学位論文要旨



No 116170
著者(漢字) 又木,千景
著者(英字)
著者(カナ) マタキ,チカゲ
標題(和) 腫瘍壊死因子αに誘導される新規ジンクフィンガー蛋白質遺伝子の同定と関連遺伝子群
標題(洋)
報告番号 116170
報告番号 甲16170
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5007号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 池袋, 一典
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、遺伝子発現を制御する転写因子の中で特にアミノ酸配列に特徴のあるZnフィンガータンパク質に着目し、DNAマイクロアレイによる解析を行った。一枚のDNAチップ上に搭載されている遺伝子は6416個であり、C2H2、LIM、GATA、核内ホルモン受容体、RINGフィンガーなどのZnフィンガータンパク質の遺伝子155個を含んでいた。Znフィンガーの変動を観察する上で、炎症性サイトカインとして知見の多いTNFαを用いた。TNFαは、感染、炎症、動脈硬化などの病態に関わる主要なサイトカインであり、その反応についての知識を得ることは深い意義がある。TNFαは、マクロファージから放出され、T細胞、マクロファージ、血管内皮細胞などに影響を及す。本研究ではサイトカインに対して反応性の高い血管内皮細胞に着目し、ヒトさい帯血静脈血管内皮細胞(HUVEC)を用いて実験を行った。

 HUVECにおけるZnフィンガータンパク質は、TNFα未処理の状態で、16個の遺伝子にmRNAの高い発現が見られた。DNAチップにのっているZnフィンガータンパク質のおよそ10分の1の遺伝子について高い発現が見られたことになる。また、5つの遺伝子についてTNFαによる明らかな誘導が見られた。5つの遺伝子とは、CLP、RIL、NER/LXRβ、A20、AC#M88357であり、特にAC#M88357は既にTNFα感受性遺伝子として報告されているA20の変動よりも大きく誘導された。A20を除く4つの遺伝子は、TNFαによる誘導は報告されていなかった。またTNFα処理によって減少したZnフィンガータンパク質は、ABLIM、DRALの2つであり、両者ともTNFαとの関連は未報告であった。これら選出されたZnフィンガータンパク質の大半の機能は不明であり、今後の重要な課題となると考えられた。

 TNFαによって強く誘導されたAC#M88357のコードする遺伝子に注目し、解析を試みた。AC#M88357は、全コーディング領域の知られていない新規遺伝子であったため、この遺伝子の機能を調べるために、まず全翻訳領域の同定を行った。RT-PCRによってAC#M88357は、1470bpの翻訳領域をコードする遺伝子であることが明らかとなった。配列から予測できるタンパク質は470個のアミノ酸から成る。これをEZFIT(Endothelial Zinc Finger protein Induced by TNFα)と命名し、NCBI の GenBankに登録した(AC#AF269249)。EZFITがコードするタンパク質には、C2H2型のZnフィンガー部位が13個含まれていた。また、N端側IO3番めから110番めのアミノ酸に核移行配列(P-P-V-R-R-G-K-N)が予測された。EZFITのC端又はN端にEGFPを結合した融合タンパク質をCHO細胞に発現したところ核内に局在し、EZFITは核タンパク質である可能性が高いと考えられた。また5'RACEによりEZFITの5'端には3つの異なる配列が存在しており、アイソフォームをもつことが明かとなった。いずれのmRNAの場合も、第3エクソンは共通しており、翻訳領域は保存される。すなわち生成されるタンパク質のアミノ酸配列は不変である。EZFITのノーザンブロッティングによる解析では、EZFIT mRNA発現は、40kbと3.1 kb の2つのバンドで示され、ぞれぞれ異なる増加傾向を示した。すなわち4.O kb はTNF刺激後4時間をピークとした少量の増加を示したが、3.1 kbはTNFα刺激1時間後より24時間後まで連続的に増加した。3.1 kbは特に顕著な増加を示した。cDNAパネルを用いたPCRによってEZFITの組織局在の検討を行ったところ、EZFIT mRNAが最も多く検出された組織は胎盤であった。続いて脳、精巣、膵臓、心臓、小腸、筋肉、子宮、前立腺、末梢血中白血球で発現が認められた。さらに同研究センターで行なわれたDNAチップのデータ20サンプルを比較したところ、成人型T細胞性白血病のT細胞においてEZFIT mRNAの発現が高いことが明らかとなった。EZFIT mRNAは他にも線維芽細胞、マクロファージ、リンパ球系細胞株であるJurkatにおいて発現が認められ、血球系細胞に多く発現する遺伝子であることが推定された。特にEZFITのコードする19番染色体ql3.4はT細胞受容体のクラスターアイランドであり興味深い。続いてEZFITの転写制御について検討するために、プロモーター領域と想定される第1エクソンの5'端側2000塩基対に対して転写因子結合配列を検索した。その結果、高いスコアで結合する箇所が12個あり、候補転写因子はCdxA、SRY、GATA-1、MZF-1、STATxの5つであった。TATA結合予想配列は、第1エクソンから1,000bp以上も離れた箇所に存在しているのみのため、EZHTはTATAless遺伝子の可能性が高い。

 EZFITを含むBAC37295をコード領域予測ソフトGRAILを用いて検索したところ、Znフィンガーモチーフをコードするエクソン可能性の高い領域が同定された。これらのエクソン群を一連の翻訳領域を含むグループとして想定し解析した結果、4つの関連遺伝子の存在の可能性が示された。これら4つの遺伝子をセントロメアに近い方からERP1(EZFIT-related protein 1)、ERP2、ERP3、ERP4と名付け、EZFITと同様の解析を試みた。4つの遺伝子ともC2H2型のZnフィンガーをもつKruppdl Zn フィンガータンパク質であり、コード予測領域から判定した有するZnフィンガーの数は順に15,14,13,14であった。GRAILによって行ったコード領域予測では、ERP1,ERP2,ERP3はセントロメアからテロメア方向に順向きにコードしているが、ERP4は逆向きにコードしていた。またNCBIのBLAST検索によって、ERP2はKIAA1431と同じ遺伝子をコードしていることがわかった。KIAA1431はpolyAを含む4076bpのフラグメントだが、開始コドンは決定されていない。クラスターを形成する5つの遺伝子群はZnフィンガー部分で相同性が高いが、Znフィンガー領域を持たないN端は独自の配列を有していた。また組織局在について検討を行ったところ、ERP1 mRNAは膵臓、ERP2 mRNAは膵臓とPBL,ERP 3mRNAは小腸、筋肉、前立腺、ERP4 mRNAは卵巣に発現し、各々の特異性を示した。これら5つの遺伝子を1つのクラスターとして解析することは、今後EZFITの機能を探っていく上で、より手がかりを掴みやすくなると考えている。

 本論文では、既知のESTまたはゲノム配列から新規遺伝子を探索し、単離、同定し、機能の解析を試みた。昨年(2000年)7月、ヒトゲノムの解読がほぼ終了し、生物学は新しい時代を迎えた。ポストゲノム時代の先駆けとして、本研究で示したような解析に意義があると考える。

表1 TNFα4時間刺激によりmRNAが5倍以上誘導された遺伝子群

図1 GRAILによって予測されたERP-familyのコード領域

審査要旨 要旨を表示する

 本審査は、予備審査で訂正または付加を指摘された点についての内容と修正点、および結語を口頭発表し、質疑応答を行なった。

 予備審査において訂正および付加を指摘された点は以下の通りである。

(1)同定した新規遺伝子のタンパク質としての発現を確認する。

(2)TNFα刺激後のタイムコースをとったノーザンブロッティングとTNFα未刺激と刺激4時間で比較したノーザンブロッティングのバンドの強さに差異が見られるため、追試実験を行なう。

(3)新規遺伝子の転写開始地点の決定について、その根拠を示す。

(4)5'RACEによる既知の転写領域(1.7kb)とノーザンブロッティングによって検出されたmRNAの大きさ(3.1 kb,4.O kb)とのギャップについて、3'端を同定するなどの説明を加える。

 これらの指摘を受けて、次のような追加実験が行われ、内容が修正された。

(1)について、同定した新規遺伝子EZFITの全翻訳領域(1467 bp)を含む塩基配列のC端又はN端にEGFPを結合した融合タンパク質をCHO細胞に発現させた。その結果、GFP標識EZFITは、C端標識、N端標識の両方とも核内に局在した。このことからEZFITは核タンパク質である可能性が高く、したがってEZFITは転写因子として機能していることが示唆された。

(2)について、TNFα処理後のEZFIT mRNAの発現を確認するために、TNFα処理のタイムコースをとり再実験した。その結果、前回と同様に4.O kbと3.1kbの2カ所にバンドが検出された。4.O kbはTNFα刺激後4時間をピークとして少量の増加を示し、3.1kbはTNFα刺激1時間後から24時間後まで連続的に増加した。いずれもTNFα刺激後に増加し、特に3.1kbに検出されたバンドは顕著な増加が認められた。

(3)について、Primer extension 法を試みたが、逆転写反応によるバンドが検出されず、転写開始地点の決定について証明することはできなかった。しかし、既に5'RACEによって増幅し解読した断片は11個あり、3つのアイソフォームを同定していることから、5'端はほぼ同定してると考えても構わないのではないかと考察した。

(4)について、3'RACEを試みたが検出されなかった。しかし、3'端が長い遺伝子は少ないため、終止コドンが決定している場合、既知のゲノム配列からpolyA配列を探すことによって3'端を決定できる可能性がある。したがってゲノム配列から3'端を推定する作業を行ない、考察に加えることとした。

 結語は以下のように(a)〜(d)にまとめられ発表された。

(a)DNAマイクロアレイを用い、ヒト血管内皮細胞における155個のZnフィンガーモチーフを含む遺伝子のmRNAについてTNFαによる変動を解析した結果、最も高い誘導を示したZnフィンガータンパク質の遺伝子を発見した。それをEZFIT(endothelial zinc finger protein induced by TNFα)と命名し、翻訳領域を同定した。

(b)EZFITは、全翻訳領域が1470bpの遺伝子であり、13個のC2H2型Znフィンガーモチーフを有していた。EZFIT mRNAの発現は脳、精巣、膵臓、心臓、小腸、筋肉、子宮、前立腺、末梢血中白血球において認められ、特にT細胞、マクロファージなど血球系細胞に多く発現していることが明らかとなった。さらに、DNAマイクロアレイのデータでは、成人型T細胞性白血病患者のT細胞において最も高い発現が見られた。

(c)EZFITのC端又はN端にEGFPを結合した融合タンパク質をCHO細胞に発現したところ、核内に局在した。EZFITは核タンパク質である可能性が高い。したがってEZFITは転写因子として機能していることが示唆された。

(d)コンピュータによるコード領域予測により、EZFITがコードされている染色体領域の近傍には、KruppelZnフィンガータンパク質の遺伝子がさらに4つコードされていることが予測された。これら4つの遺伝子をセントロメアに近い方からERP1,ERP2,ERP3,ERP4と名付け、組織分布を検討した。ERP1のmRNAの発現は膵臓、ERP2は膵臓と末梢血中白血球、ERP3は小腸、胃、前立腺、ERP4は卵巣に検出された。この結果から、ERP群の4つの遺伝子のmRNAが、in vivoで発現していることが確認された。ERP群 mRNA 発現の組織分布は、それぞれの遺伝子について固有の発現パターンを示し、ERPの各遺伝子は異なる転写制御を受けていることが示唆された。

 最後に、審査委員から、論文の第4章の構成について指摘を受けた。特に、第4章ではERP1〜4をEZFITの関連遺伝子群として取り上げているが、「関連遺伝子」と位置付けた根拠を明確に記載することを求められた。

 質疑応答の後、審査委員で評価を行い、本予備審査委員会として本人は博士の学位を受けるに十分な学識と研究を指導する能力を有するものと認め、新たに指摘された点を論文に取り入れることで、合格と判定した。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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