No | 116129 | |
著者(漢字) | 内村,英一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウチムラ,エイイチロウ | |
標題(和) | 細胞膜表面糖鎖を認識する人工レクチンとしてのボロン酸基含有ポリマーの分子設計とその機能評価 | |
標題(洋) | Molecular design and characteristics of Boronate-containing polymer as artifical lectin recognizing sugar residues existing on the plasma membrane of cell. | |
報告番号 | 116129 | |
報告番号 | 甲16129 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4966号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 材料学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、新しい医療として再生医工学(Tissue engineering)という概念が提唱されている。それは、人為的に人体組織を再生させることを目的として、非常に注目を集めている分野であり、組織の機能の再生、維持、修復を目的とする生物学的代替品の開発に、工学と生物学を応用する学際的な研究分野となっている。このTissue engineeringの発展に於いて新たなコンセプトのバイオマテリアルの開発は不可欠である。それは、一部の細胞をのぞき、多くの動物細胞は、生体内外での培養において、分化・増殖を誘導するために基質への接着を必要とする。更に、組織再生をめざし培養する場合、細胞-基質間の相互作用のコントロールとその生理活性制御は重要な課題となる。本研究においては、人工リガンドを有する合成高分子により、細胞の機能を制御することを目的とする。つまり、生物系の持っている高度な機能を人工的に模倣することにより、目的の機能を持った細胞や臓器を構築出来る基盤材料を得ることが可能であると考えられる。そのために本研究においては、天然に存在するタンパク質で、非常ユニークな特性を有しているレクチンをモデルとして選択した。レクチンとは、糖に対して特異的な結合性を有するタンパク質の総称であり、その特異的結合を利用し、細胞膜表面上の糖鎖研究など細胞生物学分野において用いられている。特に、植物由来のレクチンが免疫系におけるリンパ球に対して特徴的な活性化を誘導し、抗腫瘍活性を有するリンパ球(CTL、LAK cell)を誘導することが明らかとなっている。しかし、問題としてレクチン自身の有している細胞毒性、抗原性、安定性がある。本研究においては、新しいコンセプトにおける人工リガンドを有する合成高分子により、細胞の機能を制御することを目的とし、更に、天然レクチンの問題点を解決できる人工レクチンの分子設計を行った。分子設計においては、天然のレクチンの細胞活性化誘導の機構を模倣した。天然のレクチンは細胞膜上の糖鎖と多点で結合し、そのレセプターの架橋によりリンパ球の活性化を誘導する。そこで人工レクチンは一分子中に糖鎖認識部位を多数有している事が必要となる。本研究では、糖鎖認識部位としてはフェニルボロン酸を選択し、高分子側鎖に多数導入した(図1)。 フェニルボロン酸基を選択した理由は、水溶液中において糖などの多価水酸基化合物と可逆的な結合を形成することが知られているからである。そして、ボロン酸基含有ポリマーの分子設計及び合成、続いて、特に人工レクチンの機能として、免疫療法のための抗腫瘍活性を有するリンパ球の誘導についての評価、及びその結合特性について検討した。 癌免疫療法に於いてリンパ球の増殖誘導は重要な課題となっている。人工レクチンとしての基本的な機能評価として、リンパ球増殖活性試験を行った。本評価においては人工レクチンとして合成したボロン酸基含有ポリマー(DB11-10)を用いてマウスリンパ球に対する増殖活性誘導の性能について検討を行ったところ、図2より、3H-チミジン取り込み量を示すDPMは、ポリマー濃度依存的に上昇し、6mg/m1の濃度においてはチミジン取り込みの上昇はほぼ頭打ちとなりDPM値はコントロール(PBSのみ、また、ボロン酸基有していないポリマーを播種し培養した場合)に比べて5〜7倍となる。この増殖誘導に於いては、ボロン酸のポリマー化が必要である事が示された。また、臨床に於いては癌免疫における主要リンパ球であるTリンパ球を生体由来の蛋白質にて増殖の誘導を行う。それは主にTリンパ球増殖因子であるインターロイキン2(IL-2)と呼ばれるサイトカインで、IL-2によって誘導された抗腫瘍活性を持つリンパ球はLAK細胞(LAK:Lymphokine Activated Killer)と呼ばれており免疫療法に於いては、このLAK細胞の投与を行っている。また、天然のレクチンはLAK細胞を誘導することが知られているが、同時にIL-2の産生及びIL-2に対するレセプターの発現を誘導する事が知られている。この様な作用は、細胞自らが自身の活性を増強する複合刺激(アジュバント)として知られている。 そこで、この人工レクチンによるアジュバント活性及びLAK細胞の誘導について検討を行った。その結果、マウスリンパ球においてのIL-2と人工レクチンであるDB11-10によるアジュバント活性の評価を行ったところ、リンパ球をDB11-10とIL-2共存下で培養した結果、非常に顕著な3H-チミジン取り込みの増加が観察された(図3)。DB11-10(6mg/ml)と同時にIL-2を添加した結果、IL-2(100u/ml)のみを添加した場合の5倍近い増殖活性の増加が観察された。このIL-2による増殖活性の顕著な増強は、DB11-10によるリンパ球のIL-2に対する感受性が亢進するため、つまり、天然レクチンで見られるリンパ球細胞表面上のIL-2レセプター(IL-2R)の発現が亢進されたためであると考え、IL-2Rの発現を調べたところ、DB11-10は天然レクチン同様に、IL-2Rの発現を亢進させる機能を有している事が明らかとなった。以上の結果より、この条件にて抗腫瘍活性を有するLAK細胞の誘導及び抗腫瘍活性の評価を行った結果、IL-2とDB11-10を同時に添加して培養している系においてはIL-2のみを添加して培養した場合の約4倍という顕著な癌細胞傷害性の上昇が見られる(図4)。このアジュバント活性時と同等の癌細胞傷害性を示すには1000u/ml以上のIL-2濃度が必要となる。つまり、人工レクチンであるDB11-10は約1/10の低いIL-2濃度において効率的にLAK細胞を誘導することが可能である事が示された。 更に、人工レクチンとしての特性評価について詳細に検討を行った。天然のレクチンは糖に対する結合特異性を有している。そこで、糖鎖結合部位としてのボロン酸基のレクチンとしての特性について検討を行った。細胞膜上の糖鎖を構成している主要な単糖の中でボロン酸基と結合していると考えられる、グルコース、ガラクトース、マンノース、シアル酸について、これらの単糖と糖鎖認識部位であるフェニルボロン酸基との結合定数を11B-NMRを用いることによって測定した。その結果、シアル酸のみがpKaによらず低いpHに於いて高い結合定数を示している(図5)。これは、シアル酸の分子中に存在しているN-アセチル基の窒素がボロン酸基に配位することによってアニオン化していないボロン酸基と低いpH条件下においても安定な結合が形成されるためである事が明らかとなった。つまり、人工レクチンであるボロン酸基含有ポリマーは、生理条件下(pH7.4)に於いて、高い選択性をもって細胞膜上のシアル酸を認識している可能性が示唆される。そこで天然のレクチンでシアル酸に対して特異性を有するLimax Flavus(LFA)を用いて、人工レクチンと天然レクチンであるLFAとのリンパ球細胞膜上のシアル酸残基に対する競争結合阻害について検討を行った結果、DB11-10共存下においてはLFAのリンパ球への結合は顕著に阻害されている事が明らかとなった(図6)。つまり、シアル酸がDB11-10の結合サイトである事が強く示唆される結果となった。更に、ガラクトース特異性の高いレクチンで同様の評価を行った結果、結合はDBポリマーによってほぼ阻害されない事が明らかとなった。すなわち、DBポリマーによるLFAレクチンの結合阻害は、細胞表面にDBポリマーが存在することによる立体反発効果ではなく、シアル酸への結合が主要な原因であることがわかる。また、人工レクチンとしてのボロン酸基含有ポリマーは、分子設計の精密な最適化よって、特に分子量を制御する事により、更に効率的な活性の誘導が可能であることが示された。更に、新規分子設計によって、糖鎖認識部位としてのボロン酸基のイオン化状態を制御することにより、顕著な増殖活性の増強が可能である事が示された。 結論として、本研究に於いてボロン酸基含有ポリマーは人工レクチンとしてリンパ球の増殖を誘導し、更に、IL-2レセプター発現を亢進させ、その結果、IL-2とボロン酸基含有ポリマーによるリンパ球への複合刺激において増殖活性及びそこから誘導されるLAK活性は著しく上昇する事を明らかとした。そして、ボロン酸基含有ポリマーは、シアル酸に結合する人工レクチンとして機能している事が示された。更に、この比較的simpleな人工レクチンとしてのポリマーは、分子設計の最適化によって更に効率的な活性の増強が可能であることが示され、また、様々なモノマーを選択する事により固定化の分子設計が可能である。レクチンに啓発された糖認識能を有する合成高分子はバイオマテリアルの新しいコンセプトを提唱するという観点からも非常に重要である。Immunomoduhtionやtisssue engineeringと言った分野において細胞の機能を調整出来る人工のバイオマテリアルとして広い利用が期待される。 図1 水溶液中における糖などの多価水酸基化合物とボロン酸基との平衡状態図及びボロン酸基含有ポリマー(DBポリマー)の構造式 図2 DB11-10によるマウスリンパ球刺激における3H-チミジンの取り込み 図3 IL-2共存下におけるDB11-10によるマウスリンパ球の増殖活性評価 図4 DB11-10及びIL-2により誘導されたLAK(Linphokine Activated Killer)細胞によるYAC-1にたいする抗腫瘍活性の評価 図5 PAPBAと細胞膜上に存在する糖との結合定数とpH変化 図6 LFAレクチンのマウスリンパ球に対する結合における人工レクチンDB11-10添加時の競争阻害 | |
審査要旨 | 直接又は間接的に生体と接触する様な用途に用いられる材料はバイオマテリアルと総称され、例えば、血液凝固や免疫系による異物認識を回避する機能を目的とした材料設計がこれまで活発に行われ、人工臓器や医療デバイスを利用した医療技術の進歩につながってきた。一方、近年においては、新しい医療として生体組織工学(Tissue engineering)という概念が提唱されている。それは、人体を構成する細胞の機能制御を通じて人体組織の形成や変異を制御しようとするものであり、急速に発展しつつある分野である。細胞機能の制御を有効に行おうとする場合には、特定の細胞の増殖や機能分化を導くための新たな概念に基づくバイオマテリアル(生体活性化材料)の開発が不可欠である。とりわけ、生体における基幹機能の一つである免疫機能の制御を司る細胞の増殖を的確に誘導するシグナルを、その細胞に対して入力する機能を持ったマテリアルは組織適合性の制御や腫瘍形成制御との関連で重要である。本論文は、糖結合性タンパク質であるレクチンの機能を模倣した高分子を分子設計し、免疫系細胞、特にリンパ球へ適切なシグナルを入力することにより、その増殖能をコントロールすることを主眼としている。特に、このような合成高分子を用いることによって、免疫系細胞の中で抗腫瘍活性を有することが知られているLAK(lymphokine activated killer cell)細胞の効率的な増殖を誘導できる事を明らかとしている。 本論文は、全7章から構成されている。 第一章は、「序論」である。本章においては、細胞機能をコントロールするための合成高分子開発の重要性が述べられている。さらに、免疫細胞の増殖誘導能を有する糖結合性タンパク質であるレクチンの機能を人工的に模倣する高分子(人工レクチン)を設計しようとする本研究の目的について概説している。 第二章は、「人工レクチンの合成とリンパ球増殖活性化能の評価」である。レクチンは、細胞膜上の糖鎖と多点で結合することによって増殖シグナルをリンパ球に入力することが知られている。そこで、人工レクチンの設計を目指し、糖鎖結合部位を高分子側鎖に多数有するポリマーの合成を行っている。この場合の糖鎖結合部位としては、糖をはじめとする多価水酸基化合物と結合することが知られているボロン酸基を選択している。さらに、この人工レクチンが、その側鎖に導入されたボロン酸基を介してリンパ球表面糖鎖へ結合することにより、その増殖を誘導することが可能である事を明らかとしている。この結果は、ボロン酸基を糖鎖結合部位として有する合成高分子が、人工レクチンとしての機能を有することを明確に示すものであり、本研究を進める上での重要な知見を提供している。 第三章は、「人工レクチンを用いた抗腫瘍免疫の誘導」である。免疫療法において一つの課題となっている抗腫瘍活性を有するリンパ球(LAK細胞)の効率的な増殖誘導を人工レクチンを用いることで達成可能である事を示している。特に、人工レクチンによって、天然レクチンと同様にTリンパ球増殖因子であるインターロイキン2に対するレセプター発現の亢進が可能である事が示されている。この結果より、人工レクチンは比較的単純な構造を有しているにもかかわらず、高度な機能を持った免疫細胞の増殖誘導が可能である事が示され、人工レクチンの免疫療法における有用性が確認されている。 第四章は、「ボロン酸基含有ポリマーの人工レクチンとしての糖認識特性の解析」である。天然のレクチンは、糖に対する結合特異性を有している。そこで、人工レクチンの糖鎖結合部位であるボロン酸基の糖結合特性について検討を行っている。細胞膜上の糖鎖を構成している主要な単糖とフェニルボロン酸基との結合定数を11B-NMRを用いることによって測定している。その結果、シアル酸のみが生理条件であるpH7.4において高い結合定数を示すことを明らかにしている。これは、シアル酸の分子中に存在しているN-アセチル基の窒素がボロン酸基に配位することによってアニオン化していないボロン酸基と生理条件であるpH7.4においても安定な結合を形成するためであるとの考察を行っている。更に、天然のレクチンでシアル酸に対して結合特異性を有するLFA(Limax Flavus Agglutinin)とガラクトース結合特異性の高いPNA(Peanut Agglutinin)を用いて、人工レクチンと天然レクチンとのリンパ球細胞膜上の糖鎖残基に対する競争結合阻害について検討を行っている。その結果、人工レクチンにより、LFAのリンパ球への結合は顕著に阻害されるが、ガラクトース特異性の高いPNAは阻害されない事が明らかとされている。すなわち、人工レクチンであるボロン酸基含有ポリマーは、生理条件下(pH7.4)において、高い選択性をもって細胞膜上のシアル酸を認識している事が示されている。 第五章は、「人工レクチンの分子設計におけるボロン酸基含率と分子量の効果」である。人工レクチンとして機能するボロン酸基含有ポリマーの分子量ならびにポリマー鎖中のボロン酸基含率のリンパ球増殖誘導能に与える影響について検討を行っている。その結果、一定のボロン酸基含率を有する(10mo1%)ポリマーにおいては、分子量を適切な範囲にコントロールすることにより、リンパ球増殖活性の効率的な誘導が実現できることが示されている。このように分子量を制御する事によって、人工レクチンとしての機能が最適化されることは、人工リガンドを有する合成高分子によるシグナル入力の最適化により、細胞機能の高度な制御が可能である事を明示している。 第六章は、「ボロン酸基含有ポリマーへのアミノ基導入によるリンパ球増殖活性化能の増強」である。これまでに明らかとなった、ボロン酸基の細胞膜表面糖鎖との結合によるリンパ球増殖活性の誘導をさらに効率的に実現するため、新規の分子設計を行っている。ボロン酸基含有ポリマー中にアミノ基を導入し、このアミノ基のボロン酸基への配位により、ボロン酸基と糖鎖との結合の安定化を意図したものである。その結果、ボロン酸基の糖結合能の上昇にともなったリンパ球増殖活性の増強が実現されたことが述べられており、その理由についての考察が展開されている。 第七章は、「総括」である。 以上のように、本論文は、細胞機能を制御する新たな概念に基づくバイオマテリアルとして人工レクチンの分子設計を行った結果とその機能がまとめられている。具体的には、ボロン酸基を有する合成高分子が、免疫応答で中心的役割を果たしているリンパ球の細胞膜上に存在する糖鎖と結合し、リンパ球の増殖とキラー機能を誘導できることが示されている。特に、高い抗腫瘍活性を有するLAK細胞の効率的な増殖誘導に成功したことは注目に値する。レクチンに啓発された糖結合能を有する合成高分子による細胞の機能制御は、生体活性化材料という新しい概念を提示するという観点からも非常に重要である。これらの成果は、免疫活性化剤の開発に寄与するのみならず、生体組織工学分野における細胞機能制御に新境地を拓くものであると確信される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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