学位論文要旨



No 116144
著者(漢字) 濱村,浩孝
著者(英字)
著者(カナ) ハマムラ,ヒロタカ
標題(和) 流量変調操作を用いたULSI用バリアメタル形成プロセスの高度化
標題(洋)
報告番号 116144
報告番号 甲16144
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4981号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
内容要旨 要旨を表示する

 化学気相成長(CVD)を用いた薄膜成長プロセスは、広範な産業分野において各種の機能性薄膜材料の形成に用いられている。しかし、応用分野の拡大や材料科学の発展に伴い、より複雑な構造でかつ高度な機能を実現する薄膜材料とその積層システムを創製するための技術が不可欠となり、薄膜成長プロセス技術に高度化・高精度化の実現が要求されている。すなわち、高アスペクト比のパターン内への平坦な製膜、表面平滑性、堆積する膜の構造制御、膜中の残留不純物の低減、異なった性質の材料上への均一な薄膜成長など、重要な多くの課題が従来のプロセス技術では既に対応が困難になりつつある。従来の薄膜成長においては、主に定常的なプロセス条件を用いていた。しかしながら、上記の種々の課題にアプローチするためには、表面での反応過程や核発生の制御、特定な反応のみを変調する選択反応の実現、反応速度論に基づいた反応システム設計などが必要になる。本論文ではプロセスの諸条件を動的あるいは周期的に変調する「変調操作」といった概念を新たに導入することにより、これらのプロセスの高度化を目指した。

 変調操作を導入する具体的な系については次のような例が挙げられる。

1)表面モフォロジーの改善

 例えば、Al-CVDにおいては連続膜成長になった後の凹凸化が問題になっている。このプロセスでは核発生が起こり、その核が融合したときが最も表面ラフネスが小さい。その後、連続膜成長するが膜厚の増加に伴い、膜が凹凸化していく。実デバイスでは厚膜においても平滑なAl膜を製膜することが求められるため、連続膜後の凹凸化をいかに抑制するかが鍵になる。そこで、初期核の融合後、膜が凹凸化し始めた瞬間に一旦、下地の状態を最初の状態に戻すためにAlの核発生を促進するような材料を周期的に導入し、Al膜の厚膜での平滑化を達成することが可能ではないかと考えられる。

2)選択成長の高度化

 これは例えばある膜をSi基板上とSiO2上へ製膜した場合、Si基板上では製膜の遅れ時間がなく、膜厚が時間軸に対して原点を通る直線で表せるのに対してSiO2上では製膜の遅れ時間が存在し、一定時間後に成長が始まるといった系で応用が可能である。通常だとSiO2上への製膜の遅れ時間までしかSi基板上へ膜堆積ができないが、ここへ変調操作を導入することにより常にSi上へのみ膜を堆積することが可能になる。つまり、SiO2上で製膜が始まる瞬間にエッチングなどのプロセスを導入し、SiO2上での核発生を阻害し、結果的にSi上のみに膜が成長することになる。

3)不純物の除去

 CVDを用いた場合には原料由来の不純物が膜中に残存することが多い。こういったケースにおいて一度に膜を堆積するのではなく、何度かにわけて膜を堆積し、それぞれの膜堆積の間に不純物除去プロセスを周期的に導入することにより、膜中不純物がない膜を得られる可能性がある。

 本論文では変調操作を導入する系としてULSIのバリアメタル(拡散防止膜)形成プロセスを対象とし・その効果を検証した。具体的な系としてはTiCl4/NH3を原料に用いたTiN-CVDである。この系では膜中の不純物(塩素)が問題になるため、上記の3)に対応する。

 TiNは従来、配線材であるAl,WとSi基板、層間絶縁膜(SiO2)との相互拡散防止膜として使用されてきた。近年のULSI加工寸法の縮小化により、微細孔の埋め込みが可能なCVDによる膜形成が求められている。バリアメタルとしてTiNには残留塩素濃度が低いこと、良好な段差被覆性が求められるが、TiCl4/NH3を原料に用いたTiN-CVDでは600℃程度の高温においてこれらの要求を満たしている。しかし、このような高温プロセスは多層配線構造への適用範囲を狭めてしまう。適用範囲を広げるためには400℃程度での良質な膜特性が要求される。また、これらの膜特性に対する反応機構解析からのアプローチがこれまでなく、経験的に高温プロセスを用いていたのが実情である。そこで、本論文ではTiCl4/NH3を原料に用いたTiN-CVDプロセスにおいて反応機構と膜特性を併せて解析し、この系の低温化の可能性について検討した。各原料濃度に対する製膜速度の依存性を調べたところ、TiCl4が表面吸着しているところへNH3が気相から直接、反応するメカニズムで説明できることがわかった。この反応メカニズムから得られた速度式をもとにTiCl4の表面被覆率を計算し、膜中残留塩素濃度との関係を調べたところ、膜中残留塩素濃度はTiCl4、の表面被覆率に一次に比例し、高温製膜ではその傾きが小さくなることがわかった(図1)。一方、TiCl4濃度に対する段差被覆性の依存性を調べたところ、TiCl4、濃度が高い条件(=表面被覆率が高い)では段差被覆性が良好で濃度が低い条件では悪化することがわかった。これら二つの結果を併せて考察すると低温において低残留塩素濃度と良好な段差被覆性は両立しないことが明らかになった。

 以上の反応機構解析の結果、低温において低残留塩素濃度と良好な段差被覆性の両立は困難であることが論理的に示された。そこで、本論文ではこれらの膜特性を両立させるために、「変調操作」の導入を試みた。まず、低温(400℃程度)において良好な段差被覆性が得られる条件で製膜を行う。このとき、膜中には塩素が大量に残存する。次に、この残留塩素を除去するプロセス(還元プロセス)を導入し、膜中から塩素を除去する。この製膜と還元プロセスの繰り返しによって所望の膜厚まで膜を堆積させる。具体的に還元プロセスとはTiCl4をArに周期的に切り替えることによって実現した。つまり、Arに切り替えているときには反応器は希ガスのArとNH3のみになるのでTiN膜中の塩素はNH3によって還元されることになる。

 このような還元プロセスの周期的な導入に対して、一度に膜を堆積した後に還元プロセスを行った場合(Post-Annealingプロセス)に同様の効果が得られた場合にはわざわざ複雑な操作を導入する利点がなくなる。そこで膜中の塩素が抜ける過程が何らかの拡散現象に律速されていると仮定し、この二つのプロセスを比較した。この単純なモデルから塩素が膜中から抜ける拡散時定数を比較したところ、一度に堆積した後に還元プロセスを導入する場合に比較して流量変調操作を導入した場合では全体の還元プロセス時間を1/N(Nは変調操作回数)に短縮することができることが明らかになった。実際に製膜時間(300秒)と還元時間(200秒)をトータルで同じになるように通常製膜(製膜のみ)とPost-Annealing、変調操作を行った場合とでTiN膜を作製し、膜物性を比較したところ、変調操作を行ったものが最も残留塩素濃度、比抵抗ともに最小になった。この結果は膜中の残留塩素が抜ける過程は何らかの拡散現象が律速していることを示唆している。しかし、一方で変調操作回数が少ない場合(10回以下)においてはモデルの予想よりも効果が少なく、Post-Annealingの残留塩素濃度レベルとほぼ同程度であった。それに対して変調操作回数が100回のものはこれらのプロセスよりもずっと低い。(図2)この結果は膜中から残留塩素が抜ける過程には大きくわけて2種類存在することを示唆している。つまり、Post-Amealing,FM10で抜ける早い過程とFM100をやることによってようやく抜ける遅い過程である。この2種類の過程は粒界拡散(早い拡散過程)とバルク拡散(遅い拡散過程)を仮定すると現象を説明できることがわかった。Post.Annealing,FM10では一度に堆積する膜厚が連続膜なためバルク拡散が非常に遅くバルク拡散からの残留塩素は抜けないのに対して、FM100では一度に堆積する膜厚がモノレイヤー程度なのでバルク拡散によっても残留塩素が抜ける。その結果、FM100ではより多く残留塩素を除去できると考えられる。

 また、製膜温度を変化させて変調操作の効果を検討したところ、変調操作を低温において行った場合の方が高温における通常製膜、Post-Annealingプロセスよりも残留塩素濃度が低いことが明らかになった。これは変調操作が低温においてより有効であることを示している。膜物性としては380℃において良好な段差被覆性を示し、残留塩素濃度が2%,比抵抗が250μΩcm程度であり、これは実用レベルに達している。

 配線材プロセスへの影響を検討したところ、Cuに対する拡散防止能力、初期成長への影響ともに、変調操作を行ったTiNの方が、通常製膜のものよりも優れていることがわかった。これは実プロセスへの応用を考えた時に大きな利点である。

 このようにして、本論文では、TiCl4/NH3を用いたTiN-CVDプロセスにおいて、まず反応機構解析を行うことにより、論理的に低温における低残留塩素濃度と良好な段差被覆性の両立は定常操作では困難であることを示した。それをふまえて、流量変調操作をこの系に導入し、低温における低残留塩素濃度と良好な段差被覆性の両立を実用レベルで達成した。また、流量変調操作を導入することでTiN膜そのものの膜質を改善しただけでなく、その上に堆積される配線プロセスへも良好な効果をもたらすことが示された。これら一連の成果は流量変調操作プロセスを導入する有効性を実証したといえる。

 また、最適な変調操作プロセスの構築には表面反応データ、拡散定数データ、反応装置特性などを有機的に組み合わせる必要があることを示した。

図1. 残留塩素濃度とTiCl4表面被覆率の関係

図2. 残留塩素濃度の変調操作回数依存性

審査要旨 要旨を表示する

 化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition,CVD)は、広範な産業分野において各種機能性薄膜材料の形成に用いられている。薄膜応用分野の拡大や材料科学の発展に伴いより複雑な構造でかつ高度な機能を実現する薄膜材料とその積層システムを創製するための技術が不可欠となり、CVD薄膜成長技術のさらなる高度化・高精度化が要求されている。すなわち、高アスペクト比パターン内への均一な製膜、原子層単位での表面平滑性、薄膜配向性、結晶子径制御、膜中残留不純物低減、異質材料上への均一な薄膜成長などの実現が必要である。従来のCVD薄膜成長では、定常的なプロセス条件を最適化することによりこれらの課題に対処してきたが、既に対応が困難になりつつある。そこで、プロセスの諸条件を動的あるいは周期的に変調し、非定常状態を積極的に利用して表面反応過程や核発生の制御、特定の反応の加速あるいは抑制を行い、高度な反応システム設計を行うのが変調操作の概念である。本論文は、「流量変調操作を用いたULSI用バリアメタル形成プロセスの高度化」と題し、変調操作をULSI(超高集積デバイス、Ultra Large Scale Integration)用バリアメタル形成プロセスへ導入し、その有効性を示したものであり、全部で6章からなる。

 第1章では、ULSI用バリアメタル形成プロセスの現状と課題について整理し,流量変調操作の適用可能性について述べている。

 第2章では、CVDプロセス反応機構解析の手段として、円管型装置を用いた解析結果について述べている。まず、円管型装置を用いた反応機構解析手法について述べており、次に本論文の対象としたTiN-CVD、TaN-CVDプロセスそれぞれについて実際に適用した結果を示している。TiN-CVDにおいては低温(400℃程度)における低残留塩素濃度と良好なカバレッジの両立が困難であること、TaN-CVDにおいては低比抵抗とカバレッジの両立が困難であることを明らかにしている。つまり、いずれの系においてもデバイス性能の上で要求される膜物性をすべて満足させることは定常操作の最適化では困難であり、変調操作などの新たな概念の導入が必要であることを示している。

 第3章では,TiN-CVDプロセスに対して流量変調操作という新たな操作概念を導入して製膜を行い,膜特性および膜構造への効果について述べている。具体的には,TiCl4/NH3によるTiN製膜プロセスとNH3による還元プロセスを交互に繰り返すことにより、低温(400℃程度)での低残留塩素濃度と良好なカバレッジの両立に成功している。また、膜中残留塩素濃度や薄膜比抵抗の製膜温度依存性より、低温において変調操作がより有効であることを述べている。さらに、変調操作パラメータを系統的に変化させ、膜中残留塩素濃度がどのように変化するかを検討することにより,塩素脱離過程は拡散現象が律速していることを示した。粒界拡散とバルク拡散の2つの速度の異なる拡散過程が存在するモデルを用いることにより、残留塩素濃度の変調操作パラメータ依存性を説明することに成功している。また、X線マイクロアナライザおよび昇温脱離分析結果よりこのモデルの妥当性も検証している。

 第4章では、流量変調操作を行って作製したTiN膜をバリヤメタルとして使用した際の配線材料形成プロセス(Cu-CVD)へ及ぼす影響について述べている。通常製膜ならびに変調操作を用いた製膜によるTiN薄膜上にCu-CVDを行い、比較検討した結果、TiN薄膜のCuに対する拡散防止能力、Cu初期成長への影響、いずれの点においても変調操作を行ったTiNの方が通常製膜のものよりも優れていることを明らかにした。すなわち、変調操作で作製したTiN膜は、実用上重要なCu薄膜とのプロセスィンテグレーションという観点から大きな利点を有していることを示している。また、膜中に残留する塩素がCuに対する拡散防止能力、Cu初期成長に大きな影響をもたらすことも明らかにしている。

 第5章では以上の検討結果をふまえ、既存CVDプロセスに変調操作を導入する際の指針について述べている。具体的に変調操作が適用可能と思われる系をいくつか列挙し、それぞれの系に対して変調操作を有効に利用するためにはさらにどのような観点からの研究が必要なのか述べている。また,変調操作用CVD装置設計の観点から、ガス供給制御系最適化の重要性ならびに検討事項を述べている。

 第6章は結論である。

 以上要するに、本論文は薄膜作製プロセスにおける変調操作の有効性を明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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