No | 116123 | |
著者(漢字) | 植田,滋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウエダ,シゲル | |
標題(和) | ふっ化物酸化物系融体の熱力学 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116123 | |
報告番号 | 甲16123 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4960号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 金属工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 酸化物にふっ化物を添加すると混合物の物性は変化する。そのため高温プロセスで酸化物融体を取り扱う際の添加剤としてふっ化物が多く用いられる。ふっ化物添加による変化として、粘性の低下や、融点の低下があげられる。アニオンを形成するとされる、ふっ素、酸素を含んでいるふっ化物酸化物融体中ではふっ素と酸素は相互置換可能であるため、ふっ化物酸化物融体は酸化物融体、ふっ化物融体と異なった特性を示す。酸素原子とふっ素原子が極めて近い構造を持ちながらイオン化した際の価数が異なることから融体中では大きく異なった働きをするためと考えられるがその詳細は十分明らかにされていない。 年間、30万tふっ化物が日本に輸入され、主に化学工業、鉄鋼業で用いられる。使用されたふっ素は最終的に廃棄物中に含まれ環境中に排出される。ふっ化物排出の規制に応じてふっ素の環境中への拡散を減少させることが必要とされる。特にふっ素を含む産業廃棄物を生成する産業では環境コストの面からふっ素拡散防止技術を確立する事が急務である。融体の生成の自由エネルギ変化を初めとした熱力学的な情報を元にふっ化物の効率的な利用および、他の物質による代替、ふっ素回収プロセスの開発などの方針を示すことが出来ると考えられる。 ふっ化物酸化物融体に関する既存の熱力学的データを効果的に用い、広くふっ化物酸化物融体の性質を知るためには、総括的な熱力学解析法の検討と融体の熱力学的測定のさらなる蓄積が必要である。これらを目的として以下に示すふっ化物酸化物融体に関する相平衡図測定及び、赤外発酵スペクトルの測定を行った。 ふっ化物酸化物融体の相平衡 溶鋼精製プロセスにおけるCaF2使用量削減のためには、生成したスラグからのふっ化物の回収および、他の化合物によるCaF2の代替物質が有効である。またフラックスの基本成分のうち、CaF2-SiO2、CaF2-FeO系はこれまでに二液相共存領域を持つことが報告されているが、二液相と固相との平衡など未知な部分が多い。高温状態で相分離を制御することで、冷却後のスラグからのふっ化物相回収の可能性がある。これらの事項を検討するために本項目ではAl2O3-CaF2-SiO2系、CaF2-MgO-SiO2系、CaF2-FetO-SiO2系、CaF2-CaO-P205系に対して溶銑予備処理温度域での相平衡図の測定を行った。 Al2O3-Caf2-SiO2系 Fig.1に1673Kにおける相平衡図を示す。CaF2の二分の一をAl2O3で置換すると、SiO2の溶解度がおよそ40mass%からSiO2-3Al2O3・2SiO2飽和組成の55mass%に上昇する。低Al2O3領域に二液相共存領域が存在し、単相領域との境界線はふっ素と酸素が相互置換可能な関係にあるためSiO2の飽和線と交差する。 CaF2-MgO-Sio2系 Fig.2に1673KにおけるCaF2-MgO-SiO2系の相平衡図を示す。二液相共存領域をホットフィラメント法で、液相組成を化学平衡法で測定した。実線が、二液相共存組成、黒丸が液相組成、白丸が二固相飽和の液相を示す。数%のMgOの添加で二液相共存領域は消失する。またMgOによるCaF2の置換によりSiO2の溶解度が上昇するのがわかる。 A12O3-CaF2-FetO系 1723Kと1673KにおけるAl2O3-CaF2-FetO系相平衡図をFig.9、10に示す。 両相平衡図中、広い範囲でFetO・Al2O3及び二液相共存領域が存在する。A12O3とFetOの置換に伴いほとんど二液相共存領域は縮小しない。高Al203領域ではFetO・A12O3固相が飽和となる。液相はFeF2、CaO側に分離することからFigs.9、10内では三相共存が広い領域にわたって存在する。 CaF2-CaO-P2O5系 1623KにおけるCaF2-CaO-P205系相平衡図をFig.11に示す。黒丸が液相組成、白丸が二固相平衡の液相を示す。P2O5の少量の添加によりCaOの溶解度は上昇する。最大のCaOの溶解度はCaO-4CaO・P205飽和液相での53.7mass%である。CaO飽和線とホットフィラメント法で得られたCaF2飽和線の外挿からCaO-CaF2両相飽和液相組成はおよそ80mass%CaF2-16%CaO-4%P205である。 酸化物融体の赤外発光スペクトルにおよぼすふっ化物の影響 高温融体中のシリケート、りん酸等の錯イオンに対してFT-IRとホットフィラメント法を組み合わせ用いることで赤外発光スペクトルが測定できる。シリケート構造、りん酸構造共に、温度、融体成分、組成により変化すると考えられる。酸化物融体にCaF2を添加した際にこれらの錯イオンにどのような影響を与えるかを明らかにすることは融体の性質の制御するためには有為な知見になり得る。 またモデル化した融体中のシリケート、りん酸の赤外吸収ピークを密度汎関数法等による数値計算により推算することが出来る。両者を比較することで融体中の錯イオンの状態を推定できる可能性がある。 本研究ではホットフィラメント法とFT-IRを組み合わせることによりCaF2-CaO-SiO2系及びCaF2-CaO-P205系に対して溶融状態での赤外発光スペクトルを直接測定することを行い、シリケート構造として存在の可能性のある錯イオン種からの赤外発光を推算したものと比較し、ふっ化物酸化物融体中でのシリケートの存在形態を検討した。 実験結果及び計算結果 CaF2-CaO-SiO2系 融体からの発光スペクトルは、試料+フィラメントからのスペクトルとフィラメント単体のスペクトルの発光強度比から求めた。Fig.5に実験より得た0.49=mass%CaO/CaF2、1723KにおいてSiO2濃度が0、9、40、100mass%と変化したときの発光スペクトルを示す。Omass%SiO2では発光ピークが確認されず、SiO2を含む融体からは赤外発光が観測された。 Fig.6に10mass%SiO2においてCaF2濃度を変化させた発光スペクトルを示す。 Fig.5中で高濃度SiO2試料で顕著に見られる1050cm-1付近のピークに対してはふっ化物濃度の変化よる影響がほとんど見られない。ふっ素イオンがシリケートの酸素イオンと置換する際、この組成域では、架橋酸素よりも非架橋酸素との置換が主として起きていることが考えられる。 ふっ化物酸化物融体中において酸化物錯イオンの形態が変化することが考えられる。解析に際しては、錯イオンを含めたモデルによるエネルギ計算は困難であると考えられる。 結言 Al2O3-CaF2-SiO2、CaF2-MgO-SiO2系両系において、Al2O3、MgOによるCaF2の置換によりSiO2の溶解度上昇が観察された。従って酸化物によるCaF2の代替はある程度の範囲で可能である。またスラグからのふっ化物の分離の為にCaF2-FetOの不混和領域を利用した相分離が有望である。脱りん工程でのスラグ発生の低減を行う際CaF2-CaO-P2O5系のCaOとCaO-4CaO・P2O5二相飽和組成液相の共役線上の組成が有利である。 ふっ化物酸化物融体の解析には、混合のエンタルピー変化が大きいことから、融体中の擬化学的な反応を考慮したモデルの適応が有効である。モデル計算により測定が行われていない系に対しても不混和領域組成の推算が可能である。 本研究における熱力学データおよび、既存の測定を活用した解析により、製鋼プロセスにおけるふっ素の減量のための ・他化合物によるふっ化物の置換 ・精錬フラックスの高効率化 ・廃棄スラグ中からのふっ化物の回収 の指針を示すことが出来る。 Fig.1 Phase relation of the Al2O3-CaF2-SiO2 system at 1673K Fig.2 Phase relation of the CaF2-MgO-SiO2 system at 1623K Fig.3 Phase relation for the Al2O3-FetO-CaF2 system at 1723K Fig.4 Phase diagram for the Al2O3-FetO-CaF2 system at 1673K Fig.5 Infrared spectra of CaF2-CaO-SiO2 melts at1723K Fig.6 Infrared spectra of CaF2-CaO-SiO2 melts at 1573K | |
審査要旨 | 酸素原子とふっ素原子は近い原子量を持ちながらイオン化した際の価数が異なることから融体中で大きく異なる働きをする。鉄鋼精錬プロセスにおいては不純物除去のためにふっ化物酸化物系のフラックスが用いられる一方、発生する廃棄物中のふっ素の減量が必要である。ふっ化物酸化物系融体の熱力学的性質を表現するためのモデル化を行い、ふっ素排出減量プロセスについて示した。 本論文は、ふっ化物酸化物融体の熱力学的な解析を行った。ふっ化物酸化物融体の相平衡図測定、赤外発光分光法を用いた融体中錯イオンに対するふっ素の影響の調査と、ふっ化物酸化物融体の熱力学的性質の探求を通して廃棄物中のふっ素減量の方法を示したもので全6章よりなる。 第1章は序論であり、産業で用いられるふっ化物酸化物融体と熱力学的解析に関する従来の知見および本研究の目的を述べている。 ハライド酸化物系をはじめとしたレシプロカル系融体の熱力学的取り扱いについて、カチオンとアニオンの重格子を用いた、理想混合モデルから原子間の親和性を考慮した擬化学的取り扱いのモデル、データベースを用い過剰エネルギを推算するモデルヘの発展と現在可能な解析について示した。 第2章では、化学平衡法、ホットフィラメント法を用いた相平衡の測定により以下に示すCaF2系融体の相平衡図を測定した。 ・Al2O3-CaF2-SiO2系1673K ・CaF2-MgO-SiO2系1673K ・Al2O3-CaF2-FeO系1723,1673K ・CaF2-CaO-P205系1623K CaF2-SiO2系、CaF2-FetO系は測定温度において広い組成で不混和領域を持つことが知られていた。Al203を含むことにより、CaF2-SiO2系では著しく不混和領域が減少するのに対して、CaF2-FeO系ではAl2O3-FeO相とCaF2相の間に不混和が確認された。CaF2-SiO2系に対するMgO添加はAl2O3より不混和を緩和する効果が大きいことを明らかにした。 またAl2O3-CaF2-SiO2、CaF2-MgOSiO2系ではCaF2をAl2O3、MgOで置換するとSiO2の溶解度すること、CaF2-CaO-SiO2系ではCaF2をP2O5で置換すると著しくCaOの溶解度が上昇することを明らかにした。 相平衡図の測定結果から、最終廃棄物からのふっ素減量のために、CaF2-FeO系の不混和を利用したふっ化物の濃縮、回収およびCaF2のAl2O3、MgO、P2O5による代替が効果的であるとしている。 第3章では、赤外発光分光法を用い融体中のふっ素のシリケートとりん酸構造への影響を観察した。CaF2-CaO-SiO2系ではSiO2濃度の変化により赤外スペクトルの変化が観察され、低濃度SiO2領域ではほとんどがオルソシリケートで存在することを明らかにした。ふっ素イオンはシリケートの非架橋酸素と置換しふっ素を含んだシリケート構造を構成することを推定した。CaF2-CaO-P2O5系ではP2O5濃度の変化によるスペクトルの変化を観察している。 密度汎関数法を用いた計算によるシリケート、りん酸からの赤外発光の推算行い実測との比較を行った。計算によると両錯イオンに配位する酸素をふっ素で置換した際、発光波数が上昇する、実測では融体中のふっ素濃度を変化させた際に連続的にスペクトルが変化し、化学量論比の錯イオンにより融体が構成されているのでないことを示した。 第4章では、重格子を用いた理想混合モデル、擬化学モデルを用いレシプロカル融体の解析を行った、第2章で測定したふっ化物酸化物融体をはじめとしたふっ化物酸化物擬三元系に展開し、不混和領域を持つ系への応用を試みた。結合のエネルギは塩の純物質の生成の自由エネルギ変化から求めた、不混和による二液相共存組成領域をもつ系に、理想混合モデルを適用するとエネルギの高い結合を多く見積もるためエントロピー変化を大きく見積もりすぎてしまう傾向にある。理想混合モデル、擬化学モデルともに未知の系に対して不混和の生成の傾向予測を行うことが出来ることを明らかにした。 第5章では、鉄鋼業をはじめとした産業からふっ素を含む酸化物エミッション原料のための効果的と考えられるプロセスを提案した。 第6章は本論文の総括である。 以上を要するに、本論文は、相平衡、融体構造の調査を通してふっ化物酸化物融体の基礎データの蓄積とともに、モデル化のための方法を論じた。ふっ化物酸化物融体は融体中のネットワーク構造が酸化物と異なり、ふっ化物酸化物融体としての取り扱いが必要である。クラスターを考慮した重格子モデルが最も有効である。モデルの応用によりふっ化物を用いる産業でのふっ化物融体について示した。金属精錬工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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