学位論文要旨



No 116172
著者(漢字) 山口,美峰子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ミネコ
標題(和) 小胞体膜タンパク質による細胞内コレステロール調節の分子機構の研究
標題(洋)
報告番号 116172
報告番号 甲16172
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5009号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 池袋,一典
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
内容要旨 要旨を表示する

 ステロール調節エレメント結合タンパク質(SREBP)はLDL受容体、HMG-CoA還元酵素などの転写調節を担う、細胞内コレステロール調節の中心となる転写因子である。SREBPは前駆体蛋白質として小胞体膜や核膜に存在し、ステロール欠乏刺激により小胞体腔内の部位で切断される。続いて膜貫通部位がサイト2プロテアーゼ(S2P)による切断を受け、小胞体膜から細胞質へ遊離し核へ移行する。

 本研究では最初に切断される小胞体ループ切断部位を含むペプチド性基質を用いたアッセイ系を構築し、ハムスター肝臓ミクロソーム画分にO.5 % MEGA9で可溶化されるペプチダーゼ活性を認めた。この活性はゲル濾過により、三つの画分(Mp400, Mp60, Mp30)に分離された(図1)。Mp30画分の活性は配列特異的阻害剤で阻害され、カラムクロマトグラフィーによりSDS電気泳動上1バンド(32kDa)に精製した(図2)。アミノ酸配列決定により、このタンパク質は一本鎖カテプシンBであることがわかった。Mp400画分は0.5% Lubrol PX で可溶化を行ない、カラムクロマトグラフィーによる精製を行なったところ、ネプリリシンに一致するアミノ酸配列が決定された。

 1998年、SakaiらによってSREBPの切断が起きない細胞変異株からS1Pの候補遺伝子がクローニングされた。この遺伝子によりコードされるタンパク質は活性部位がセリンプロテアーゼと相同性が高く、C端側に膜貫通部位を一ヶ所持つ。この遺伝子を変異株に導入するとSREBPの最初の切断活性が補われると報告された。

 1999年にSeidah,Espenshadeらは膜貫通部位を除いた分泌型のS1Pを細胞に発現させて培養上清からこれを精製し、SREBP小胞体内腔配列を含むペプチド性基質などを用いて、S1Pの活性をin vitroで測定した。この測定で得られた結果からはS1Pのペプチド性基質に対する酵素活性は他のエンドプロテアーゼに比べてはあまり高くなく、本実験で構築したアッセイ系ではS1Pはメジャーな活性として得られなかったことが考えられた。本研究で精製されたプロテアーゼは分解系の酵素であったが、SREBPの小胞体内腔配列を切断する活性が強いことやSREBPは分解による調節も示唆されている事などからSREBPの分解調節の系に関与している可能性も考えられる。

 ペプチド性基質に対する活性の低いことから、S1PはSREBPの小胞体内腔配列 のみでなく、タンパク質としてのコンフォメーションを認識して特異的な切断を行なっている可能性も考えられた。

 コレステロール応答性のSREBPプロセッシングの機構は、Brownらによって提唱されている仮説が主流であるが、これは細胞変異株を用いた分子生物学的手法 によって得られた結果から成っており個々のタンパク質の生化学的解析はほとんどされていない。本研究では、SREBP,S1Pを含むコレステロール調節に関与する 小胞体膜タンパク質群をバキュロウィルスの発現系を用いて機能的発現を行ない、膜タンパク質を基質とする膜型プロテアーゼの活性をin vitroで解析することを試みた。

 ヒトSREBP,S1P,SCAPを組み込んだトランスファーベクターとウィルスゲノムDNAを昆虫細胞SPodoptera frugiperda(Sf9)に導入して、各DNAのリコンビナントウィルスを作成した。SREBPのリコンビナントウィルスを5MOIで感染させてタンパク質の発現を観察したところ、細胞内では感染後24時間から発現が観察され48時間で大量のタンパク質の発現が認められた。また培養上清にも48時間目から大量のタンパク質の発現が認められた(図3)。検出に用いたモノクローナル抗体1C6はSREBPのC端に対する抗体で、ATCCよりハイブリドーマを入手した。培養上清のタンパク質は40,000g,20分の超遠心後の沈殿画分に回収され、これを用いてショ糖密度勾配遠心分離を行なうとウィルスのマーカータンパク質であるgp64と同じ画分に分布することから、細胞外ウィルス上に発現していることが示唆された。野生型の細胞外ウィルスの膜上にはgp64以外のタンパク質はほとんど発現していないことから、ウィルス画分を用いてSREBPの精製を試みた。SREBPは1% Lyso PCによりウィルスからの可溶化に成功し、抗体アフィニティークロマトグラフィーによって部分精製を行なった。

 SCAPは8回膜貫通型タンパク質で、コレステロール欠乏状態でSREBPのプロセッシングを活性化するタンパク質としてクローニングされた。細胞内ではSREBPのC端とSCAPのC端のWDドメインを介してSREBPとSCAPはヘテロニ量体を形成していると考えられている。SCAPのN端にヒスチジンタグを付けてSf9細胞に発現させると、細胞内では凝集をおこすが細胞外ウィルス上では凝集を起こさないで発現することを示唆する結果が得られたことから細胞外ウィルス では膜タンパク質として構造を保って発現している可能j性が考えられた。またSREBPとSCAPのリコンビナントウィルスを共感染させ、感染72時間後に回収した細胞外ウィルス画分を1% LysoPCで可溶化し、Ni-NTAを用いて免疫沈降を行なったところ、これらが共沈してくることが認められた。この結果からSREBPとSCAPが細胞外ウィルス上で複合体を形成することが示唆された。

 同様にS1Pのリコンビナントウィルスを5MOIでSf9細胞に感染させて細胞外ウィルスを調製した。ウェスタンブロットを行ない、ヒトS1Pのアミノ酸589-604のペプチドを抗原として作成した抗血清(RO3)で免疫染色したところ、感染後約72時間で細胞外ウィルスに発現していることを認めた(図4)。S1Pは自己分解によって活性化すること報告されているが、図4で示したバンドは前駆体のS1Pであると考えられる。また、細胞外ウィルス上に発現したS1PはSREBPの切断活性を保持していることを示唆する結果が得られており、S1Pを始めとするこれら一群の膜タンパク質を基質とした膜プロテアーゼの活性を in vitro でアッセイする系の作成ができたと考えられる。

図1:ゲル濾過カラムのクロマトチャート

図2:ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー後の活性画分のSDS-PAGE。矢印は32kDaを示す。

図3:バキュロウィルス発現系におけるSREBPの発現

図4:細胞外ウィルスへのS1Pの発現

審査要旨 要旨を表示する

 ステロール調節エレメント結合タンパク質(SREBP)はLDL受容体やHMG-CoA還元酵素などの転写制御を担う、細胞内コレステロール調節の中心となる転写因子である。SREBPは前駆体蛋白質として小胞体膜や核膜に局在し、ステロール欠乏刺激により小胞体腔内の部位で切断される。続いて膜貫通部位がサイト2プロテアーゼ(S2P)による切断を受け、小胞体膜から細胞質へ遊離し核へ移行する。

 本研究ではコレステロール代謝調節関連遺伝子の調節に係わるSREBPのプロテアーゼによるプロセッシングについて研究を行ない、下記の結果を得ている。

1.SREBPが最初に切断される小胞体ループ切断部位を含むペプチド性基質を用いたアッセイ系を構築し、ハムスター肝臓ミクロソーム画分に0.5%MEGA9で可溶化されるペプチダーゼ活性を認めた。この活性はゲル濾過により、三つの画分(Mp400, Mp60, Mp30)に分離された。Mp30画分の活性は配列特異的阻害剤で阻害され、カラムクロマトグラフィーによりSDS電気泳動上1バンド(32 kDa)に精製された。アミノ酸配列決定により、このタンパク質は一本鎖カテプシンBであることが認められた。Mp400画分は05 % LubrolPXで可溶化し、カラムクロマトグラフィーによる精製を行なったところ、ネプリリシンに一致するアミノ酸配列が決定された。

 1998年、SakaiらによってSREBPの切断が起きない細胞変異株からSIPの候補遺伝子がクローニングされた。この遺伝子にコードされるタンパク質は活性部位がセリンプロテアーゼと相同性が高く、C端側に膜貫通部位を一ヶ所持つ。この遺伝子を変異株に導入するとSREBPの最初の切断活性が補われると報告された。

 1999年にSeidah、Espenshadeらは膜貫通部位を除いた分泌型のS1Pを細胞に発現させて培養上清からこれを精製し、SREBP小胞体内腔配列を含む数種のペプチド性基質を用いてS1Pの活性をin vitro で測定した。その結果からはS1Pのペプチド性基質に対する酵素活性は他のエンドプロテアーゼに比べてはあまり高くなく、本実験で構築したアッセイ系ではS1Pはメジャーな活性として検出できなかったことが考察された。また、ペプチド性基質に対する活性が低いことから、S1PはSREBPの小胞体内腔配列のみでなく、SREBPのタンパク質としての立体構造を認識して切断を行なっている可能性が考察された。

 この考察に基づき、さらにSREBP、S1Pを含むコレステロール調節に関与する小胞体膜タンパク質の生化学的解析を目的として、これらタンパク質群をバキュロウィルス発現系を用いて機能的発現を行ない、膜タンパク質を基質とする膜型プロテアーゼの活性のin vitroでの解析を試み、以下の結果を得ている。

2. ヒトSREBP,S1P,SCAPを組み込んだトランスファーベクターとウィルスゲノムDNAを昆虫細胞 Spodoptera frugiperda(Sf9)に導入して、各DNAのリコンビナントウィルスを作成した。SREBPのリコンビナントウィルスを5MOIで感染させてタンパク質の発現を観察したところ、SREBPのC端に対するモノクローナル抗体1C6を用いた検出により、細胞内では感染後24時間から発現が観察され48時間で大量のタンパク質の発現が認められた。また培養上清にも48時間目から大量のタンパク質の発現が認められた。培養上清のタンパク質は40,000g、20分間の超遠心後の沈殿画分に回収され、これを用いてショ糖密度勾配遠心分離を行なうとウィルスのマーカータンパク質であるgp64と同じ画分に分布することから、細胞外ウィルス上に発現していることが示唆された。野生型の細胞外ウィルスの膜上にはgp64以外のタンパク質はほとんど発現していないことから、ウィルス画分からのSREBPの精製を試み、1% Lyso PC によるウィルスからの可溶化、および抗体アフィニティークロマトグラフィーによる部分精製に成功した。

3. SCAPは8回膜貫通型タンパク質であり、コレステロール欠乏下の細胞でSREBPのプロセッシングを活性化するタンパク質としてクローニングされた。細胞内ではSCAPはC末端のWDドメインを介してSREBPのC末端と結合し、へテロニ量体を形成していると考えられている。SCAPのN末端にヒスチジンタグを付けてSf9細胞に発現させると、細胞内では凝集をおこすが細胞外ウィルス上では凝集を起こさないで発現することを示唆する結果が得られたことから細胞外ウィルスでは膜タンパク質の構造を形成して発現する可能性が考えられた。またSREBPとSCAPのリコンビナントウィルスを共感染させ、感染72時間後に回収した細胞外ウィルス画分を1% Lyso Pc で可溶化し、Ni-NTAを用いて免疫沈降を行なったところ、これらが共沈してくることが認められた。この結果からSREBPとSCAPが細胞外ウィルス上で複合体を形成することが指示された。

4. 同様にS1Pのリコンビナントウィルスを5MOIでSf9細胞に感染させて細胞外ウィルスを調製した。ヒトS1Pのアミノ酸589-604のペプチドを抗原として作成した抗血清(RO3)を用いたウェスタンブロットを行ない、感染後約72時間で細胞外ウィルスに発現していることを認めた。S1Pは自己分解によって活性化すること報告されているが、抗血清により検出されたのは前駆体のS1Pであると考えられた。また、細胞外ウィルス上に発現したS1PはSREBPの切断活性を保持していることを示唆する結果が得られており、S1Pを始めとするこれら一群の膜タンパク質は細胞外ウィルス上で構造を保って機能的に発現していると考えられた。

 これらの結果は、これまで困難であった膜タンパク質の機能的大量発現系、および膜タンパク質を基質とする膜酵素のアッセイ系の構築を可能とすることを示唆する重要な結果である。この系を用いることにより生体膜で調節されているコレステロールの調節機構の分子的解析が可能になることが考えられる。また、本研究により開発されたバキュロウィルス発現系による発芽型ウィルスを用いた技術は他の膜タンパク質による調節機構の研究への応用の可能性を含んでおり、これらに重要な技術を提供するものと考えられ、学位の授与に値するものである。

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