが、当該物質の光物性に多大な影響を与えるとの予想がなされていた。これらを検証する為には、井戸層厚を制御した化合物を作製し、その電子状態、励起子物性を系統的に調べることが必須である。本研究では、半導体層の厚さを変化(m=1〜3)させたCnPbmX3m+1(X=I,Br,Cl)を合成する手法が確立され、その構造解析、及び基礎光学特性の評価が行われた。これによって、2次元から擬2次元に至る系の構築を達成された。さらに、ハロゲン種及び無機層厚の制御により、当該物質の電子状態並びに光物性を多様に変化させうることが明らかになった。

 第5章では、環状アミンを用いた低次元系化合物の創製に関する成果が述べられている。有機・無機ペロブスカイト化合物を用いて、0及び1次元系を作製したという報告は非常に限られている。特に、[PbBr6]4-八面体を基本単位とするものについては、報告例がない。本章では、有機アミンに環状アミンのピペラジンを用い、Hydrothemal reaction 法の適用による、PbBr系の新規有機・無機0次元系化合物作製の成功が報告されている。

 第6章には、有機・無機層状ハイブリッド化合物中における固相重合についての研究成果が記されている。本研究では、層状ペロブスカイト化合物の特性を活かした新しい超格子材料の構築、及びそれに伴う新しい機能性の開拓が目的とされ、有機層を単なる障壁層としてではなく、能動的障壁層として機能させるべく、有機・無機超格子の構築を企図して、有機層への共役構造の導入が試みられた。鎖長の異なる種々のジアセチレンアミン(CH3(CH2)nCΞC-CΞC(CH2)mNH2)を導入した臭化鉛系層状ペロブスカイト型化合物に対し、真空中でのγ線照射を行い、当該物質中でのポリジアセチレン生成に成功した。また、重合後の層状構造の保持も確認された。これは、臭化鉛系層状ペロブスカイト型化合物にπ共役系を導入した初めての例であり、2種類の半導体層からなる極めて興味深い新規量子閉じ込め構造の構築、及び有機・無機自己組織化化合物の高機能化が可能となった。

 第7章には、本論文の研究成果と意義が総括されている。

 これらの成果は、光機能性材料開発のための量子工学分野の発展に貢献するところが大であるのみならず、他の分野、ことに光物性の解明に関わる固体物理・化学の領域への多大な波及効果をする。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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