学位論文要旨



No 116132
著者(漢字) 伊藤,建
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タケル
標題(和) 新規なヘテロポリ酸ナノ結晶子の自己組織化集合体の合成とキャラクタリゼーション
標題(洋) Synthesis and Characterization of Novel Self-Organized Aggregates of Heteropolyoxometalate Nanocrystallites
報告番号 116132
報告番号 甲16132
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4969号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 藤岡,洋
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 御園生,誠
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1. 緒言

 自己組織化の概念は、近年広く科学界に浸透してきており、化学においても分子・微粒子など様々な自己組織化の系が報告されている。これら自己組織化現象は、生命体を形作る原理でもあるため、分子・微粒子を構成単位としてより高次元に組織化された構造を構築する方法、つまりナノテクノロジーの手段として期待されている。

 12-タングストリン酸セシウム塩Cs3-xHxPW12O40(x=0-2.85)は強酸性を示し、x=2.1や2.2のものは分子形状選択性を示すことが知られている。また最近、アンモニウム塩(NH4)3PW12O40のナノ結晶子が集合体を形成するという、新規な自己組織化の系が見出された。この系は、微結晶子の集合体が、ミクロ細孔と結晶学的秩序をあわせもつ独特なものである。さらにセシウム塩の分子形状選択性も、このような細孔に起因することが明らかになってきた。したがって、アンモニウム塩の生成機構や、細孔・高い結晶性の発現についての知見を得ることは、分子・原子レベルで制御された分子形状選択的触媒を設計するうえで必要不可欠である。本研究では、12-タングストリン酸アンモニウム塩ナノ結晶子の自己組織化集合体について、その構造を明らかにするとともに、生成の過程・機構について考察した。

2.実験

 (NH4)3PW12O40(粉末試料)は、所定の温度(273-373K)でH3PW12O40水溶液にNH4HCO3水溶液もしくは尿素を加え、生成した白色懸濁溶液を蒸発乾固して合成した。分析は、SEM、TEM、AFM、XRD、N2及びAr吸着により行った。

 (NH)4PW12O40の単結晶は、H3PW12O40水溶液に尿素を加え、473Kに加熱したのち徐冷することにより合成した。X線構造解析、元素分析、TG-DTAにより、組成・構造を決定した。

 また、Cs3PW12O40、Ag3PW12O40は、それぞれCs2CO3、AgNO3を用いて、(NH4)3PW12O40(粉末試料)と同様にして合成した。以下、(NH4)3PW12O40、Cs3PW12O40、Ag3PW12O40をそれぞれNH4塩、Cs塩、Ag塩と略す。

3. 結果と考察

3.1 対カチオンの効果

 表1に、低温(298K)および高温(368K)で合成した12-タングストリン酸のNH4塩、Cs塩、Ag塩の比較を示す。これから、高い結晶性とミクロ細孔、大きな表面積を有する自己組織化集合体は、NH4塩を高温で合成したときのみ生成することがわかった。

3.2 NH4塩単結晶の合成とミクロ細孔の起源の解明

 合成したNH4塩の単結晶の構造式は、元素分析、TG-DTAにより(NH4)3PW12O40と結論した。図1に、X線構造解析による結果を示す。基本構造はcubicで、ヘテロポリアニオンPw12O403-が体心立方格子を形成する位置にあり、その隙間にアンモニウムカチオンNH4+が存在する。したがって、理想的な単結晶には、ゼオライトのように結晶構造に由来する細孔は存在しない。この試料と粉末試料のXRDは一致するので、粉末試料も単結晶と同一の構造である。

 以上より、NH4塩のミクロ細孔は、すでに推定したように、結晶構造に本来存在するものではないことを確認した。

3.3 NH4塩(粉末試料)のキャラクタリゼーション

 図2に368Kで合成したNH4塩のSEMおよび電子線回折(以下EDと略)像を示す。対称性のよい、0.5-1μmの菱形十二面体型粒子がみられた。N2吸着によるBET表面積(65m2g-1)は、外表面積(4m2g-1)よりはるかに大きく、BET表面積から算出した結晶子径(球形を仮定)は15nmとなった。つまり、図2の菱形十二面体型粒子は、15nm程度の結晶子が集合してできた多孔体であると考えられる。以下、図2のようなSEMで観察されるμmレベルの粒子を「集合体」とよぶ。

 AFMにより、結晶子の直接観察を試みたところ、図3に示すように菱形十二面体型集合体の表面に5-10nmの御粒子が観察された。この微粒子の大きさは、BET表面積による結晶子径とほぼ一致するので、集合体を形成する結晶子であると考えられる。

 一方、菱形十二面体型集合体のED像(図2)はスポット状であり、集合体にもかかわらず単結晶のような結晶学的秩序をもつ。XRDからも、結晶性が極めて高いことが裏付けられた。

 この集合体はN2吸着等温線の形状から、ミクロ細孔をもつ。そこで、Ar吸着等温線からHorvath-Kawazoe法によってミクロ細孔分布を求めた。その結果、この集合体は、(集合体であるにもかかわらず)0.56-1.3nmの比較的均一なゼオライトに匹敵するミクロ細孔をもつことがわかった。この細孔は、残存しているナノ結晶子の間隙と考えられる。

3.4 NH4塩集合体の生成過程の検討

 尿素による均一沈殿法を用いて373KでNH4塩を合成し、集合体形成の時間変化(加熱時間3、6、12、24h)を検討した。図4に、加熱時間3、24hの試料のSEM像を示す。加熱時間が長くなるにつれ、集合体の形状が球形から菱形十二面体へと変化することがわかる。同時に、メソ細孔が減少してミクロ細孔のみになり、BET表面積も減少した。また、XRDから、結晶性は増加した。

 以上より、加熱後早い段階(3h)ですでにNH4塩集合体は生成しており、時間とともに菱形十二面体型をした結晶性のよい、ミクロ細孔をもつ集合体に成長することが明らかとなった。集合体の生成速度が大きいのは、水溶液中でNH4塩の沈殿が生成しやすい(溶解度が低い)ためであると考えられる。また、集合体が成長して結晶性が増加するのは、結晶子表面での溶解・再析出に起因すると推定される。実際、合成温度を下げて(273、298K)沈殿を生成しやすくかつ溶解度を低くして合成したNH4塩は、球形集合体で結晶性が低かったことも上記の推定を支持している。

4.まとめ

 本研究では12-タングストリン酸アンモニウム塩ナノ結晶子の自己組織化集合体について、以下のことを明らかにした。

・構成単位のナノ結晶子を直接観察でき、それらが高い結晶学的秩序を有する。

・結晶構造に由来しない、比較的狭い分布の、ゼオライトに匹敵するミクロ細孔をもつ。

・集合体の生成は速いが、その成長過程は比較的遅い。

・アンモニウム塩でのみ発現する特殊な系である。

表1 12-タングストリン酸塩の物性の比較

図1 (NH4)3PW12O40単結晶の構造(a)結晶構造、(b)アニオンとカチオンの結合構造

図2 368Kで合成した(NH4)3PW12O40のSEMおよびED像

図3 368Kで合成した(NH4)3PW12O40の表面のAFM像

図4 均一沈殿法で合成した(NH4)3PW12O40のSEM像

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、新規な自己組織化の系である、12-タングストリン酸アンモニウム塩ナノ結晶子の自己組織化集合体について、その詳細な構造と生成機構を解明した結果をまとめたものであり、全6章より構成されている。

 第1章は序論であり、これまでの様々な自己組織化現象の概要とポリオキソメタレートの生成、構造、触媒作用を概観している。さらに、新規な分子形状選択的触媒の設計指針ともなる本研究の意義を述べている。

 第2章では、高温水溶液中で合成した12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体の詳細な構造を解明している。ミクロ細孔を有する0.5-1μmの菱形12面体型粒子が、5-10nmの微細なナノ結晶子から構成されていることを原子間力顕微鏡および走査電子顕微鏡を用いて明らかにしている。そのミクロ細孔分布は、結晶性アルミノケイ酸塩であるゼオライトに匹敵する均一なものである。さらに、その電子線回折パターンがスポット状であること、粉末X線回折パターンのシグナルが単結晶と同様で強度が大きく線幅が小さいことから、集合体内部ではナノ結晶子が単結晶のような高い結晶学的秩序をもって組織化していることを明らかにしている。

 第3章では、12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体が有する均一なミクロ細孔の起源を明らかにするため、12-タングストリン酸アンモニウム塩の単結晶を合成し、その結晶構造を解明している。結晶構造は立方晶(Pn3m、格子定数11.684Å)で、その結果結晶格子中には気体分子の吸着できるようなミクロ細孔は存在しないことを明らかにしている。

 第4章では、尿素の加水分解を利用して12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体を均一沈殿法を用いて合成し、その生成過程を検討し、球形の集合体の生成過程は比較的速やかで、それらが加熱時間とともに菱形12面体型になることを明らかにしている。集合体の粒径分布、吸着特性、結晶性などの時間変化の結果を用いて、沈殿反応によって生成した5-10 nmのナノ結晶子が速やかに球形集合体を形成し、ナノ結晶子が集合体に付着していくことにより菱形12面体型集合体へと成長する12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体の生成モデルを提案している。

 第5章では、合成条件(温度、濃度、対カチオン等)を変化させることにより、12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体の生成には塩の溶解度が重要な因子であることを明らかにしている。また、局所的なナノ結晶子の量が多いと合成温度が低くても結晶学的に秩序の高い集合体が生成すること、集合体が生成する際は5-10nmのナノ結晶子がつねに観察されることも見出している。以上の結果から、12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体は、5-10nmのナノ結晶子が生成したのち溶液中に溶解しているイオンをその間に取り込みながら集合して生成すること、ナノ結晶子間に取り込まれたイオンがエネルギー的に安定な位置に入るため結晶学的に連続な界面が形成されることを推定している。

 第6章は、全体の総括である。

 以上、本論文は、新規な自己組織化の系である12-タングストリン酸アンモニウム塩自己組織化集合体の詳細な構造を明らかにしている。さらに、様々な実験により、マクロ・ミクロ両方のレベルから検討し、生成機構モデルを提案している。これらは、自己組織化の化学のみならず触媒設計にも重用な知見となる。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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