学位論文要旨



No 116160
著者(漢字) 趙, 小如
著者(英字)
著者(カナ) チョウ, ショウル
標題(和) 不純物をドープしたBi2212超伝導体の磁気的性質に関する研究
標題(洋) Study on Magnetic Properties of Impurity-doped Bi2212 Superconductors
報告番号 116160
報告番号 甲16160
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4997号
研究科 工学系研究科
専攻 超電導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 野原,実
内容要旨 要旨を表示する

 高温超伝導体における磁束系の統計力学および動力学を支配する重要な要素として、熱ゆらぎや量子ゆらぎなどの動的効果と固定化された乱れのような静的効果が挙げられる。

高温超伝導体は、通常の超伝導体にくらべてはるかに大きなギンツブルグ数Gi〜102[(Tc/Hc2yξ3)2/2]と量子抵抗Qu〜10-1[(e2/h)(Pn/yξ)]を有するため、磁束格子の融解・新たな磁束液体相の発現、巨視的量子効果などの、本質的で興味深い現象を示すことが知られている。系に乱れを導入すると、アブリコソフ格子は磁束グラスへと変化するが、磁束液体相は液体状態を維持する。高温超伝導体における熱的および量子力学的ゆらぎの効果を説明するために、古典的な弱い集団的磁束ピニングの理論が改良され、また、ランダムポテンシャル場におかれた弾性媒質における新たなスケーリングの考え方が導入された。これらの理論によって、数多くの新しい現象、例えば超伝導転移点におけるブロードな抵抗率の変化、熱誘起磁束フロー、巨大な量子クリープ、固体状態のガラス性などが合理的に説明される。一方で、酸化物の強い層状構造は、ピニングや磁束クリープの機構をさまざまに変化させるため、熱力学的相図には、レイヤーデカップリング転移のような新たな特徴が現れる。

 このような見方に立って具体的詳細を検討すると、一次相転移(FOT)、二次相転移(SOT)、およびH-T相図におけるピーク効果(PE)は、直接的に乱れと異方性に関係している。H-T相図を説明するためにさまざまなモデルが提案されているが、個々のモデル間には明らかな考え方の相違が存在し、統一的な見解は得られていない。これまでのモデルでは、以下のような実験事実を説明することができない。(1)高温においてFOTは表面障壁のみで制御されているのか?高温における液体核形成のような複雑な挙動をどのように説明するのか?(2)強磁場下においてSOT付近におけるM(T)の2段目の転移をどのように説明するのか?超伝導のバックグラウンドは、本当にミュラーの提案する結合した超伝導ガラス状態によるものなのか?(3)ピーク効果の起源については広範囲にわたって議論がなされてきたが、いまだ議論の余地が残されている。

 本研究では、極めて異方性の強いBi2212単結晶を候補として選択し、磁束の挙動について、実験的研究を行った。具体的には(1)磁性不純物Coおよび非磁性不純物Znドープの効果について比較検討し、(2)新たな評価手段である走査型SQUID顕微鏡(SSQM)を用いた磁束の直接観測を行った。特に2つの観測事実、(1)SSQMにより観測された磁束のトラップ効果、および(2)Bi2212単結晶における磁化異常について詳細に議論する。

1. HTSCにおける磁束トラップ効果のSSQMによる直接観察

 弱磁場下における高温超伝導体における磁束量子の挙動を調べるために、(La1-xSrx)2CuO4およびBi2212単結晶を用い、種々の温度および外部磁場(最大1G)の下でab面内にトラップされた磁束量子をSSQMにより観察した。磁束の分布および本質的な特徴は2つの系で異なっており、異なるピニングのメカニズムが作用していることを示唆した。

1-1. La214単結晶

(a)観測された磁場強度像は、Tc以下で明らかに磁束がΦ0(=hc/2e)単位で存在していることを示した。すなわち、それぞれのピニングサイトに1つの磁束がトラップされる。過剰ドープされた単結晶試料内にトラップされた磁束は1次元方向に整列する傾向を示した(ストライプ構造)のに対し、最適ドープされた単結晶試料における磁束はランダムに分布した。

(b)試料温度を下げていくにつれ、均一に磁場が侵入した正常状態が徐々に不均一なマイスナー状態に変化し、最終的に磁束が排除されて行く様子が観測された。

(c)外磁場40mGを印加すると、磁束は試料内部で再配列した。磁束の密度は高くなるがストライプ構造は保持され、ストライプ間隔は狭くなった。しかしながら、それぞれの磁束は各々識別することができ、磁束の集合はおこらなかった。

1-2. Bi2212単結晶

(a)La214と比較してBi2212単結晶の顕著な違いは、磁束が互いに集合して磁束バンドルを形成する傾向が見られたことである。ただしこのとき、単一の磁束をトラップしたピニングサイトも同時に存在する。不純物未ドープの純Bi2212系、CoおよびZnをドープしたBi2212系のいずれの試料でもストライプ構造が共通に観測されたが、不純物をドープした系でのストライプ構造はより顕著であった。

(b)磁束バンドルの温度依存性もまた、La214系における単一磁束の場合とは異なる挙動を示した。La214系では、磁束の観測されるTc以下では、広い温度範囲にわたって磁束は温度変化に対し比較的安定であった。これに対してBi2212系における磁束バンドルはTc直下ではある程度の広がりを持っており、温度を下げるにつれて次第に広がりが抑制され、固定化されて行くことがわかった。高温下における磁束間の反発力は無視できず、磁束の隣接ピニングサイトへの移動が観察された。

(c)もうひとつの特徴は、1Gまでの外磁場を印加した時の磁束再分布がストライプ構造の線に沿った方向のみで起こることである。すなわち磁束は常にストライプ上のピニングサイトにのみ存在する。したがって外磁場強度を増すと磁束バンドルはストライプ上で密に詰まって行き、各々の識別は不可能になって行く。La214系の場合とは異なり、磁束がストライプ間の領域をまたいで移動することはない。また、ストライプ間隔は外磁場強度を増加させても短くはならない。

 (d)Tc付近の温度において外部磁場強度を変化させることにより、混合状態における磁束の挙動について観察を行った。混合状態においてもなお、低温条件下と同様に、磁束は主としてストライプに沿ったピニングサイトにトラップされる傾向を示した。ただしこの場合ストライプ間に存在する磁束も明瞭に観測された。この結果だけから磁束が固体相、液体相のいずれに属するかを判別することは難しい。しかしながら、混合状態においてこの異常なストライプ構造が磁束の挙動に及ぼす影響については十分に検討する必要があると思われる。

(e)ストライプ構造に対する不純物添加効果についても検討した。Coドープに伴ってストライプ間隔は増加して行く傾向を示した。これに対しZnドープ系ではネットワーク型の磁束配列が観測された。すなわち、非常に強い一次元的な配列と交差する第二のストライプ構造が形成されることがわかった。

2. Bi2.1Sr1.8Ca(Cu1-xMx)2Oy(M=Co,Zn)単結晶における磁化異常

 Bi2212系の磁化異常に対するCoおよびZnドープの効果について研究した。両不純物ドープ系で臨界電流密度Jcおよび不可逆磁場Hirrは大きく異なる挙動を示した。Coドープ系では、Hirr(T)およびJcの次元クロスオーバー温度は互いによく対応しており、2次元磁束の集団的ピニングを示唆している。Coドープに伴い、Hirr(T)曲線はH-T相図上で下方にシフトして行き、Jcは系統的に低下する。しかし、Znドープ系においては、クロスオーバー温度の相関は見られなかった。Hirr(T)の挙動は既存のモデルによって説明することはできない。Znドープ系におけるJcは一般に非ドープ系よりもはるかに高いJcを示し、Znドープ量とともに徐々に減少することがわかった。このことは、微量のZn添加が大きなTc低下を伴わずにHirr(T)およびJcを増加させるのに有効であることを示している。CoおよびZnドープのもたらす対照的な効果について簡単に議論を行う。

3. SSQMで観測された巨視的スケールで配列する欠陥の起源に関する考察

 これまでのところ、巨視的スケールで配列するピニングサイトの正確な起源はわかっていない。La214系のSEM観察の結果、Sr濃度の高い領域と磁束をトラップするピニングサイトには対応関係のないことがわかった。また、STM観測結果から、微視的スケールで分布するCoおよびZn不純物サイトもピニングサイトと無関係であることがわかった。他の可能性についても種々検討し、実験的に原因の特定を行う予定である。ストライプ構造に関しては、単結晶育成時にもたらされる化学組成の不均一性、あるいは小傾角の影響が考えられる。一方磁束バンドルはおそらく不均一に分布した原子スケールでの欠陥に由来するものと考えられる。EDXおよび一次元X線回折は、それぞれ化学繊の不均一性および小傾角を評価する強力なツールであり、現在比較実験による検討を進めている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,不純物を添加したBi2212系高温超伝導単結晶の磁気的な振る舞いを,マクロ及びミクロの2種類のプローブを用いて系統的に調べ,その実用化に当って不可欠な情報である強いピニングサイトに関して考察し,新たなモデルを提案している.

論文は全4章からなる.

第1章では,高温超伝導体に関して現在までに提案されている磁気相図やピニングサイトについて概観し,実用上重要となる第2ピークの起源とその理論的な背景がまとめられてしいる.

第2章では,主に,Co及びZnを添加したBi2212単結晶膜の合成と,SQUID磁束計を用いたマクロな磁気特性について述べられている.それぞれの試料の臨界電流密度(Jc)と不可逆磁場(Hirr)を比較したところ,全く異なる振る舞いを示すことが明らかとなった.Co添加系では,JcとHirrとのクロスオーバー温度が一致し,また添加量の増加とともに,Hirr(T)はHT相図上の下方に移動し,Jcも系統的に減少することが示された.これに対しZn添加系では,Jc, Hirr のクロスオーバー温度間には相関は見られず,さらに,極少量のZnを添加することにより,超伝導転移温度(Tc)の大きな低下を招くことなく,Hirrを増大できることを提示した.

第3章では,単結晶試料中に捕捉された磁束量子の走査型SQUID顕微鏡(SSQM)観測にっいて述べられている.Bi2212単結晶を弱磁場下で冷却し,SSQMを用いて局所磁場の空間分布を測定した結果,結晶中に多数の磁束量子が捕捉されている様子を可視化することに成功した.観測された磁気構造の多くは磁束量子φoの整数倍の磁束量を持っていたが,個々の磁場分布を精密に調べたところ,μm以下の領域に複数の磁束量子が集団として存在することが明らかとなった.不純物を添加していない試料では,磁束量子の集団はほぼランダムに分布していたが,磁場中冷却の際の外部磁場を大きくするにつれ,1次元的に配列する傾向が認められた.同様の傾向は,Co添加試料でより顕著であり,10mGレベルの弱磁場下でも,明確な1次元構造が観測された.また,同構造は結晶軸方位と相関があり,(100),(010)あるいは(110)方向に沿って配列することを見出した.磁束量子の分布はCo添加量にも依存し,添加量が増すに従い,1次元配列間の間隔が広がることを明らかにした.本研究により,少量の不純物添加によりBi2212系に強いピン止めサイトが導入できるという,工業的に有用な知見が提示された.一方,比較のため行ったLa214系のSSQM観察からは,大きく異なる磁束量子の振る舞いが明らかとなった.La214系の場合,観測された磁気構造は全てφoであり,集団的な挙動は見られなかった.さらに,最適ドープ試料では磁束量子の分布はランダムであるのに対し,過剰ドープ試料では,結晶軸に対し任意の方向に磁束量子が1次元配列する様子が観測された,また,温度依存性の測定からは,Tcの異なる領域が存在することが確認され,その分布はボルテヅクス配列と相関していることが示された.

第4章では,単結晶試料のミクロな構造,組成分析が検討され,それらの結果を元に,磁束量子の1次元構造の起源について議論がなされた.Bi系単結晶の組成分析から,Cuを基準としてBi,Srの濃度が空間的に変調していることが示された.また,組成分析とSSQM像との比較より,Bi,Srの濃度が高い領域に磁束量子が捕捉されていることが初めて明らかとなった.一方,ピン止めサイトとしてもう一つの有力な候補である粒界の存在を確認するため・2次元X線回折測定が試みられた.その結果,Bi2212系では,少なくとも10μmのレベルでは粒界が存在しないことが判明した.以上の結果より,Bi2212系における1次元磁束配列の起源として,組成変調が最有力であると結論した.これに対し,La214系では,結晶の成長方向であるa軸に沿って幾つかの小傾角粒界が観測されたが,同粒界と磁束量子の分布との間に特別な関係は見られず,従って,少なくともLa214系では小傾角粒界は強いピン止めサイトとして作用しないことが確認された.ただし,La214系については高精度の組成分析が困難であり,ピン止めサイトを特定するには至らなかった.

以上述べたように,本研究はBi2212系高温超伝導体の磁気構造について重要な知見を与えるものであり,特に同材料の実用化の見地から,この分野における今後の発展に寄与すると認められ,高く評価できる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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