学位論文要旨



No 116119
著者(漢字) 平林,美樹
著者(英字)
著者(カナ) ヒラバヤシ,ミキ
標題(和) 格子ボルツマン法による複雑流体解析
標題(洋) Lattice Boltzmann Analysis of Complex Hydrodynamics
報告番号 116119
報告番号 甲16119
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4956号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 陳,ゆう
内容要旨 要旨を表示する

 格子ボルツマン法は、気体分子の運動の記述に統計力学的な手法を取り込むことにより流体現象を解析する手法として開発されたもので、アルゴリズムが単純で複雑な流動システムの解析に適している。また同様なミクロモデルである分子動力学法やモンテカルロ法に比べて、疎視化の必要がなく、アルゴリズムの局所性が高いため並列化に適している効率の良い計算手法である。本研究は、格子ボルツマン法による新しいモデルを提案して複雑流体の解析を行うと共に、複雑な流動システムの解析手法としての本手法の有効性を実証するものである。ここでは、格子ボルツマン法の偏微分方程式の数値解法としての側面と、連続体近似によらないミクロモデルとしての側面に着目して、非線形な成長方程式を用いた流動現象の臨界特性の解析と、運動論に基づいた磁性流体の力学的挙動に関する解析を行った。

 格子ボルツマン法を偏微分方程式の解法としてとらえると、適切な平衡分布関数を導入することにより、Quenched Kardar-Parisi-Zhang(QKPZ)方程式として知られる時間に依存しないノイズ項を含む次の成長方程式を解くことができる。

hは界面の高さ、tは時間、Fは外力、xは位置、v、λは係数、η(x,h)はノイズ項を表す。(1)式を解くための格子ボルツマン方程式はBGK衝突項を用いて次のように表される。

naはα方向の粒子分布関数、caはα方向にある隣接格子に向かう単位速度ベクトル、τは平衡への緩和時間、na(o)は局所的な平衡分布関数を表す。QKPZ解法は先に我々が開発したポアソン解法[1]を差分法と組み合わせて解くものである。ポアソン解法は拡散モデルより導かれたもので、(2)式の計算に用いる平衡分布関数を新しく次のように定め直したものである。

Dは空間の次元、fsはポアソン方程式のソース項で、κは拡散係数である。ここでは(1)式の非線形項を中心差分により求め、拡散項以外の右辺の項をポアソン方程式のソース項として解く。ノイズはピニング現象を考慮しつつ、一様分布関数を用いて格子上に配置する。衝突過程においては、解が振動するのを防ぐため、格子点の中央で衝突するという新しい衝突則を採用している。

 QKPZ方程式は、ランダムメディアにおける界面の成長現象一般を表すユニバーサルな方程式である。ここでは(1)式を使ってHele-Shaw cellを用いた流体浸透実験(図1)における臨界特性の解析を行う。QKPZ方程式が表す成長現象は時間に依存しないノイズ項の効果により、ピニングが外れる臨界点(F=Fc)付近でフラクタル性を有する臨界挙動を示すこと(図2)がその大きな特徴である。この臨界挙動の解析手法には、連続な成長方程式を本解法のような数値解析により解く方法、あるいはくりこみ群(Renormalization group、RG)や次元解析(dimensional analysis、DA)のような理論解析により解く方法の他 Random field Ising model(RFIM)あるいはDirected Percolation Depinning(DPD)に代表される離散モデルを用いた数値実験による方法があり、スケーリング特性などが議論されてきた。図3はfΞ(F-Fc)/Fcと定義されるfを用いて(1+1)次元における相転移点近傍における成長速度vと界面の傾斜の平均値mの関係を外力を変えて計算し本モデルの有効性を検証したものである。図3(a)は相転移点近傍でλ→0となるとき、RFIMに代表される等方的な成長を示すユニバーサリティクラスに属することが示されている。図3(b)は相転移点近傍でλ→∞となるとき、非等方的な成長を行うDPDモデルを模擬するために、界面の傾斜に応じてλを切り替えクロスオーバーを回避する“noncrossing”効果(図3(d))を考慮して計算を行ったもので、DPDの数値実験の結果の特性とよく一致している。さらに本モデルを用いて新たなユニバーサリティクラスとしてλ=constの場合の計算を行った(図3(c))。これはλが外力の大きさに依らず系全体で一様であるような現象が存在するならば、それは第3のユニバーサリティクラスに属するものであることを予言するものである。次に次式で表されるスケーリング指数αとβに関してその他の解析手法により求めた値と比較を行った結果を表1に示す。dは界面の次元である。

ここで、wは界面の深さの平均で次式で表される。

Lは系の大きさ、iは位置、hは平均の界面の高さを表し、(4)式の添え字satは界面の深さの変化の飽和した状態を意味する。表1より、第3のユニバーサリティクラスは次元解析によるものと同じスケーリング特性を示していることがわかる。また流体実験の結果を見ると、粗さ指数αに関して実験誤差とは言い切れない明らかなばらつきがあることがわかる。この原因の1つとして、系の大きさによって時間に依存するthermal noiseの影響が無視できなくなるためではないかと考えられている。そこでこの問題について、次の相関関数を用いて検討を行った結果を図4に示す。

ここでh(x,t)は、全体の傾斜を差し引いた界面の高さを表す。このとき界面の粗さ指数に関して次のスケーリング関係が成り立っている。

ここでξは界面に平行な方向の相関長さを表す。図4は図1の実験による分析結果と同様の結果を示しており、ある種の相関長さξの存在によって粗さ指数αに変化が起こることがわかる。その原因の1つとして、thermal noiseの影響が考えられている。以上のことから本解法が偏微分方程式の数値解法の一つとして、実験結果の解析に有効であることが示された。

 次に本手法のミクロモデルとしての特性を生かして複雑流体(磁性流体:図5)の新しいモデルを提案する。ここでは簡単のため2次元六角格子を考え、磁気力を正しく表現するために、電磁流体モデルに倣って格子ポルツマン方程式を次の形で与える。

ここで、naσは状態(α,σ)における粒子分布関数で、ρはσ方向に進む粒子分布の割合を表す。格子点には休止粒子を置く。ea、eσは隣接格子に向かう単位速度で〓で表され、σ=1はα+1方向、σ4はα-1方向を示し、局所的な速度vaσと磁場Haσと磁気モーメントmaσはこれらを用いて次のように表されるものとする。

r、qは巨視的な条件式を満たすように定められる定数である。内部角運動量を考慮して、局所平衡分布関数na(0)を新たな自由変数αを用いて以下のように定める。

同様にして休止粒子の平衡分布を定め磁性流体の諸特性を計算した結果を図6〜8に示す。磁性流体に特有の現象である外部磁場の作用下で内部角運動量の励起により見かけの粘性率に異方性が生じる様子(図6)や、交流磁場下でフラクタルが生じ得ること(図7)、回転磁場による流体駆動効果(図8)が定性的に示されている。さらにレオロジー特性に関する理論値やフラクタル理論を用いた定量評価によって、モデルの有効性を確認した。本モデルは内部角運動量が無視できない現象や、変動磁場の存在下での特殊な現象を解析するための新しいモデルであり、磁気モーメントの回転による効果を効率良く取り扱うことが可能である。

 本研究は複雑な流動現象の解析手法として、格子ボルツマン法による新しい解析モデルを提案するものである。ここでは格子ボルツマン法の2つの側面、すなわち偏微分方程式の数値解法としての側面と微視的な粒子を扱う物理モデルとしての側面に着目して、流体の引き起こすフラクタル現象や特殊なレオロジー特性の解析にそれぞれの立場からアプローチを試みた。両者の立場から、QKPZ方程式を用いてのランダムメディアの界面成長現象の解析と、磁場に反応する特殊な複雑流体である磁性流体における内部角運動量の効果を考慮した微視的モデルの提案を行った。複雑流体の解析に適していると考えられているミクロモデルの中でも、格子ボルツマン法は効率のよいモデルであると言われており、本研究で取り上げたような流体の複雑な力学的挙動の解析に有効な手法のひとつであることが示された。

参考文献

[1]M.Hirabayashi,Y Chen,an H.Ohashi,The lattice BGK Solution of the QKPZ Equation : Universality and Scaling in Fluid Invasion of Porous Media,JSCESTrans.Vol2,2000,p41-46.

図1 流体浸透実験

図2 臨界現象に伴うフラクタル

図3 ユニバーサリティクラスの検証

表1 αとβに関するスケーリング特性の比較

図4 粗さ指数αの変化

図5 磁性流体

図6 粘性率の異方性

図7 交流磁場下のフラクタル

図8 回転磁場による駆動

審査要旨 要旨を表示する

 流れのような非平衡現象では、複雑さの発現として、さまざまな形態やパターンの形成が見られる。これらの形は、近年フラクタルとして特徴づけられ、複雑系一般の示す共通の特徴と認識され、その起源や特性を理解、解明することが重要な課題となっている。

 本研究は、このようなフラクタルに関連する複雑流れを解析する手法を確立し、その有効性を確認することを目的に行われたものである。手法としては格子ボルツマン法を取り上げている。これは、従来の連続体近似の流体表現に代わり、格子ボルツマン法が運動論に基づいているため実際に生じている物理により忠実であること、また、分子や粒子の代わりに分布関数を用いるので計算効率が高いことに着目したものである。複雑流れとしては、まずランダムメディアにおける成長現象として多孔質媒体での流れを対象とし、その記述である非線形偏微分方程式を格子ボルツマン法を用いて解くことによりユニバーサリティクラスとスケーリングの評価を行っている。次に、流体中の微細構造の相互作用によりマクロなフラクタルが発現する系として磁性流体を取り上げ、磁場との相互作用を詳細に検討して、格子ボルツマン法に適合しマクロな物理を正しく再現できる平衡分布関数を求め、数値解析により検証を行っている。

 本論文は以上の研究成果を取りまとめたものであり、全体で7つの章よりなっている。

 第1章は序論であり、研究の背景として格子流体解析の流れをまとめ、格子ボルツマン法の特徴を検討し、本研究との関連を議論している。

 第2章は格子ボルツマン法の理論基礎を整理、検討した章である。具体的な空間次元と速度離散方式に対して、格子ボルツマン方程式とそのBGK近似が導く連続表現を検討し、解析の実施にあたって重要となる境界条件、数値安定性について議論をしている。

 第3章は、ランダムメディアの流れを表すQKPZ方程式に対する格子ボルツマン解法を述べた章である。QKPZ方程式の拡散項に着目し、これを格子ボルツマン法によるポアソン方程式ソルバーで解くことを考えると、表面張力に相当する非線形項とノイズ項をポアソン方程式のソース項として扱えることを見出し、これに基づいてQKPZ方程式の解法アルゴリズムを確立したものである。例題に対する具体的な解析から、粒子衝突を扱う座標位置について新しい提案を行い、数値上の振動を抑制できることを確認している。

 第4章では、第3章で開発したQKPZ方程式の格子ボルツマン解法をさまざまなパラメータと体系に対して適用し、多孔質媒体への流体浸入現象のユニバーサリティクラスとスケーリング特性を検討している。表面張力項の大きさにより、自己アフィンフラクタルであるクラス1と自己相似フラクタルであるクラス2が再現できることを確認し、ランダム場イジングモデルなどの離散モデルと比較して、結果が妥当であることを示し、加えてスケーリング指数が0に相当する第3のクラスを見出したことを報告している。さらにスケーリングの界面粗さ指数、成長指数を評価し、他の理論値、実験値との比較において妥当な結果を得ている。また、体系の大きさと相関長さの大小関係によって熱ゆらぎが支配的な領域とノイズが支配的な領域があり、それらが異なる界面粗さ指数で特徴づけられることを確認している。

 第5章は磁性流体の格子ボルツマン定式化の検討を行った章である。磁性流体についての従来の格子ボルツマン解析が、磁気モーメントを磁性粒子に固定していたのに対して、より厳密に物理に即して、各磁性粒子のもつ磁気モーメントは回転可能で、全体を磁化を帯びた流体と扱って定式化している。これよりマクロ運動方程式を再現できるよう平衡分布関数を定めている。

 第6章では、第5章で開発したモデルを用いて、磁性流体に関する解析を行っている。平行平板間流れに対して、印加磁場の方向を変えて解析を行い、流れの渦度ベクトルと垂直に磁場を加えたときに見かけの粘性が増大すること、そしてその変化は理論値と一致することを確認し、開発した手法が妥当であること実証している。次に交流磁場下で磁性粒子がクラスターを構成し、その形状がフラクタルであること、また、回転磁場下の磁性流体流れにおいて渦度の励起により流体駆動効果が起こることを確認し、手法の検証を行っている。

 第7章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は運動論に基づく格子ボルツマン法の複雑流れへの適用性に関して、偏微分方程式ソルバーとして、および、局所平衡状態への運動論的緩和アルゴリズムとしてという異なる視点からのアプローチを検討し、ともにフラクタルで特徴づけられる複雑流れの解析に対して、現象の理解、解明から、さらに進んだ工学的応用までの範囲で広い適用性と有効性をもつことを示したものであり、工学における流体解析の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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