学位論文要旨



No 116162
著者(漢字) 山本,洋
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒロシ
標題(和) 表面近傍にInAs量子ドットを有するGaAsにおける走査プローブスペクトロスコピー
標題(洋) Scanning Probe Spectroscopy on GaAs with Near-Surface InAs QuantumDots
報告番号 116162
報告番号 甲16162
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4999号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,琢二
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 長谷川,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

 近年、半導体微細加エプロセス技術や結晶成長技術の発展・熟成に伴い、ナノメートルオーダーの極微細構造を、人工的に、あるいは自己組織的に、容易に形成することが可能となった。今後、更に極微細化が進む中、作製した半導体量子構造の特性評価を局所的に行う計測手法を開発することが必要とされている。

 本研究の目的は、走査プローブ顕微鏡を用いて、量子ドット構造の電子的・光学的特性をナノメートルオーダーで測定することにある。試料として、InAs量子ドット被覆GaAsおよび埋め込みInAs量子ドット構造について実験を行った。そこで我々は、走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope;STM)と光学的手法を複合的に組み合わせることにより、従来のプローブ顕微鏡では測定困難である試料内部の情報を、従来の光計測より高空間分解能で測定を行った。またもう一つの計測手法として、今まで主として半導体MOS構造の局所的なキャリア分布計測に用いられていた走査容量顕微鏡(Scanning Capacitance Microscope;SCM)を、半導体量子構造に適用した。

 InAs量子ドットが表面に存在する系における表面近傍のバンド曲がりやフェルミ準位のピンニング等について知見を得ることを目的として、光照射STMを用い、局所的な光変調の測定を行った。また光誘起電流の起源を探索するために、電流の直接波形の測定を行った。

 試料はn型GaAs上に成長膜厚1.7MLのInAsをMBE法により成長を行った。実験は、通常のSTMのトポ像を取り込むと同時に、トンネル電流信号上の光変調成分をロックインアンプで検出して、レーザ光による変調度を画像化した。トシネル電流の時間波形測定は、デジタルオシロスコープにより取得した。

 試料電圧+2V、トンネル電流0.15nA、変調周波数900Hz、レーザ光強度18mWの条件で、トポ像と光誘起電流像とを同時に測定した(図1)。トポ像と比較した結果、光誘起電流は、周囲のぬれ層(Wetting Layer;WL)領域よりInAs量子ドット領域の方が小さいことが分かった。

 InAs量子ドット領域とWL領域の上に探針を置き、光の変調周波数を変えながら、光誘起電流の直接時間波形測定を行った結果、光変調周波数900Hzにおいて、光が照射された直後と照射終了直後に、スパイク状の過渡電流が明瞭に観測された。これは以下のメカニズムに起因することを明らかにした。

 n型GaAsのような試料では、光照射によって生成されたフォトキャリアは、半導体表面近傍に存在する空乏層の内部電場により分離され、内部電場を打ち消す方向に、つまり電子は試料内部に、正孔は表面に移動し、フラットバンド状態になるまで過渡電流が流れる。その結果として光誘起電流は、スパイク状の過渡電流となる。光照射終了時には、表面に蓄積していた正孔が放電する形となり、逆向きの過渡電流が流れる。スパイク状の変調電流はいずれの周波数領域においても観測されたが、変調周波数が低くなるにつれ、他の過程(熱膨張やSTMのフィードバックによる影響等)による電流が顕著になることも確認した。

 上記の結果および光変調電流の試料電圧依存性等を調べた結果から、スパイク状の過渡電流の大きさは表面空乏化の度合いに対応していると結論付けた。従って、光誘起電流像におけるコントラストは表面空乏化の差異を反映していると考えられ、表面空乏化はWL領域よりもInAs量子ドット領域の方が抑制されていることを明らかにした。

 次に我々は、InAs量子ドット被覆GaAs表面の電子的特性を調べる手段として、SCMを利用することを提案した。更に、局所的なキャパシタンスーバイアス電圧特性(C-V)とコンダクタンスーバイアス電圧特性(G-V)の測定も行った。試料は、光照射STMで使用したものと同一の試料である。SCMは導電性探針を用いたコンタクト型の原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope;AFM)とキャパシタンスブリッジとで構成され、探針−試料間のキャパシタンス成分と同時にコンダクタンス成分も取得した。

 図2に見られるように、負の試料バイアス電圧を印加するにつれ、キャパシタンス像でのドットとWLとの間のコントラストが明瞭になってくることが観察された。更にキャパシタンスの試料バイアス電圧依存性を確かめるために、G-V,C-V測定を行った。

 量子ドット上とWL上とで測定されたC-V特性(図3)から、負の試料バイアス電圧が大きくなるにつれて量子ドットとWLとのキャパシタンスの差も大きくなっていくことを確認した。このキャパシタンス差は、GaAsとInAsとのバンドオフセットにより表面空乏がInAs量子ドット領域の方がWL領域よりも低減されていることによる。これは、光照射STMの結果からも確かめられている。

 量子ドット上、WL上で得られたG-Vカーブ(図4)から、以下のことが明らかとなった。導電性の探針をWL上に置いた場合、フラットバンド条件を達成するためには、通常のマクロなショットキーダイオードの条件(〜-0.7V)よりも大きな負の試料バイアスを印加しなければならない。今回の試料は、大気に曝されているため、WL領域は表面が酸化され、表面フェルミ準位がGaAsのミッドギャップに強くピンニングされていると予想される。その結果、探針の接触領域より外側の強いピンニングの影響を受けるため、マクロなショットキー条件より更に電圧を印加する必要が生じると考えた。一方、量子ドット上では、コンダクタンスはより低い負バイアス電圧で立ち上がりが観測された。その理由として、AFM探針を量子ドット上に置いた場合、ドットと探針とのコンタクトが良好なため、ドット自体が電極の役割を果たし、バイアス電圧がGaAsとInAs量子ドット間に有効に印加できることが挙げられる。また、GaAs-InAs界面のポテンシャルがドット領域で低減されていることも一因である。

 ここで、GaAsとInAsのバンドオフセットをショットキー障壁高さとして取り扱い、熱電子放出方程式に対して、実験で得られたコンダクタンスの値でフィッティングを行い、障壁高さΦBの値を見積もった。その結果、得られたΦBは、ドットサイズが小さくなるに従って、ショットキー障壁ΦBが大きくなることが分かった(表1)。これは、量子ドットのサイズが小さくなるにつれて、周囲の強くピンニングされているWLの影響を受けて、ドット直下のGaAsの内部ポテンシャルが持ち上げられ、その領域を介した電子輸送が遮られるためと考えた。その結果としてG-V特性でのコンダクタンスの立ち上がりは、大きな値になっている。

 上記の結果から、InAs量子ドットが最表面に存在する場合には、ドット自体が電極として働くことが分かった。従って、単一量子ドットに電子が帯電する効果をSCMを用いて検出するために、量子ドットを埋め込んだ構造の試料を作成し、帯電効果による埋め込み領域全体の空乏層変化をキャパシタンスで検出するという手段を取ることとした。

 試料は、n+型GaAs(001)基板上にアンドープのGaAsを10nm成長した後、InAsを1.7ML成長し、5nmのアンドープGaAsでキャップを行った。今回の実験では、二種類のSCMを使用した。一番目は、先に使用したSCMと同様の構成である。二番目のSCMは探針一試料間のキャパシタンス成分とコンダクタンス成分の測定に二位相ロックインアンプを使用した(印加した交流電圧は10mVrms、変調周波数は100kHz)。

 キャパシタンスブリッジを用いたSCMの実験結果では、負の試料バイアスを印加すると、コンダクタンスが増加する領域が見られたが、同時に同領域で測定したキャパシタンス像には、対応する変化は見られなかった。これは、キャパシタンスブリッジの装置的制限(変調電圧の振幅が大きく、変調周波数が1kHz固定)による。そこで、この制限を克服するために、二位相ロックインアンプを使用したSCMを用いて実験を行った。

 直流試料バイアスは-1.5Vにおけるトポ像、コンダクタンス像、キャパシタンス像を同時に取得した。コンダクタンス像において、電流がより流れている領域をInAs量子ドットが埋め込まれている領域であると同定し、キャパシタンス像とコンダクタンス像との対応から、キャパシタンスの値はWL上よりドット上の方が小さいことが分かった。このキャパシタンス差から、表面空乏化は量子ドットが埋め込まれている領域の方が、WL領域より大きいことが分かる。

 この結果の一つの解釈としては、量子ドットに電子が帯電したことによって、表面空乏が広くなったことが考えられる。しかしながら、ドットに電子が帯電した場合のキャパシタンスの変化を見積ると、今回の実験で得られた値より非常に大きな値となった。また、コンダクタンスの増大が見られた領域でC-V、G-V計測を行うと、再現性よく明瞭なピークが観測された。これは、ドットの量子準位に関係したピークであると期待されるが、今後装置系の改良を含め、さらに検討を加える必要がある。

 本研究において、我々は、光照射STMとSCMを用いて、InAs量子ドット被覆GaAsおよび埋め込みInAs量子ドット構造について高空間分解能の測定を行った。その結果、InAs量子ドットが表面近傍に存在する系における表面電子状態(表面バンド曲がりやドットの帯電効果等)を明らかにした。また、これらの手法が量子構造の研究に有用であることを示した。

図1 InAs量子ドット被覆GaAs表面の(a)トポ像、(b)光誘起電流像,試料バイアス+2.0V,トンネル電流0.15na.画像(a)と(b)は同時に得られた.光の変調周波数は900Hz.

図2 InAs量子ドット被覆GaAs表面の(a)トポ像と(b)-(d)キャパシタンス像,走査領域は200×200nm.試料バイアスはそれぞれ(b)0.0V,(C)-0.5V,(d)-1.0V.画像(a)と(b)は同時に測定を行った。キャパシタンス像は、浮遊容量成分(1.04pF)を差し引いて示している。

図3 ドット上とWL上とで測定したC-V特性。トポ像から得られたドット半径はそれぞれ20nm,30nm.

図4 サイズが異なるドット上とWL上とで測定したG-V特性。いずれも図3と同時に得られた.

表1フィッテイングで得られた障壁高さΦB.

審査要旨 要旨を表示する

 近年、格子不整合を有する系の結晶成長モードを用いて、ナノメートルオーダーの半導体量子ドット構造を、自己組織的に容易に形成することが可能となった。このような自己組織化量子ドットは、半導体レーザ、メモリへの応用が活発に検討されており、数万から数千で構成される集団的な量子ドットの電子的・光学的特性については従来の測定手法を用いて研究が行われている。そのような方法に加え、単一量子ドットの諸特性の解明を目的として、走査プローブ顕微鏡(SPM)が用いられ始めている。本論文は“Scanning Probe Spcetrosoopy On GaAs with Near-Surface InAs Quantum Dots”(表面近傍にInAs量子ドットを有するGaAsにおける走査プローブスペクトロスコピー)と題し、自己組織化InAs量子ドットがGaAs表面近傍に存在することによる表面電子状態の局所的な変化及び単一InAs量子ドットの帯電効果を検出する手法について議論したもので、全5章と付章とで構成され、英文で記述されている。

 第1章は序論であり、従来の電子的・光学的測定手法による自己組織化InAs量子ドットの研究について概観し、SPMを用いた単一量子ドットの研究について紹介した後・本研究の目的を述べている。

 第2章では、変調光を照射した走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた、InAs量子ドット被覆GaAs表面のトポグラフィーと光誘起電流の画像化について報告している。トポ像と比較した結果、光誘起電流はInAs量子ドット領域において周囲のWetting Layer(WL)領域より小さいことを示した。また、光誘起電流の諸機構を明らかにするため・トンネル電流の時間波形測定についても報告している。その測定結果から、光の変調周波数が高い場合(900Hz)、光誘起電流において支配的であるのは、光照射によって試料表面近傍に生成されるフォトキャリアの分離であることを明らかにしている。これらの結果から、光誘起電流の大きさは表面空乏層の度合いに対応していると考えられ、表面空乏化はWL領域よりもInAs量子ドット領域の方が抑制されていると結論づけた。また光誘起電流の位相情報を取得することにより、さらに詳細な表面電子状態が得られることを付章に示している。

 第3章では、原子間力顕微鏡(AFM)とキャパシタンスブリッジとで構成される走査容量顕微鏡(SCM)を、InAs量子ドット被覆GaAs表面に適用している。負の試料バイアス条件において、空乏層に起因するキャパシタンス像が高空間分解能で得られた。第2章で得られた結果と同様に、InAs量子ドット領域における表面空乏の低減効果が、キャパシタンスー試料電圧(C-V)特性およびコンダクタンスー試料電圧(G-V)特性でも観測されている。また、InAs量子ドットとGaAsとのバンドオフセットをショットキー障壁とみなし、G-V特性に対して熱電子放出方程式のフィッティングを行い、量子ドットのサイズによる障壁高さの変化を見積った。これらの結果から、InAs量子ドットのサイズが小さくなるに従って、障壁高さが大きくなることを明らかにしている。この原因として、周囲の、WL領域がGaAsのミッドギャップに強くピンニングされており、量子ドットのサイズが小さくなるにつれて、その影響をより強く受けるためであることが解析結果と共に示されている。

 第4章では、InAs量子ドットの帯電効果を観測することを目的として、InAs量子ドットをGaAs中に埋め込んだ構造を提案し、AFMと変調電流のロックイン検出系から成るSCMを用いて、トポ像と同時にキャパシタンス像・コンダクタンス像を高分解能で取得した。量子ドットが埋め込まれた領域の特定は、コンダクタンス像から行い、これとキャパシタン文像との対応から、試料バイアスを負に印加してゆくと、表面空乏はWL領域よりドット埋め込み領域で大きくなっている可能性を示唆した。その起源としては、量子ドットの帯電効果の可能性がある。

 第5章は結論であり、本研究で得られた主要な結果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、自己組織化InAs量子ドットがGaAs表面近傍に存在することによる局所的な表面電子状態の変化、特に量子ドット近傍の表面空乏とバンドオフセットについて、走査プローブ顕微鏡を用いて明らかにしたもので、電子工学に貢献することが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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