No | 116140 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | CHARUCHINDA,Sireerat | |
著者(カナ) | チャルチンダ,シリラット | |
標題(和) | 起毛生地の表面に沿った燃え拡がり現象 | |
標題(洋) | Behavior of Flames Spreading over Napped Fabrics | |
報告番号 | 116140 | |
報告番号 | 甲16140 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4977号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.まえがき 火災は現代社会においても重大な災害であり、日本国内で1年間に2000人以上の尊い生命が奪われ、7000人以上の人が負傷している。火災の防止や被害の抑制のためには、火災現象を的確に理解する必要がある。特に、可燃性固体に沿った燃え拡がり現象は、火災の拡大に直接関わる重要な現象であり十分な解明が必要である。繊維製品では、肌触りや保温性を向上させるため、表面を毛羽立てて使用することがしばしばおこなわれる。このような毛羽立った生地(これを起毛生地と称す)では、条件により表面の起毛繊維に沿って火炎が非常に高速に燃え拡がる表面フラッシュと呼ばれる現象が発生することが知られている。これは、着衣に燃え移った火が高速に拡がるなどの危険な状況を引き起こす重大な現象であるにもかかわらず、あまり研究されておらず、その発生機構等は明らかになっていない。 そこで本研究では、表面フラッシュの発生機構を明らかにするために、起毛生地の表面に沿った下方燃え拡がり現象の挙動を調べ、起毛生地に沿って下方に燃え拡がる火炎先端付近の温度分布を詳細に測定し、火炎の熱的構造を明らかにし、表面フラッシュの燃え拡がり機構について考察する。 2.起毛の程度の評価 起毛の程度を定量的に評価するために、Image Processing Techniqueを用いた新しい評価手法を開発した。起毛処理前後の生地断面の画像を処理し、繊維の存在分布を表すbinary Imagesを作成した。生地中心面に平行な面内での繊維の存在する比率であるbright pixel ratio を、生地中心面からの距離Yを変えなから測定し、その分布を調べた。この分布は起毛の密度分布に相当している。図1に、起毛処理前後の生地のdensity distribution profilesを示す。 図1に示したように、起毛状態を表すために、以下の値を導入した。 b0 起毛処理前の生地基部厚さ n0 起毛処理前の生地の起毛層の厚さ n 起毛処理後の生地の起毛層の厚さ 特に、nは起毛の程度を表す特性値であり、“起毛層厚さ”と呼ぶこととした。 3.起毛生地の表面に沿った燃え拡がり現象 3.1 起毛生地の表面に沿った燃え拡がり挙動 起毛生地の表面に沿った鉛直下方燃え拡がり現象について、図2に、起毛層厚さを変化させた場合の燃え拡がり軸の変化の測定結果を示す。図2に示すように、3種類の燃え拡がり挙動が観察された。すなわち、生地を起毛処理し、起毛層厚さを増大させていくと、燃え拡がりは、「表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり」、「断続的表面フラッシュを伴う燃え拡がり」、「持続する表面フラッシュ」の3種類の異なった様相に変化することが分かった。この生地については、2mmが表面フラッシュの発生する限界の起毛層厚さであることが分かった.また、表面フラッシュの燃え拡がり速度は、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がりの速度の100倍以上になることも分かった.現象が不連続的に変化し、燃え拡がり速度の変化も激しいことから、表面フラッシュの燃え拡がり機構は、固相の熱分解の進行とともに進む通常の燃え拡がりとは大きく異なっていることが推定される。 3.2 表面フラッシュ通過前後の生地断面変化 表面フラッシュ通過前後の生地断面の画像からそれぞれのdensity distribution profilesを作成し、起毛層の厚さを測定した。特に表面フラッシュ通過後の生地の起毛層の厚さをnuとした。これは燃え残った起毛の厚さに相当する。表面フラッシュ通過前の起毛層厚さnと表面フラッシュ通過後の燃え残った起毛層厚さnuとn-nuの関係を図3に示す。 図3より、表面フラッシュ通過時に消費された起毛層の厚さn-nuはnと平行な直線となること、すなわち燃え残る起毛層厚さnu、はほぼ一定(1,3mm)であることが分かった.この1.3mmは火炎が生地表面に近つける限界距離であるstandoff distanceに相当すると考えられる。これらより表面フラッシュが発生する条件をn>(dst+nmin)と表現することができる。ここで、dst はstandoff distance(本研究では1.3mm)、nminは表面フラッシュの維持に必要な最少の起毛層の厚さ(n-nuの最小値、本研究では0.7mm)である。 4.起毛生地表面に沿って燃え拡がる火炎の熱的構造 ここでは、起毛生地に沿って下方に燃え拡がる火炎先端付近の温度分布を詳細に測定し、火炎の熱的構造を明らかにし、表面フラッシュの燃え拡がり機構について考察した。 下方に燃え拡がる表面フラッシュ火炎近傍の温度分布を熱電対を用いて測定し、通常の燃え拡がり時との比較をおこなった。図4に、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時と、表面フラッシュ発生時の温度変化を示す。いずれもy=2.0mm(yは生地表面からの距離)に設置した熱電対で測定した温度変化をプロットした。火炎先端が、配置した熱電対を含む水平面に達した時刻をt=0とした。これらの温度変化を比較すると、表面フラッシュ発生時には、通常の燃え拡がり時に比べかなり高速に温度が変化することが分かる。これは双方の燃え拡がり速度の違いに起因していると考えられる。 燃え拡がり現象は準定常現象であるので、燃え拡がり速度を用いて温度の時間変化を空間分布に換算した。図5に、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時の温度分布と、表面フラッシュ発生時の温度分布を示す。これの温度分布を比較すると、通常の燃え拡がり時には、表面フラッシュ発生時に比べかなり急激な温度変化を火炎付近で伴うことが分かる。温度の時間変化では表面フラッシュ発生時の方が急激な温度変化を示したが、空間分布に換算して見ると、逆に表面フラッシュ発生時の方が変化が穏やかであることが明らかになった。 図6に、火炎付近の2次元的な温度分布を示す図を作成した。火炎前方等温線の分布を見ると、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時の方が、特に火炎先端前方付近でのx方向(鉛直方向)の等温線の間隔が密なって勾配が険しくなっていることが分かる。これは、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時には、高温の燃焼ガスが浮力で上昇するために生じる火炎近傍での上昇気流が十分に発達しているためと考えられ、一方表面フラッシュ時には、燃え拡がり速度が速いために上昇気流は十分に発達できないためと考えられる。また、ほぼ火炎の外周であると考えられる1000℃の等温線の位置見ると、火炎先端の位置の違いが分かる。すなわち、通常の燃え拡がり時の火炎先端部分は生地表面から約1.0mm離れた位置に存在するのに対し、表面フラッシュ発生時の火炎先端部分は生地表面から約1.5mm程度離れていることが分かる。これより、表面フラッシュを伴う通常の燃え拡がり時と表面フラッシュ発生時の火炎の熱的構造が異なっていることが分かる。表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がりの場合には、火炎前方の未反応固体(生地)への熱移動で燃え拡がり挙動が支配されると考えられる。可燃性気体の大部分は、生地の熱分解により供給され、毛羽の熱分解により供給される可燃性気体は燃え拡がりにほとんど影響を与えないと考えられる。一方表面フラッシュ時の燃え拡がりの場合には、前方の未反応固体(生地)への熱移動の燃え拡がりへの寄与は小さいと思われる。この場合は、可燃性気体の大部分は毛羽の熱分解により供給されると考えられる。 5.起毛生地の表面に沿った燃え拡がり機構 起毛生地の表面に沿った燃え拡がり現象を記述するためのモデルを作成し、燃え拡がり機構について考察した。 5.1表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時 表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時の現象には、生地表面への熱移動が現象を支配する薄い固体に沿った燃え拡がりのモデルが適用可能であると考えられる。モデルは図7のようになり、以下の式(1)が得られる。起毛の存在の影響としては、火炎先端と生地表面との間の空間の熱伝導度λgの変化と、起毛から可燃性ガスが発生することである。起毛層中での起毛の密度を測定したところ。密度は0.003g/m3程度であり、発生する可燃性ガスは生地基部から発生する可燃性ガス量に比べてほとんど無視でき、またλgの変化も2%程度でほぼ無視できることが分かった。 つまり、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時には以下の点が明らかになった。 (a)試料表面への熱移動が現象を支配している。 (b)毛羽は試料表面への熱移動や可燃性ガスの供給にほとんど影響を及ぼさない。 (c)モデルより、燃え拡がり速度はnにほとんど依存しない。 5.2表面フラッシュ発生時 表面フラッシュ発生時には、起毛層の表面部分のみしか消費されないこと及び燃え拡がり速度が非常に大きいことより、gas phase flame propagationに類似した機構により燃え拡がりが進行していると考えられる。そこで、火炎前方の起毛層が熱分解し、発生した可燃性ガスが燃焼反応帯で燃焼する図8に示すモデルを作成した。定常燃え拡がりを仮定し、燃焼による発熱と温度上昇及び熱分解に必要な熱量のバランスから燃え拡がり速度Vが式(2)で表されることを導いた。 ここに、ρnは起毛密度、Δhpは起毛の熱分解に必要な熱量、Wは燃焼反応速度である。この式に加えて、生地基部への熱損失をstandoff dlstanceにより表すことにより表面フラッシュの発生限界について説明することが出来る。 これらより、表面フラッシュ発生時には、起毛密度、起毛の熱分解に必要な熱量、燃焼反応速度及びstandoff distanceが現象を支配する重要な要因であることが分かった。 6.結論 本研究では、起毛生地(毛羽立った生地)の表面に沿った燃え拡がり現象の解明を目的として、起毛の状態と燃え拡がり挙動の関係及び燃え拡がり機構について実験を中心に検討し、以下の結果を得た。 ・生地断面を拡大観察しImage Processing Techniqueを用いることで起毛層の状態を定量化する手法を開発した。起毛層厚さnが起毛層の状態を表す指数となる。 ・起毛層厚さが厚くなるとともに燃え拡がり挙動は、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり・断続的表面フラッシュを伴う燃え拡がり・持続する表面フラッシュの3種類に変化する。燃え拡がり速度は不連続的に変化し、表面フラッシュ時の燃え拡がり速度は、表面フラッシュを伴わない場合に比べて100倍以上大きくなる。 ・表面フラッシュ通過後の生地の残存起毛長さがほぼ一定値であることから、表面フラッシュが発生し得る限界の起毛層厚さは、火炎が生地基部に接近出来る限界であるstandoff distanceに表面フラッシュを維持するために必要な最小の起毛層厚さを足したものになると考えられる。 ・燃え拡がる火炎近傍の温度分布の測定結果から、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時と表面フラッシュ時では火炎近傍の熱的構造の差異があることが明らかになった。通常の燃え拡がり時には生地基部への熱移動が燃え拡がりに大きな影響を与えるのに対し、表面フラッシュ時にはむしろ火炎が移動する前方の起毛層への熱移動が重要となる。 ・表面フラッシュが発生しない場合には、固体表面に沿った燃え拡がりの既存のモデルが適用でき、この場合には起毛層の存在が燃え拡がり速度にほとんど影響を与えないことが示された。表面フラッシュ時については、起毛層への熱移動、熱分解及び生地基部への熱損失を考慮した新しいモデルを提案した。モデルにより表面フラッシュの発生限界が説明でき、起毛層密度、熱分解に必要な熱量、燃焼反応速度及びstandoff distanceが重要な支配因子となることが示された. 図1 Density distribution profiles(a)起毛処理前の生地(b)起毛処理後の生地。 図2 火炎燃え拡がり速度と起毛層厚さの関係。 図3 表面フラッシュ通過前後の起毛層厚さn,nu及びn-nuの関係。 図4 温度のT-t図形 -・-・-表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時 −表面フラッシュ発生時(y=2mm)。 図5 温度の空間分布 -・-・-表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時 −表面フラッシュ発生時(y=2mm)。 図6 等温線で表した温度分布(a)表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時(b)表面フラッシュ発生時。 図7. 表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時のモデル。 図8. 表面フラッシュ発生時のモデル。 | |
審査要旨 | 本論文は、「Behavior of Flames Spreading over Napped Fabrics(起毛生地の表面に沿った燃え拡がり現象)」と題し、起毛生地(毛羽立った生地)の表面に沿った燃え拡がり現象の解明を目的として、起毛の状態と燃え拡がり挙動の関係および燃え拡がり機構について実験を中心に調べた結果をまとめたものであり、7章からなっている。 第1章は、「序論」で、起毛生地表面に沿った燃え拡がり現象に関する研究の必要性について述べ、本研究の位置付けを行っている。 起毛生地はその良好な保温性や肌触りから広く衣服に用いられているが、条件によっては表面の起毛層のみを火炎が高速に燃え拡がる表面フラッシュが発生し、安全上の問題点となっている。しかしながら表面フラッシュに関する研究はほとんどおこなわれておらず、起毛の状態と表面フラッシュ発生限界の関係や表面フラッシュ時の燃え拡がり機構については明らかにされていない。そこで本研究では、起毛層の状態と表面フラッシュ発生限界の関係および表面フラッシュ時の燃え拡がり機構の解明を主眼としている。 第2章は、「背景となる理論」で、本研究で対象としている可燃性固体表面に沿った燃え拡がり現象に関する既往の研究結果について整理し、燃え拡がり機構を考察するための理論的背景についてまとめている。 可燃性固体表面に沿った燃え拡がり現象では、可燃性固体が火炎からの熱流入により加熱されて熱分解し可燃性気体を放出する。熱分解を起こしている範囲の増大により燃え拡がりは進行する。したがって、固体への熱移動と固体の熱分解特性により燃え拡がり挙動は支配される。この関係を定式化したいくつかのモデルについて紹介している。 第3章は、「起毛層厚みの定量化」で、起毛層の状態の定量的評価について述べている。 起毛層の状態と燃え拡がり挙動の関係を明らかにするには、起毛層の状態を定量的に評価することが必要になる。本研究では、生地断面を拡大観察し画像処理を用いることで起毛層の状態を定量化している。生地を基部と起毛層に分離しそれぞれの厚さを規定している。この方法で測定される起毛層厚さnを起毛層の状態を表す指数とすることを提案している。 第4章は、「起毛生地に沿って下方に燃え拡がる火炎の挙動」で、種々の起毛層厚さを有する生地を用いた燃え拡がり実験の結果について記述している。 生地試料(綿/ポリエステル混紡)を種々の条件で起毛処理することにより起毛層厚さの異なる試料を作成し、これらの試料に沿った下方燃え拡がり挙動について検討している。起毛層厚さが厚くなるとともに燃え拡がり挙動は、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり・断続的表面フラッシュを伴う燃え拡がり・持続する表面フラッシュの3種類に変化する。燃え拡がり速度は不連続的に変化し、表面フラッシュ時の燃え拡がり速度は、表面フラッシュを伴わない場合に比べて100倍以上大きくなる。表面フラッシュ通過後の生地の残存起毛長さがほぼ一定値であることから、表面フラッシュが発生しうる限界の起毛層厚さは、火炎が生地基部に接近出来る限界であるStandoff Distanceに表面フラッシュを維持するために必要な最小の起毛厚さを足したものになると考察している。 第5章は、「起毛生地に沿って下方に燃え拡がる火炎の温度測定」で、燃え拡がる火炎近傍の温度分布の測定結果について述べている。 温度測定結果から、表面フラッシュを伴わない通常の燃え拡がり時と表面フラッシュ時では火炎近傍の熱的構造の差異があることが明らかになった。通常の燃え拡がり時には生地基部への熱移動が燃え拡がりに大きな影響を与えるのに対し、表面フラッシュ時にはむしろ火炎が移動する前方の起毛層への熱移動が重要となることを述べている。 第6章は、「起毛生地に沿った燃え拡がりのメカニズム」で、実験結果をもとに燃え拡がりのメカニズムについて論じている。 まず、起毛層厚さが限界値よりも小さく表面フラッシュが発生しない場合には、固体表面に沿った燃え拡がりの既存のモデルが適用できるとし、この場合には起毛層の存在が燃え拡がり速度にほとんど影響を与えないことを明らかにしている。表面フラッシュ時については、起毛層への熱移動、熱分解および生地基部への熱損失を考慮した新しいモデルを提案している。モデルにより表面フラッシュが発生する起毛層厚さの限界値の存在が説明できること、および起毛層密度、熱分解に必要な熱量、燃焼反応速度および熱損失が重要な支配因子となることを示している。 第7章は、「結論」で、本研究の結果を総括している。 以上要するに、本研究では、起毛を有する生地に沿った燃え拡がり現象について調べ、起毛の状態と燃え拡がり挙動の関係について定量的に明らかにするとともに、モデル化をおこない起毛層厚さにより燃え拡がり機構が変化する現象を解明することに成功している。この結果は、固体に沿った燃え拡がり現象解明の基礎資料として有効でありかつ火災安全上有益であり、火災科学ならびに化学システム工学の進展に貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |