学位論文要旨



No 116136
著者(漢字) 山田,博俊
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヒロトシ
標題(和) ReO3型骨格構造を有するNb-W系酸化物の合成及びリチウムイオン輸送特性
標題(洋)
報告番号 116136
報告番号 甲16136
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4973号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 要旨を表示する

 近年リチウムイオン伝導固体に関する研究が応用・基礎の両面から盛んに行われている。より優れた特性を持つリチウムイオン伝導体の開発には、固体構造内におけるイオン伝導機構の解明が不可欠である。リチウムイオン伝導性を示す様々な結晶構造のなかで、ReO3型骨格構造は三次元方向にリチウムイオン伝導パスを有しており速いイオン伝導が期待でき、またリチウムイオンサイトが単純格子を形成していることから、イオン伝導機構解明のためのモデル構造の一つとして興味が持たれる。本研究ではReO3型構造を持つ物質へリチウムインターカレーションによって得られる物質を用いることとしたが、ReO3型構造を有する物質の多くはリチウム挿入に伴い構造が変化するために、構造とイオン伝導機構を調べるのには適さない。これに対してNb2O5-WO3系酸化物は、相転移が起こりにくくなることが期待され、広いリチウム組成範囲にわたって、イオン輸送特性について調べることが可能である。また、この物質は過酸化ポリ酸を前駆体とするソフト化学的合成によって、広いニオブ組成範囲でReO3型構造の固溶体が得られる。以上の理由から、本研究ではReO3型構造のニオブータングステン系酸化物を用いて、構造とリチウムイオン輸送特性の評価を行うことを目的とした。またLi-Nb-w系酸化物では、リチウムがドナーとして、ニオブがアクセプターとなることから、組成を制御することによって固体電解質化することが期待される。そこでLi-Nb-W系における固体電解質の合成を試み、イオン輸送特性について評価を行った。以下は本論文の内容の概略である。

 第一章は序章である。リチウムイオン伝導固体に関する研究の背景及び概要を説明し、本研究を行う目的及びイオン伝導体研究分野における位置付けについて述べた。また本研究で用いた合成法である、過酸化ポリ酸及びソフト化学の概念について説明をした。

 第二章では、ReO3型構造をもつニオブータングステン系複合酸化物の合成及び構造について詳細なキャラクタリゼーションを行った。また前駆体である過酸化ポリニオブータングステン酸についてもキャラクタリゼーションを行った。その結果、本合成法で得られたReO3型構造酸化物は準安定相であることを示した。固相反応よりも低温での合成が可能であり、またニオブ組成比xが0≦x<0.25という広い範囲で得られることを明らかにし、過酸化ポリ酸及びソフト化学的合成法の可能性の大きさを示した。第二章において得られたReO3型ニオブータングステン系酸化物をもちいて、第三章から第六章にわたってReO3型構造とリチウムイオンとの関係について研究を行った。

 第三章では、ReO3型構造のニオブータングステン系複合酸化物のリチウムインターカレーションを行い、リチウム挿入に伴う構造変化や電位特性を調べた。インターカレーションは、化学的手法と電気化学的手法を用いて行った。その結果、この物質は可逆にリチウム挿入・脱離することが可能であり、インターカレーションホストとしても有効な物質であることがわかった。母構造であるWO3と比較すると、ニオブの添加により分極が抑えられ、より多くのリチウム挿入が可能であった。またインターカレーション条件によって正方晶から立方晶への構造相転移が起こる場合と起こらない場合があることを明らかにした。これは正方晶から立方晶へ転移する際の核となる部分が生成する速度が遅いためであり、比較的穏やかな反応条件では、相転移をしないで、y〜1程度までリチウムが挿入された。平衡状態に近い条件では、正方晶の試料(x>0.06)はリチウム組成比yに対して、y<0.2では正方晶、0.2<y<0.3では正方晶と立方晶の二相共存、y>0.3では立方晶であった。

 また正方晶の試料にたいしてリチウムインターカレーションにおける開回路電位の測定やサイクリックボルタモグラムの解析から、正方晶の領域で、電位曲線に異常が現れることを明らかにし、この原因について考察を行った。いくつか考えられる原因のうちで、リチウムの秩序配列の可能性が高いことを示した。秩序配列を起こす相互作用として、格子の歪みを介した間接的な相互作用モデルを示した。ReO3型構造では、酸素原子が比較的広く動くことが出来るが、このためリチウムイオンのように小さなイオンが挿入されると、局所的な格子の歪みを引き起こし易い。局所的な歪みは隣接サイトのサイトエネルギー上昇を誘起し、イオン間には斥力相互作用として働き、秩序配列が起きたと結論した。

 第四章では、前章までの結果を元にインターカレーションにより、構造とイオン伝導機構との関係について研究を行った。その結果ニオブ組成の増加によりリチウムイオン拡散が速くなることを明らかにし、格子定数の違いが、ボトルネックサイズの大きさを変え、拡散速度に影響を与えることを示した。またニオブ組成が増えると、格子定数の大きい物質でもイオン拡散が促進されないことを明らかにし、結晶欠陥がリチウムイオン伝導を妨げる要因であることを示した。したがってニオブによる置換は、格子定数を大きくするために拡散を速くする効果がある一方で、同じに結晶欠陥を生成するため、イオン伝導の増加が見られたのはx<0.1であった。

 また自己拡散係数がリチウム組成に対して、影響を受けることを見出した。特にリチウム組成yに対して、y<0.2の低い領域での組成依存性が大きく、リチウム組成の増加に伴い自己拡散係数が約一桁低下することを明らかにした。これに対し前章で導かれた格子の歪みと同様の機構によって、拡散速度の低下が起こることを説明した。すなわちリチウムが存在するサイトに隣接する空のサイトは、格子の歪みによって、サイトエネルギーが上昇しており、他のイオンが移動しにくくなっていると結論した。

 第五章では、リチウム−ニオブ−タングステン系における固体電解質の合成を試みた。目的とする構造・組成の物質は固相反応では得られなかったが、ReO3型Nb-W系複合酸化物を前駆体として合成された。リチウムインターカレーションによって得られるペロブスカイト型Li-Nb-W系酸化物を、酸化処理を施すことによって合成した。得られた試料は準安定相であり、500℃程度で熱分解が起こった。合成された試料を用いて交流二端子法による導電率の測定を行った。電子導電率は、元の値から比べて6〜7桁ほど下げることが出来たが、イオン導電率の値も同レベルであり、混合伝導体であった。粒界とバルクを含めた全イオン導電率は、120℃で5×10-6S/cmであり、活性化エネルギーは0.8eVであった。

 第六章では、構造とイオン伝導機構のより詳細な研究のため、単結晶の合成を試み、イオン導電率の測定を行った。合成方法に溶融塩電解を用い、リチウム−ニオブ−タングステン系酸化物の合成を試みた。その結果ニオブ組成比が0.15以下で単一相の試料の合成に成功した。溶融塩電解によって得られる試料は電子伝導性が高い、混合伝導体であったため、電子ブロッキング電極を用いた直流二端子法によってイオンの導電率を測定した。その結果[100]方向のイオン導電率は1.0(1)×10-7S/cmであった。(La2/3-xLi3x)TiO3の10-3S/cmと比べると4桁程低い値であった。これは第四章で示したように、格子定数が小さくイオン伝導パスのボトルネックが狭いためである。しかし他の系で求められている格子定数と導電率の関係と比較すると、3.73Aという小さい格子定数としては高い導電率を持っていため、ランタンなどの他のAサイトカチオンがイオン伝導に大きく影響することを示す結果となった。

 また単結晶の電子伝導性を抑えるために、過剰リチウムの酸化を試みた。現段階では、適切な酸化剤は見出されておらず、目的とする物質の合成には至らなかった。比較的穏やかな酸化剤及び反応条件が必要であると結論した。

 第七章は終章であり、第二章〜第六章までの研究によって明らかとなったことを総括した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、三酸化レニウム型骨格におけるリチウム輸送挙動を解明するため、広いリチウム組成範囲で構造的に安定なニオブ−タングステン系複合酸化物をとりあげ、単結晶も含むこの系の物質の合成法を詳細に検討するとともに、この骨格中へのリチウム挿入反応の熱力学的および動力学的解析などを通して、構造中のリチウムイオンの状態やイオン伝導機構を調べたもので、全7章よりなる。

 第1章は序論であり、リチウムイオン伝導固体に関する研究の背景を述べ、本研究の意義、目的を述べている。

 第2章は、ReO3型構造を有するニオブ−タングステン系酸化物の合成を行い、構造について詳細なキャラクタリゼーションを行った結果である。過酸化ポリ酸を前駆体とする手法を用い、ReO3型Nb-W系酸化物を合成している。1000℃以下で、ニオブ組成が0.25以下の範囲で試料を合成し、固相法よりも低温かつ広い組成範囲で合成可能であることを明らかにしている。試料の熱安定性を調べた結果、試料の構造が準安定相であることを示している。試料の構造解析を粉末X線回折により行った結果、ニオブ組成比が0,00以上0.06以下の範囲では単斜晶、0.06から0.25の範囲では正方晶であることを明らかにしている。またニオブはランダムにタングステンのサイトに存在していると結論している。

 第3章は、ReO3型ニオブ−タングステン系酸化物に、化学的手法及び電気化学的手法によってリチウムインターカレーションを行い、リチウムイオンとホスト構造との相関について考察している。正方晶試料のリチウム挿入に伴う構造変化を粉末X線回折により観察した結果、立方晶への転移が反応条件に依存し、リチウム濃度分極が大きい場合または十分な平衡に達した場合にのみ起こることを示している。転移の際に立方晶の核形成過程が遅いため、濃度分極が小さい条件でリチウムが挿入された後に十分な時間を経ていない状態では、正方晶が準安定相として得られると考察している。またリチウム組成に対する平衡電位を測定し、低いリチウム組成領域において、曲線の形状に異常を見出している。対応する領域で格子定数を詳細に調ベた結果、電位変化が緩やかなときに格子は大きく収縮し、電位が大きく低下するときに格子定数が一定となることを明らかにしている。二相共存では説明ができないため、リチウムが格子とクラスターを形成し、さらに秩序配列をするためであるとして説明している。

また相転移が核形成に支配されることに対しても、クラスターの形成に基づき解釈している。

 第4章では、電気化学的リチウムインターカレーションによって、リチウムの化学拡散係数の測定を行っている。化学拡散係数から自己拡散係数を算出し、このインターカレーション系の動力学的特性を考察している。ニオブ組成比が0.10以下の試料における自己拡散係数の単調増加は、格子定数の増加によるボトルネックサイズの拡大に起因し、ニオブ組成比が0.10より大きい試料において自己拡散係数が飽和するのは、リチウムと結晶欠陥との会合によると結論している。また自己拡散係数とホスト酸化物に対するリチウム組成との関係を調べた結果、自己拡散係数はリチウム組成が0.2以下の範囲で急激に低下し、リチウム組成が0.5近傍で落ち込みが見られることを明らかにしている。第3章で提案したリチウムと格子がクラスターを形成するというモデルに基づき、格子の歪みによって隣接サイトのサイトエネルギーが上昇し、その結果リチウムイオンが移動しにくくなるとすれば、説明できるとしている。

 第5章では、ペロブスカイト型構造のリチウム−ニオブ−タングステン系固体電解質の合成を試みている。ReO3型Nb-W系酸化物を出発物質として、インターカレーション反応を利用することにより、目的とする構造及び組成を有する物質の合成に成功している。得られた試料は固相法では得られない準安定相であり、約500℃で熱分解する。導電率を交流法で測定した結果、120℃におけるイオン導電率は5×10-6S/cm、イオン輸率は約0.4と結論している。

 第6章では、第5章に引き続き、リチウム−ニオブ−タングステン系固体電解質の合成を試みている。この章では構造とイオン伝導機構のより詳細な研究のため、単結晶の合成を試みている。その結果Li2WO4-WO3-Nb2O5の混合溶融塩の電気分解により、ニオブ置換したリチウム−タングステンブロンズLiyNbxW1-xO3の合成に成功している。得られた単結晶の電子伝導性は約1S/cmと高く、混合伝導体である。イオン導電率を求めるため、電子ブロッキング電極を用いた直流二端子法による測定を行い、Li0.38Nb0.06W0.94O3の[100]方向のイオン導電率が3(2)×10-7S/cmと決定している。ニオブを含まない試料のイオン導電率との比較により、ニオブ置換によってイオン導電率が低下することを明らかにしている。また他のペロブスカイト型リチウムイオン伝導体との比較を行った結果、Aサイトに存在するリチウム以外のカチオン種がリチウムイオン伝導に大きな影響を与えると結論している。

 第7章は本論文の総括であり、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上に述べたように、本論文はReO3型骨格構造を有するNb-W系酸化物を合成し、キャラクタリゼーションを行うとともに、リチウムインターカレーション特性及びイオン導電率を測定した結果をもとに、ReO3型骨格構造におけるリチウムイオンの挙動について、新たな知見を示しており、材料工学の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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