学位論文要旨



No 116147
著者(漢字) 新井,亮一
著者(英字)
著者(カナ) アライ,リョウイチ
標題(和) GFPキメラ蛋白質の創製と免疫測定への応用
標題(洋)
報告番号 116147
報告番号 甲16147
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4984号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 関,実
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 キメラ蛋白質は,複数の異なった機能を持つ蛋白質を結合して創製する人工蛋白質であり、大量発現・精製や抗体医薬、免疫測定法など様々に応用されている。

 本論文でキメラ蛋白質の創製に主に用いたGreen fluorescent protein(GFP)は、オワンクラゲ由来の蛋白質で強く安定な緑色蛍光を発する分子量27kDaの蛍光蛋白質である。原核生物、真核生物いずれでも発現し、構造、蛍光活性とも安定である。また、近年、蛍光活性を高めた変異体や、蛍光波長が変換された変異体などが開発され、遺伝子発現や生細胞内局在のマーカーなどに盛んに応用されている。しかしながら、GFPを免疫測定に応用した例はほとんどなかった。そこで、本論文では、抗体や抗体結合蛋白質と蛍光蛋白質GFPとのキメラ蛋白質を作製し、免疫測定法へ応用することを目的として研究を行った。GFPを免疫測定法に応用する場合,抗体や抗体結合蛋白質と遺伝子的に蛍光標識できるので化学修飾が不要となり、また一般的な蛍光試薬であるfluoresceinよりも蛍光が退色しにくい利点があり、有用性が高いと考えられる。

 本論文ではまず,抗体結合部位のprotein Gと蛍光蛋白質変異体EGFPのキメラ蛋白質を作成し、抗体の蛍光標識試薬として免疫測定法に応用した。次に、抗体可変領域VH、VLと蛍光蛋白質変異体EBFP、EGFPとのキメラ蛋白質をそれぞれ作成し、抗原濃度依存的なVH、VLの会合を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)によって測定する免疫測定法Open Sandwich FIA法に応用した。またさらに、抗体可変領域VH、VLと発光酵素Rluc、蛍光蛋白質変異体EYFPとのキメラ蛋白質をそれぞれ作成し、発光酵素-GFP変異体間の発光エネルギー移動(BRET)を利用した新規免疫測定法の開発を行った。

2.Protein G-EGFPキメラ蛋白質の創製とその免疫測定への応用

 Protein Gは、バクテリアStreptococcusから単離された細胞表面蛋白質であり、ヒト、ウサギ、ヒツジ、ヤギなど多くの種の抗体IgGに特異的に強く結合する蛋白質である。本研究では、Protein Gと蛍光蛋白質GFPを遺伝子工学的に結合させてキメラ蛋白質を作成し、抗体の蛍光標識試薬として蛍光免疫測定法へ応用することを試みた。従来法では、fluoresceinなどの蛍光色素を抗体に科学的に就職する必要があり、また、それぞれの種の抗体に対する蛍光標識抗体をそれぞれ用意する必要があった。そこで、また、野菜タイよりも蛍光活性を高めた変異体であるEGFPと、多くの種の抗体と結合するprotein Gを用いることにより、より汎用性の高い抗体の蛍光標識試薬の創製を試みた。

 protein GのC1ドメイン(抗体結合ドメイン)とEGFPを遺伝子的に結合したキメラ蛋白質の発現ベクターpPG-EGFPを作成し、大腸菌を用いてキメラ蛋白質を発現させ、抗体固定化ゲルを用いてアフィニティ一精製を行った。得られたキメラ蛋白質PG-EGFPは、蛍光活性及びウサギ、ヤギ、ヒツジ、マウスなどの抗体に対する結合活性を十分に有していた。これらを抗体の蛍光標識試薬としてウェスタンブロッティングに応用したところ、1ng以下のBSAの検出が可能であった(Fig.1)。また、サンドイッチ蛍光免疫測定法に応用したところ、BSA(Fig.2)やウサギ抗体などが測定可能であった。これらの結果により、PG-EGFPは、汎用的な抗体の蛍光標識試薬として応用可能であることが示された。

3.抗体可変領域-GFP変異体キメラ蛋白質の創製と蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した免疫測定法への応用

 免疫測定法は、微量物質を感度良く測定する方法で臨床検査などに必須の方法であるが、従来のサンドイッチ免疫測定法では,数ステップの反応と洗浄の繰り返しを必要とし、非常に煩雑な手間と時間がかかるのが問題であった。そこで当研究室では、より簡便迅速な方法であるオープンサンドイッチ免疫測定法の開発を行ってきた(1)。抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体HyHEL10などの抗体では、H鎖抗体可変領域VHとL鎖抗体可変領域VLとの間の会合は不安定であるが、VH、VL及び抗原を同時に存在させると両者は抗原を介して安定に会合する。オープンサンドイッチ法とは、この抗原の有無によるVH、VLの会合の安定性変化を免疫測定に応用した新しい免疫測定法である。オープンサンドイッチ法では、VH、VLで抗原をサンドイッチするため1種の抗体しか必要としない。従って、従来のサンドイッチ法が適用できないハプテンなどの単価抗原の測定も可能である。(2)また、洗浄を必要としないホモジニアス測定法として、VH、VLそれぞれを蛍光色素で標識し、蛍光色素間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用するオープンサンドイッチ蛍光免疫測定法が開発された(3)。しかし、この方法では、VH、VLを蛍光色素で化学的に標識する際の失活や、標識率の制御が問題であった。そこで、本研究では、VH、VLを失活させず高い収率で蛍光標識するために、抗体可変領域とGFP変異体を遺伝子的に結合させたGFPキメラ蛋白質を創製し、GFP変異体間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用したオープンサンドイッチ蛍光免疫測定法への応用を行った(Fig.3)。この方法によれば,洗浄操作などが一切不要となり、サンプルと試薬を混合するだけで測定が可能であるので、測定に時間がかかる従来のサンドイッチ免疫測定法よりも、大幅な測定時間の短縮が可能であった。実験では、まず、HyHEL10のVHと青色蛍光変異体EBFP、VLと緑色蛍光変異体EGFPのキメラ蛋白質を大腸菌を用いて発現させた。次に、両者のライセートを混合し、HELアフィニティーカラムを用いて精製した。得られたキメラ蛋白質は、十分な抗原結合活性及び蛍光活性を有し、VH、VLともほぼ完全にEBFP、EGFPにより蛍光標識されていた。次に、これらのキメラ蛋白質混合液に抗原のHELを添加しながら蛍光スペクトルを測定したところ、HELの添加量に応じて、EBFPの蛍光が減少し、EGFPの蛍光が増大するというFRETに由来する変化が見られた(Fig.4)。また、EGFPとEBFPのピーク強度比をFRETの指標としてHELの濃度に対してプロットしたところ、HEL濃度1〜100μg/mlの範囲で定量できることが示された(Fig.5)。また、96穴のマイクロプレートを用いて測定を行ったところ、サンプル添加2分後には検出可能なシグナルが得られ、本手法により臨床診断などに必須の多検体迅速測定が可能であることが示された。

4.抗体可変領域−発光酵素キメラ蛋白質の創製と発光酵素−GFP変異体間の発光エネルギー移動(BRET)を利用した新規免疫測定法の開発

 前章のFRETを用いたオープンサンドイッチ蛍光免疫測定法の場合、励起光が必要なため、励起光によるアクセプター蛍光色素の直接励起による蛍光や、蛍光色素の退色等が問題となりうる。そこで本研究では、ドナー蛍光色素の代わりにウミシイタケ由来の発光酵素(Renilla luciferase,Rluc)を用い、発光酵素からGFP変異体EYFPへの発光エネルギー移動(BRET)を測定することにより、抗原濃度を定量する新規免疫測定法の開発を行った(Fig.6)。前章と同様に、抗HEL抗体HyHEL10のVHとウミシイタケ由来の発光酵素Rluc、VLとGFPの黄色蛍光変異体EYFPのキメラたんぱく質を大腸菌を用いて発現させ、それぞれ精製して実験に用いた。次に両者のキメラたんぱく質を混合し、HELと基質セレンテラジンを転化して発光スペクトルを測定したところ、HELの添加量に応じて、BRETに由来するEYFPの蛍光の増加が見られた(Fig.7)。また、EYFPとRlucのピーク強度比をBRETの指標とした時に、HELの濃度に対して0.1〜10μg/mlの範囲で定量できることが示された(Fig.8)。この結果は、前章のFRETの結果と比較して、検出感度で約10倍の向上を示している。これは、一般に蛍光法よりも感度がよいといわれる生物発光法を用いることにより、測定に用いるキメラ蛋白質の量を減らすことができたことによると考えている。以上により、BRETを用いて、簡便でより高感度な均一系非競争的免疫測定法が可能であることが示された。

5.結言

 本論文では、まず、抗体結合蛋白質のProtein Gと蛍光蛋白質変異体EGFPのキメラ蛋白質を作製し、抗体の蛍光標識試薬として各種免疫測定法へ応用できることを示した。次に、抗体可変領域VH、VLと蛍光蛋白質変異体EBFP、EGFPとのキメラ蛋白質をそれぞれ作製し、抗原濃度依存的にVH、VLが会合することを蛍光共鳴エネルギー移動を利用するオープンサンドイッチ蛍光免疫測定法に応用した。また、抗体可変領域VH、VLと発光酵素Rluc、蛍光蛋白質変異体EYFPとのキメラ蛋白質をそれぞれ作成し、発光酵素GFP変異体間の発光エネルギー移動を利用した新規免疫測定法を開発した。

<参考文献>

(1)H.Ueda,K.Tsumoto,K.Kubota,E.Suzuki,T.Nagamune,H.Nishimura,P.A.Schueler,G.Winter,I.Kumagai,and W.C.Mahoney.Nature Biotechnol.,14,1714-1718(1996).

(2)C.Suzuki,H.Ueda,W.Mahoney,and T.Nagamune.Anal.Biochem.,286,238-246(2000).

(3)H.Ueda,K,Kubota,Y.Wang,K.Tsumoto,W.Mahoney,I.Kumagai,and T.Nagamune.Biotechniques,27,738-742(1999).

<発表状況>

(1)R.Arai,H.Ueda and T.Nagamune,J.Ferment.Bioeng.,86,440-445(1998).

(2)R.Arai,H.Ueda,K.Tsumoto,W.C.Mahoney,I.Kumagai,and T.Nagamune,Protein Eng.,13,369-376(2000).

(3)R.Arai,H.Nakagawa,K.Tsumoto,W.Mahoney,I.Kumagai,H.Ueda and T.Nagamune,Anal. Biochem.in press (2001).

Fig.1. Detection of bovine serum albumin(BSA) by Western blotting using PG-EGFP

Fig.2. Determination of bovine serum albumin (BSA) by sandwich floroimmunoassay using PG-EGFP

Fig.3. Principle of open sandwich fluoroimmunoassay.

Fig.4. Change in the fluorescence spectra by FRET due to the addition of HEL.

Fig.5. Determination of antigen concentration by FRET.HEL,hen egg lysozyme;Control buffer only.

Fig.6. Principle of open sandwich bioluminescent immunoassay.

Fig.7. Change in the normalized luminescence spectra by BRET due to the addition of HEL.

Fig.8. Determination of antigen concentration by open sandwich bioluminescent immunoassay.

審査要旨 要旨を表示する

 キメラ蛋白質は,複数の異なった機能を持つ蛋白質を結合して創製する人工蛋白質であり、大量発現・精製系や抗体医薬、免疫測定など様々な分野に応用されている。また,強い緑色蛍光を発するオワンクラゲ由来のGreen fluorescent protein(GFP)は、原核、真核生物いずれでも発現し、構造、蛍光活性とも安定な蛍光蛋白質である。近年、蛍光活性を高めた変異体や,蛍光波長が変化した変異体などが開発され,遺伝子発現や生細胞内局在のマーカーなどに応用されている。ここで、GFPを免疫測定へ応用することを考えた場合、一般的な化学蛍光試薬であるフルオレセインなどに比べて蛍光が退色しにくく、抗体や抗体結合蛋白質と遺伝子的に結合できるので化学修飾が不要となる利点があり、有用性が高いと考えられる。しかしながら、これまでGFPを免疫測定に応用した例はほとんどなかった。そこで、本論文では、抗体や抗体結合蛋白質とGFPとのキメラ蛋白質の創製、及び、免疫測定法への応用について検討し、その研究成果を述べている。

 第1章では、序論として研究の背景および目的について述べている。

 第2章では、抗体結合蛋白質protein Gと蛍光蛋白質EGFPとのキメラ蛋白質PG-EGFPの創製、及び、蛍光免疫測定への応用について述べている。従来法では、それぞれの種の抗体を蛍光色素で化学修飾することによって蛍光標識抗体を用意する必要があった。しかし、化学修飾部位の特異性が低いために、抗原結合活性が失活することがあるという問題があった。そこで、野生型GFPよりも蛍光活性を高めた変異体であるEGFPと、多くの種の抗体と抗原結合活性を阻害することなく結合するprotein Gをキメラ化することにより、より汎用性の高い抗体の蛍光標識試薬の創製を試みた。作製したキメラ蛋白質PG-EGFPは、蛍光活性及び抗体結合活性を十分に有していた。これを抗体の蛍光標識試薬としてウェスタンブロッティングに応用したところ、1ng以下のBSAの検出が可能であった。また、サンドイッチ蛍光免疫測定法へ応用したところ、BSAやIgGなどが測定可能であった。これらの結果により、PG-EGFPは、汎用的な抗体の蛍光標識試薬として利用可能であると結論付けている。

 第3章では、抗体可変領域VH、VLと蛍光蛋白質変異体EBFP、EGFPとのキメラ蛋白質Trx-VH-EBFP、Trx-VL-EGFPを創製し、オープンサンドイッチ蛍光免疫測定法に応用したことについて述べている。まず、抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体HyHEL10のVHと青色蛍光変異体EBFP、VLと緑色蛍光変異体EGFPのキメラ蛋白質を大腸菌により発現させ、精製を行った。得られたキメラ蛋白質は、十分な抗原結合活性及び蛍光活性を有し、VH、VLともEBFP、EGFPによりほぼ完全に蛍光標識されていた次に、これらのキメラ蛋白質混合液に抗原のHELを添加しながら蛍光スペクトルを測定したところ、HELの添加量に応じて、EBFPの蛍光が減少しEGFPの蛍光が増大するというFRETに由来する変化が見られた。このことは抗原濃度依存的にキメラ蛋白質のVH、VL部分が会合し、その結果EBFPとEGFPが近接したことを意味している。さらに、EGFPとEBFPのピーク強度比をFRETの指標としてHELの濃度に対してプロットしたところ、HEL濃度1〜100μg/mlの範囲で定量できることが示された。また、96穴のマイクロプレートを用いて2分間で抗原濃度を測定することも可能であった。これらの結果により、抗体断片とGFPとのキメラ蛋白質を用いたオープンサンドイッチ蛍光免疫測定法による多検体迅速測定が可能であると結論付けている。

 第4章では、抗体可変領域VH、VLとウミシイタケ由来の発光酵素(Rluc)、蛍光蛋白質変異体EYFPとのキメラ蛋白質Trx-VH-Rluc、Trx-VL-EYFPの創製と、発光酵素とGFP変異体間の発光エネルギー移動(BRET)を利用したオープンサンドイッチ発光免疫測定法(OS-BLIA)の開発について述べている。まず、抗HEL抗体HyHEL10のVHとRluc、VLとGFPの黄色蛍光変異体EYFPのキメラ蛋白質を大腸菌により発現させ、それぞれ精製した。次に、両者のキメラ蛋白質を混合し、HELと基質セレンテラジンを添加して発光スペクトルを測定したところ、HELの添加量に応じて、BRETに由来するEYFPの蛍光の増加が見られた。また、EYFPとRlucのピーク強度比をBRETの指標とした時に、HELの濃度に対して0.1〜10μg/mlの範囲で定量できることが示された。この結果は、前章のFRETの結果と比較して、検出感度が約10倍向上したことを示している。これらの結果により、BRETを用いた簡便でより高感度な均一系非競争的免疫測定法の開発に初めて成功したことを示している。

 以上、本論文は、種々のGFPキメラ蛋白質を創製し、それらを簡便迅速な免疫測定法へ応用することに成功しており、この成果は、生命工学、特に免疫測定・蛋白質工学分野の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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