学位論文要旨



No 116168
著者(漢字) 金丸,隆志
著者(英字)
著者(カナ) カナマル,タカシ
標題(和) パルスニューラルネットワークにおける揺らぎの役割
標題(洋)
報告番号 116168
報告番号 甲16168
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5005号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 講師 堀田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

 生体の感覚系や中枢神経系においてしばしば観察される揺らぎに関連し、パルスニューラルネットワークにおける揺らぎの役割について調べた。単一ニューロンモデルとしてはFitzHugh-Nagumoモデルを用い、ニューロン間の結合としては電気的シナプスと化学的シナプスの2種を考慮した。電気的シナプスとは感覚系においてしばしば見られるシナプスの形態であり、また、化学的シナプスとは皮質などの中枢神経系で広く見られるものである。

 電気的シナプスにより結合しているネットワークに周期的な刺激と揺らぎを加えると、ある揺らぎ強度において入力刺激とネットワークの出力との間の相関が最大化することが観測された。これは確率共振現象と呼ばれ、系の揺らぎが入力信号を増幅する効果を持つということを意味している。近年、生体は危機回避のためにこの現象を利用しているのではないかと提案されている。この現象に関連し、我々のモデルにおいては次の2つの特徴が見出された。

・入出力の相関を最大化する「最適な揺らぎ強度」はネットワークの結合係数とともに単調増大し、ある一定値に収束する。さらにその収束値はネットワークに含まれるニューロン数に比例する。

・入出力の相関の最大値は、最適なネットワークの結合強度に対しても最大化される。

我々はこの2つの特徴の理論解析を行い、その発生メカニズムを明らかにした。また、「ネットワークの結合強度の調節」が「揺らぎ強度の実効的な調節」をもたらすことを指摘し、それを用いた情報処理モデルを提案した。

 また、化学的シナプスによるネットワークにおける連想記憶モデルの動作を解析し、記憶パターンの想起がネットワークに揺らぎを加えることで実現されることを見出した。パルスニューラルネットワークによる連想記憶は、従来のモデルとは異なり時間軸方向に自由度を持つことを指摘し、複数のパターンを同時に想起できることを示した。さらに、このネットワークに階層構造を持ったパターンを記憶させた場合、揺らぎの調節により、想起されるパターンが選択されることを見出した。これらの現象は連続時間ダイナミクスで記述されるものであるが、それに対して離散時間写像を定義して解析することで、揺らぎによる記憶想起過程の分岐構造を明らかにした。

 電気的シナプス、あるいは化学的シナプスにより結合したパルスニューラルネットワークの振舞を解析した以上の結果より、系に内在する揺らぎがニューラルネットワークや脳の情報処理において有用に働き得ることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Roles of fluctuations in pulsed neural networks(パルスニューラルネットワークにおける揺らぎの役割)」と題し、生体の感覚系や中枢神経系においてしばしば観察される揺らぎの、パルスニューラルネットワークにおける役割について調べたものであり、9章により構成されている。

 第1章は「Sources of flouctuations in neural systems」と題し、生体において見られる揺らぎとして代表的なものを紹介している。

 第2章は「Modeling the network of spiking neurons」と題し、本研究において用いられる2つのネットワークモデル、電気的ネットワークと化学的ネットワークを定式化している。電気的ネットワークとは感覚系においてしばしば見られるネットワーク形態であり、また、化学的ネットワークとは皮質などの中枢神経系で広く見られるものである。

 第3章は「Organization of this thesis」と題し、本論文の構成を概観している。

 第4章は「Stochastic resonance in the network without delays」と題し、電気的シナプスにより結合しているネットワークに周期的な刺激と揺らぎを加えた時の応答を調べている。この際、ある揺らぎ強度において入力刺激とネットワークの出力との間の相関が最大化するという、確率共振現象に着目して調べている。近年、生体は危機回避のためにこの現象を利用しているのではないかと提案されており、本章の結果はその提案を強化するものと考えられる。

 第5章は「Array-enhanced stochastic resonance」と題し、第4章と同一のシステムについて観測されるArray-enhanced stochastic resonanceという現象の理論的解析を行っている。

 第6章は「Stochastic resonance in the network with delays」と題し、相互作用に時間遅れを伴う電気的ネットワークの解析を行っている。このような時間遅れを伴うネットワークは、フクロウの音源定位のネットワークにも利用されていると言われ、今後の進展が期待されている。

 第7章は「Fluctuation-induced memory retrieval」と題し、化学的ネットワークにおける連想記憶モデルを解析しており、記憶パターンの想起がネットワークに揺らぎを加えることで実現されることを見出している。さらに、本システムによる連想記憶は、従来のモデルとは異なり時間軸方向に自由度を持つことを指摘し、複数のパターンを同時に想起できることを示している。

 第8章は「Networks storing sparse patterns with hierarchical correlations」と題し、第7章で扱ったネットワークに階層構造を持つパターンを記憶させた場合の動作について解析している。この系にはターゲットのパターンと共にORパターンと呼ばれる寄生的なパターンも記憶される。このとき揺らぎの強度の調節によって、想起されるパターンを切替えることができることが示された。また、低次元写像を用いたこの現象の解析も行っている。

 第9章偉「Conclusions and discussions」として本論文をまとめている。

 以上を要するに本論文は、生体内で観測される揺らぎが感覚系や中枢神経系などのネットワークにおいて有用に働き得ることを提案し、電気的ネットワークおよび化学的ネットワークを用いた数値シミュレーションによってその実現可能性を示したものであり、ニューラルネットワーク、脳科学の分野に寄与するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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