学位論文要旨



No 116164
著者(漢字) 中田,亨
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,トオル
標題(和) ペット動物の対人心理作用能力のロボットにおける構築
標題(洋)
報告番号 116164
報告番号 甲16164
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5001号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
内容要旨 要旨を表示する

 ロボットが人間と実世界にてインタラクションを円滑に行い協調的な関係を築くためには、ロボットの一体性を活かした感性的なコミュニケーションの方法論の構築が必要となる。そこで、ペット動物が持つ、〓に感情を表現したり親しさや与える能力の構造と作用を数理的・定量的にモデル化し、ロボットの対人行〓にインプリメントし、それらの表現方法が成立することを明らかにした。具体的にはインタラクションに〓まれる要素を、交流のやりとりの複雑度に応じて分類した。そしてそれら各々について、動物行動学・身〓表現学の知見を基にして、表現の形態と内容との関係の数理的なモデルを構築した。実験によりロボット〓動へのインプリメントが可能であることを示した。

1 研究テーマ導出の理由

 計算機の計算能力・データ保持容量・通信速度が飛躍的に上昇し・機体の小型化・低価格化の進行した現在、知能機械の使用形態について本質的に新しい提案が出来るようになっている。

 その提案の一つに、ユーザ個人に適応し支援する形態がある。つまり、ユーザと空間と時間を共有し、共に生活して相互作用しながら協調的社会関係を発達させ、ユーザ個人の特性に則した支援を行うものである。このスタイルの知能機械は、今後重要性を増し、市場も大きくなると予測できる。

 この協調関係の最もよい手本は、飼い主とペットの関係である。盲導犬などの人間を支援する動物は、作業を実行して人間に支援するだけではなく、人間と心理的な交流を行い、時には人間に作用して意志の疎通を図るため、人間にとって、社会的関係を結び親しめる存在となっている。

 そこで本研究では、人と動物の交流を手本とした、ロボットが人に対して心理面で交流するための方法論の構築と実験による実証をテーマとする。

 研究のアプローチは、交流を構成する諸々の要素を切り分け体系化し、各々を数理的にモデル化し、最終的にそれらを統合して対人行動のアルゴリズムを構築する方針である。

2 研究計画の構成の理由

 人とペットとの交流では、複合的なコミュニケーション要素が交絡して発生している。

 本研究では、図1,2のように、それらを交流のやりとりの複雑度に応じて、切り分ける。この切り分け方は、交流の形式にて切り分けていると同時に、下記で見るように表現内容においても上手く切り分けることになるので、妥当であり優れている。

 1)即時的一方的表現:これは、表現者から一方的に(そしてしばしば即時的に)提示される信号による表現である。外見・呼吸鼓動などのヴァイタルサイン・身体運動などによる表現が該当する。これは・主に生き物らしさや内的感情を表現すると予想される。(3-1、3-2章)

 2)反応的表現:これは、被表現者の行動に対する表現者の反応によって印象・意味を生じさせるタイプの表現である。相手への接触・呼びかけ等への反応が代表例である。これは対外感情・社会関係に関する感情を表現すると予想される。(4章)

 3)インタラクション繰り返しでの表現:表現者と被表現者の間で何度もインタラクションを繰り返すことに印象・意味を生じさせるタイプの表現である。これは主に相手の個性や協調が表現できると予想される。(5章) こうして分類した各項目それぞれについて、動物行動学・身体表現学の知見に基づき、ペット動物の対人表現の構造と作用とを数理的なモデルにまとめる・そして・ロボットの対人表現においても、それらモデルが有効であることを・逐次実験で実証する。

3 即時的・一方的な表現の実験

 動物の生理的運動(バイタルサイン)・身体姿勢運動などは、内部の生理状態や心理状態を表現する要素となる。まずこの章では、これらの表現の形態と表現内容の関係を、要素別に実験を通じて明らかにする。

 3.1 呼吸・鼓動運動による表現実験

 呼吸と鼓動は、バイタルサインの中でも比較的表出度が大きく、他者からも感知しやすい。また、生き物として基本的な運動であり、母子関係においてもコミュニケーション上の役割を果たすと言われている。

 そこでこの効果のロボットでのインプリメントを考えて、擬似的な呼吸運動と鼓動運動を行うロボットを製作し、それらの運動のズズム構造・速さによって、ロボットえお抱いている人間に何が表現されるかを実験した[1]

 結果、生き物らしさ印象はリズム構造の、現実の動物の呼吸・鼓動に対する類似度によって演出されることが判った。また、切迫した印象は人間の呼吸・鼓動の速さを基準にして、それよりも速い場合に演出されることが判った(図3グラフ)。

3.2 ロボットの身体運動による表現の数理的分析実験

 身体運動・姿勢による対外表現は、動物として基本的かつ自由度の大きい表現である。ロボットにとっても、単に体を動かすことは簡単なことであるどう動かせば何を表現できるかについて明確な方法論の提案はこれまでなされてこなかった。

 そこで本研究では、数ある身体表現理論のうち、最も具体的で網羅的であるラバン身体表現理論を、数理的に解釈しロボットに応用することとした[2]。

具体的には、ロボットの身体運動の幾何学的・力学的・特徴をラバン理論に基づき抽出し6種類の「ラバン特徴量」として指標化した。そして、ラバン特徴量が、観客が感じる喜怒哀楽の印象を支配していることを実験で実証した。例えば、運動エネルギが大きく、目線や腕が上昇するという特徴は、喜びの印象を与えることがわかった。

4 対接触反応行動による親和感表現実験

 動物においては、他者との触れ合いによるインタラクションは、親しみ/敵意を表現できるメディアである。親しみの表現は、相手の接触に対し力学的に受動的に振る舞うことでなされ、敵意は逆に反発的な反応でなされる。

 そこで、ロボットでも人間との接触インタラクションにて受動的な反応を起こすことにより、人間に親和感を与えることが出来ると仮説を立て、実験にて実証した[3]。具体的には図5のロボットに、人の接触に対して力学的に反発・受容・無反応の3パターンの反応を行わせ、印象を比較した。

5 インタラクションにおける情報伝達効率と印象の相関分析実験

 人間や動物は、自分の行動に対する相手の反応の法則性を意識する本能がある。そのため、相手の個々の行動や反応の形態だけではなく、インタラクションでの相手の反応の法則性も、表現の内容を支配する。これはロボットの対人インタラクションでも成り立つと予想できる。

 そこで本研究では、人の入力に対するロボットの反応の法則性と、人が感じる印象との相関を定量的に分析した[4]。反応の法則性は、情報理論を援用して情報伝達効率として定量化した。結果、法則性の高いロボットの反応では、ロボットの意図の存在 を人間に感じさせることが判った。また、インタラクションに感じる面白ろさは、情報伝達効率が中庸の時、つまり反応の法則の中に多少のランダム性がある場合に最大化されることが判った。

6 まとめ

 人と動物の身体性を用いたコミュニケーションの成り立ちを、表現のレベルに応じて、要素ごとに分類した。表現のレベル分けは、交流のやりとりの複雑度に応じて、即時的一方的表現と、反応的表現、長い交流での表現と分離した。

 それらの機能と構造を、以下のように、数理的にモデル化し、人とロボットとのインタラクションにおいても成立することを実験で明らかにした。

 即時的一方的表現は、主に生き物らしさや内的感情を表現することが、実験により判った。表現の形態と表現の内容との関係は数理的に構造化でき、一見複雑そうな身体運動による感情表現も、ラバン身体表現理論を数理化することで、その構造を定量的に明らかにした。

 反応的表現は、対外感情・社会関係に関する感情を表現することが実験により判った。人間に対するロボットの親しみの表現は、接触に対して力学的に受容的な反応を行うことによって表現出来ることを示した。長い交流での表現は、主に相手の個性や協調を表現することが判った。すなわち、ロボットの意図の存在感や可愛らしさ、及びインタラクションの面白さは、インタラクションにおける相手の反応の法則性の度合いと相関があると仮説を立て、情報理論を援用して反応法則性を情報伝達効率として定量化し、印象との相関関係を実験で明らかにした。

 これらの分析により、ロボットの対人コミュニケーションの諸要素の機能と機構の数理的・定量的な方法論が得られた。この知見は、ロボットが自律的に対人行動を発生させ、ペットのように人間に活き活きと働きかける機能の実現の鍵となると期待できる。

7 文献

[1] Toru NAKATA, Tomomasa SATO & Taketoshi MORI: “Producing Animal-likeness on Artifacts and Analyzing its Effect on Human Behavioral Attitudes,”IROS'99,pp.549,554,1999.

[2] 中田 亨、 森 武俊、佐藤 知正、「ロボットの身体動作表現と生成される印象とのラバン特徴量を介した定量的相関分析」、日本ロボット学会誌、Vol.19,No.2,2001.

[3] 中田 亨、佐藤 知正、森武 俊、溝口 博、「ロボットの対人行動による親和感の演出」。日本ロボット学会誌、Vbl.15,No.7,pp.1068-1074,1997.

[4] 中田 亨、森 武俊、佐藤 知正、「人とロボットのインタラクションにおける生成印象と情報伝達の相関分析」日本ロボット学会誌,投稿中.

<図1:やりとりの複雑度による分類>

<図2:ペットの対人作用能力のスコープ>

<図3:呼吸鼓動ロボット外観と鼓動速さによる切迫感演出実験結果(擬似鼓動が速くなるほど切迫した印象を人に与える)>

<図4:身体運動の力学的特徴の数理化の模式図と、分析にかけたロボットの舞踊(ラバン理論に基づき、表現の意味に直結する身体運動の力学的・幾何的特徴を算出する)>

<図5:対人接触反応行動での印象演出実験(ロボットに触ったとき、力学的に受容的な反応をすると親しみが表現される)>

<図6:人とロボットの接触インタラクション実験風景>

<図7:人とロボットのインタラクションでの情報伝達効率と印象の相関関係(ロボットの応答の情報伝達効率が高いと強くロボットの意図を感じる傾向が判る)>

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ペット動物の対人心理作用能力のロボットにおける構築」と題し、1O章からなる。本論文は、ペット動物が人間と協調的に行動を行って社会関係を形成し発展させる能力を工学の立場から捉え直し、これをロボットに応用するための理論と具体的な手段の構築について述べたものである。具体的には動物行動学及び舞踊学などの動物の表現と交流に関する理論を幅広く援用し、それらを人により印象良く接するためのロボットの行動アルゴリズムに適用することを構想して、理論と方法論を提案しそれらを実験により検証する方針を取っている。

 第1章「緒論」では、本研究の背景と目的及び本論文の構成を述べている。この分野の従来研究においては、機械の人間への非言語的な作用に関して、アプリケーション個別的に課題設定がなされ、手法構築も理論由来ではなく、もっぱら設計者の勘などによってなされていた。このような状況では、ロボットが自律的に人間に対して活き活きと振る舞うことは難しかった。本研究の課題はこれらの問題点を解決する研究のスコープと各論の理論を提供と実証である。

 第2章「ペットの対人心理作用能力」では、範となるべきペット動物の人間への心理作用現象について考察している。ペットの人に対する表現のメカニズムについて考察し、ロボットが感情を表現することの意義を述べている。

 第3章「人工物の対人行動による対人心理作用の枠組み」では、人間に心理的作用を与える行動について、その作用の由来と構造について、交流の構造の複雑さ、すなわちインタラクションの次数を主軸とする独自の枠組みから分析をしている。

 第4章「対人行動物の実例とその分析」では、前章の分析手法を、人間に感性的に作用することを目的とした従来研究及び従来製品に関して適応しそれらの問題点を指摘した上で、交流の次数の観点から本論文を構成する必要性を論じている。

 第5章「モナッド表現(一方的表現)の理論」では、一方的な表現において、行動が感性的に解釈されうる現象とその手段について、ダーウィンやブリッジスらの理論を援用して考察している。

 第6章「呼吸鼓動による表現」では、ロボットの擬似的な呼吸鼓動運動による対人表現の理論を示し、実験により検証している。実験から切迫を表現する呼吸鼓動運動の速さの閾値が、人間の平常時の呼吸鼓動速さとなっていることが判った。

 第7章「ロボットの身体運動による表現」では、ロボットの全身的な身体運動による対人表現の理論を舞踊学のラバン理論を援用して構築した。さらに、実際にロボットの舞踊にラバン理論による分析を適用して、動作と印象の相関関係を抽出することに成功している。

 第8章「人間からの接触に対するロボットの反応行動による表現」では、人間からの接触に対するロボットの反応行動によって、親和感や敵対感など社会的内容を表現する現象について仮説を構築した。さらにこの仮説に従って実験に於いてロボットが人間に親和感や完全感を与えることを検証した。

 第9章「人とロボットのインタラクションにおける生成印象と情報伝達の相関分析」では、人間とロボットのより長い交流に於いて、人間がロボットに対して抱く印象と、交流の情報理論的特性とが相関を持つことを指摘し、情報理論的取り扱いの手法を述べると共に、実験を行ってその相関関係を示した。

 第10章「結論」では、これまでの各章で展開した議論を総括し結論を述べている。ここで、インタラクションの次数によって、表現される内容が分類された。また表現の普遍性、さらにその逆に当たる個人の感性とロボット表現行動との相性の影響も、インタラクションの次数に呼応していることが指摘された。インタラクションの次数は従来の研究では見落とされてきたが、本論文によって対人行動表現の重要な軸として指摘された。またインタラクションの次数を縦糸とするならば、各次数における表現に関して、人間に行動で交流するロボットに求められる主要な項目を選択して、それらに対する理論を導出しており、これらが横糸となり、知見の組織化がなされている。

 以上、本論文は、機械が人間に感性的に作用するための理論と手段を提案し、具体的に実験に於いてその有効性を検証したものであり、人間と交流する知能機械の研究分野に貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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