学位論文要旨



No 116150
著者(漢字) 石野,博重
著者(英字)
著者(カナ) イシノ,ヒロシゲ
標題(和) 6族遷移金属上での窒素分子およびアセチレンの活性化と変換
標題(洋) Activation and Transformation of Molecular Nitrogen and Acetylene on Group6Transition Metales
報告番号 116150
報告番号 甲16150
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4987号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石井,洋一
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 助教授 八代,盛夫
内容要旨 要旨を表示する

 低原子価の遷移金属錯体、とりわけ{M(phosphine)4}の組成をもつ0価のモリブデンおよびタングステン錯体の金属フラグメントが様々な小分子化合物の活性化に有効であることはよく知られている。本研究ではこのフラグメントを用いた窒素分子およびアセチレンの活性化と変換反応について検討を行った。

 まず、窒素分子から含窒素複素環化合物の直接的合成法の開発を検討し、最も重要な含窒素有機化合物の一つであるピリジンを合成する方法を確立した。

 また、窒素固定酵素ニトロゲナーゼにおける窒素分子の活性化が多核金属サイトで進行していることから、多核窒素錯体における窒素分子の高度な活性化が最近注目を集めている。しかしながら異種金属を含む多核窒素錯体の例はまだ少なくその反応性はほとんど知られていない。そこで本研究では様々な架橋窒素錯体を合成し、その構造並びに反応性について検討を加えた。

 第3に、配位窒素分子の反応性検討の過程できわめて稀なd65配位モノアセチレン錯体が合成できることを見出し、いくつかの反応性を明らかにした。

【1】ピリジニオイミド錯体の合成と反応性

 窒素錯体cis-[W(N2)2(PMe2Ph)4](1)の配位窒素分子をプロトン化および配位子交換して得られるヒドラジド(2-)錯体にピリリウムカチオンを反応させると、錯体上に配位窒素由来のピリジン環を有する(1-ピリジニオ)イミド錯体(2-5)が収率良く得られた。

 さらに、得られた錯体は水酸化カリウムやコバルトセンとの反応により容易にN-N結合の開裂を起こしピリジン誘導体を与えることが判明した。本研究で合成したピリジニオイミド錯体は、金属錯体上における窒素分子からアンモニアへの変換の重要な中間体の一つであるヒドラジジウム錯体の一種であると考えられるが、今回見出された一連の反応は単離されたヒドラジジウム錯体で実際にN-Nの結合の開裂が認められた最初の例であり、窒素固定の研究に重要な知見を与えるものである。

【2】ボリルジアゼニド錯体の合成と構造

 配位窒素分子の新たな反応性開発を目指して窒素錯体とボラン類の反応を検討した。1,2級ボランとアニオン性窒素錯体[NBu4][W(NCS)(N2)(dppe)2](6;dppe=Ph2PCH2CH2PPh2)との反応により、配位窒素分子への直接ボリル化によるボリルジアゼニド錯体[W(NCS)(N=NBRR')(dppe)2](7,R=H,R'=CMe2-CHMe2;8,R=R'=cyclohexyl)を合成し、その構造を明らかにすることが出来た。

 さらに、窒素錯体trans-[M(N2)2(dppe)21(9a,M=Mo;9b,M=w)と9-borabi-cyclo[3.3.1]nonyl triflateの反応からは典型金属-遷移金属間の架橋錯体では非常に珍しい直線状のW-N-N-Bコアを持つ錯体[M(OTf)-(N=NBC8H14)(dppe)2](N=NBC8H14)(dppe)2](10a,M=Mo;10b,M=W)が得られることを見出した。以上の反応は配位窒素分子のボリル化反応としては最初の例であり、窒素分子の新たな反応性を見出すことが出来た。

【3】タングステン-ガリウム4核架橋窒素錯体の合成と構造

 ガリウムを含む窒素錯体の例は全く知られていないことから、ガリウム化合物と窒素錯体との反応にも検討を加えた。窒素錯体1をGa2Cl4またはGaCl3と反応させると、タングステンとガリウムを含む新規な混合金属架橋窒素錯体[{WC1(PMe2Ph)4(μ3-N2)}2(GaCl2)2](11)が得られ、X線構造解析によりその構造を明らかにした。

【4】6族と4、5族遷移金属を含む異種金属架橋窒素錯体の合成、構造、および反応性

 架橋型窒素錯体は窒素分子の高度な活性化状態として興味深い化合物である。1と4族メタロセンの反応によりタングステン-4族金属架橋窒素錯体が得られることが以前報告されているが、本研究では多様な構造の4,5族金属錯体と6族窒素錯体の反応により異種金属架橋窒素錯体を得る一般的な合成法の確立を行った。

 まず、dppeを補助配位子とする窒素錯体7,9と[CpTiCl3]を反応させることによっても架橋窒素錯体[W(NCS)(dppe)2(μ-N2)TiCpCl2],[WC1(dppe)2(μ-N2)Ti-CpCl2]が得られることを見出し、その構造の詳細を明らかにした。

 続いて、5族金属化合物と窒素錯体との反応を検討した。窒素錯体1に[Cp'MCl4](Cp'=Cp,Cp*;M=Nb,Ta)を反応させたところ、タングステンとニオブ、タンタル間に架橋二窒素配位子を持つ異種金属二核窒素錯体[WCl-(PMe2Ph)4(μ-N2)MCp'Cl3](12)が得られ、X線解析により構造の詳細を明らかにした。さらに、ニオブ、タンタルのメチル錯体と窒素錯体の反応からも同様な架橋錯体を得ることに成功した。5族金属を含む異種金属架橋窒素錯体の例は非常に限られており、架橋二窒素配位子の特徴を明らかにする上で本研究は重要な知見を与えるものである。

【5】5配位M(0)(M=Mo,W)モノアセチレン錯体の合成、構造、反応性

 低原子価金属錯体に配位したアルキン類は様々な反応性を示すことが知られており、多くの研究が行われている。中でも4電子ドナーとしてのアルキン配位子は構造化学、反応性の両面から興味が持たれている。しかしながら、5配位d6金属中心を持つ4電子供与アルキン錯体の合成例は非常に少なく、反応性も未知であった。本研究では、9にリチウムアセチリドエチレンジアミン錯体を反応させることにより、アセチレン1分子が金属上にside-on型で配位した5配位モノアセチレン錯体[M(HC≡CH)(dppe)2](13a,M=Mo;13b,M=W)が得られることを見出し、このアセチレン配位子が4電子供与性であることを明らかにした。

 さらに13とフェロセニウム塩および酸との反応では、溶媒の種類によってカチオン性アセチレン錯体、メタラシクロプロペン錯体、カルビン錯体と各々異なる生成物を与えるという興味深い事実を見出した。アルキン炭素への求核攻撃によるメタラシクロプロペンの生成にはいくつかの例が知られているが、分子内の配位リン原子が求核的にカップリングする例はこれまでに報告がない。またモリブデンのメタラシクロプロペン錯体が安定なのに対して、タングステンのメタラシクロプロペン錯体は容易にかつ可逆的にP-C結合の開裂・再形成を起こすなど、中心金属の違いに基づく反応性の相違についても興味ある事実を見出した。

審査要旨 要旨を表示する

 低原子価の遷移金属錯体、とりわけ{M(phosphine)4}の組成をもつ0価のモリブデン孝よびタングステン錯体の金属フラグメントは様々な小分子の活性化に有効である。本研究ではこのフラグメントを用いた窒素分子およびアセチレンの新規な活性化と変換反応についての研究に関するものである。本論文は6章より構成されている。

 第1章は序論であり、本論文の主題である{M(phosphine)4}の組成をもつ0価のモリブデンおよびタングステン錯体上での様々な小分子、特に窒素分子の活性化ならびに変換反応と、多核窒素錯体における窒素分子の反応性について、従来の研究状況を概観し、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では窒素分子から含窒素複素環化合物の直接的合成法の開発に関する研究として、最も重要な含窒素有機化合物の一つであるピリジンの合成について述べている。窒素錯体の配位窒素分子をプロトン化および配位子交換して得られるヒドラジド(2-)錯体にピリリウムカチオンを反応させることにより、錯体上に配位窒素由来のピリジン環を有する(1-ピリジニオ)イミド錯体を合成することに成功した。さらに得られた錯体は水酸化カリウムあるいはコバルトセンとの反応や熱分解によっても容易にN-N結合の開裂を起こし、ピリジン誘導体を与えることが明らかとなった。本研究で得られた錯体は、金属錯体上における窒素分子からアンモニアへの変換の重要な中間体の1つであるヒドラジジウム錯体の一種と考えられるが、今回見出した一連の反応は単離されたヒドラジジウム錯体で実際にN-N結合の開裂が認められた最初の例となるものである。

 第3章では配位窒素分子のボリル化によるボリルジアゼニド錯体の合成と構造について述べられている。アニオン性タングステン窒素錯体に1、2級ボランを反応させることにより、末端窒素原子が直接ボリル化されたボリルジアゼニド錯体を合成し、その構造の詳細を明らかにした。さらに無電荷の窒素錯体と9-BBN-OTfの反応からは典型金属-遷移金属間の架橋窒素錯体では非常に珍しい直線状のW-N-N-Bコアを持つボリルジアゼニド錯体が得られることを明らかにした。以上の結果は配位窒素分子のボリル化反応としては最初の例となるものであり、窒素分子の新たな反応性を見出すことに成功した。

 第4章ではガリウムを含む窒素錯体の合成と構造について述べられている。窒素錯体にGa2Cl4またはGaCl3を反応させることにより、タングステンとガリウムを含む新規な4核架橋窒素錯体を合成し、その構造をX線構造解析により明らかにした。本研究で得られた錯体はガリウムを含む窒素錯体の例としては初めてのものである。

 第5章では6族と4、5族遷移金属を含む異種金属架橋窒素錯体の合成、構造、および反応性について述べている。窒素錯体と様々な4、5族金属化合物との反応により、タングステンとチタン、ニオブ、タンタル間に架橋二窒素配位子を持つ異種金属二核窒素錯体を合成し、X線解析により構造の詳細を明らかにした。さらに、ジルコニウム、ニオブ、タンタルのメチル錯体と窒素錯体の反応からも同様な架橋錯体を得ることに成功した。また、得られた架橋錯体と硫酸との反応ではアンモニアが選択的に得られたが、これは同種の金属で架橋された錯体がヒドラジンを生成する傾向が強いことと対照的な結果であった。ここで合成したタングステン-チタン架橋窒素錯体がオレフィンの重合に関して極めて高活性であることも見出した。窒素固定酵素ニトロゲナーゼにおける窒素分子の活性化が多核サイト上で進行していることから、多核窒素錯体における窒素分子の高度な活性化が注目を集めているが、異種金属架橋窒素錯体の例は非常に限られており、架橋二窒素配位子の特徴を明らかにする上で本研究は重要な知見を与えるものである。

 第6章では特異な5配位0価モノアセチレン錯体の合成と反応性について検討した結果を述べている。モリブデン、タングステンの窒素錯体に過剰量のリチウムアセチリドエチレンジアミン錯体を反応させることにより、アセチレン1分子が金属上にside-on型で配位した5配位0価モノアセチレン錯体が得られることを見出し、このアセチレン配位子が4電子供与性であることを明らかにした。本錯体は4電子供与アセチレン配位子を含むd65配位金属錯体のきわめて稀な例である。さらに本アセチレン錯体とフェロセニウム塩および酸との反応では、溶媒や中心金属の種類によってカチオン性アセチレン錯体、メタラシクロプロペン錯体、カルビン錯体などの異なる生成物を与えるという興味深い事実を見出している。

 以上のように、本論文では{M(phosphine)4}の組成をもつ0価のモリブデンおよびタングステン錯体フラグメントを用いた窒素分子およびアセチレンの活性化と変換反応について検討し、構造的に特徴ある窒素錯体、アセチレン錯体を合成するとともに様々な反応性を開発することに成功した。その成果は有機金属化学、有機工業化学の進展に寄与するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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