No | 116143 | |
著者(漢字) | 中山,哲 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカヤマ,アキラ | |
標題(和) | 経路積分モンテカルロ法を用いた量子クラスターに関する理論的研究 | |
標題(洋) | Theoretical study on Quantum Clusters Based on Path Integral Monte Carlo Methods | |
報告番号 | 116143 | |
報告番号 | 甲16143 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4980号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 最近の極低温における実験技術の進歩により、量子ヘリウムクラスター内に原子や分子を閉じ込めることが可能となり、分光学的な測定が精力的に行われるようになった。このクラスターは極低温領域特有の量子効果である超流動性を示すことが分かっており、その中での化学的なプロセスに注目が集まっている。クラスターを構成するヘリウムの原子数も数原子レベルで制御が可能となり、超流動現象に対して従来までの長距離秩序からの巨視的な観点ではなく、有限サイズにおける原子・分子論的な立場からの理解が求められている。同時に、クラスター内の原子・分子系にとっては特異な環境・反応場であり、それらが反応の機構や速度に及ぼす影響を解明することも大きな課題である。しかし、理論的研究は量子多体系を取り扱う困難さのために十分に行われていないのが現状である。そこで、本研究ではBose凝縮系を取り扱うための経路積分モンテカルロ法を開発し、原子をドープした系を取り上げ、そのクラスターの微視的構造に関して研究を行う。さらにBose系における動力学的な性質に関して知見を得るために、方法論の開発を行う。 研究成果 (i)経路積分モンテカルロ法を用いたNa+.HeNクラスターの構造に関する理論的研究 本研究では、経路積分モンテカルロ(PIMC)法を用いることにより、ヘリウムと強い相互作用が働くナトリウムカチオンをドープしたNa+.HeNクラスターの構造に関して研究を行う。エネルギーや超流動分数の温度やサイズに対する依存性を調べることによって、微視的な溶媒和構造や超流動の発現性などについて議論する。 PIMC法はいわゆる「isomorphicネックレス」の考え方である。ヘリウム原子はBose統計に従うので、密度行列は原子の交換に対しての対称性を満たさなければならない。全体のポテンシャルは2体ポテンシャルの和とし、He-He間にはAzizらのポテンシャルを用い、Na+-He間についてはab initio計算を行う。配位積分と置換についての和はモンテカルロ法を用いるが、収束を速めるために通常のMetropolis法を拡張したMultilevel法で行う。 まず、Na+-He間に関するab initio計算であるが、CCSD(T)法により計算を行った。Counterpoise法によりBSSE補正を行い、相互作用エネルギーを求め、スプライン補間によりポテンシャル曲線を得た。その結果、結合エネルギーはHe-He間に比べて約40倍であった。 PIMC計算はT=0,625Kから1.43Kの範囲で、Na+.HeN(N=30,40,60,80,100)のクラスターに関して主に計算を行った。100以上のヘリウム原子数から構成されるクラスターはカチオンを中心とする3層構造をとり、第1層は約16個の原子から構成され、非常に強く束縛されておりsnowball状になっていることが分かった。第2層は約40個の原子から構成されている。しかし、第2層と第3層にははっきりとした境はなく、量子液体としての性質が見受けられる。クラスターのサイズを大きくしていくと、第3層のピーク以降は液体ヘリウムの密度に等しくなることが予想される。層ごとにヘリウムの対相関関数を求めたところ、第1層は非常に構造的で高圧下での固相状態に近く、第3層は液体ヘリウムの対相関関数に近かった。温度による密度分布の変化を調べたが、T=0.625Kから1.43Kの範囲ではほとんど変化はみられなかった。 次に超流動性について考察する。Ceperleyらによると、置換サンプリングにより生じる「つながったネックレス」の生成する確率が超流動の発現性と関連があるとしている。まず、エネルギーの温度変化について調べた。置換サンプリングを行っていない系(すなわちBoltzmann統計)と比較すると急激な変化が見てとれ、これは液体ヘリウムで観測されているλ遷移に相当するものであることが予想される。次に超流動現象をより定量的に議論するために超流動分数を求めた。これは液体ヘリウムの2流体モデルに基づいており、線形応答理論の下に定義される量である。温度の関数として表現すると、急激に変化する温度範囲はエネルギー曲線の変化する範囲と一致し、その温度範囲で常流体から超流体への転移が主に起こっていると考えられる。 密度分布を考慮すると、T=0.8KでNa+.He30以外は超流動分数が大きな値を示しているのは第2層目以降が超流動状態になっていることを示しており、T=1.43KでNa+.He80とNa+.He100がある程度の超流体の存在を示しているのは主に第3層目に存在していることを意味している。この第3層の性質は、液体ヘリウムの性質によってほぼ決定されていると言える。 さらに、超流動性の発現などサイズ依存性を調べるために全角運動量の確率分布を調べ、剛体回転のハミルトニアンを用い常流体としてsnowballを構成しているヘリウムの個数を見積もった。超流体は全角運動量に寄与しないと考えている。つまりエネルギーや運動量の交換が内部のsnowball構造とないことを意味している。結果、クラスターのサイズに対してT=1.0Kでは約30個、T=1.25Kでは約60個という漸近的な値を示した。これは、このヘリウム原子数から構成されているsnowball状の複合体が外側の超流体の中を摩擦がなく自由回転していると考えることができる。 (ii)経路積分モンテカルロ法を用いたAk.HeN(Ak=Li,Na,K)クラスターの構造と吸収スペクトルに関する理論的研究 アルカリ原子(Li,Na,K)は、ヘリウムとの相互作用が弱いためにクラスターの表面に付着することがScolesらの実験により予測されている。そこで、本研究ではクラスターの構造を決定し、アルカリ原子の2P1/2、2P3/2←2S1/2に相当する吸収スペクトルを求め、実験結果と比較し特徴を解釈する。 構造を求める手法は(i)と同じである。全体のポテンシャルは2体ポテンシャルの和とし、Ak-He間に関してはab initio計算を行う。吸収スペクトルはLaxによって導かれた半古典的な方法を利用し、励起状態に対するポテンシャルは、スピン軌道相互作用を含めたDIM(Diatomics-in-Molecules)法で構築する。その際必要となるAk(2P)-He間のポテンシャルも高精度のab initio計算を行う。 まず、ab initio計算であるが、MRCI法により計算を行った。基底状態(Ak(2S)-He)の結合エネルギーはHe-He間と比較して数倍小さかった。励起状態は、A2IIに関しては強い結合力が働き、B2Σに関しては反発ポテンシャルとなっていた。 PIMC計算は実験での温度に近いT=0.5Kで行い、ヘリウム原子は300原子まで扱った。結果、アルカリ原子は超流動状態にあるヘリウムクラスターの表面のくぼみに付着しており、クラスターのサイズが大きくなるにしたがって、くぼみも大きくなることがわかった。Ak.He300に対して計算されたアルカリ原子のクラスターヘの結合エネルギーは、液体ヘリウムの表面に対して行われた密度汎関数法の結果とよい一致を示した。スペクトルに関しては、これまで連続体近似での定性的な理解にとどまっていたが、クラスターのサイズを変化させアルカリ原子近傍の構造の変化による影響を詳細に調べた。その結果、Na,He300とK.He300に関してはD1とD2に相当するピークの相対的強度やシフト量、線幅など実験結果を全体的によく再現し、特徴を簡単なモデルで解釈し、説明することができた。Li-He300に対してはシフト量の一致は良くないが全体の形状は実験結果をよく再現した。全体的にblue shoulderが実験結果と比較して弱いのはヘリウムクラスターの表面モードが関与していると考えられる。また、静的な観点から十分にスペクトルを再現できたことは、ヘリウムクラスターの内部での素励起(フォノン・ロトン)がほとんど影響を与えていないことを意味している。本研究で用いた手法はアルカリ土類原子を付着させた系にも適用が可能であり、実験結果と比較することで原子近傍の局所構造などを知ることができる。 (iii)Bose系に対しての実時間経路積分モンテカルロ法の開発 経路積分モンテカルロ法を用いてBose統計の下での実時間相関関数を求めることを試みた。位相の打ち消し合いによるsign problemのため長年困難とされてきたが、最近の計算機能力の向上により実現可能なものとなってきた。ここで行う手法は、まず経路積分により表現される経路を異なる時間スケールのblockに分割する。短時間のblockを先に処理し(blocking、その情報をより長い時間スケールのblockへと逐次反映していき、長時間の相関を求める。Blockingにおいて、サンプル点をすべてメモリーに保存するため計算に必要とされるメモリー量は増大するが、系の次元に対する必要な計算機能力の依存性は小さく、現在の計算機能力の向上を考えると非常に有望な手法であると考えられる。 Bose粒子系に対してのモデル計算として、調和ポテンシャル下の相互作用のないBose粒子の計算を行った。コヒーレンスも十分に再現され、本手法の有効性を示した。相互作用のある多粒子系への適用も容易であり、Bose系における様々な動的な現象を調べることが可能な手法であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、「Theoretical Study on Quantum Clusters based on Path Integral Monte Carlo Methods(経路積分モンテカルロ法を用いた量子クラスターに関する理論的研究)」と題し、全5章から成っている。 最近の実験技術の進歩により、量子ヘリウムクラスター内に原子や分子を閉じ込めることが可能となり、分光学的な測定が精力的に行われるようになった。このクラスターは極低温領域特有の量子効果である超流動性を示すため、その中での化学的なプロセスに注目が集まっており、超流動現象に対して従来までの長距離秩序からの巨視的な観点ではなく、有限サイズにおける原子・分子論的な立場からの理解が求められている。同時に、クラスター内の原子・分子系にとっては特異な環境・反応場であり、それらが反応の機構や速度に及ぼす影響を解明することも大きな課題である。しかし、これらに対する理論的研究は量子多体系を取り扱う困難さのために十分に行われていないのが現状である。本論文では、ボーズ凝縮系を取り扱うための経路積分モンテカルロ法を開発し、原子をドープした系を取り上げ、そのクラスターの微視的構造に関しての研究成果を述べている。さらにボーズ系における動力学的な性質に関して知見を得るための新たな方法論の開発を行っている。 第1章は序論であり、本研究の背景と目的について述べている。 第2章は経路積分モンテカルロ法を用いることにより、ナトリウムカチオンをドープしたヘリウムクラスターの構造に関して研究を行い、エネルギーや超流動分数の温度やサイズに対する依存性を調べることによって、微視的な溶媒和構造や超流動の発現性などについて議論している。ナトリウムカチオンはヘリウム原子との相互作用が強いために、100以上のヘリウム原子から成るクラスターでは3層の殻構造をとることが示されている。超流動性を議論するため、クラスターの全角運動量の確率分布を求め、二流体モデルの下で有効慣性モーメントを定義し、剛体回転のハミルトニアンを用い、常流体としてスノーボール状になっているヘリウムの個数を見積もっている。そのサイズ依存性を調べた結果、漸近的な振舞いを示した。このことにより、カチオンとその周りで局在化しているヘリウムからなる複合体(スノーボール構造)が外側の超流体の中を摩擦がなく自由回転していると示唆している。 第3章は第2章と同様の手法を用い、アルカリ原子(Li,Na,K)を付着させたヘリウムクラスターに関しての研究成果を述べている。アルカリ原子は、ヘリウムとの相互作用が弱いためにクラスターの表面に付着することが実験により予測されている。そこで、クラスターの構造を決定し、アルカリ原子の2P←2Sに相当する吸収スペクトルを求め、実験結果と比較し特徴を解釈している。吸収スペクトルの計算には半古典的な方法を利用し、励起状態に対するポテンシャルは、スピン軌道相互作用を含めたDIM(Diatomics-in-Molecules)法で構築している。その際必要となる2原子間のポテンシャルについては高精度の非経験的分子軌道計算を行っている。経路積分モンテカルロ計算は実験での温度に近い0.5Kで行い、ヘリウム原子は300原子まで扱っている。計算結果から、アルカリ原子は超流動状態にあるヘリウムクラスター表面のくぼみに付着すること、また300原子からなるクラスターに対して計算されたアルカリ原子のクラスターへの結合エネルギーは、液体ヘリウムの表面に対して行われた密度汎関数法の結果とよい一致を示すと結論している。スペクトルに関しては、これまで連続体近似での定性的な理解にとどまっていたが、クラスターのサイズを変化させることにより、アルカリ原子近傍の構造の変化による影響を詳細に調べている。その結果、300原子からなるクラスターに対しては実験結果をよく再現し、ピークのシフト量や線幅などその特徴を十分に説明している。 第4章は経路積分モンテカルロ法を用いてボーズ統計の下での実時間相関関数を求める手法の開発を試みている。ここで行う手法は、まず経路積分により表現される経路を異なる時間スケールのブロックに分割し、短時問のブロックを先に処理し(ブロッキング)、その情報をより長い時間スケールのブロックへと逐次反映していき、長時間の相関を求めるものである。ブロッキングにおいて、サンプル点をすべてメモリーに保存するため計算に必要とされるメモリー量は増大するが、系の次元に対する必要な計算機能力の依存性は小さく、現在の計算機能力の向上を考えると非常に有望な手法であると考えられる。ボーズ粒子系に対してのモデル計算として、調和ポテンシャル下の相互作用のないボーズ粒子の計算を行っている。コヒーレンスも十分に再現され、本手法の有効性を示している。相互作用のある多粒子系への適用も容易であり、ボーズ系における様々な動的な現象を調べることが可能な手法として提案している。 第5章は総括であり、本論文の成果をまとめている。 以上要するに、本論文は経路積分モンテカルロ法を用いることにより、原子をドープした量子ヘリウムクラスターの微視的構造に関しての研究成果を述べ、さらにボーズ系における動力学的な情報を得るための方法論の開発を行ったものであり、今後新たな反応溶媒としての可能性を切り開くための基礎的研究として、理論化学、及び化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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