学位論文要旨



No 116127
著者(漢字) 吉積,正晃
著者(英字)
著者(カナ) ヨシズミ,マサテル
標題(和) Nd1+xBa2-xCu3O6+δの熱処理中における固相変態に関する研究
標題(洋)
報告番号 116127
報告番号 甲16127
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4964号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 高磁場中で臨界電流密度Jcがピークを持つことなど、高磁場中での応用に有利な特性をもつ酸化物高温超伝導体の一種、Nd1+xBa2-XCu3O6+d(Nd123ss:0≦x≦1)はバルク、線材、デバイスなどの形態で様々な分野における実用化が期待されている。実用化にあたっては、高い超伝導臨界温度Tcおよび臨界電流密度Jcが求められる。ここで、Tcは組成によって決定される物理特性であるため、高Tc化のためにはNd123ssの場合、陽イオン組成および陰イオン組成の両方を最適化する必要がある。一方、Jc特性はTcのみならず微細構造によって決定されるプロセス依存性の強い特性であり、熱処理履歴などによって大きく変化する。

 Nd123ssの作製プロセスは結晶成長プロセスと熱処理プロセスに大別される。結晶成長プロセスは比較的高温で行われ、平均的な陽イオン組成が決定される。この平均陽イオン組成の制御においては状態図研究なども進められ、かなり明らかになりつつあるが、Nd123ss結晶成長においては温度、組成に加えて雰囲気中の酸素分圧も重要な因子であり、雰囲気をパラメーターとした状態図研究については十分とはいえない。

 一方、結晶成長後に比較的低温で行われる熱処理プロセスにおいては、RE123系で最も一般的なY123等のstoichiometricな系で見られる陰イオン(=酸素)濃度制御が行われ、正方晶-斜方晶相転移が起こる。Nd系では加えて、固溶体が存在することにより陽イオンに関連した123-213相分離が起こり、これらがTc、Jc特性に影響を及ぼすことが明らかになっているが、それらの詳細な相互関係や相分離機構、相図といった固相変態を制御するため、ひいては超伝導特性を制御するための重要な知見が明らかになっていない。このため、本研究ではNd123ssの高特性化のを目的として、プロセスに関する知見を得ること、特に熱処理中における固相変態挙動を明らかにするために、様々な酸素分圧雰囲気下での状態図を作成して結晶成長に関する検討を行い、熱処理条件の正方晶一斜方晶相転移およびNd123-Nd213相分離に与える影響を調査した。更にに得られた結果を基にJc-B特性などを評価した。

1. Nd123ss作製プロセス

 図1に作成した状態図の一例を示す。図に示されるようにNd123ssは高酸素分圧雰囲気中では広い組成領域にわたり固溶体を形成しており、また液相組成と固相組成はタイラインで結ばれており、高い置換量を有するNd123富化液相と平衡している。異なる酸素分圧、温度において状態図を作成した結果、低酸素分圧雰囲気においては置換が抑制されたNd123ssのみが成長するということが明らかになった。以上の知見より低置換量Nd123ssは低酸素分圧雰囲気かBaO富化液相からの結晶成長によって得られる。逆に酸素分圧、液相中のBaO/CuO比によって置換量が制御加納であることも明らかとなった。これらの知見をもとに引き上げ方を用いて固相変態の超伝導特性への影響調査に必要な、異なる置換量を有するNd123の単結晶の作成に成功した。ここでは結晶性制御としてキネティクスを考慮した結晶成長機構について考察した。

2. 熱処理プロセス

 熱処理プロセス時には、正方晶-斜方晶相転移とNd123-Nd213相分離が同時に起こるが、正方晶-斜方晶相転移は主に酸素の移動によって引き起こされる反応であるため、陽イオンの移動によって進行する相分離よりも速やかに固相変態が進行すると考えられる。そこで、試料内外との酸素の出入りが速やかに行われる粉末試料を用いることにより、それぞれの反応による変化が顕れる時間帯を分離し、それぞれの固相変態挙動を調査した。

 図2には異なる熱処理温度でのTcの時間依存性を示す。ここで、低温である300℃ではイオンの拡散係数は小さく、500℃ではより大きな拡散係数である。300℃熱処理においては変化が見られず、90K以上と高いTcであるため、酸素は十分に導入されていると考えられる。しかし500℃ではTcが熱処理時間の増加につれて徐々に上昇した。酸素の影響とは考えられない為、これは相分離が起こった結果であると考えられる。このことはTEM-EDSを用いた微小領域の組成分布観察によっても裏付けられ、相分離を巨視的に観察できた結果であることが明らかになった。

 また、30時間から100時間の間は殆どTcに変化が見られない為、30時間熱処理時は相分離の影響が小さく、酸素のみ十分拡散している状態であるとみなされる。そこで、30時間熱処理において、正方晶-斜方晶相転移について調査し、図3のような相図を得た。酸素分圧の上昇または熱処理温度の低下につれて斜方晶安定領域は拡大し、正方晶+斜方晶の2相共存領域は確認されなかった。また、これらのTc特性を測定し、陽イオン組成によるTc特性の最適化のための熱処理条件決定のための知見を得た。

 このような手法を用いて相分離発生領域を調査し、正方晶-斜方晶相境界と比較した結果、相分離は置換量の少ない斜方晶Nd123ssからのみ発生し、分離した2相のうち置換量の大きい領域は斜方晶Nd123ssに属することが明らかになった。次に、異なる熱処理時間においてTEM-EDSを用いてNd123ss中の組成変動観察を行った結果、初期において熱処理時間とともに組成変動の振幅が増大するという現象が見られた。さらに、磁化率測定などの結果、本研究の実験範囲内においては析出による相分離は確認できず、熱力学的には安定状態として存在するであろう、正方晶+斜方晶2相共存状態も確認されなかった。

 相分離過程で組成変動の振幅が増大するという本実験の結果および相分離過程にあるNd123ss結晶粒に、スピノーダル分解の特徴である変調構造が見られたという報告もあることより、本系における相分離機構はスピノーダル分解によると考えられる。析出による相分離は確認されなかったことからは、スピノーダル分解によっては相分離するものの、この系においては析出は起こりにくいということが示唆される。このことは熱力学的には歪みエネルギーが大きいと考えることによって説明できる。界面において組成変化が大きくそれによる格子変化も大きい析出の場合には歪みエネルギーも大きくなり、析出のためのエネルギー障壁が大きいため発生困難となる。これに対して発生初期の組成変化が緩やかなスピノーダル分解の場合には歪みエネルギーによる障壁が小さいものと考えられる。

 以上の結果をふまえてNd123-Nd213系擬二元系における自由エネルギー-組成図を用いてNd123ssの固相変態挙動について考察した。その結果、Nd123ssの固相変態は、2段階のプロセスを経て進行することが明らかになった。まず酸素の導入による正方晶-斜方晶相転移が行われ、その後低置換量を有する斜方晶Nd123ssのみがスピノーダル分解によって準安定斜方晶領域を経由してNd123-Nd213相分離を起こす。高置換量を有するNd123ssは、スピノーダル分解を起こすSpinodalpointよりも外側(この場合高置換量側)に位置しているため、相分離の相境界より内側に位置しながらもスピノーダル分解によっては分離できない領域であるものと考えられ、実験結果をうまく説明できる。

3. Nd123ssの高特性化

 高特性化のための条件である、組成制御および微細組織制御を達成するためのプロセスについてまとめ、単結晶を使って超伝導特性を測定した。まず、結晶作製プロセスにおいては雰囲気中の酸素分圧と溶液組成のBaO/CuO比を制御することによりNd123ss結晶組成を効果的に制御することが可能である。さらに、熱処理プロセスにおいては酸素中500℃において100時間程度熱処理を行い相分離を起こさせ、その後高Tc達成のため300℃で酸素導入を行うことにより、ピーク効果を示しかつ高Tcを有するNd123ssの作製が可能となる。

 これに基づき熱処理を行い、Tc=96K、図5の様なピーク効果を示すNd123ss結晶を得た。また、単結晶試料のJc-B特性におけるピーク効果の有無によって相境界を確定した。

図1. 酸素中、1090℃におけるNdO15-Bao-CuO系擬3元系平衡状態図。○は出発組成を示す。

図2 酸素中500℃におけるNd123ssのTconsetの熱処理時間依存性

図3 酸素雰囲気におけるNd123ssの相図

図4 500℃-100時間+300℃-100時間の熱処理を施したNd123ss単結晶のJc-B特性

審査要旨 要旨を表示する

 酸化物超伝導体Nd1+xBa2-xCu3O6+δ(Nd123ss)は高い臨界温度(Tc)と臨界電流密度(Jc)特性を有し、実用化に近い超伝導材料として注目されている。さらにNd123ssはNd-Ba置換に起因するTc、Jc特性の変化など同種の結晶構造を有するYBa2Cu3O6+δにはない特徴を有する興味深い材料である。本論文はNd123ss超伝導体の作製プロセスを検討、熱処理による固相変態挙動に関する知見を得るとともに実用化に向け超伝導特性への影響を明らかにしたもので、全6章からなる。

 第1章は序論である。本論文の背景、目的と構成について述べている。

 第2章では熱処理プロセスの主たる目的である酸素の導入に着目し、これにより起こる正方晶-斜方晶構造相転移や超伝導特性への影響を明らかにしている。粉末試料、短時間熱処理という陽イオンの移動が無視できる状態での酸素の平衡状態に関する相図を作成し、熱力学的解析を行いY系と比較している。Y系、Nd系の酸素に関する部分モルエントロピー、部分モルエンタルピーの相違を格子定数の違いに起因すると説明している。さらに熱処理条件によるTc特性の変化を明らかにし、熱処理条件の最適化について検討している。その結果、置換量の大きいNd123ssにおいては正方晶でも超伝導特性を発現すること、また、高Tcを達成する最適熱処理温度は置換量の大きいNd123ss程低いことが明らかにされた。

 第3章では熱処理時に発生するもう一つの固相変態であるNd123-Nd213相分離機構と固相変態挙動の解明を目的とし、第2章で明らかになった酸素の移動に関する知見を踏まえて酸素が十分拡散した後の熱処理による陽イオンの移動について粉末試料を用いて調査している。その結果、1)相分離の発生は酸素拡散の終了後低置換量Nd123領域に現れる、2)陽イオンの移動による析出反応は非常に起こりにくい、3)酸素の拡散による相変態に比して相分離の反応進行速度は非常に遅い、という重要な知見を得ている。これらの事実と、相分離の進行にともなう組成変化観察、平衡組成に関する実験結果などから、本系における相分離はスピノーダル分解によって起こることを明らかにしている。また、スピノーダル分解における原子の易動度から相分離する条件下でのNd-Baの拡散係数を、同条件下における酸素の拡散係数に比べて6桁程度小さい値として得ており、陽イオンの移動は酸素に比べ極めて遅いことを明らかにした。相転移機構と相分離機構の解析をもとに、Nd123ssの固相変態が次のように進行することを示している。Nd123ssは酸素の移動による相転移を起こしたのちスピノーダル分解によって相分離するという、2段階の過程で固相変態する。これらの結果をもとに、熱処理プロセスの最適化に関する知見を得ている。

 第4章は結晶成長プロセスにおける組成制御に関する知見を得ることと、固相変態挙動の超伝導特性への影響を解明するために必要な単結晶の作製を目的とし、様々な酸素分圧下での包晶温度近傍のNd2O3-BaO-CuO系擬三元系平衡状態図を作成し、結晶成長プロセスを検討したものである。状態図研究の結果、Nd123ssの組成は、1)雰囲気中の酸素分圧、2)液相組成、3)結晶作製温度、の3つにより決定されることを示している。このうち、1)はOCMG法の有効性を支持するものであり、2)3)は新たに判明した組成制御に関する重要な知見である。この結果、異なる置換量を有するNd123ss単結晶の作製プロセスとして、酸素雰囲気中での溶液組成制御による方法を考案し、これを用いて異なる置換量を有するNd123ss単結晶の作製に成功している。結晶成長の様子からキネティクスを考慮した結晶成長機構を検討し、結晶成長速度の違いを過飽和度の違いにより説明している。

 第5章では熱処理を施したNd123ss単結晶のJc-B特性を測定した結果について述べている。相分離発生条件とピーク効果の発生条件はほぼ一致していること、また、ピーク効果を発生させるピン止め点は相分離によって生じることを明らかにしている。これまでに得られた知見とピンニング機構についてまとめ、Nd123ssのピーク効果の機構について考察している。この成果は、相分離に関する知見からピーク効果の制御を可能としたものである。

 第6章は本論文の総括である。Nd123ss超伝導体の熱処理による固相変態挙動と、実用化に必要とされる高Tc、Jc化を達成する要因を明らかにして、組織制御プロセスの新たな展開を示したもので、材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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