学位論文要旨



No 116165
著者(漢字) 鷲崎,早雄
著者(英字)
著者(カナ) ワシザキ,ハヤオ
標題(和) 情報産業と非情報産業の相互連関に関する研究 : 情報投入パターンの変化とその影響の実証分析(1980-1995)
標題(洋)
報告番号 116165
報告番号 甲16165
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5002号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 助教授 藤井,眞理子
 東京大学 助教授 中山,靖司
内容要旨 要旨を表示する

 我が国の情報産業はGDP全体の10%を超えるシェアを持つ産業に成長し、さらに今後もリーディング産業として経済を牽引する役割を期待されている。この数字の達成には博報通信機器などハードウェアだけではなく、情報通信サービスなどサービスないしはソフトウェアの生産が果たしている役割が大きい。それと同時に情報産業経済論のあり方も、これまでの情報機器製造型から情報サービス生産型へ、別の言い方をすればハードウェア産業型からソフトウェア産業型へ重心を移さなければならない。

 しかしながらサービス産業型の情報産業に関する経済的分析はそれほど多くはない。既存の研究では労務・財務や生産技術など産業ローカルな性質に言及したものは多いが、情報サービス業ないしソフトウェア産業が経済全体の産業構造の中でどのように重要な産業になっているか等について実証的に踏み込んだものは少ない。実務の世界においても、1990年代前半にこれらの産業が初めてのマイナス成長をするまでは、産業自身が経済の中でどのような位置付けにあるのかというような関心はほとんどなかった。それまでは過去の成長カーブを診て売上を予測することができたし、大半の仕事は特定産業の外注需要から生じるから、それらの産業を廻れば営業が務まると言われていた。それが、初めてのマイナス成長から脱する過程およびその後一気に進み始めたいわゆるIT革命へ繋がる過程で、それまでの産業勃興期的な素朴な考え方で産業の姿を捉えることができなくなったのだと認識されるようになったのである。

 本研究ではこのような事実を背景として、産業ローカルであったこれまでの研究の関心を一歩進め、産業構造の視野からこの産業と他産業との関係を実証的に明らかにすることを目的としている。具体的な研究内容としては、我が国の産業連関表を用いて対象とする情報産業の分類を定義したのちに、まず第1に産業の階層性を測定して情報産業が既存産業のネットワークの序列の中でどのような位置を占めているのかを観察し、特に情報サービス産業の発展が全産業へのジェネラル・インプットとしての役割を果たす方向へ変化してきたことを論じている。第2に情報産業をブロックとして扱い情報産業間相互ならびに情報産業と非情報産業間相互の生産波及を測定して・情報産業がブロックとしてどの程度独立性を持っているのか、また逆に情報産業は非情報産業にどの程度依存しているのかを論じている。また第3として、これらの測定の基礎となる各産業の投入パターンが日本独自のものであるのかどうかを調べるために、日米国際産業連関表を用いて、日米における産業ごとの投入パターンの差異を測定し、得られた結果から差異の大きさについて言及している。

 データベースとして使用する産業連関表は1990年価格の接続表(1980-1985-1990年)、1995年延長表(1990年価格)および1990年の日米国際産業連関表である。これらの表の行および列を集計して情報産業が32部門、非情報産業が35部門(ただし、日米国際産業連関表では情報産業が19部門、非情報産業が31部門)の情報産業連関表を作成した。ここで取り上げた情報産業は、デジタルか非デジタルかを問わず情報の創造・生産・加工・伝達を主たる活動としている産業(狭義の情報産業と、それらの活動を支援する情報機器製造やサービスを主たる活動としている産業(情報支援財産業ないしは情報支援サービス産業)である。情報産業をこのように広い概念として捉えたのは、従来の製造業や商業・金融・エネルギーなど基幹的なサービス産業と対比して、それらとはやや異質である情報財や情報支援財・サービスを一体として分析しようと試みるからである。しかし逆にデジタルを扱う情報サービスについては統計上の制約からそれ以上分類を細かくすることができなかった。この点は本研究が情報サービスないしはソフトウェア産業に注目している上で今後の課題として残る点である。

 産業構造の視野から構造を評価する手段として構造が序列的であるかどうかという評価基準がある。Chenery & Watanabe 等の研究により、従来の工業化経済では、産業は「上」からおおむね、非金属最終財、金属最終財、金属中間財・素材、非金属中間財・素材、エネルギー、サービスという序列を構成していることが知られている。エネルギー、サービスを除くその上位の製造業では、この序列はおおむね加工技術に依存して決定されている。この序列の中に情報産業はどのように組み入れられているのであろうか。

 産業連関表を使った本研究の分析の特徴は、産業の階層性(すなわち序列)を測定するために投入係数行列の三角化(Triangularization)を用いた点である。産業を再配列して左下三角行列の要素和が最大になる順序を求めることを三角化とよぶ。三角化による再配列を行なうと、序列の上方には中間財として他産業の生産に投入されることが少ない最終財的産業が並ぶ。また、序列の下方には中間財として多くの他産業の生産に投入される素材的産業が並ぶ。つまり序列を求めることによって、ある産業が産業システムの中でどのような役割を持っているのかを知ることができる。

 従来の製造業、サービス業という産業分類に情報産業を交えて、それらの産業がどのような階層を構成しているか、1995年度データに三角化を行なって序列を測定したところ、情報産業は以下の3つの層に分かれることが見出された。「上」の層には情報支援機器、個人向け最終消費などの産業が位置付けられる。「中」の層には広告、放送、新聞、映画製作、ニュース供給などのメディア産業が位置付けられる。また「下」の」層には情報サービス、国内通信、企業内研究開発が位置付けられた。印刷・製版産業は「中」と「下」の層の中間にあることが観測された。すなわち、従来の製造産業、サービス産業という構造に対して、新たに情報産業という産業が固まってどこかに位置しているのではなく、情報産業は従来の構造の中に重層的に交わって位置している。言い換えれば最終財の中にも、中間財の中にも、素材・サービスの中にも情報産業として位置付けられる産業が存在する構造になっているのである。

 三角化の分析を時系列的に拡大して1980年から1995年の間の変化を測定すると、1995年に「下」の層に位置付けられている情報サービス、国内通信、企業内研究開発は、実は最初からその位置にあったのではなく1980年にはもっと上位に位置していて、それが時間経過とともに下位へ移動してきたものであることが観察された。例えば情報サービスでは80年には41位、85年には48位、90年には61位、95年には61位という値になっている。同じく国内通信も80年に34位、85年に41位、90年に47位、95年に62位という値である。本研究の産業分類では全産業を67産業としているから、61位、62位という位置は産業序列のほぼ底辺であり、その周辺には電力、商業、運輸、金融保険などの基幹的なサービス産業が存在する。したがって情報サービス産業は80年代に産業が成長するとともに、多くの産業の生産に投入される基幹的産業へ変化したと考えることができる。

 なぜ情報サービス産業は基幹的なサービス産業に変化したのであろうか。1980年から95年の15年問に情報サービスの実質生産額は5。8倍に増加している。年率にして11.7%の成長である。もしこれが情報サービス産業と他産業の間の連関構造に変化がなく、変化が需要増だけであったとすれば、上記のような観察結果にはならない。階層における序列の変化にはならない筈である。

 本研究ではその理由を説明する理論としてStiglerが言う「汎用的専門技術(General Speciality)」およびBresnahan等が言う「General Purpose Technologies(GPT)」の定義に手掛かりを求めた。汎用的専門技術は、単に特定の生産だけに重要な技術知識ではなく、他の応用分野においても重要な技術知識であり、他の分野の生産工程にもインプットされ得る専門性を持つものである。また Bresnahan等のGPTでは、技術が汎用的専門技術であるときに、その技術を生産する産業の発展は、その技術を利用する他産業の数の大きさという意味での市場の存在が必要条件となるとしている。

 一方、三角化によって下位の序列になるのは、その産業の生産物が他の多くの産業の投入に使用されることである。実際に情報サービス産業についてその数を数えると(投入係数1.5%以上)、利用する産業数は1980年が15産業、85年が24産業、90年が24産業、95年が30産業というように増加していた。これらのことから、情報サービス産業が基幹的なサービス産業へ変化したのは、この産業の技術が汎用的な専門性を持つという特性によるものであり、情報サービス産業は測定期間中に、徐々にジェネラル・インプットを提供する産業に成長したのだと推論することができる。

 情報産業が階層的に3つの層に分かれ、それらの産業が従来の製造業やサービス業の構造の中に重層的に存在しているのだとすると、ブロックとしての情報産業の結合力はそれほど大きくはないことが予想される。これに関して本研究のもう1つの分析である生産波及構造の測定では、ある情報産業が他の情報産業の生産によって誘発される効果(内部波及効果)は50%以下のところで分布しているという結果になった。これは過去に研究されている金属産業の内部波及効果の数字と比較すると明らかに小さい数字であり、情報産業が情報産業ブロック以外の他の非情報産業へ依存している割合が大きいことを示している。また、もう少し細かく見ると、相対的に内部波及比率が高い産業は階層の「中」から「下」に位置する産業であること、そのうち情報サービスと印刷産業は内部波及比率が時系列的に高まっていること、非情報産業から情報産業への波及ではサービス業から情報サービスや国内通信への効果が大きいこと、製造業からは企業内研究開発への効果が大きいことが観察された。

 以上のような情報産業の階層性は1990年日米国際産業連関表による米国データの三角化の結果においても見られ、投入パターンから得られる日米間の産業序列構造はおおむね類似したものと見ることができる。しかしながら、全体構造ではなく、産業単体を日米間で直接比較してみると、物財産業や商業、金融、運輸などの従来産業に比べて相対的に情報産業の日米間差異が大きいごとが観察された。その差異は技術面および中間需要発生面の両者において存在している。なおかつその差異は大雑把には米国の方が情報産業のアウトプットを多く投入する結果となっている。

 本研究の目的は実証分析結果を示すことであり、実際の情報産業戦略への適用施策は今後十分に検討すべき課題であるが、そのための情報サービス産業ないしはソフトウェア産業へのマクロな方向性は本研究により得られたのではないかと考える。それは情報サービス産業ないしはソフトウェア産業は、従来のように、企業内二ーズの外注需要を受身に対応する産業ではなく、全産業のジェネラル・インプット産業としての視野と自覚を持って、他産業との相互連関構造を強化していくことが重要であるという点である。さらに言えば、情報産業は非情報産業を含めて他産業の中間投入に依存する割合が高いのであるから、自己の技術革新が他産業の技術革新へつながるような汎用的専門技術を米国のようにプロアクティブに見出し、その強化を図ることが情報産業をリーディング産業とする産業構造の改善にとって必要であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、情報通信技術の重要性が増すとともに、経済活動において情報産業が従来産業とどのような構造を持った係わり方をしているのかが、情報産業の特性を知る上で重要な点となりつつある。

 本論文は、産業構造に対する技術的な関係(すなわち投入関係)を視点とする分析のうち、産業全体の技術的な序列関係の上において情報産業がどのように位置付けられるか、情報産業の活動が各産業の汎用的なインプット(ジェネラル・インプット)へ成長しているか、という問題に対して実証的な分析を行なっている。また、そのような階層構造の分析に加えて、情報産業と他産業の誘発関係を分析して、情報産業の活動が他の非情報産業の活動へどの程度依存しているのかという問題や、2つの異なる産業連関表において相対する産業の投入パターンの差異を測定して、2つの異なる経済における産業ごとの投入構造の近さや遠さを知るという問題に対して、実証的な分析を行なっている。

 本論文は6章より成り、その概要は以下のとおりである。

 第1章の序論は、本研究の背景と目的及び研究に対する問いについて述べ、問いに答えるための分析のフレームについて説明している。

 第2章は、第3章以下で述べる分析の前提を説明している。ここでは、本研究が用いる情報産業の基礎的な定義について述べ、次いでその定義を具体的な産業連関表へ適用したときの産業分類を述べている。また、そのような産業分類を用いる場合の分析の限界について触れている。

 第3章は、産業階層における情報産業の位置付けの問題を扱っている。この問題の考察は本論文の中心的なものである。本章は全体として3つに区分される。まず最初に、産業構造における序列性の存在と、その序列性の発見方法について先行研究を交えて考察をしている。序列性の発見方法は、三角化計算方法として先行研究を整理し、それを新しくアルゴリズムとしてまとめている。本章の2つめのポイントは、計算結果の提示である。三角化の結果、産業全体の中で情報産業は「上位」「中位」「下位」の3つの位置に重層的に位置付けられることが示されている。ここで「中位」に位置付けられる産業は主としてメディアやコンテンツを扱う産業であること、また「下位」に位置付けられる情報サービス産業、国内通信産業、企業内研究活動は、1980年と1995年を比較すると、初めから「下位」に在った訳ではなく、時間経過とともに「下位」へ移動してきたという事実が示されている。

 本章の3つめのポイントは、計算結果が示す背景の考察である。ここでは、情報サービス産業が「下位」へ移動しているという事実が、情報サービス技術が汎用的な専門技術(GPT:General Purpose Technologies)であるという特性に伴う経済的現象であると推論している。

 第4章では、情報産業をブロックの内部波及および外部波及という観点から分析している。情報産業の内部波及比率は金属産業など過去に研究されたものに比較して小さく、したがって情報産業の活動は他の非情報産業に依存していることが示されている。

 第5章では、2枚の産業連関表を用いた場合の相対する産業の投入パターンの比較方法について考察し、それを日米国際産業連関表に適用した結果を示している。情報産業の大半はサービス産業であるが、そのうち金融や商業・運輸など一般サービス産業に比較して情報産業の日米差が大きく、米国の方が情報活動を多く投入する投入構造であると述べている。

 第6章は、結論であり、結果を総括し、今後の課題と展望を示している。

 以上のように、本論文は、リーディング産業として今後ますます重要性を増す情報産業について、産業連関表を用いた構造的な分析方法と、その分析方法を用いた1980年から1995年までの情報産業の構造的な変化の実証結果を示したものである。

 本論文は、情報産業構造の分析について、先端経済工学の今後の発展に寄与することが大きいと判断される。よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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