学位論文要旨



No 116169
著者(漢字) 柴田,友厚
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,トモアツ
標題(和) 製品設計における学習過程に関する研究 : NCシステムの分断過程の分析
標題(洋)
報告番号 116169
報告番号 甲16169
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5006号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 馬場,靖憲
内容要旨 要旨を表示する

 製品システムの設計では、個別要素技術の性能もさることながら、それをサブシステム群に分断する際の切り分けかたが、製品の成功を決定する大きな要因となる。個別のサブシステムは、最終的に一つの製品システムとして有機的に統合されて、製品としてあるまとまった機能を遂行しなければならない。どのようなサブシステムに分断してシステム設計を行うか、そしてサブシステム間にどのようなインタフェースを設定するかということが、システムの性能やシステム拡張の柔軟性、さらにはシステムの信頼性に大きな影響をもたらすのである。しかし、製品システムのサブシステムヘの分断の仕方は、原理的には無数存在し、そのなかから製品システム全体の性能や信頼性が最適になるように分断するのは容易ではない。たとえば企業は、分断方法に関する無数の選択肢のなかで、特定の分断方法を選択し製品設計を行う必要があるが、適当な分断方法を選択するためには、製品システムとユーザーに関する豊富な知識、経験、そしてノウハウが必要とされる。したがってよりよい分断方法、つまり製品システムとしての高い性能、柔軟な拡張性、そして高い信頼性を有するような分断方法を発見してゆくプロセスは、製品設計段階における学習過程としてとらえることが可能であろう。

 以上のような問題意識のもとで、本研究においては、製品システムの設計行為のなかで最も重要な設計行為の1つは、よりよい分断方法を発見してゆく過程であるという認識に立脚し、その設計行為の背後で働く学習過程を考察することをとおして「分断による学習」として概念化することを試みる。そして、そのようにして概念化した「分断による学習」の有効性と実証に関して、次のような3つの異なる方法で検証する。第一に、NCシステムの分断方法の歴史的変化を事例分析し、そこには一定の方向性を見出すことができるということを議論することをとおして、「分断による学習」の存在に関する例証を試みる。第二に、タッシュマンらによってコンピタンス破壊型技術として位置づけられたマイクロプロセッサ技術を、ファナックが世界で初めてNCシステム(数値制御装置)へ採用した際に、その製品設計に際して生じた新しい技術課題にはどのようなものがあり、それをどのようにして克服したかということを、プリント板面積の推移、および当時の設計エンジニアに対するインタビューという2つの方法で検証する。そして第三に、製品システムの分断方法を発見してゆくという学習が存在するならば、製品システムの設計に携わっている設計エンジニアの認知構造に影響を与えるであろうという前提に立ち、エンジニアの認知構造と製品システムの分断方法との適合関係の検証によって、分断による学習の間接的な実証を行う。

 まず初めに、分断による学習の概念化を行った。そのために、機能要素から構造要素への写像関係、ならびに構造要素間インタフェースという2つの視点から、製品システムの分断方法を分析し、分断方法が一定の方向に向かって変化するということを考察した。そして分断による学習とは、製品システムを適切なサブシステムに分断しようという試行錯誤的設計行為を通じて、製品システム全体に関する新しい知識を獲得し、システム全体に関する理解を深め、よりよい分断方法を発見してゆく、という一連のプロセスとして認識できる、ということを議論した。換言すれば分断による学習とは、複雑性の高い製品システムを分断するという具体的設計行為を通じて、暗黙知としての性質を持つシステム知を深めてゆく、というプロセスとして認識できるということを示した。

 そしてこの学習の主たるトリガーとなるのは、画期的な要素技術の採用である。それが新しい分断方法の必要性を認識させ、原理的には無数に存在する分断方法のうち、ある特定の分断方法を採用することになる。そして、その新しい分断方法による設計行為によって、システム全体の性能、拡張性、信頼性などの具体的な測定が可能になり、結果としてシステム全体に関する新しい知識の獲得をもたらす。例えば設計行為の具体的結果と当初の予測との差異を評価することによって、システム全体に関するより深い見通しを獲得し、考察を深めることができるようになるであろう。このようにして新しい知識が獲得され、システム全体に関する深い理解が可能になるが、それは結果として、製品システムのよりよい分断方法の発見へとつながる。複雑性の高い製品システムの設計は、以上のような一連のプロセスを経て向上してゆくと考えることができる。そのような学習の結果、製品システムの分断方法は、機能要素と構造要素の写像関係はより単純な方向へ、同時に構造要素間インタフェースもより単純な方向へ変化するであろう、ということを明らかにした。

 次に、「分断による学習」という概念の有効性と存在の実証を、次のような3つの方法で検証した。まず第一に、1962年から1997年の35年間にわたるNCシステムの分断方法の歴史的変化を、事例分析した。35年間におよぶNCシステムは、1962年から1969年までのハードワイヤード技術を中心としたNCシステムと、1975年以降のマイクロプロセッサ技術中心のNCシステムという、大きく2つの時代に大別することができる。分析の結果明らかになったことは、この2つの時代のいずれであっても、写像関係の単純化、およびインタフェースのルール化と単純化という2つの方向性に沿っての、分断方法の変化を観察することができたということである。このようにNCシステムの分断方法が一定の方向に沿って変化するという事実は、分断による学習の存在を示唆している、と考えられる。

 第二に、マイクロプロセッサをNCシステムに世界で初めて採用した1975年当時、どのような技術的課題が生じたかを、NCプリント板面積の推移と当時の設計エンジニアに対するインタビューによって検証した。まずプリント板面積の推移から、当時マイクロプロセッサという画期的要素技術を採用したにもかかわらず、NC制御部のプリント板面積は、一時的にではあるがむしろ大きくなっていることが明らかになった。また設計エンジニアに対するインタビューから、当時の最大の技術的課題はNCシステム全体の性能と信頼性を確保することであった、ということが明らかになった。これらの事実は、マイクロプロセッサという画期的要素技術をNCに導入したことによって、システム全体に関わる大きな学習の負荷が生じたということを示しており、分断による学習の必要性を間接的に示唆しているものと考えることができる。

 第三に、製品システムの設計に従事しているエンジニアの認知構造の観察によって、「分断による学習」の存在を間接的に実証した。もし「分断による学習」が存在するならば、異なる製品アーキテクチャーの設計に従事している設計エンジニアは、サブ・システムへの分断に関して異なる認知構造を形成するはずであり、したがって製品アーキテクチャーとエンジニアの認知構造との間には、適合関係が存在するはずである。そこでインテグラル・アーキテクチャー、モジュール・アーキテクチャー、およびオープン・アーキテクチャーという異なるアーキテクチャーを持つ3つの製品システムを選択し、その設計に従事している設計エンジニアの認知構造を質問表調査によって測定し、判別分析を行った。その結果、製品アーキテクチャーとエンジニアの認知構造との間には、統計的に有意に適合関係が存在することが明らかになったが、それは「分断による学習」の存在を間接的に示唆していると考えることができる。以上の3つの方法によるいずれの方法においても、「分断による学習」の存在を示唆するような結論が導かれた。

 最後に、本研究から得られた知見を簡単にまとめると、以下のようになる。まず第一は、製品システムをサブ・システムへ分断するという特定の設計行為に注目し、その過程で働く学習過程を「分断による学習」として概念化することができたということである。第二は、製品システムをサブ・システムへ分断する際の分断方法の変化には、一定の方向性が存在するということである。それは、写像関係の単純化、およびインタフェースのルール化と単純化という方向性であり、アーキテクチャーという視点にたてば、インテグラル・アーキテクチャーからモジュール・アーキテクチャーへという方向性である。第三は、技術体系の大きな変化が起こったときには、上記の方向性が逆転する可能性があるということである。つまり、写像関係およびインタフェースが単純なものから複雑なものへ、そしてアーキテクチャーが、モジュール・アーキテクチャーからインテグラル・アーキテクチャーへと逆転する場合も存在するということである。例えばNCシステムの場合、1975年のマイクロプロセッサの導入時点が、そのような技術体系の大きな変化に該当した、と理解することができる。このように本研究を通じて、製品設計における学習過程の1つとしての「分断による学習」を様な視点から考察し、「分断による学習」という概念の特徴と有効性を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、製品システムの設計行為は、よりよい分断方法を発見してゆく過程であるという認識に立脚し、その設計行為の背後で働く学習過程を考察し、それを「分断による学習」として概念化する事を試みたものである。そして、そのような概念化の有効性を、3つの異なる方法で検証している。

 第一に、NCシステムの分断方法の歴史的変化を事例分析し、そこには一定の方向性を見出すことができるということを明らかにし、「分断による学習」の存在についての例証を行った。第二に、コンピタンス破壊型技術として位置づけられているマイクロプロセッサ技術を、ファナックが世界で初めてNCシステム(数値制御装置)へ採用した際に、その製品設計に際して生じた新しい技術課題にはどのようなものがあり、それをどのようにして克服したかを分析した。この分析を通して、「分断による学習」を検証した。第三に、製品システムの分断方法を発見してゆくという学習が存在するならば、製品システムの設計に携わっている設計エンジニアの認知構造に影響を与える。この前提に立ち、エンジニアの認知構造と製品システムの分断方法との相関関係を検証している。

 1962年から1997年にわたるNCシステムの分断方法の歴史的変化を、事例分析した。35年間におよぶNCシステムは、1962年から1969年までのハードワイヤード技術を中心としたNCシステムと、1975年以降のマイクロプロセッサ技術中心のNCシステムという、大きく2つの時代に大別することができる。分析の結果、この2つの時代のいずれであっても、写像関係の単純化、およびインタフェースのルール化と単純化という2つの方向性に沿っての、分断方法の変化を観察することができた。このようにNCシステムの分断方法が一定の方向に沿って変化するという事実は、分断による学習の存在を示唆している。

 マイクロプロセッサをNCシステムに世界で初めて採用した1975年当時、どのような技術的課題が生じたかを、NCプリント板面積の推移と当時の設計エンジニアに対するインタビューによって検証した。まずプリント板面積の推移から、当時マイクロプロセッサという画期的要素技術を採用したにもかかわらず、NC制御部のプリント板面積は、一時的にではあるがむしろ大きくなっていることが明らかにした。また設計エンジニアに対するインタビューから、当時の最大の技術的課題はNCシステム全体の性能と信頼性を確保することであった、ということを明らかにした。これらの事実は、マイクロプロセッサという画期的要素技術をNCに導入したことによって、システム全体に関わる大きな学習の負荷が生じたということを示しており、分断による学習の必要性を間接的に示唆している。

 製品システムの設計に従事しているエンジニアの認知構造の観察によって、「分断による学習」の存在を間接的に実証した。もし「分断による学習」が存在するならば、異なる製品アーキテクチャーの設計に従事している設計エンジニアは、サブ・システムへの分断に関して異なる認知構造を形成するはずであり、したがって製品アーキテクチャーとエンジニアの認知構造との間には、相関関係が存在するはずである。そこでインテグラル・アーキテクチャー、モジュール・アーキテクチャー、およびオープン・アーキテクチャーという異なるアーキテクチャーを持つ3つの製品システムを選択し、その設計に従事している設計エンジニアの認知構造を質問表調査によって測定し、判別分析を行った。その結果、製品アーキテクチャーとエンジニアの認知構造との間には、統計的に有意に相関関係が存在することが明らかになった。それは「分断による学習」の存在を間接的に示唆している。

 本研究から得られた知見は、まず第一は、製品システムをサブ・システムへ分断するという特定の設計行為に注目し、その過程で働く学習過程を「分断による学習」として概念化することができた。第二は、製品システムをサブ・システムへ分断する際の分断方法の変化には、一定の方向性が存在するということである。それは、写像関係の単純化、およびインタフェースのルール化と単純化という方向性であり、アーキテクチャーという視点にたてば、インテグラル・アーキテクチャーからモジュール・アーキテクチャーへという方向性である。第三は、技術体系の大きな変化が起こったときには、上記の方向性が逆転する可能性があるということである。つまり、写像関係およびインタフェースが単純なものから複雑なものへ、そしてアーキテクチャーが、モジュール・アーキテクチャーからインテグラル・アーキテクチャーへと逆転する場合も存在するということである。

 以上を要するに、本研究を通じて、製品設計における学習過程の1つとしての「分断による学習」を様々な視点から考察し、「分断による学習」という概念の特徴と有効性を明らかにした。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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