学位論文要旨



No 116154
著者(漢字) 上條, 俊介
著者(英字)
著者(カナ) カミジョウ, シュンスケ
標題(和) 時空間Markov Random Fieldモデルに基づく交通画像解析の研究
標題(洋) Traffic Image Analyses based on Spatio-Tempral Markov Random Field Model
報告番号 116154
報告番号 甲16154
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4991号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 相田,仁
内容要旨 要旨を表示する

 ITS(Intelligent Transportation Systems)に関する研究において、交通事故の削減や渋滞緩和は社会的要請も強く、最も重要な目的の一つである。このためには、交通事象を詳細に分析し、その結果をもとに交通監視システムを確立することが不可欠である。

 この目的には、誘導コイルや超音波センサーを用いた車両検知器を使用するのみでは十分な情報が得られず、画像における車両の正確なトラッキングが不可欠である。しかし、従来のトラッキング技術の成果によると、極めて曖昧な情報しか得られないという実情がある。この主な原因は、オクルージョンが様々な状況で生じるためである。このため、空いている交通で、かつ、直線走行を仮定するなどしなければこの問題を解くことができなかった。そして、このことが交通画像の詳細な分析を自動で行い、実際に交通流を自動で監視するにあたっての大きな壁となり、いっこうに実用的に意味のある交通監視システムを確立することに発展し得なかったのである。本研究の前半では、様々な混雑やオクルージョンの状況での正確なトラッキングを可能とするためのアルゴリズムを開発し、後半では、この正確なトラッキング結果を用いての交通事象把握に関する研究を行った。

 前述のように、車両トラッキングでは、従来から最も困難な課題の一つとしてオクルージョンの問題があり、安定したトラッキングを実現することが困難な状況であった。この問題を扱う様々な研究がなされてきたが、例えば、高速道路における直線走行を仮定するなど、本質的な解決にはなって至らなかった。あるいは、車両の形状モデルを仮定する方法も提案されているが、こちらは良好な結果すら得られていない。とくに、本研究では大きな交差点や複雑な合流部を対象としているため、様々な大きさ、形状の車両が様々な動きをすることにより、オクルージョンも様々な条件で生じる。また、そもそも交通事故や危険行為に関わる車両の挙動は仮定に沿わないものであるため、従来の直線走行や空いている状況に適用していた、線形軌道予測や車両形状モデルを仮定することは根本的に目的と矛盾し、これらとは異なる新たなパラダイムが必要とされる。

 そこで、本論文ではあらゆる仮定を排除し、トラッキングを時空間画像中の領域分割の問題としてとらえるという新たなパラダイムを提唱する。即ち、時空間画像の領域分割という視点に立って、互いに重なりオクルージョンを生じている車両同志を分離する手法である。

 ここで、従来から静止画像の修復や領域分割に有効な手法として良く知られているものに、物理学における統計力学の考え方を応用したMarkov Random Fieldモデルがある。このモデルは、隣接ピクセル同志は画素値が近似している確率が高いこと、隣接ピクセル同志は同じ領域に属している確率が高いことなどの性質を用い、最も確からしい領域に分割するものである。

 本論文では、このMRFモデルを時空間画像の領域分割に拡張適用すべく、独自に時空間MRFモデルを定義した。具体的には、一枚の画像中のみならず、時空間画像中の隣接した画像同士での領域の連続性(図1(a))やテクスチャ相関(図1(b))を評価し、時空間画像中に移動物体が描く軌跡が形成する領域の分割を確率緩和過程を用いていて最適化する。

 本手法により、図2に示すようにオクルージョンを生じている場合でも、互いの車両を分離したトラッキングが可能となった。このアルゴリズムを神田駿河台下交差点の映像に適用した評価実験を行ったところ、オクルージョンの生じている状況において約95%の成功率でトラッキングを行うことができた。

 さらに、上記アルゴリズムを改良し、各ブロックごとに動きベクトルを最適化する等により、高速道路の合流地点における低画角及び正面画像という車両の分割にとって最もきびしいとされる条件においても、90%以上の車両を正確にトラキングすることに成功した(Figure.3)。このアルゴリズムの最大の特徴は直線走行や車両形状モデルなども仮定せず、濃淡画像から得られる情報のみを用いることで実現できるため、汎用性が高く、また安定性も高いことから、複雑な挙動を示す車両を正確に追跡することができる点にある。

 そこで、本論文の後半では、上記トラッキングをもとにした交通事象把握手法を開発し、実験を行った。従来から時系列画像の認識分類に関する研究は多く行われており、その代表例が隠れマルコフモデル(HMM)を用いた手法である。しかし、従来研究の多くは、画像から得られる画素値そのものを観測量としているため、特定の場所を固定された画角から撮影された映像にしか使用できないものとなっていた。この点、本研究における事象把握は、異なる交差点を異なる画角で撮影した状況に一般的に適用することを考えているため、交差点形状等に依存しない特徴量を導入することが重要である。

 具体的には、トラッキングの結果をもとに、2台の車両の動きベクトルの差分を、互いの車両の距離で割ったベクトルを2次元空間の中で量子化した時系列観測量をHMMにより学習・認識する手法を試みた。2台の車両の関係に注目した理由は、衝突など、事故に特有の特徴量シーケンスを交差点形状等に依存しない形で抽出するためである。動きベクトルの差分を車両同志の距離で割ることとしたのは、同じ速度差でも近い距離にある方がより危険な状態だからである。

 本アルゴリズムにより、交通映像の中で車両同志めすれ違い、追い抜き等の通常状態を4つの状態に分けて認識分類実験を行ったところ、85-93%の成功率で認識することができた。最後に、HMMを用いて、画像中から事故に類似する時系列データを通常状態から識別した後、明示的な交通規則と併せて事故を判定する手法を提案し、実際の事故検出にも成功した(図4)。

図1:時空間MRFにおける評価関数

図2:時空間MRFによるトラッキング結果

図3:正面画像のトラッキング結果

図4:衝突事故検出

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Traffic Image Analyses based on Spatio-Temporal Markov Random Field Model」(時空間Markov Random Field Modelに基づく交通画像解析の研究)と題し、事故削減や渋滞緩和といった近年特に重要となりつつある社会問題に取り組むべく、画像認識技術を用いた都市の交差点や高速道路の合流部における複雑な交通事象の把握についての一連の研究をまとめたもので英文9章で構成されている。

 第1章は「Introduction(序論)」であり、本研究の背景・目的および交通事象把握に関する過去の関連研究について述べている。

 第2章「Overview of the Research(研究の概要)」では本研究の位置づけと全体構成について述べている。

 第3章「Traffic Monitoring System(交通監視システム)」では本研究に利用する様々な交通事象に関する画像データベースを取得するための実験環境について述べている。本研究では、独自に事象データを収集するため、神田駿河台下交差点にカメラを設置し、交差点全景の定点観測を約2年続けている。その成果として、事故を始めとするニアミス、渋滞、違法駐車などの様々な画像データを取得している。

 第4章「Occlusion Robust Tracking Algorithm utilizing Spatio-Temporal Markov Random Field Model(時空間Markov Random Field Modelを用いた隠れにロバストなトラッキングアルゴリズム)」では、従来から未解決であった車両同志の隠れがある状況でのトラッキングの問題を、時空間画像の領域分割の問題と捉えて解決している。時空間画像の領域分割の問題を定式化するため、時空間Markov Random Fieldモデルという確率モデルを独自に定義し、車両同志が重なっている場合でも、個々の車両に属する部分を分割することに成功している。これにより、非常に混雑した交通においても、微細な挙動解析が可能となり、交通監視技術に大きな発展が期待される。

 第5章「Global Optimization through Accumulated Spatio-Temporal Images(蓄積された時空間画像における大域的最適化)」では、車両のトラッキングにおいて最悪条件の一つとされる低画角正面画像にも適用できるように時空間 Markov Random Fieldデルを改良し、約50フレーム(5秒問)蓄積した時空問画像を大域的な最適化を行ない領域分割している。その結果、低画角正面画像においても90%以上のトラッキング成功率を達成している。

 第6章「Toward Behavior Analyses of Vehicles utilizing ST-MRF Model(時空問MRFモデルを適用した車両の挙動解析へ向けて)」では、本成果の応用方式について検討を行っている。

 第7章「Classifying Normal Traffics by using Hidden Markov Model(隠れマルコフモデルによる通常交通状態の分類)」では、交差点映像において車両をトラッキングした結果を用いて、これらの動きを隠れマルコフモデル(HMM)で分類することに成功している。具体的には、2台の車両の相対位置および相対動きベクトルに基づき得られる観測量の時系列パターンを、通常のすれ違いにおける4通りのパターンに分類することにより、通常の交通流を監視することができるこを示している。

 第8章「Accident Detection utilizing HMM(隠れマルコフモデルを適用した事故検出)」では、追突事故特有のシーケンスをHMMに学習させ、上記の4通りの通常パターンと分類・識別することにより、交差点映像の中から事故車両を検出するのに成功している。その際、停車してはいけない領域や事故車両の周囲を通過する車両の動きを参照することにより、事故車両を発見する精度を高める試みを行っている。

 第9章は「Conclusion(まとめ)」であり、本論文における時空間MRFモデルの独自性およびこれを利用したトラッキングアルゴリズムの性能の優位性、さらにはかかる高精度のトラッキングにより始めて可能となる微細な交通状態把握の手法について、まとめと将来展望を述べている。

 以上これを要するに、本論文は、将来の交通画像解析、交通監視技術に大きな変革をもたらし得る基礎技術を時空間マルコフランダムフィールドモデルなどの独創性のある手法をベースに開発し、実用レベルの車両の挙動解析と、交通状態の認識を実現したもので、情報工学上資する所が少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク