学位論文要旨



No 116161
著者(漢字) 安田,直人
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,ナオト
標題(和) 高酸化物イオン伝導性ビスマス層状構造酸化物の設計
標題(洋)
報告番号 116161
報告番号 甲16161
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4998号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 助教授 岸本,昭
内容要旨 要旨を表示する

 次世代のエネルギーシステムとして固体電解質燃料電池が注目されるにつれ、その電解質としてより低温で、高いイオン伝導度を示す物質の開発が望まれている。様々なイオン伝導体が知られる中で、中温度域(800-600℃)で高いイオン伝導性を示す物質としてビスマス層状構造酸化物に属するバナジウム酸ビスマス(Bi2vo5.5)が知られている。

 このビスマス系層状構造酸化物は、一般式が(Bi202)2+(Am-1 BmO3m+1)2-(ただし、A:pb,Bi,Ba,Ca,K,Sr...、 B:Ti,Nb,Ta,Fe...、m:BO68面体数1〜5)で表され、酸化ビスマス層(Bi2O2)2+とペロブスカイトブロック(Am-1,BmO3m+1)2-がc軸方向に交互に積層した層状の結晶構造をしている。Bi2vo5.5は温度変化に伴い低温安定α相から高温安定γ相へと相転移を起こすが、バナジウム(v)サイトをCu,Niのような異種原子価を持つ元素で置換すると、酸素空孔位置が無秩序化した高温相のγ相が室温まで安定し、低い温度領域でも高い酸化物イオン伝導性を示す事が知られている。その為、現在までに様々な元素による置換が報告され、高温安定γ相の室温での安定化が研究されてきた。しかし、層状構造に起因する酸化物イオン伝導の異方性の解明や低酸素分圧下での安定性など、基本的な物性については殆ど明らかにされていない。

 本研究では、安定性に優れた高酸化物イオン伝導性材料をビスマス層状構造酸化物において設計する事を目指し、結晶を構成する酸化ビスマス層・ペロブスカイトブロックそれぞれの導電率の分離評価、低酸素分圧下での導電率変化、mの値の異なる系での導電性評価を行い、層状構造に由来する酸化物イオン伝導性の解析を行った。

第一章は序論であり、研究の目的と意義について、現在までに知られている酸化物イオン伝導体とその研究の流れ、応用が期待される燃料電池に要求される特性などの観点から述べた。燃料電池としての応用を視野に入れて固体電解質を開発する場合、より低い温度で高い導電率を示す材料、低酸素分圧下でも安定な材料の設計が必要である。様々な酸化物イオン伝導体の研究状況、問題点などを挙げ、固体電解質型燃料電池の電解質として応用可能な物質としてビスマス層状構造酸化物系のイオン伝導体の可能性を検討した。

第二章では研究の対象物質として選んだ、ビスマス層状構造酸化物の基本物性と現在までの報告をまとめた。高い酸化物イオン伝導性を示す事で知られるBi2vo5.5系の酸化物は、高温安定相において結晶内に含まれる酸素空孔が無秩序化して高酸化物イオンを示す。この高温安定相の室温での安定化の研究の流れや、高酸化物イオン伝導体を設計していくうえでの問題点、調査されていない不明点などを紹介し、研究方針を説明した。

 第三章では、ビスマス層状構造酸化物の単結晶体において報告されているa、c軸方向の導電率の電気的な異方性について、酸化ビスマス層、ペロブスカイトブロックそれぞれの電気的な特性の違いを確認するため、Bi2v1-xCoxo5.5-δ(x=0,0.05,0.1)の組成の試料の単結晶体を用いて、その原因を調査した。試料のインピーダンスプロットから、室温では、低温安定α相である試料(x=0,0.05)で低温部の単結晶c軸方向のインピーダンスプロットが2つの円弧に分離できるという特徴が見られ、α相からβ相への相転移温度である450℃を境に、高周波側の円弧成分が消失すると言う現象が確認された。ビスマス層状構造酸化物は、a軸方向には酸化ビスマス層とペロブスカイトブロックが並列に、c軸方向には直列に並んだ結晶構造をしている。そのため、この2つの円弧はそれぞれ酸化ビスマス層、ペロブスカイトブロックに由来するものと考えられる。a軸方向の抵抗率との比較から、高周波側の円弧をペロブスカイトブロック、低周波側の円弧を酸化ビスマス層にそれぞれ由来するものと判断し、インピーダンスプロットのシミュレーションフィッティングを行った。また、円弧の分離が出来ない、相転移後の高温領域では、a軸方向c軸方向それぞれの抵抗値を等価回路から計算で算出した。その結果、酸化ビスマス層の導電率はVサイトのCo置換や相転移による変化を示さず、温度上昇と共に一定の上昇を示した。それに対して、ペロブスカイトブロックの導電率はCoの置換量や相転移によって大きく変化した。高温安定相を室温まで安定化させた試料では、酸化ビスマス層とペロブスカイトブロックの導電率の差は最大3桁程度になっており、多結晶体においてγ相の導電率を向上するにはビスマス層の導電率の向上や結晶配向性の制御が有効であると考えられた。

 第四章では、Bi2vo5.5系イオン伝導体で危倶されている電子伝導について、幅広い酸素分圧下での導電率の酸素分圧依存性の測定を行った。試料は無置換体とCo置換体の多結晶体、単結晶体を用いて700℃において測定した。その結果、多結晶体と単結晶体a軸方向の導電率はPO2=10-15(atm)までの範囲において酸素分圧に全く依存せず、電子伝導と思われる導電率の上昇は確認されなかった。それに対し、単結晶c軸方向ではPO2=10-10(atm)程度から導電率の上昇が見られた。また、Coの置換量の増加に伴い、電子伝導の発生領域は高酸素分圧側にシフトした。これらのことから、電子伝導の発生は高い酸素分圧下では問題とならず、PO2=10-10(atm)より低い酸素分圧においてペロブスカイト層から生じることが予想された。Co量の増加で電子伝導の発生領域が変化したことから、低酸素分圧で発生する電子伝導は、BiやVなどの構成元素によるものではなく、置換によって導入された元素よる影響であることが考えられた。

 第五章は、酸素空孔を含まないm=2に属する化合物Bi2BaNb2O9のペロブスカイトブロック内の元素を他の元素(K)で置換することにより、酸素空孔を導入した場合の、導電率の変化、低酸素分圧下での安定性を検討した。酸素空孔を含まないBi2BaNb2O9と比較して酸素空孔を導入したBi2KNb2O9、Bi2K0.65Nb2O8.35では導電率の値が低温部では最大2桁上昇した。また高温部においても導電率の値は0.5桁程度上昇しており、酸素空孔の導入による導電率の上昇が確認された。しかし、導電率の値はm=1に属する化合物と比較すると非常に低く、酸素空孔位置の不規則化は生じていないと考えられる。他の報告でも同様にmが2以上の化合物では、導電率の値がm=1の化合物と比較すると非常に小さくなることが報告されている。これより、酸素空孔位置の不規則化は酸化ビスマス層に隣接するペロブスカイトブロックで生じやすいことが予想され、m=1のビスマス層状構造酸化物が酸化物イオン伝導体としては最も適すると考えられた。

 第六章では、理想的なイオン導電体をビスマス層状構造酸化物で実現するため、高温安定γ相を室温で安定化したBi2V0.9Co0.1O5.35について、イオン伝導において絶縁層となっていると考えられる酸化ビスマス層に、Pbを置換する事により、酸素空孔の導入を試みた。しかし、リートベルト解析からは、Pbの置換により導入された酸素空孔位置が酸化ビスマス層内よりもペロブスカイトブロック内に位置している可能性が高いという解析結果が得られた。また、単結晶体を用いた導電率の評価でも、c軸方向の導電率に向上は見られず、酸素空孔がペロブスカイトブロック内に導入されるというリートベルト解析の結果を支持するものとなった。これにより、酸化ビスマス層にPbを置換することでは酸素空孔を酸化ビスマス層内に導入できる可能性が低いことが想像され、酸化ビスマス層の導電率を酸素空孔の導入によって向上させる方法は難しい事が考えられた。

 第七章では本研究の総括を行った。Bi2VO5.5系(m=1)の単結晶で酸化ビスマス層・ペロブスカイトブロックそれぞれの導電率を分離して評価した結果、高イオン導電率はペロブスカイトブロックによるものであることが実証された。また、低酸素分圧下ではペロブスカイト層から電子伝導の寄与が生じることを確認した。m=2のビスマス層状構造酸化物Bi2K0.65Nb208.325では、酸素空孔の導入により導電率は向上するが、酸素空孔の不規則化によると考えられる高イオン導電率は見られなかった。これらから、酸化ビスマス層はそれ自身はイオン導電性が低いが、ペロブスカイトブロックでの酸素空孔不規則化に寄与するものと考えられた。また、酸化ビスマス層の導電率の向上を目指し、Pb置換によるビスマス層内に酸素空孔導入を試みたが、酸素空孔はペロブスカイトブロック内に生成していることが予想され、導電率の向上は見られなかった。結論として、酸化ビスマス層の導電率の向上は実現できなかったが、層状構造という結晶構造の特長を生かし、結晶配向性の制御をする事により、Bi2VO5.5系ビスマス層状構造酸化物は非常にイオン伝導度の高い酸化物イオン伝導体として有望であると考えられた。しかし、現時点では適当な電極材料は見つかっておらず、電極材料の開発が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「高酸化物イオン伝導性ビスマス層状構造酸化物の設計」と題し、燃料電池など各種の応用が進められている酸化物イオン伝導体の中でも層状結晶構造に由来した特異な物性をもつビスマス層状構造酸化物に着目し、高いイオン伝導度と安定な結晶構造を示す材料の設計を目的として、育成した単結晶を用いて酸化物イオン伝導性の起源および結晶構造依存性、イオン伝導と電子伝導に及ぼす元素置換効果などを調べた研究をまとめたものである。

 本論文は、全7章から構成されている。第一章は序論であり、本研究の行われた背景を概説するとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第二章では研究対象物質として選んだ、ビスマス層状構造酸化物の基本物性と現在までの報告をまとめている。高い酸化物イオン伝導性を示す事で知られるBi2vo5.5系の酸化物は、高温安定相において結晶内に含まれる酸素空孔が無秩序化して高酸化物イオン伝導性を示す。この高温安定相の室温での安定化の研究や、高酸化物イオン伝導体を設計していくうえでの問題点、調査されていない不明点などを紹介し、研究方針を説明している。

 第三章では、ビスマス層状構造酸化物の単結晶体において観察される、結晶軸方向により異なる導電率の起源について調べた結果を述べている。単結晶c軸方向では、酸化ビスマス層とペロブスカイトブロックが直列に並んだ結晶構造をしており、そのため交流インピーダンスでは両者の寄与が独立に発現する。Bi2VO5.5系において交流インピーダンスを解析して両者の導電率を独立に求め、その温度依存性、結晶相転移による変化を調べている。その結果、酸化ビスマス層の導電率はVサイトのCo置換や相転移に依存しない小さな値であるのに対し、ペロブスカイトブロックの導電率はCoの置換量や相転移によって大きく変化することを見い出している。高温安定相を室温まで安定化させた試料では、ペロブスカイトブロックの導電率はビスマス層に比べ最大3桁程度高くなっており、これが電気的異方性の起源であることを明らかにしている。

 第四章では、Bi2VO5.5系酸化物イオン伝導体で実用上問題となる電子伝導性の発現について、幅広い酸素分圧下での導電率の変化挙動を調べた結果を述べている。イオン伝導性の高い単結晶体a軸方向の導電率は酸素分圧が10-15気圧までの範囲においてイオン伝導が支配的であるのに対し、単結晶C軸方向では酸素分圧が10-10気圧程度から電子伝導が観察された。また、高温相安定化のために固溶させたCoの置換量の増加に伴い、電子伝導の発生が顕著になることを見い出している。これらより、低酸素分圧で見られる電子伝導はペロブスカイトブロックから発現し、置換元素種およびその濃度に著しく依存することを明らかにしている。

 第五章は、本来酸素空孔を含まない化合物であるBi2BaNb2O9のペロブスカイトブロックに元素置換により酸素空孔を導入した場合の導電性変化を調べた結果を述べている。BaのK置換により酸素空孔を導入した多結晶体では、低温領域の導電率が最大2桁まで上昇することを確認している。しかし、導電率の値はBi2VO5.5系より低く、他のビスマス層状構造酸化物での報告値も含めて検討した結果、高い酸化物イオン導電率は酸素空孔位置の不規則化によりもたらされると結論している。さらに、その不規則化には酸化ビスマス層の影響を受けやすい層間距離の小さなペロブスカイトブロックを持つビスマス層状構造酸化物が適すると考察している。

 第六章では、酸化物イオン伝導に対して絶縁層となっている酸化ビスマス層に酸素空孔を導入し、高い酸化物イオン導電率の実現を試みた結果を述べている。BiをPbで置換したBi2VO5.5系単結晶を育成し、その結晶構造をX線回折法で解析するとともに、酸化物イオン導電率を結晶軸方向ごとに測定している。しかし、構造解析からは、酸素空孔はビスマス層内よりもペロブスカイトブロック内に存在することが示唆され、導電率もPb無置換体と同等の値であった。これらより、元素置換により酸化ビスマス層に酸素空孔を導入し導電率を向上させることは困難であり、導電率の低い酸化ビスマス層の影響が少ない結晶配向多結晶体などが応用には適することを明らかにしている。

 第七章では本研究で得られた成果をまとめ、総括を行っている。

 以上、本論文は、ビスマス層状構造酸化物の結晶構造と酸化物イオン伝導の相関、酸化物イオン伝導と電子伝導の発現機構を明らかにしたものである。その成果は、層状構造をもつイオン伝導体の材料設計指針を示すとともに、種々の応用に展開するための重要な基礎的知見を与えるものであり、今後の固体化学、材料科学の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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