学位論文要旨



No 116148
著者(漢字) 石崎,史彦
著者(英字)
著者(カナ) イシザキ,フミヒコ
標題(和) ポリビニルカルバゾール2成分系の相溶性と発光および光電流特性
標題(洋)
報告番号 116148
報告番号 甲16148
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4985号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 助教授 瀬川,浩司
内容要旨 要旨を表示する

第1章

 光導電性高分子ポリビニルカルバソール(PVCz)は,高分子2成分系や複合体の構成成分として、エレクトロルミネッセンス材料、フォトリフラクティブ材料などに利用されている。これらは次世代の表示・記憶材料として注目されているが、複合体の相溶性に着目した研究はほとんど行われていない。したがって、PVCz複合体の相溶性評価法を確立すること、相溶性と光電導性の相関の有無を検討することは、重要な意味をもつ。本研究では、PVCz2成分系(PVCz複合体のモデル系)の相溶性評価法として、新たにPVCzのエキシマー発光を利用する方法を提案した。この方法は大きさ10nm程度の不均一構造を検出できる。

 簡便な相溶性評価法には光学顕微鏡、熱測定などがある。しかし、前者の分解能は500nm程度であり、これらの手法では微小な不均一構造の検出は困難である。また高分解能の相溶性評価法には、2次元NMR、電子顕微鏡、X線小角散乱などがあるが、これらは簡便性を欠く。簡便性と高分解能の両立はこれまで困難とされてきたが、エキシマー発光法は両者を合わせもつことが期待される。蛍光を利用した相溶性評価法には、エキシマー発光法以外にエネルギー移動法がある。しかし、エキシマー発光法はエネルギー移動法にくらべ研究が不十分であり、PVCz2成分系への適用はほとんど試みられていない。

 さらに、本研究では、このようなPVCz2成分系の相溶性と光電流特性の相関を検討した。高分子2成分系の相溶性と物性に関する研究の多くは、構造材料を対象としてきた。本研究のような機能材料を対象とした例は、稀少である。

第2章

 まず、エキシマー発光法の有用性を検討するため,熱測定の既報があるPVCz/ポリオキシエチレン(PEO)系を選択した。PVCz/PEO系の定常光励起蛍光スペクトル、時間分解蛍光スペクトルを解析したところ、ミクロ相分離系でありながら分子レベルで相溶(“部分相溶”)していることがわかった。熱測定からは得られないこのような知見は、エキシマー発光法が高感度であることを示している。また、PVCz/PEO系の結果から、相溶性の異なるPVCz2成分系が示す発光特性を予測した。

第3章

 この予測を検証するため、PVCz/ポリスチレン(PS)系の発光特性を調べ、PVCz/PEO系と比較した。PVCz/PS系は、PVCz/PEO系と異なる発光特性を示した。この結果、PVCz/PS系の相溶性がPVCz/PEO系よりも低いことがわかった。これにより、エキシマー発光法を用いると、相溶性の相対的な評価が可能であることがあきらかとなった。

第4章

 PVCz/ポリメタクリル酸メチル(PMMA)系の定常光電流測定をおこない、発光特性との比較から相溶性と光電流特性との相関を議論した。PVCz/PMMA系を選択したのは、相溶性を評価したPVCz/PEO、PS系では、光電流測定に必要な電極作成が困難であったためである。

 PVCz(26.48%)/PMMA系の光キャリアー生成効率はほぼ同じであった。これに対し、電荷輸送性低分子/高分子系の移動度は、電荷輸送性低分子の重量分率に強く依存することが知られている。PVCz(26.48%)/PMMA系に特徴的な光電流特性と相溶性の相関を探るため、PVCz/PMMA系の定常光励起蛍光スペクトルを測定した。この結果、PVCz/PMMA系はミクロ相分離系でありながら、分子レベルである程度相溶していることがわかった。PVCz(26.48%)/PMMA系では、PMMA連続相中のPVCz鎖の状態が類似しているため、光キャリアー生成効率がほぼ同じになったと考えられる。

第5章

 本研究では、エキシマー発光を用い、“部分相溶”の検出と異なる系の相溶性評価に成功した。さらに、ミクロ相分離系のおいて、マトリックス連続相中のPVCzが光電流特性に影響をあたえることを見出した。

 本研究の課題は以下の通りである。(1)PVCz/PEO、PS、PMMA系以外の系の相溶性を、エキシマー発光法により比較し、マクロな溶解度パラメータとの相関を議論する必要がある。(2)エキシマー発光法のみでは、ミクロ相分離構造におけるドメインの具体的なサイズは不明である。これを知るために,近接場光学顕微鏡をもちいて、エキシマー発光の強度を局所的に測定する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 ポリピニルカルバゾール(PVCz)は、光導電性、電荷輸送性を示す典型的な高分子である。1970年代には、電子写真感光体として実用化された歴史をもつ。1990年代に入り、エレクトロルミネッセンス材料、フォトリフラクティブ材料など、複合体の構成成分として利用されるようになった。このような材料の特性は、相溶性の影響を強く受けることが予想されるが、機能と相溶性の相関を検討した研究は、重要であるにもかかわらずこれまで報告されていない。特にエレクトロルミネッセンス性のPVCz/共役高分子2成分系において、最適な混合比は、試行錯誤に依存しているのが現状である。その理由として、(1)PVCz、共役高分子の両者が電荷輸送性を示し、電荷輸送能と相溶性の相関の議論が困難であること、(2)適切なナノメータスケールでの相溶性評価法が存在しないこと、が挙げられる。

 本論文では、上記(1)の問題点を回避するため、PVCzと電荷輸送能を示さない高分子を混合した系を取り扱い、(2)の解決に向けて、PVCzのエキシマー発光法を用いて相溶性を評価する方法を提案している。具体的には、エキシマー発光法の相溶性評価における有用性を検討したのち(第2章)、3種類のPVCz2成分系の相溶性を比較している(第3章)。さらに、相溶性を評価した系の光電流特性を検討し、相溶性が光電流特性にあたえる影響を考察している(第4章)。

 第1章では、PVCzのエキシマー発光特性、光電流特性における過去の研究を分析し、PVCz2成分系における両特性がこれまでに報告されていないこと、また両特性を研究する意義について説明している。また、定常光照射時の光電導は、エレクトロルミネッセンスの逆過程に相当し、相溶性との相関を議論するうえで興味ある対象となることが示されている。

 第2章では、熱測定の既報からミクロ相分離系と判明しているPVCz/ポリオキシエチレン(PEO)系について、エキシマー発光特性を検討している。定常状態蛍光スペクトル、蛍光減衰曲線を解析した結果、部分重なり型エキシマーサイトから、モノマーへのデトラップをへて、完全重なり型エキシマーサイトへエネルギーが伝達する過程が、PVCz鎖の凝集により促進されることをあきらかにした。これにより、相溶性の高いとき、完全重なり型エキシマー発光に対する部分重なり型エキシマー発光の相対強度が減少することを示し、PVCzのエキシマー発光の相溶性評価における有用性を示している。この過程で、PVCz(40-80%)/PEO系における部分重なり型エキシマー発光の相対強度が、PVCz(100%)の値よりも大きな一定値をとることを見いだした。この結果から、PVCz/PEO系がミクロ相分離系でありながら、局所的に相溶している可能性を指摘し、PVCz/PEO系が<部分相溶>系であるとの提案をおこなっている。

 第3章では、PVCz/PEO系にくわえて、PVCz/ポリスチレン(PS)系、PVCz/ポリメタクリル酸メチル(PMMA)系について、相溶性評価をおこなっている。PS、PMMAはいずれも典型的なマトリックス高分子である。定常状態蛍光スペクトルを中心に、位相鎖顕微鏡写真、蛍光顕微鏡写真、示差走査熱量測定などの結果も検討し、相溶性が低い順に、PVCz/PS系、PVCz/PEO系、PVCz/PMMA系となることをあきらかにしている。同時に、定常状態蛍光スペクトルがもっとも明瞭にこれらの情報をあたえることを示している。

 第4章では、相溶性を評価したPVCz/PMMA系について、定常光電流特性の検討をおこなっている。この結果、PVCz(26%)/PMMA系、PVCz(48%)/PMMA系のキャリアー生成効率(吸収した光子1個あたりのキャリアー数)が同一になることを見いだした。これに対し、低分子ジアミン/マトリックス高分子系では、キャリアーの移動度が、低分子ジアミンの重量分率に強く依存することが知られている。そこで、PVCzの重量分率に依存しない、このようなキャリアー生成効率の特異性と、PVCz/PMMA系の相溶性の相関を議論している。PVCz/PMMA系が高い相溶性を示す(第3章から得られた知見)ことから、PMMA連続相中に溶解したPVCz鎖が、キャリアー生成効率の特異性に影響をおよぼしていると考察している。また、定常状態蛍光スペクトルは、PVCz(26%)/PMMA系では、PVCz(48%)/PMMA系よりもPVCz鎖が分散していることを示しているにもかかわらず、両者のキャリアー生成効率が同一になっている。その理由として、定常状態蛍光スペクトルがPVCz豊富相を反映するのに対し、キャリアー生成効率が、PMMA豊富相の影響を強く受けている可能性を示唆している。

 第5章では、本論文により得られた新たな結論とその意義を述べ、本論文の発展として今後の課題を説明している。

 以上のように、本論文は、PVCz2成分系において、エキシマー発光特性の相溶性評価における有用性を示し、相溶性が定常光電流特性にあたえる影響を示している。高分子2成分系における相溶性と物性の相関に関する研究は、これまで構造材料に関するものがほとんどであった。本論文のように機能材料を含む高分子2成分系において、相溶性と物性の相関を検討した例は珍しく、今後の光機能材料複合体の分子設計における指針となり、高分子物理化学の発展に寄与している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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