学位論文要旨



No 116124
著者(漢字) 三田,和哲
著者(英字)
著者(カナ) ミタ,カズアキ
標題(和) Fe-Zn-Al三元系金属間化合物の熱力学
標題(洋)
報告番号 116124
報告番号 甲16124
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4961号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 日橋,文孝
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 助教授 篠原,正
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 山口,周
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 家電、自動車に使われている鋼板はほとんどが表面処理鋼板で、表面は亜鉛メッキされている。現在主流となっている合金化亜鉛メッキ鋼板は、亜鉛メッキ層と下地の鉄とを反応させることにより、鋼板の表面に金属間化合物相が450〜500℃程度の熱処理で形成されている。これらの化合物相は、メッキ層の制御のために添加されたAlにより、実際にはFe-Zn-Al三元系金属間化合物となっている。しかし、Fe-Zn-A1三元系金属間化合物はもとより、Fe-Zn二元系についての熱力学的研究例は極めて少なく1,2)、これら金属間化合物中の亜鉛の活量等の熱力学的なデータはほとんど存在しないに等しい。

 メッキ層の精密な制御には各化合物相の熱力学的性質を知ることが重要である。拡散行程では化学ポテンシャルの勾配により元素の移動が起こり、化合物相を形成する。移動速度の駆動力がこの勾配になる。従ってこれらの化合物の熱力学的性質を知ることにより、これらの反応を十分精密に制御することが可能となる。またリサイクルプロセスにおいては、亜鉛を優先的に蒸発させ有利な条件で回収することが必要であるが、その指針を得ることも可能となる。

 最近の研究により、亜鉛メッキ鋼鈑の表面層の生成過程が明らかになった。それによれば、鋼鈑をメッキ浴に浸漬すると、まず鋼鈑は浴中Alと反応し表面にFe2Al5相が形成される。そしてその金属間化合物相を通してFe及びZnが拡散し、Fe-Zn系金属間化合物相が形成され、Alはその中に固溶する。最終的には、図1に示すように、素地鉄側から、G(Fe3Zn10)、G1(Fe5Zn21)、dl(FeZn7)、z(FeZn13)の順に金属間化合物相が形成される。以上のことを考慮すると、亜鉛メッキ鋼鈑の表面層の生成プロセスを解明するためには、Fe-Zn二元系金属間化合物中の亜鉛の活量はもちろん、最終的に形成されるFe-Zn-Al三元系の高Zn領域(Fe-Zn二元系金属間化合物にAlが固溶した相)及び低Zn領域(Fe-Al二元系金属間化合物にZnが固溶した相)におけるZnの活量を知る必要がある。

 そこで本研究では、二重化クヌーセンセル・質量分析法を用いてFe-Zn二元系およびFe-Zn-Al三元系金属間化合物からの亜鉛の蒸気圧を測定し、金属間化合物中の亜鉛活量データを求めることを目的とする。

金属間化合物の合成

 Fe-Zn二元系金属間化合物相は、どれも低温でのみ安定な物質である。従って成分の拡散・反応の速度が遅く、生成に時間がかかる。そのため、試料を長時間熱処理する必要があるが、純Feと純Znの蒸気圧の差が大きく、溶解法など通常の方法では亜鉛の蒸発損失が大きい。そこで、Fe-Zn二元系金属間化合物相の試料は、透明石英管内に純Feおよび純Zn試料を真空封入し、所定の温度で長時間熱処理を行うことにより作成した。

 試料の熱処理は、まず850〜950℃程度の温度で48時間溶体化処理を行い、450℃で120時問程度保持することにより、成分を拡散させて目的の相を生成させた。そしていったん炉から試料を取り出し、アルミナ製乳鉢を用いて試料を粉末化して全体を均一に混合し、プレスしてペレット状に成型し、再度真空封入して450℃で200時間以上の熱処理を行い、最後に水冷して作成した。

二重化クヌーセンセル質量分析装置

 亜鉛の蒸気圧の測定には、クヌーセンセル・質量分析法を用いた。この方法は、試料からの亜鉛の蒸気圧を直接測定するため、極めて有効な手段である。

 質量分析装置は試料の交換、装置のメンテナンス等で真空チャンバーを開くと、装置の一部が大気によって酸化され装置常数が変化する。そのため実験毎に測定感度が変化し、測定結果に無視できない影響を与えるという問題がある。そこで、実験には鉄亜鉛金属間化合物試料の他に蒸気圧が既知の参照物質として純亜鉛試料を用意する。そしてこの2つの物質を別のクヌーセンセルに入れ、両者を同時にチャンバー内に挿入し、両者の蒸気圧の比を測定することにより、測定毎の装置定数の変化による実験誤差を極小とした。

 図2に、本実験の亜鉛の蒸気圧測定で使用した実験装置図を示す。実験には、0.4〜0.5mmのオリフイス径を持つ鉄製クヌーセンセルを使用した。同時に使用するセルの組は、オリフイス径の差が、0.01mm以内である。このため、オリフィス径の差による蒸発物質の検出感度差は非常に小さい。試料の加熱には抵抗加熱炉を用いており、本実験の実験温度(325〜450℃)においては十分な精度で温度制御が可能であり、また炉内の均熱部を広く取れるため、長さ20mmのセル内の温度差を±0.5℃以内、2つのセルの温度差を0.5℃以内に抑えることができる。セルホルダー部より挿入することが可能であり、セルホルダー部より炉頂部に至る隔壁により両者から蒸発物質を分離している。

 測定は、炉内で試料を加熱し、蒸発物質を四重極型質量分析装置を用いて検出することにより行うが、その際にセルホルダー部分を回転させることにより、二つのセルからの蒸発物質を順次検出することを可能としている。

 真空チャンバー内は、実験時にはターボ分子ポンプを用いて10-6Torr程度の真空度に保った。また質量分析装置には別にターボ分子ポンプにより差動排気を行い、10-7Torr程度の真空度に保った。

Fe-Zn二元系金属問化合物相試料と平衡するZn蒸気圧測定

 内径0.5mmのオリフィスを持つ鉄製クヌーセンセルを使用し、片方に蒸気圧既知の参照物質として純亜鉛試料を、もう片方に蒸気圧未知の鉄亜鉛二元系金属間化合物相の試料を入れ、所定の温度において等温保持し、装置のセルホルダー部を回転させながらm/e=64、66、67、68の検出電流値を測定すると、バックグラウンド、純亜鉛試料、金属間化合物試料の亜鉛の強度を順次測定することが可能である。この結果から純亜鉛の蒸気圧と金属間化合物と平衡する亜鉛の蒸気圧との比を得ることができる。

 各金属間化合物相の試料について以上のような方法で実験を行い、350〜425℃において得られた結果を図3に示す。これによって得られたPZn比から、金属間化合物と平衡する亜鉛の蒸気圧を求めることができる。またこのグラフの縦軸であるPZn比は金属間化合物と平衡する亜鉛の活量と同義であるが、本実験で測定した温度域においては活量の温度依存性は極めて小さいと言える。

 Fe・Zn二元系状態図のd1相領域は、従来単相とされていたが、近年になり、二相に分離しているという見方が強まっている。しかし両者の結晶構造は酷似しており、構造解析からそれを証明するのは困難である。そこでΓ単相領域と同様にd1相領域において亜鉛活量の組成依存性を調べた。相律を考えることにより、温度、圧力一定の条件下では、単相領域では、組成が変化すると蒸気圧も変動するが、二相共存域では組成が変化しても蒸気圧は常に一定であるため、活量の組成依存性を調べることにより、状態図を評価できる。

 図4に試料中の亜鉛の平衡蒸気圧の698Kにおける測定結果を示す。縦軸は純亜鉛試料からの亜鉛の検出強度との比で、亜鉛の活量と同義である。d1相が単相であるならば、この領域における活量の組成変化はなだらかであるはずであるが、この結果には、90.7wt.%Znに活量線の屈曲が見られ、d1相が単相ではないことがわかった。

 Fe-Zn-Al 三元系金属間化合物相試料と平衡するZn蒸気圧測定

 亜鉛メッキ鋼板の表面層は、メッキ浴に添加されたAlのため、実際にはFe-Zn-Al三元系となっている。しかし、本系のメッキ浴反応で重要な温度域における熱力学的性質についての研究例は極めて少なく、特にZn活量については全く報告が無い。本系の熱力学的性質は、亜鉛メッキ鋼板のメッキ層における反応を理解する上で極めて重要であるため、この分野の研究が強く望まれている。そこで本研究では、二重化クヌードセンセル質量分析法を用いてFe-Zn-Al三元系金属間化合物と平衡するZn蒸気圧を測定し、金属間化合物中のZn活量データを求めた。測定方法及び条件は、Fe-Zn二元系の場合と同一である。

 713Kにおける測定で得られた結果をFe-Zn-Al三元系状態図上にプロットしたものを図5に示す。二元系の場合と同様、亜鉛濃度が高くなるにつれて亜鉛の活量が高くなっている。また、二元系の場合に比べ、アルミニウムを添加した三元系では、亜鉛の活量が高くなっていることがわかる。

熱力学的計算

 d1相領域におけるZn活量の組成依存性検討結果から、d1相は従来言われていた単相ではなく、d1k、d1pの二相としてFe-Zn二元系状態図を計算した。最近の状態図計算はd1相を単相として行われており、二相とする状態図は、Ghoniemらによる報告以降例が無いものである。

 副格子モデルを用いてFe-Zn二元系金属間化合物相のモデル化を行い、また、各化合物相と平衡するZn蒸気圧の実測値を用いて各相のGibbs自由エネルギーを決定し、Fe-Zn二元系状態図の計算を行った。その結果、状態図計算に熱力学的測定データを用いる手法は有効であることがわかった。求めたZn活量を用い、Fe活量や化合物の標準生成自由エネルギー等の熱力学的データを計算した。

結言

 Fe-Zn二元系及びFe-Zn-Al三元系の金属間化合物試料を作成し、二重化クヌーセンセル質量分析装置により試料と平衡するZn蒸気圧を測定することにより、化合物中のZn活量を求めた。

 求めたZn活量を用い、Fe活量や化合物の標準生成自由エネルギー等の熱力学的データを計算した。

図1 合金化亜鉛メッキ鋼板断面図

図2 二重化クヌーセンセル質量分析装置

図3 Fe・Zn二元系金属間化合物相の二相共存域試料と平衡するZn蒸気圧測定結果

図4 Fe-Zn二元系δ1相の698KにおけるZn活量

図5 Fe-Zn-Al三元系高Zn組成域のZn活量(713K)

審査要旨 要旨を表示する

 経済性、大量生産性等に優れるため、自動車等に大量に使用されている合金化亜鉛めっき鋼板は、その合金層を構成する金属間化合物相についての熱力学的性質が知られていないため、その合金層の生成等に関する研究は、現象論的なものが主体となっており、活量等の熱力学的性質に関する研究が求められている。

 本研究では、Fe-Zn二元系およびFe-Zn-Al三元系金属間化合物と平衡するZn蒸気圧を精密に測定し、今まで知られていなかったこれら化合物の熱力学的性質を明らかにしたものであり、全8章よりなる。

 第1章は序論であり、Fe-Zn二元系およびFe-Zn-Al三元系に関する熱力学的研究の総括を行い、低温であるために平衡に至までの時間がかかるために、この系の熱力学的性質は、必ずしも適切に記述されていないことを明らかにするとともに、これらを明確にすることの重要性について述べた。

 第2章では、石英管内に真空封入し、所定の時間熱処理を行うことにより従来作成が困難とされた4種類のFe-Zn二元系金属間化合物相(Γ、Γ1、δ1、ζ)の、酸化、蒸発損失なく、合成した。熱処理時間を評価した結果、Fe-Zn二元系金属間化合物相は、1123Kで48時間保持した後、723Kで200時間以上保持することにより、平衡相が得られることが明らかとなった。

 第3章では、二種類の異なった機構((1)セルホルダー部を水平移動させるもの、(2)セルホルダー部を回転させるもの)を持つ二重化クヌードセンセル質量分析装置を試作し、蒸気圧測定を試みた。その結果、いずれの装置でも高い精度で金属間化合物試料と平衡するZn蒸気圧の測定が可能であることがわかった。また、(2)の機構を持つ装置では、測定時の真空度を10-4Paまで上げ、2つのセルの温度差を小さくしたことにより、Zn平衡蒸気圧のわずかな差を評価するのに十分な精度が得られた。

 第4章では、Fe-Zn二元系金属間化合物の二相共存域組成を持つ試料と平衡するZn蒸気圧を測定し、623〜698KにおけるZn活量を求めた。また、δ1単相領域におけるZn活量の組成依存性を調べることにより、従来単相とされてきたδ1相が、δ1k、δ1pの二相に分離していることがわかった。

 得られたZn活量データから、Fe-Zn二元系における623〜698KのFe活量を計算した。

 第5章では、Fe-Zn-Al三元系において、Znを80wt.%以上含む高Zn組成域試料を作成し、試料と平衡するZn蒸気圧を測定して、Zn活量を求めた。その結果、Zn含有率が等しい場合、Fe-Zn二元系に比べ、Al含有率が高くなるに従い、Zn活量が上昇することが明らかとなった。

 また、Fe-Al二元系金属間化合物試料を作成し、得られた試料にZnを固溶させることにより、Zn含有率15wt.%以下のFe-Zn-Al三元系試料を作成した。そして、作成した試料と平衡するZn蒸気圧を測定し、Zn活量を求めた。その結果、当該組成域のZn活量は、比較的低Zn濃度でZn液相と平衡するため、Zn活量の組成変化が大きいことがわかった。

 Fe-Zn-Al三元系δ1相領域内におけるZn活量を調べ、状態図を検討した。その結果、δ1相は三元系においても、二元系と同様、δlk及びδlpの二相に分離していることが明らかとなった。

 第6章では、副格子モデルを用いてFe-Zn二元系金属間化合物相のモデル化を行った。また、各化合物相と平衡するZn蒸気圧の実測値を用いて各相のGibbs自由エネルギーを決定し、Fe・Zn二元系状態図の計算を行った。δ1相領域におけるZn活量の組成依存性検討結果から、δ1相はδ1k、δ1pの二相としてFe-Zn二元系状態図を計算した。

 第7章では、第6章までに得られた結果を、実プロセスにおける金属間化合物相の生成反応について、熱力学的な立場から考察を行った。

 Fe-Zn二元系準安定状態図を計算し、亜鉛めっき鋼板の表面層の生成プロセスについて考察を行った。その結果、δlp相はFeを過飽和に固溶することにより広い範囲で準安定であり、亜鉛めっき鋼板の表面層の主生成相となることが理解できた。

 また、第4章で得られた化合物相と平衡する亜鉛蒸気圧から、亜鉛めっき鋼板表面層からの亜鉛の蒸発速度を計算した。この結果を用いて、実回収試験プロセスの結果を説明し、適当な条件を提案した。

 第8章は、本論文の総括である。

 以上を要するに、本論文では、工業的に重要な系であるFe-Zn二元系及びFe-Zn-Al三元系に存在する各金属間化合物相と平衡するZn蒸気圧を測定し、Zn活量を得たことにより、合金化亜鉛めっき鋼板の表面層の生成プロセス、及びこれら鋼板スクラップからのZnの脱離プロセスについて熱力学的な立場から考察を行ったもので、金属製錬工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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