学位論文要旨



No 116126
著者(漢字) 青山,智胤
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,トモツグ
標題(和) Si及びGe半導体材料における無容器浮遊溶融急速凝固に関する研究
標題(洋)
報告番号 116126
報告番号 甲16126
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4963号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 西尾,茂文
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 無容器プロセスでは試料に対する汚染源や不均一核生成の優先サイトとなる容器壁がないために大過冷却状態の実現が可能となり、非平衡凝固を利用した新たな材料設計を可能とする手段として注目されている。中でも電磁浮遊法は比較的安価な設備で長い非接触時間が得られ、浮遊液滴の直接観察が可能である。また他の浮遊法に比べて制御が容易であり、電気伝導性を持つ材料に関する限り大きな浮力が得られるため、試料サイズにおける自由度が大きい。しかしそれ故にこの装置を用いた研究は金属を中心に進められており、半導体材料は工業的に重要な位置を占めるにも関わらず報告例は少ない。

 半導体、特にSiの市場拡大に伴い、ウェーハ用インゴットの大口径化が進んでいる。しかしこの傾向は設備投資費の増加を伴うことや技術的な制限ため製造プロセスにおけるブレイクスルーが期待されている。その一端として数mmの球状単結晶表面に集積回路を形成し、低価格ICを作製する試みがある。結晶作製法には落下チューブが用いられているが結晶化過程に不明な点が多く生産性や再現性に問題を残している。そこで本研究では無容器プロセスにおける半導体の核生成・成長挙動と結晶性の関係を明らかにする。

2. 核生成と最大過冷度

 fccやbcc構造を持つ金属の2元系合金では核生成の古典論に基づいて最大過冷度が導かれると共に、実験結果との良い一致が示されている。しかしSiやGeといったダイヤモンド構造の半導体では最大過冷度の測定すらなされていない。本章では高い比抵抗を持つ半導体を如何に安定して電磁浮遊させるか、放射温度計の使用時における金属材料との違い等に留意して最大過冷度の組成依存性の測定を試みる。

2.1 実験方法

 200W CO2レーザにより試料を融点付近まで瞬時に予備加熱することにより不純物の混入を防ぎつつ高純度(7N)半導体の電磁浮遊を可能にした。その後200 kHz高周波で浮遊・溶融した.温度測定には中心波長が0.9、1.55μmの2種の単色放射温度計を用いた・半導体では放射率の波長依存性が大きいため2色放射温度計を用いた正確な温度測定は原理的に困難である。また固相と液相の放射率が異なるためリカレッセンス直後の温度を融点として補正する方法では過冷度を実際より大きく見積もってしまう。そこで本研究では浮遊液滴Si及びGeのそれぞれについて固液共存状態から両相の輻射を測定し、得られた放射率を用いて温度補正した。この補正により高精度な最大過冷度測定を行った。

2.2 結果及び考察

 Si-Ge2元系半導体の最大過冷度の組成依存性についての測定結果を図1に状態図と共に示す。Siでは最大320Kの過冷度が得られた。比較のために2元系金属合金における核生成の古典論に基づいて最大過冷度を見積った(図1点線)。2元系金属で用いられる核生成の古典論がダイヤモンド構造を持つSi-Ge半導体に対しても高い精度で適用できることが示された。また再現性良く大過冷却させるための溶融保持時間,冷却条件等が明らかにされた。

3. 表面張力測定

 無容器プロセスの利点の一つとして不純物の混入防止を冒頭で挙げた。また電磁浮遊法では雰囲気の制御が容易であるため酸化等の汚染を低減でき、高精度な物性値測定が可能である。この章で取り上げる表面張力はわずかな不純物にも敏感であり、Siの場合その物性値の必要性から多くの報告があるものの、高融点ゆえ実験結果にばらつきが見られる。本章では電磁浮遊法を用いた高精度、かつ簡易な半導体の表面張力測定法を構築する事を目的とする。

3.1 実験方法

 電磁力により表面振動が励起された浮遊液滴の輻射光はレンズを通して3.5倍に拡大されスクリーン上に投影される。投影像の縁の3箇所に取り付けたスリットを通り抜けた光の量をそれぞれフォトダイオード(PD)で測定する。最大1 kHzで1分間のサンプリングを行い32768のデータ点をフーリエ変換し液滴の表面振動の周波数を割り出した.Lambらの数学的解析に基づき、球状液滴の固有振動周波数から表面張力を導出した。

3.2 結果及び考察

純Siの表面張力(σ/Nm-1)の温度(T/K)依存性を融点の前後150Kにわたって以下のように測定した。

σ=0.723-9.28×10-5(T-1687)

従来の高速ビデオカメラによる振動解析よりも本手法は簡略・低コストであり,高いサンプリング速度での観察が可能である。また小さな試料・振動に対しても高感度であり、高精度化が図れる利点を持っていることが検証された。

4. Si,Geの成長挙動

 近年、過冷状態から急速凝固する際の半導体の成長挙動に関する研究が数件ではあるが行われている。それらの研究結果からGeではある臨界過冷度(ΔT)において沿面成長から連続成長へと遷移することが明らかになってきた。しかしながら測定されたΔTの値はグループごとに大きく異なっている。この問題を解決する最も有用な手段の一つは過冷却・凝固の一連のプロセスを連続的かつ直接観察することである。

4.1 実験方法

 浮遊液滴の像はPDを用いて凝固先端が試料の2点間を帳過する時間差を測定することにより結晶成長速度を求めた、また40,500frames/sのサンプリング速度を持つ高速カメラ(HSC)により同等の測定を行うと共に、リカレッセンス時における固液界面形状の時間変化を観察した。また任意の過冷度で浮遊液滴をチルプレート上に落下させ、急速凝固させた試料を組織観察した。

4.2 結果

4.2.1. 成長速度

 純SiとGeの成長速度を過冷度の関数として測定した。前者の結果を図2に示す。ここで白丸と黒丸はそれぞれPD、HSCを用いて得られた値である。またBoettingerらによるデンドライト成長理論(BCT理論)に基づいて計算した成長速度(V)を実線で示す.

4.2.2. 固液界面形状

 断熱凝固を仮定できるリカレッセンス時の融液表面における固液界面をHSCを用いて直接観察した。図3(a),(b),(c)はそれぞれΔT=87,165,237Kの過冷状態から凝固した直径5mmの純Siの結果である。(a)は低過冷領域(GeではΔT=0-85K、Siでは0-100K、以後領域I)における界面の典型的な例であり、成長方向に異方性が観察される.

(b)は中過冷領域(GeではΔT=85-170K、Siでは100-210K、以後領域II)の典型的例であり、一本のデンドライトが成長している。(c)は高過冷領域(GeではΔT>170K、SiではΔT>210K、以後領域III)の典型的例であり、界面は巨視的に平らになっている。ここで分類した3つの過冷領域を図2上に示した。

4.2.3. 組織観察

 チルプレート上に試料を落下させた際の核生成サイトにおける表面起伏を組織観察した。領域Iで凝固させた場合、4ないし6回対称性を持つ低指数面からなるファセットや双晶が観察されたのに対し、領域IIの場合、ファセットデンドライトが見られた。

 ΔT=180K(領域II)、260K(領域III)で急速凝固したsiの縦断面組織の結果をそれぞれ図4(a)、(b)に示す。(a)ではデンドライトの2次アームの断面が一列に並んでおり、それらがシングルデンドライトの一部であることを予想できるが、(b)ではアーム断面が無秩序に配置し、(a)に比べ結晶粒が微細化していた.

4.4. 考察

 固液界面の直接観察とモルフォロジー観察から半導体における過冷度と凝固機構の関係は3つの領域に区分できると考えられる。

 領域Iでは板状結晶の成長が観察され、その凝固先端に置いて<110>方向の成長速度(図2▲)はBCT理論による計算値と良く一致していたことから荒れた界面を持つことが予測される。このときの先端半径Rは界面に摂動を与えたときの不安定化を起こす臨界波長から求められる。それに対し板厚方向({111}面とステップで形成された微斜面)の成長は小さなカイネティック係数で表される特徴を持つ平坦な界面である。試料と同サイズの板状結晶が形成されたときの最大板厚LがRよりも小さいとき、界面は不安定化しないと考えられる.

 領域IIでは初期過冷度が増大し、R値の減少また板厚方向の成長速度の増加により、R>Lとなる。このとき界面は不安定し、単一の核生成サイトからのびる数本のファセットデンドライトが成長する。実験値と理論値の一致がこれを裏付けている。理論的に求めた凝固先端半径と板厚の関係を図5に示す。ΔT=62KにおけるR、Lの大小関係の逆転は領域IからIIへの遷移を意味する。

 領域IIIでは固液界面の巨視的な平坦化が起こった。また結晶粒の微細化、成長速度の低下が観察されたことから、この領域では1次デンドライト間隔が狭くなり、密なネットワークが形成されたと予測される。このときデンドライト先端で放出される熱は近接するデンドライトに相互に影響し成長は停滞する。また図4(b)に見られる十字型のデンドライトアーム断面組織は金属的であることから<111>方向の成長が連続成長モードへと遷移し、急激なデンドライト間隔の減少を導いたと思われる。

【5. 球状単結晶半導体への応用】

5.1. 背景及び目的

 冒頭で述べた球状単結晶半導体は凝固界面の不安定化が起こる前の領域Iの過冷度を利用することで作製が可能であることを4章の結果は物語っている。本章ではこれを踏まえて大きさや形状のそろった球状単結晶の効率的な育成法を確立する事を目的とする。

5.2.結果及び考察

 浮遊融解時の直径が5.5mmの試料に関して過冷度が26Kに達したところでSi種結晶で核生成を促した。この試料の断面組織を図6に示す。上部2箇所に双晶が見られるが起点に割れが生じていることから凝固膨張による応力を変形双晶により緩和したものと思われる。しかしながら双晶接合面がほぼすべて一致していることから、種結晶から成長したsingle grainであることが分かる。より小さな液滴の場合、最大板厚が薄くなりより大きな過冷度でも界面の不安定化が起きず、凝固膨張の影響も小さくなるので容易に単結晶が得られる可能性を示唆している。

【6.結論】

 ・レーザ加熱併用型の電磁浮遊炉を構築し、直径5mmの高純度Si,Geを安定に浮遊させることに成功した。・浮遊液滴半導体の固液共存状態を作製し、両相の輻射率を割り出すことで高精度の温度補正法を確立した。・Si-Ge2元系半導体の最大過冷度の組成依存性を測定し、その核生成挙動を明らかにした。・SiとGeの過冷凝固時の成長速度測定、固液界面形状観察を行い、過冷度と成長挙動の関係を3つの領域に区分した。低過冷度では板状成長、中過冷度では孤立ファセットデンドライト成長、高過冷度では連続成長による微細で密なデンドライトネットワークの形成が起こることが分かった。・電磁浮遊法での球状単結晶作製が試みられ、3mm程度の直径であれば達成可能であることを明らかにした。・スリットとフォトダイオードを利用した高精度表面張力測定を行った。

Fig.1-Phase diagram of Si-Ge and the experimental data of the undercooled temperature. The broken line shows the theoretically predicted curve.

Fig.2-Growth velocities as a function of undercooling for Si.The line shows the theoretically predicted curve.The three regions classifid by the direct observation of the interface is marked.

Fig.3 - The solid-liquid interface on the surface of Si observed by the high-speed caamera.The undercooling immediately before solidfication and the regular intervals between frames are (a) 87K,1.2ms,(b) 165K,247μs,(c) 237K,123μs.

Fig.4-Cross-sectional microstructures of Si soliddified by dropping onto the chill plate at various undercoolings,ΔT.(a)ΔT=180K,(b)ΔT=260K.

Fig.5-Thickness of plate crystal and tip radiue as a function of undercooling for Si.

Fig.6-Cross-sectional microstructure of Si nucleated by single crystal at the undercooling of 26K.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ルツボを使わずに試料を融解、凝固結晶化させる無容器プロセシング技術によりシリコンに代表される半導体の球状結晶の育成を目標とした論文であり、6章により構成されている。

 第1章は序論であり引き上げ法によって育成するシリコン結晶の大型化の限界と、それに替わる球状単結晶の有用性を述べ、球状単結晶の育成から見た無容器プロセスの意義とその方法論を述べている。すなわち様々な無容器プロセシング手法の中から電磁浮揚法を採り上げたことの意味とその有効性ならびにCO2レーザー照射の併用といった同手法をシリコン等の半導体に適用するための実験上の間題点を述べている。

 第2章は同手法の有用性の立証と実験手法の確立を目的にシリコン融液の過冷却と凝固核の生成に関する実験手法と同手法による実験結果を述べている。すなわちシリコン等の半導体では液体と固体では放射率が大きく異なるため、通常の放射温度計を用いた非接触温度計測では過冷度を過大に見積もる危険性が多く、したがって過冷度を正確に求めるには固液共存状態において放射率を補正することが有効であることを示し、同手法により求めたSi-Ge二元合金における最大過冷度の組成依存性が核生成の古典論による解析と良く一致することを述べている。

 第3章は浮遊液滴の自由振動の解析によるシリコン融液の表面張力の測定について述べている。すなわち温度測定と並ぶ無容器プロセシングにおける基本的な計測技術である浮遊液滴の表面観察に対してフォトダイオード法が有効であることを示している。

 第4章は過冷したSiおよびGeの融液からの結晶成長挙動について述べている。すなわちSiでは過冷度は成長界面形態の違いから領域I(OK〜100K)、II(100K〜210K)、III(210K〜)に分けられ、領域Iでは薄板状の結晶、領域IIでは粗なファセットデンドライト、領域IIIでは微細なファセットデンドライトとなること、特に領域Iにおける薄板状の結晶の板面方位は<111>であることを、Siウェファーを種結晶とした種付け実験により示している。また過冷度と成長速度の関係が領域I、領域IIのいずれにおいても成長端の形状を回転放物面とするデンドライト成長モデルで良く表されることから、薄板状結晶からファセットデンドライトへの成長界面形態の変化は、従来いわれているような沿面成長から連続成長への変化といった成長様式の遷移ではなく、薄板状結晶の成長端面の形態不安定化によるものとの仮説を立てている。そしてこの仮説から薄板状結晶の板厚と成長端面の曲率半径の2倍との比が1以上になった場合に薄板状結晶の成長端に形態不安定が生ずるというクライテリオンをたて、{111}面を特異面とするスパイラル成長モデルによる板面に垂直な方向の成長速度の計算から、薄板状結晶からファセットデンドライトへの成長界面形態の変化が生ずる臨界の過冷度は液滴の大きさに依存すること、すなわち小さな液滴ほど臨界の過冷度は増加することを導き、直径5mmの液滴では100Kと、実験値と良く合った値を導いている。またGeにおいてもSiと同様、過冷度は成長界面形態から領域I(OK〜85K)、II(85K〜180K)、III(180K〜)に分けられことを述べている。

 第5章は無容器プロセシングにより球状単結晶を育成する手法について述べている。すなわち前章で示した領域Iで現れる薄板状の結晶を種結晶として成長させれば浮揚液滴をそのまま単結晶にすることができると考え、直径5mmの浮揚液滴に対して領域Iの過冷度で種付けを行い、結晶化に伴う体積膨張による小さなき裂とき裂先端の応力集中を緩和するために生じた変形双晶を除けば巨視的には単結晶が得られることを示している。そして電磁浮揚法では困難であるが直径が2〜3mmの液滴を浮揚させることができればき裂も双晶もない結晶を得られるとし、ドロップチューブ等の実験手段が有効なことを述べている。

 第6章は総括である。

 以上、本論文はシリコンに代表される半導体材料における過冷度と凝固界面形態の関係を明らかにし無容器プロセシングによる球状単結晶の育成条件を明らかにする等、過冷凝固、結晶成長に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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