学位論文要旨



No 116146
著者(漢字) 金,潤昌
著者(英字)
著者(カナ) キム,ユンチャン
標題(和) 化学的酸素消費量測定用光触媒センサー
標題(洋) Photocatalytic Sensor for Chemical Oxygen Demand Determination
報告番号 116146
報告番号 甲16146
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4983号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 渡邉,正
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 河川などの動的な水系においての有機物質が直接生態系への影響を表す指標が生物学消費量(Biochemical Oxygen Demand:BOD)であるのに対し、化学的酸素消費量(Chemical Oxygen Demand:COD)はダム、湖沼などの閉鎖性水域においての全ての有機物質を酸化させるために必要な酸素量を求め、生態系へもたらす潜在的な影響を表す指標である。河川などの動的な水系のみならず、ダム、湖沼などの閉鎖性水域での有機物質の濃度は水の流れによって変動する。したがって、測定が2-4時問かかる従来COD測定法では、時々刻々変動している有機物質の濃度をモニタリングするのは非常に困難である。さらに、COD測定の従来法は再現性が低いという欠点を持っているので、熟練した技術者以外には測定が困難である。また、二クロム酸カリウムは六価クロムであり、これを用いる従来法は廃液の問題点もあげられる。上記の理由で、日本工業規格(JIS)によって採用されているCOD測定方法より簡単かっ迅速に測定が可能であり、熟練した技術が不要な安全な化学的酸素消費量(COD)測定系の開発が切望される。

 本研究では、各種有機化合物が光触媒によって分解無機化される過程において酸素が減少することに着目して、酸素電極と光触媒を組み合わせることを特徴とするCOD測定系の開発した。更にこの測定方法と従来COD測定法との相関関係を検討した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景、及びその位置付けに重点を置き、本研究の意義と目的を述べた。

 第2章では、種々の光触媒の酸化能力の比較評価を行った。光触媒として一般に良く知られているZnO、CdS、およびTiO2の比較評価を行うにあたり、それぞれの光触媒を固定化した酸素電極を用い、回分式COD測定系を用いた。すなわち、ZnO、CdS、TiO2それぞれを用いるCOD測定系により人工合成排水のCOD値を測定し、感度と検出限界を検討した。その結果、CdSを用いたCOD測定系は検出下限が4ppmであった。日本における一級水の環境基準はCOD1ppmと定められている。したがって、CdSを用いるCOD測定系はその濃度範囲における測定に不適当であることがわかった。ZnOとTiO2を比較した結果、ZnOを用いるCOD測定系がTiO2を用いる系より感度が高かった。しかし、再現性の検討を行った結果、ZnOを用いるCOD測定系は10回連続測定を行うとその感度が50%落ちた。一方、TiO2を用いるCOD測定系の場合は日本の環境基準を含む濃度範囲の測定が可能であり、再現性も良好であることがわかった。

 第3章では、TiO2光触媒と酸素電極を組み合わせた回分式COD測定系を考案した。TiO2懸濁液と有機物を含む試料に酸素電極を挿入し、紫外線(λmax=365nm)を照射することにより本CODセンサーを構築した。TiO2が有機物を分解し、それに伴い溶存酸素が消費される。この溶存酸素の消費量は酸素電極で電流減少値として測定され、この応答値が有機物濃度を反映する。本センサー法では、この電流減少値を本センサーの応答値として表した。人工合成排水に対する本COD測定系の応答を調べた。その結果、人工合成排水添加時のセンサー応答値と、その人工合成排水の従来法(過マンガン酸法)によるCOD値との間には直線関係が得られ、検出下限は0.1ppmであった。本センサーでは、人工合成排水を添加せずに紫外線照射下でTiO2懸濁液を測定したときに得られる電流値をベースラインの電流値とした。そのベースラインの電流値が安定するまで6時間を要し、1.1ppmの人工合成排水に対する本CODセンサーの測定時間は20-30分であった。

 次に、TiO2が固定化された酸素電極を用いる回分式COD測定系を考案した。TiO2膜は、テフロン膜(孔径、0.45μm;直径,17mm)に、TiO2を吸着固定化し作製した。このTiO2膜を酸素電極に密着させ、COD測定用光触媒電極とした。TiO2光触媒反応に対するテフロン膜の耐久性を、SEM像観察と本センサーのベースライン電流値観察の2つの方法によって評価した。酸化チタンが固定化されたテフロン膜の紫外線照射前の写真と、超純水系で紫外線を170時間照射した後の膜の写真を比較したところ、分解による形態の変化はなかった。酸化チタンを固定化させる膜が紫外線照射下の酸化チタンによって酸化されると、その膜と密着している酸素電極の電流値の変化が起こる。超純水にCOD測定用光触媒電極を浸して、10時間毎に酸素電極の電流値変化を検討した結果、170時間経過しても安定であることが確認された(RSD=0.62%,170h)。TiO2懸濁液と酸素電極を組み合わせた回分式COD測定系を実試料に応用する場合に、さらに測定時間を短縮する必要があることから、TiO2が固定化された酸素電極を導入することにより測定時間が短縮されるかどうかを検討した。本センサーでは、ベースラインの電流値が安定するまでに10分間を要し、1.7ppmの人工合成排水に対する本CODセンサーの測定時間は3分であった。系の特性評価(TiO2量の影響、温度、再現性、センサーの安定性)を行った後、理論的酸素消費量を用いて、本COD測定法と従来COD法との相関関係を調べた。理論的酸素消費量とは、有機物を構成している炭素、水素、窒素がそれぞれ二酸化炭素、水、アンモニアまで酸化され、その過程での消費される酸素の化学量論的量を表した値である。本研究では糖類、アルコール類、カルボン酸類、ベンゼン誘導体の20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と従来のCOD測定法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)による測定結果との相関関係を検討した。その結果、揮発性と思われるアルコール類、カルボン酸類を除く、糖類、ベンゼン誘導体についてよい相関がみられた。一方、同じ20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と本COD測定法との相関関係を調べた結果、本COD測定法と理論的酸素消費量とが直線関係を持っことがわかった。至適条件で、実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)と本COD測定法による測定結果の間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.99,0.94という高い相関を得ることができた。

 第4章では、TiO2光触媒カラムと酸素電極を組み合わせたフローインジェクション分析型COD測定系を考案した。本章では、ダムにおいてのオンライン測定に応用できるようなCODセンサーの開発を目的としている。ダム水の採取や連続的測定を想定すると、フローインジェクション分析型が実用的である。ここでは、TiO2ビーズ充填カラムと紫外線ランプ(λmax=365mm)、酸素電極、マルチメーター、記録計等を用いてセンサーを構成した。流出口をナイロンメッシュで覆った石英管にTiO2ビーズを充填した。一定な温度で測定を行うために、酸素電極を恒温槽中に配置した。系の特性評価(人工合成排水中の有機物濃度に対する依存性、試料注入量の影響、TiO2ビーズ量の影響、流速の影響、再現性、センサーの安定性)を行った後、至適条件で、実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法と二クロム酸カリウム法)と本COD測定法とによる測定結果の間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.98,0.95という高い相関を得ることができた。これらの実試料を測定するためには、試料の溶存酸素濃度を一定にさせるために1時間以上試料を放置する必要がある。従ってダムにおいてオンライン測定用として実際に使用することを考えたとき、この問題を解決するために、TiO2ビーズ充填カラムの上流および下流に酸素電極を挿入し、差動型とした。超純水が一定な流速で流れているところに、インジェクションバルブから試料をシリンジで注入すると、試料の溶存酸素濃度は上流の酸素電極によって、また試料中の有機物がTiO2ビーズ充填カラム内で酸化された後の溶存酸素濃度が下流の酸素電極によって測定される。この2つの酸素濃度の差から本センサーの応答値を計算した。本センサーでは、ベースラインの電流値が安定するまでに30分間を要し、1ppmの人工合成排水に対する本CODセンサーの測定時間は20分であった。系の特性評価(試料注入量の影響、TiO2ビーズ量の影響、流速の影響、再現性)を行った後、糖類、アルコール類、カルボン酸類、ベンゼン誘導体の20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と本COD測定法との相関関係を調べた結果、本センサーの応答値と理論的酸素消費量とが直線関係を持っことがわかった。至適条件で、実際にダム水中のCODの測定を行った。実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法と二クロム酸カリウム法)と本COD測定法の間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.97,0.95という高い相関を得ることができた。

 第5章は総括であり、本研究を要約し、得られた結果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 化学的酸素消費量(Chemical Oxygen Demand:COD)は、ダムや湖沼などの閉鎖性水域においての全ての有機物質を酸化させるために必要な酸素量を求め、生態系へもたらす潜在的な影響を表す指標である。本研究は、各種有機化合物が光触媒によって分解無機化される過程において酸素が減少することに着目して、酸素電極と光触媒を組み合わせることを特徴とするCOD測定系の開発、および従来COD測定法との比較に関するものであり、5章により構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景、及びその位置付けに重点を置き、本研究の意義と目的を述べている。

 第2章では、光触媒として一般に良く知られているZnO、CdS、およびTiO2それぞれを固定化した酸素電極を用い、回分式COD測定系でこれら光触媒の比較評価を行っている。その結果、TiO2を用いるCOD測定系の場合でのみ日本の環境基準を含む濃度範囲の測定が可能であり、かつ再現性も良好であったと報告している。

 第3章では、紫外線照射下でTiO2懸濁液と有機物を含む試料に酸素電極を挿入し、TiO2が有機物を分解することに伴う溶存酸素の消費量を酸素電極で電流減少値として測定しており、この応答値が有機物濃度を反映することを利用して回分式COD測定系を構築している。人工合成排水に対する応答を調べた結果、人工合成排水添加時のセンサー応答値と、その人工合成排水の従来法(過マンガン酸法)によるCOD値との間には直線関係が得られ、検出下限は0.1ppmであったと述べている。また、人工合成排水を添加せずに紫外線照射下でTiO2懸濁液を測定した場合、電流値が安定するまでの時間は6時間であり、1.1ppmの人工合成排水に対する同CODセンサーの測定時間は20-30分であったと報告している。次に、TiO2が固定化された酸素電極を用いる回分式COD測定系を構築している。ここではテフロン膜にTiO2を吸着固定化し作製したTiO2膜を酸素電極に密着させ、COD測定用光触媒電極としている。そして、TiO2光触媒反応に対するテフロン膜の耐久性を、SEM像観察と本センサーのペースライン電流値観察の2つの方法によって評価している。酸化チタンが固定化されたテフロン膜の紫外線照射前の写真と、超純水系で紫外線を170時間照射した後の膜の写真を比較した結果、分解による形態の変化はなかったと報告している。さらには、超純水にCOD測定用光触媒電極を浸して、10時間毎に酸素電極の電流値変化を検討した結果、170時間経過しても安定であることを確認している。また、同センサーではベースラインの電流値が安定するまでに10分間を要し、1.7ppmの人工合成排水に対する本CODセンサーの測定時間は3分であったことから、測定時間が短縮されたと報告している。この他、有機物を構成している炭素、水素、窒素がそれぞれ二酸化炭素、水、アンモニアまで酸化される過程で消費される酸素の化学量論的量を表す理論的酸素消費量を用いて、本COD測定法と従来COD法との相関関係を調べている。糖類、アルコール類、カルボン酸類、ベンゼン誘導体の20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と従来のCOD測定法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)による測定結果との相関関係を検討したところ、揮発性と思われるアルコール類、カルボン酸類を除く糖類、ベンゼン誘導体についてよい相関がみられたと報告している。一方、同じ20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と本COD測定法との相関関係を調べた結果、本COD測定法と理論的酸素消費量とが直線関係を示すことを明らかにしている。そして、至適条件で、実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)と本COD測定法による測定結果の間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.99,0.94という高い相関を得ることができたと述べている。

 第4章では、TiO2ビーズ充填カラムと紫外線ランプ、酸素電極、マルチメーター、記録計等を用いて、フローインジェクション分析型COD測定系を考案している。TiO2ビーズ充填カラムにおいては流出口をナイロンメッシュで覆い、また一定な温度で測定を行うために、酸素電極を恒温槽中に配置している。至適条件で、実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)と本COD測定法とによる測定結果め間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.98,0.95という高い相関を得ることができたと述べている。さらには、TiO2ピーズ充填カラムの上流と下流に酸素電極を挿入し、差動型の系を構築している。注入した試料の溶存酸素濃度を上流の酸素電極により、またTiO2ビーズ充填カラム内で酸化をうけた後の有機物試料の溶存酸素濃度を下流の酸素電極によりそれぞれ測定することで、2つの酸素濃度の差から同センサーの応答値を計算している。そしてこの系では、ペースラインの電流値が安定するまでに30分間を要し、1ppmの人工合成排水に対する本CODセンサーの測定時間は20分であったと述べている。系の特性評価を行った後、糖類、アルコール類、カルボン酸類、ベンゼン誘導体の20種類の基質を用いて、理論的酸素消費量と同COD測定法との相関関係を調べた結果、同センサーの応答値と理論的酸素消費量とが直線関係を示したと述べている。さらには、至適条件で実ダム水を用いて従来法(過マンガン酸カリウム法とニクロム酸カリウム法)と本COD測定法の間の相関を調べたところ、相関係数がそれぞれ0.97,0.95という高い相関を得ることができたと報告している。

 第5章は総括であり、本研究を要約し、得られた結果をまとめている。

 以上、本論文は、各種有機化合物が光触媒によって分解無機化される過程において酸素が減少することに着目して、酸素電極と光触媒を組み合わせることでCODが測定可能であることをはじめて明らかにし、また従来COD測定法と良好な相関が得られることを示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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